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北海道さんから告げられた場所は、埼玉の奥地にある廃校だった。
義弟に車とデジカメを借り、北海道さんの元へ向かった。一直線に向かうつもりだったが、一度だけコンビニに寄り、水や食料を買い込んだ。
目的地に近付き、スピードを下げてナビ通りに進んでいると、廃線になった線路を見つけた。そこをさらに進むと、寂れた場所にやけに真新しく見える公衆電話があった。
そこに車を止めて降りた。
ホラー映画に出てきそうな、鬱蒼とした森に誰もいない道。まるで人気を感じられず、怖くなって北海道さんの名を何度も叫んだ。
「北海道さん……っ‼」
「島根くんっ」
北海道さんが突然草むらから突き出るように現れた。
「うわぁっ」
「ありがとう。助かったよ!」
北海道さんに抱きつかれ、思わず抱き返そうとすると、北海道さんに突き返された。
「時間がない。早く仲間を助けに行かなくちゃ」
「……仲間を助けたいならすぐに通報すべきですよ」
「そんなことしたら潜入した意味がなくなっちゃうよ! 先に撮らなくちゃ!」
いつになく興奮気味の北海道さんだ。
何日も着ているのか、服はボロボロだし、髭が伸びて頬はコケているのに、目はギラついている。
「本当にこんなところに麻薬製造工場があるんですか?」
「今や日本中に過疎の村や廃校があるからね。実際に見たんだ。何人もの人がそこで働いていたよ」
「……………」
北海道さんが勝手に車の後部座席を開け、コンビニの袋から水のペットボトルを出し、ゴクゴクと飲み出した。
「悪いけど車はここに隠しておいて欲しい。君は車の中にいて」
「俺も行きますよ」
「だめだよ。これは僕の依頼だから」
「そんなの今さらですよ。ここまで来たんだから手伝います」
頑として受け入れる気はなかった。こんなところまで来て北海道さんと離れることはできない。
「…………」
北海道さんも俺の決意を見て取ったのか、無表情になり無言でまた草むらの中に入っていった。
「次からは依頼内容を教えてくださいね」
「うん」
素直に返事をしたが、たぶん聞いていない。目が真っ直ぐ進む先を見ている。
水を一本飲み終わった北海道さんは、目を真っ直ぐ前に向けたままおにぎりを食べ出した。……この人は生命力はあるんだ。真っ当に生きる方法を知らないだけで。
「撮ったらすぐに通報しますからね」
「うん」
痩せた上に危険な目にあったからか、精悍さが増している北海道さんにいつもと違う色気を感じた。
……新しい北海道さんだ。やっぱり本物は違う。本物は絶対に俺の思い通りには動かないんだ。
廃校はなかなか現れなかった。元は道だったのか、延々と顔の高さまである草むらの中を北海道さんにぶつからないように気を使いながら歩かされていた。
「北海道さん、こんなところを歩いてあそこまで行ったんですか?」
「うん。公衆電話を探しながらね。でも仲間が大変な目にあっていると思うと頑張れたよ」
「…………」
思わず舌打ちが出そうになるのをなんとか堪えた。
「依頼人は新聞記者なんですか」
「この件を長年追ってたんだって。ようやくアジトの一つを見つけたけど一緒に潜入してくれる人が見つからなかったらしい」
「そりゃそうですよ」
依頼する方もどうかしてるけど、依頼を受ける方もどうかしてる。
ようやく廃校らしきものが現れたが、草に覆われた校門は鎖をかけられ、南京錠が掛かっていた。門の小ささから裏門だろうと思った。
「島根くんはここで待ってて」
「俺も行くって言ってるでしょ?」
「もー」
北海道さんを危険な目に合わせるわけにはいかない。俺が盾になって北海道さんを守ってみせるんだ。
北海道さんが門によじ登って中に入った。その後に続いたが、サビだらけの門は長く使われていなさそうだった。
しかし何故か門の近くに新しいタイヤ跡を見つけてしまい、嫌な予感がした。
「……やっぱりこれ以上はやめしょう。危険です」
「今ごろ仲間が捕まってるかもしれないんだよ。僕が頑張らないと!」
……もう耐えられない。
「さっきから仲間ってなんなんですかっ‼ 海賊王にでもなるつもりですかっ⁉」
俺のこともそんな風に仲間だと思ったことはあるのかっ⁉
「しっ」
北海道さんが人差し指を口に当てて俺を止め、校舎の影に隠れた。わずかに足音と話し声が聞こえ、異様な匂いが立ち込めていることに気が付いた。
「あいつらは借金まみれの人間や路上生活者を雇い入れてるんだ。僕らは他人になりすまして潜入したんだよ。今は警備が薄い時期だからそこを狙ったんだ。でも僕が逃げ出したことはバレているはずだからこれがラストチャンスだよ」
……そんなの今までの依頼に比べたら難易度が高過ぎる。だからあんなに楽しそうにしてたのか。どうかしてる。
「島根くん、カメラ貸して」
背負っていた鞄からデジカメを出して渡した。デジカメをまじまじと見ながら北海道さんが頷いた。
「じゃあ島根くん、体育館の二階に行って人がいない場所を教えて」
「…………」
北海道さんに言われるまま、中腰で体育館の外階段を上った。二階から校舎を見たが、窓は全て締め切られているが、たしかに人影が見えた。
「あっち!」
北海道さんに見えるように指を差すと、北海道さんはまるで刑事ドラマのように機敏な動きで走り出し、校舎の一階の窓を開け、転がり込むように中に入った。
……あの人、あんなポテンシャルどこに隠してたんだ。いつもは眠そうな動きしかしないくせに。
北海道さんが校舎の中に消えたあと、生きた心地がしなかった。俺は一体何をしているんだ……。これは立派な組織犯罪だぞ。こんなのに関わるなんて。
北海道さんを待ち続けていると、突然学校のチャイムが鳴り出した。すると北海道さんが校舎の一階の窓を開けて出てきた。走りながら体育館の俺の方を見て手を振っている。
急いで階段を降り、北海道さんの後ろについて走った。
「まずいよっ、急いでっ」
チャイムが終わることなく鳴り続けている。これは何かの合図なのか?
「逃亡者が出たんだ。今すぐここを出ないとっ」
隠れられる建物が無くなると、二人で裏門まで全力で走った。
門をよじ登ったところで、門の脇から小太りの初老男性が転がり出てきた。
「熊本さんっ‼」
「北海道くん!」
二人は見つめ合うと、すぐに抱き合った。
「…………」
「熊本さん! 無事で良かった!」
「ありがとう! 君なら絶対に戻って来てくれると信じていたよ!」
抱きしめ合う二人を無理矢理引き離して叫んだ。
「追手が来てます! 早く逃げますよ!」
近付く追手と悪臭から逃げるために、三人で悪夢のように長い草むらの中を走った。
頭の中をずっとチャイムが鳴っていた。これはきっとトラウマになるやつだ。行きよりもずっと長く感じる草むらの中を走り切り、ようやく車に辿り着いた。
俺は運転席に乗り、二人は後部座席に乗った。
「撮ったか?」
「撮りました。バッチリです!」
北海道さんと会話する熊本という中年男が、Tシャツをまくり上げると、胸の真ん中に何かがガムテープで貼られているのがバックミラーから見えた。
「盗聴も成功だ!」
……こいつらどうかしてる。見つかったら殺されるかもしれないのに。
「やったぞ! スクープだ!」
「やった! ミッションコンプリート! 島根くん、もっとスピード上げて!」
「…………」
怖いもの知らずの浮かれた二人が、俺が座る運転席の背中をガンガン蹴っている。
俺はというと、日本の闇を知ってしまった恐怖でアクセル全開だった。こんなところ一刻も早く逃げ出したい。
二度とこんな依頼受けさせないぞ!
義弟に車とデジカメを借り、北海道さんの元へ向かった。一直線に向かうつもりだったが、一度だけコンビニに寄り、水や食料を買い込んだ。
目的地に近付き、スピードを下げてナビ通りに進んでいると、廃線になった線路を見つけた。そこをさらに進むと、寂れた場所にやけに真新しく見える公衆電話があった。
そこに車を止めて降りた。
ホラー映画に出てきそうな、鬱蒼とした森に誰もいない道。まるで人気を感じられず、怖くなって北海道さんの名を何度も叫んだ。
「北海道さん……っ‼」
「島根くんっ」
北海道さんが突然草むらから突き出るように現れた。
「うわぁっ」
「ありがとう。助かったよ!」
北海道さんに抱きつかれ、思わず抱き返そうとすると、北海道さんに突き返された。
「時間がない。早く仲間を助けに行かなくちゃ」
「……仲間を助けたいならすぐに通報すべきですよ」
「そんなことしたら潜入した意味がなくなっちゃうよ! 先に撮らなくちゃ!」
いつになく興奮気味の北海道さんだ。
何日も着ているのか、服はボロボロだし、髭が伸びて頬はコケているのに、目はギラついている。
「本当にこんなところに麻薬製造工場があるんですか?」
「今や日本中に過疎の村や廃校があるからね。実際に見たんだ。何人もの人がそこで働いていたよ」
「……………」
北海道さんが勝手に車の後部座席を開け、コンビニの袋から水のペットボトルを出し、ゴクゴクと飲み出した。
「悪いけど車はここに隠しておいて欲しい。君は車の中にいて」
「俺も行きますよ」
「だめだよ。これは僕の依頼だから」
「そんなの今さらですよ。ここまで来たんだから手伝います」
頑として受け入れる気はなかった。こんなところまで来て北海道さんと離れることはできない。
「…………」
北海道さんも俺の決意を見て取ったのか、無表情になり無言でまた草むらの中に入っていった。
「次からは依頼内容を教えてくださいね」
「うん」
素直に返事をしたが、たぶん聞いていない。目が真っ直ぐ進む先を見ている。
水を一本飲み終わった北海道さんは、目を真っ直ぐ前に向けたままおにぎりを食べ出した。……この人は生命力はあるんだ。真っ当に生きる方法を知らないだけで。
「撮ったらすぐに通報しますからね」
「うん」
痩せた上に危険な目にあったからか、精悍さが増している北海道さんにいつもと違う色気を感じた。
……新しい北海道さんだ。やっぱり本物は違う。本物は絶対に俺の思い通りには動かないんだ。
廃校はなかなか現れなかった。元は道だったのか、延々と顔の高さまである草むらの中を北海道さんにぶつからないように気を使いながら歩かされていた。
「北海道さん、こんなところを歩いてあそこまで行ったんですか?」
「うん。公衆電話を探しながらね。でも仲間が大変な目にあっていると思うと頑張れたよ」
「…………」
思わず舌打ちが出そうになるのをなんとか堪えた。
「依頼人は新聞記者なんですか」
「この件を長年追ってたんだって。ようやくアジトの一つを見つけたけど一緒に潜入してくれる人が見つからなかったらしい」
「そりゃそうですよ」
依頼する方もどうかしてるけど、依頼を受ける方もどうかしてる。
ようやく廃校らしきものが現れたが、草に覆われた校門は鎖をかけられ、南京錠が掛かっていた。門の小ささから裏門だろうと思った。
「島根くんはここで待ってて」
「俺も行くって言ってるでしょ?」
「もー」
北海道さんを危険な目に合わせるわけにはいかない。俺が盾になって北海道さんを守ってみせるんだ。
北海道さんが門によじ登って中に入った。その後に続いたが、サビだらけの門は長く使われていなさそうだった。
しかし何故か門の近くに新しいタイヤ跡を見つけてしまい、嫌な予感がした。
「……やっぱりこれ以上はやめしょう。危険です」
「今ごろ仲間が捕まってるかもしれないんだよ。僕が頑張らないと!」
……もう耐えられない。
「さっきから仲間ってなんなんですかっ‼ 海賊王にでもなるつもりですかっ⁉」
俺のこともそんな風に仲間だと思ったことはあるのかっ⁉
「しっ」
北海道さんが人差し指を口に当てて俺を止め、校舎の影に隠れた。わずかに足音と話し声が聞こえ、異様な匂いが立ち込めていることに気が付いた。
「あいつらは借金まみれの人間や路上生活者を雇い入れてるんだ。僕らは他人になりすまして潜入したんだよ。今は警備が薄い時期だからそこを狙ったんだ。でも僕が逃げ出したことはバレているはずだからこれがラストチャンスだよ」
……そんなの今までの依頼に比べたら難易度が高過ぎる。だからあんなに楽しそうにしてたのか。どうかしてる。
「島根くん、カメラ貸して」
背負っていた鞄からデジカメを出して渡した。デジカメをまじまじと見ながら北海道さんが頷いた。
「じゃあ島根くん、体育館の二階に行って人がいない場所を教えて」
「…………」
北海道さんに言われるまま、中腰で体育館の外階段を上った。二階から校舎を見たが、窓は全て締め切られているが、たしかに人影が見えた。
「あっち!」
北海道さんに見えるように指を差すと、北海道さんはまるで刑事ドラマのように機敏な動きで走り出し、校舎の一階の窓を開け、転がり込むように中に入った。
……あの人、あんなポテンシャルどこに隠してたんだ。いつもは眠そうな動きしかしないくせに。
北海道さんが校舎の中に消えたあと、生きた心地がしなかった。俺は一体何をしているんだ……。これは立派な組織犯罪だぞ。こんなのに関わるなんて。
北海道さんを待ち続けていると、突然学校のチャイムが鳴り出した。すると北海道さんが校舎の一階の窓を開けて出てきた。走りながら体育館の俺の方を見て手を振っている。
急いで階段を降り、北海道さんの後ろについて走った。
「まずいよっ、急いでっ」
チャイムが終わることなく鳴り続けている。これは何かの合図なのか?
「逃亡者が出たんだ。今すぐここを出ないとっ」
隠れられる建物が無くなると、二人で裏門まで全力で走った。
門をよじ登ったところで、門の脇から小太りの初老男性が転がり出てきた。
「熊本さんっ‼」
「北海道くん!」
二人は見つめ合うと、すぐに抱き合った。
「…………」
「熊本さん! 無事で良かった!」
「ありがとう! 君なら絶対に戻って来てくれると信じていたよ!」
抱きしめ合う二人を無理矢理引き離して叫んだ。
「追手が来てます! 早く逃げますよ!」
近付く追手と悪臭から逃げるために、三人で悪夢のように長い草むらの中を走った。
頭の中をずっとチャイムが鳴っていた。これはきっとトラウマになるやつだ。行きよりもずっと長く感じる草むらの中を走り切り、ようやく車に辿り着いた。
俺は運転席に乗り、二人は後部座席に乗った。
「撮ったか?」
「撮りました。バッチリです!」
北海道さんと会話する熊本という中年男が、Tシャツをまくり上げると、胸の真ん中に何かがガムテープで貼られているのがバックミラーから見えた。
「盗聴も成功だ!」
……こいつらどうかしてる。見つかったら殺されるかもしれないのに。
「やったぞ! スクープだ!」
「やった! ミッションコンプリート! 島根くん、もっとスピード上げて!」
「…………」
怖いもの知らずの浮かれた二人が、俺が座る運転席の背中をガンガン蹴っている。
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