未成年囚人達のソーシャルサービス

SAKAHAKU

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第八十七話(もう一人のテイル)

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仮ではあるものの、自由の身となって二十四時間が経過し、再スタートとなる一日目を迎えた。
久しぶりに使用した寝台は、枕にシーツに布団も何から何までふかふかで、気持ちよく睡眠を取ることが出来た。部屋の中も、少しも埃っぽくなくて、見るからに清潔そのものだった。
これも慈愛ちゃんがこまめに掃除に入ってくれていたおかげだ。恭しくも麗しい妹を持って、俺は果報者だな。
今日から冬休みらしい件の妹は、ベランダで洗濯物を干している。
我が家で気兼ねなく羽根を伸ばせるってのは、やっぱ良いよな。時間に縛られる刑務所の中とは訳が違う。
当たり前の話だが、二度とあの場所には戻りたくない。
そうならない為にも、一日一日を大切に有意義に過ごして行こう。

「今日はお姉ちゃんとお婆ちゃん帰って来れるみたいです。「お兄ちゃんとテイルさんの出所お祝いしよう」って言ってました」

「出所のお祝いねぇ……となると、十中八九今日の晩飯は外食になるだろうな」

「はい。お姉ちゃんが経営してるお店の一つを貸し切りにして貰えるそうです。今日はご馳走が食べられますね」

慈愛ちゃんは、昼ごはんを食べたばかりだというのに、一日千秋の思いで晩ご飯に期待を膨らませていた。
歌姉が経営してる店はありとあらゆる飲食店網羅してるから、どこに決まるのか全く見当が付かないな。
テイルと慈愛ちゃんは質より量って感じだし、腹一杯食べられたら自ずと満足しそうだ。

「まさか、温泉施設内の食堂で晩ご飯とは、思いもよらなかったな……」

歌姉によれば、土曜である今日において貸し切り可能だったのは此処しか無かったのだそうな。

『タダでご飯食べれて、タダでお風呂に入れる何て、一石二鳥じゃない。良かったわね、日影』

ーー歌姉は誇らしげにそう言った。

まあ、確かにそうかもしれないが、此処って飲食店とは言えないよな。食堂何てこぢんまりしたゲーセンとかと一緒で、おまけで併設したに過ぎないし……。
ラーメンにうどん。天丼とマグロ丼。それにカレー。各々が好みのメニューを注文し、久しぶりの家族全員+一人での食事を満喫した。
何よりも嬉しかったのは、二人がテイルを快く歓迎してくれたこと。やはりこれに尽きる。

『行くところが無いなら、居候何て言わずにウチの子になっちゃえば良いわ』

『そうだねぇ。テイルちゃんが嫌じゃなければ木ノ下家に来るけ?』

こんな台詞まで飛び出した。テイルはどう言葉を返したら良いか困惑していたが、楽しそうににこにこ笑っていた。

「ふぅ……極楽極楽っと……」

食後に温かな湯に浸かり、お約束っぽい台詞を吐いた。貸し切りなだけあって、広い風呂を一人占めだ。周りには人っ子一人いない。
慈愛ちゃんが『お兄ちゃんが一人で可哀想なので、私も男湯に行きます』と言っていたが、結局は歌姉によって女湯に連行された。去り際に『私はまだ子供なので、男湯に入っても何ら問題ありません』とまで豪語してたな。
勿論、その訴えは罷り通らなかった訳だが、歌姉がちゃっかり意味深なことを口走っていたのが、ちょっと気になった。何て言ってたんだっけ……?

「あ、あれ……誰か居る……」

俺が奴の存在に気付いたのは、露天風呂に入ろうと屋内から屋外へ足を踏み入れた時だった。
頭から生えた獣耳と可愛らしいふさふさした尻尾がチャームポイント。
皆と女湯へ入って行った筈のテイル・ブラウニーが、何故か従業員の服を身に纏い、しかもデッキブラシで石畳を磨いていた。
コイツどっから男湯に入って来たんだ?まさか、女湯へと続く隠し通路がある訳でもあるまいし……考えれば考える程、謎は深まるばかりだ。

「貴方が、歌のおとーと?」

「は……お前何言ってんだ?意味が分からねぇ……」

その件ならさっき話したばかりだろ。もうど忘れしたってのか?

…………んっ?

何か、善く善く見てみると、髪の色も、目の色も、仕草とか色々と俺の知ってるテイルとは似ても似つかない気が……?
そういや、歌姉がテイルの名前を何度か間違って呼んでいたな。

「お前、もしかして……テイル、じゃ、ないのか……?」

自分でも可笑しなことを問いかけているのは百も承知だ。
ごく僅かな可能性として、髪を染めてカラコンを仕込んでいるという場合も考えられるだろうが、その可能性はかなり低い。

「紫紺」

「し、しこん?」

「そう」

テイルと類似した謎の少女が名前を口にする。
何時だかに奉仕作業へ行ったスーパーで、俺はそこで、コイツに似た赤色のテイルとも邂逅した。
温泉に肩まで浸かる客の近場に腰を下ろして気安く話しかける従業員。一対一の奇妙な対談は暫く続く。
暗がりと立ち上る湯気に隠れてはっきりしなかったが、間近で見る紫紺の髪や獣耳は、名前に似つかわしい紫色だった。

「掃除しながらずっと待ってた。歌におとーとの背中を流してあげてって、お願いされた」

「身体なら自分で洗えるから間に合ってるぞ」

「だめ。紫紺の背中流しは、おとーとへの「出所のプレゼント」だから」

「出所のプレゼント……?というか、お前と歌姉はどういった関係何だよ?」

「家族。みたいな関係。歌も大地もつるぎも」

大地とかつるぎとか……聞き間違いじゃないよな?
何処かで聞いたような名前がしれっと並んでる。
俄かにはこいつとテイルが別人だとか信じられないのだが……。戦隊物みたいに色合いが違うだけで、他は大差ないし。

ーー紫紺に促されるまま、温かな湯から出て、洗い場へ歩を進める。

夜空に輝く幻想的な満月の下、バスチェアに腰掛ける俺の背中の上を、適度な力加減でタオルが上下する。

「ごしごし。ごしごし」

「……………………………」

「おとーと。気持ちいい?」

「そう、だな……悪くはない……」 

背中を洗ってもらいながら、俺は紫紺へ様々な質問をした。
この子は訳あって、歌姉の会社の一つである「便利屋」で住み込みで働いているらしい。今日は二人が此処へ招集されていて、もう一人は食堂で調理を任されているとか何とか。それじゃ、さっき食べた料理はそいつが作っていたってことになるんだな。

藪から棒に聞こえて来たぐぎゅるるるるという間抜けな音は、おそらく空腹を知らせるサインだ。

「……お腹減った」

「そのようだな。晩飯はまだ食べてないのか?」

「大地がまかない作ってくれてる。お互いの作業が終わったら二人で食べようって」

「そっか。ならもう帰っていいぞ。後は自分で何とかするから」

「わかった」

もう少しテイルとの関係性について詳しい話を聞きたかったが、無理強いはしない。
紫紺には此処へ来れば、もしくは、便利屋事務所にでも顔を出せばきっと会える、は、ず…………、

「おい。ちょっと待て……」

「なあに?」

「お前は何故、こんなところで服を脱ぎ始めてるんだ?」

「おとーと。お風呂は服を着たまま入っちゃいけない」

傍らで聞こえたきぬ擦れの音に反射的に後ろを振り向いた。俺は咄嗟に、両手で視界を遮蔽する。
作業を切り上げてとっとと帰ると思っていた紫紺が、衣服をかなぐり捨ててお湯の中にダイブしようとしていた。

「ちょちょちょっ、ちょっと待て!風呂に入るなら女湯があるんだから向こうに……!」

「温泉の質はどっちでも一緒」

ばしゃんっ!と、激しい音を立てて湯船に飛び込む。
何となく予想はしていたが、俺の忠告などやはり聞く耳持たない。一糸纏わぬ姿が目に毒だ。

「そんなことを言いたい訳じゃなくてだな…………腹が減ったから帰るんじゃなかったのかよ」

「いっぱい掃除して汗掻いたから」

もう何も言うまい。言うだけ時間の無駄だ。
幸いなことに、今日は貸し切り。他の客が入って来ることはないだろうから、泳ごうが潜ろうが、他人の迷惑にはならない。
さっさと体を(背中以外を)洗って、御暇しよう。

「おとーと。紫紺の背中も洗って」

シャンプーで泡立てた髪をシャワーで洗い流している最中、隣からそんな要望が掛かった。気付けば隣の洗い場には、先程までお湯に浸かっていた紫紺がいた。

「それくらい、自分で洗えるだろ」

「紫紺、おとーとの背中洗ってあげた」

「くっ……」

頼んでやって貰った訳じゃないが、それは事実だ。
本来、男が女の子の柔肌に触れるのは吝かでは無い。ましてや、器量の優れる美少女にせがまれたのなら尚更だ。頑なに拒む行為は折角の好機をふいにしていると言っても過言ではない。

「これ……やっぱ、本当に生えてるんだな」

背中を洗ってやっている途中、頭に生えている獣耳に注意を奪われて、つい見入ってしまう。犬や猫と同じように、突いてみるとピクンと敏感に動いた。

「おとーとって、耳フェチ?」

「ちげぇよ。本当は作り物何じゃないかと思ってさ」

触った感じはやはり、テイルと一緒だ。人間の頭に狼の耳が直に生えている。わかってはいたが、紛うことなき本物だった。

それから俺達は、軽く湯に浸かり、程なくして脱衣所へ向かった。
持参したバスタオルで体を拭き、服を着て、でもって、何故か俺が紫紺の濡れた髪まで拭いてドライヤーで乾かしてやっていた。
仕草とか人懐っこいとことか、世話の掛かる質は何処かテイルに似ている。あいつを更に世間知らずにした感じがこいつだな。

「大地。ただいま」

「おう紫紺。遅かったじゃねぇか。お前の好きな焼き芋拵えといてやったぞ」

「ありがとう」

厨房から顔を出した坊主頭の青年は、銀紙に包まれている焼き芋を紫紺へ手渡した。それを受け取った紫紺は、待ちきれないと言わんばかりに封を開けて即刻かぶりついた。
驚いたことに、大地と呼ばれたずんぐりとした青年は、俺のよく知るあいつと瓜二つだった。

「あれ……お前って……デブちゃん、だよな……?」

「よぉ、日影。久しぶりだな」

大地とかつるぎとかいう名前、特に後者の珍しい方を聞いた時は、まさかなとは思ったが……。

ーーどうして、お前がこんなところで働いてんだよ。

困惑するこちらとは打って変わり、デブちゃんはこの場所で再開することを知っていたかのような、澄ました口ぶりだった。












































































 
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