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「あなた北海道さんのなんなの? 助手が来るって聞いてたんだけど」
思わずきょとんとしてしまった。
……助手? 俺は北海道さんの助手だったのか? つまりワトソン?
「まぁいいわ。依頼はしてあげる。でも駄目なら駄目とすぐに言ってちょうだい。他に回すから」
相変わらずのファッションセンスのアニマルババァは、孔雀の扇子で顔を扇ぎなから、一枚の写真を出した。
写真の男は前髪が目のほとんどを隠すほど長く、陰気な印象だった。
「この方は?」
「甥よ。旦那の方のね! このクズがしょっちゅううちに来ては金目の物を盗み出してるのよ! 今までは大目に見てやってきたけどね、今回ばかりは許さないわ! 私の一番大事なものを盗んだんだから!」
アニマルババァが蛇の目で眉毛を突き上げながら捲し立てた。
一階の山口接骨院は壁中に隙間なく絵画が飾られ、二階の北海道さんの事務所とは趣きが全く違った。アニマルババァが扇子を扇ぐたびに強い香水の臭いが撒き散らされ、とんでもなく息苦しかった。
「写真の裏に名前と住所が書いてあるわ。全然帰ってないみたいだけど。怪我はしてても構わないけど必ず生きてる状態でここに連れてきてね! 絶対よ!」
「……分かりました」
写真を借り、接骨院を出て階段を上っていると、後ろから服を引っ張られた。振り返ると、毛髪がほとんど無い、上下の白衣を着た細身の中年男性が立っていた。
「あの、お願いがあるんです」
「え?」
「もしあの子を見つけても、逃がしてやって欲しいんです。あれに問い詰められたらやってなくてもやったと言ってしまいます。あの子はかわいそうな子なんです。これ以上かわいそうな目に遭わせたくないんです」
「あ、あの」
男は何かに気がついたように、頭をかいた。
「あ、すみません。あれの夫です」
……どう見てもアニマルババァに生気を吸われている見た目だ。
「きっと今ごろあの子は近くの公園にいるはずです。あの子を見つけたらこの住所へ。行く当てがなくて困っているはずですから。ここなら見つかりません。お願いします。私が家賃一年分を払いますから」
住所が書かれたメモを受け取った。
……一年分。やるしかない。
「分かりました」
早々に依頼主が変わってしまったけど仕方がない。北海道探偵事務所をあと一年存続させるためだ。
『ふーん』
夜勤で暇だという北海道さんと家でビデオ通話をしていた。
画面には警備員の制服を着た北海道さんが映っている。帽子を斜めに被って、なんだか軽薄な警察官みたいだ。かわいいと思っていることがバレないように無表情に努めた。
『一度だけ見たことがあるよ。外であのババァの旦那と若い男が話しているの』
「この男ですか?」
『たぶんね』
北海道さんの顔がアップになり、画面に映した男の写真を見ている。
『でもこの男が犯人じゃないとすると泥棒は他にいることになってしまうね』
「そうですね」
『でも依頼はその男を獣から逃がすことだから泥棒は気にしなくていいよ』
「はい」
北海道さんの顔が離れ、また軽薄な警察官が現れた。
「そちらはどうですか?」
『こっち?』
北海道さんが帽子を取って頭をかいた。
警備員に扮するためか、髪が短くなっていた。久しぶりの清潔感のある北海道さんだ。
『どうやらこの事務所のアイドルたちの中で薬物が流行っているらしいんだけど、まだ証拠が摑めてないんだよね』
北海道さんがあくびをしながら帽子を被り直した。
コスプレ姿が画面越しでしか見られないのが悔しい。もっと近くで見たいのに。
「こっちの仕事をすぐに終わらせてそっちを手伝いに行きますから」
『うん。でも君がもう少しかわいければ、アイドル候補生として潜入できるんだけどね』
「まだいけますよ」
『いけないよ』
北海道さんが笑った。
北海道さんならいけると言いそうになったけどやめた。助手に徹するんだ。もう二度と気持ち悪いことは言わないぞ。
弁当の配達が終わったあと、また義弟に車を借り、アニマルババァの甥の千葉優弥の住所に行ったが、インターフォンを何度鳴らしても出なかった。
行く当てがないという千葉を探して近所の公園を探し回っていると、無人の神社を見つけた。中を歩いていると、境内の下でコンビニの袋を顔に乗せて寝ている人間を見つけた。体格からして男である。
「もしもし」
声をかけても動かず、もしや死体かと思って体に触れると、ビニール袋が動き、突然男が走り出した。
「うわぁっ」
驚いて尻餅をついてしまったが、すぐに長い髪を振り乱しながら走る男を追いかけた。男は神社の階段で躓き、派手に転がり落ちたが、すぐに顔を隠して蹲った。
「……すみませんっ……すみませんっ……!」
「千葉優弥さんですか?」
男は地面に寝ながら一人でジタバタと暴れている。
「離してっ、殺さないでっ」
「……叔父さんからの依頼で来ました。島根です」
そう言うと、男の動きが止まった。
「……叔父さん?」
「あなたを安全な場所に連れていきます。電話で叔父さんと話しますか?」
「…………」
ようやく顔を上げ、頷いた千葉は、太い眉毛に黒目がちな目をしていた。
思わずきょとんとしてしまった。
……助手? 俺は北海道さんの助手だったのか? つまりワトソン?
「まぁいいわ。依頼はしてあげる。でも駄目なら駄目とすぐに言ってちょうだい。他に回すから」
相変わらずのファッションセンスのアニマルババァは、孔雀の扇子で顔を扇ぎなから、一枚の写真を出した。
写真の男は前髪が目のほとんどを隠すほど長く、陰気な印象だった。
「この方は?」
「甥よ。旦那の方のね! このクズがしょっちゅううちに来ては金目の物を盗み出してるのよ! 今までは大目に見てやってきたけどね、今回ばかりは許さないわ! 私の一番大事なものを盗んだんだから!」
アニマルババァが蛇の目で眉毛を突き上げながら捲し立てた。
一階の山口接骨院は壁中に隙間なく絵画が飾られ、二階の北海道さんの事務所とは趣きが全く違った。アニマルババァが扇子を扇ぐたびに強い香水の臭いが撒き散らされ、とんでもなく息苦しかった。
「写真の裏に名前と住所が書いてあるわ。全然帰ってないみたいだけど。怪我はしてても構わないけど必ず生きてる状態でここに連れてきてね! 絶対よ!」
「……分かりました」
写真を借り、接骨院を出て階段を上っていると、後ろから服を引っ張られた。振り返ると、毛髪がほとんど無い、上下の白衣を着た細身の中年男性が立っていた。
「あの、お願いがあるんです」
「え?」
「もしあの子を見つけても、逃がしてやって欲しいんです。あれに問い詰められたらやってなくてもやったと言ってしまいます。あの子はかわいそうな子なんです。これ以上かわいそうな目に遭わせたくないんです」
「あ、あの」
男は何かに気がついたように、頭をかいた。
「あ、すみません。あれの夫です」
……どう見てもアニマルババァに生気を吸われている見た目だ。
「きっと今ごろあの子は近くの公園にいるはずです。あの子を見つけたらこの住所へ。行く当てがなくて困っているはずですから。ここなら見つかりません。お願いします。私が家賃一年分を払いますから」
住所が書かれたメモを受け取った。
……一年分。やるしかない。
「分かりました」
早々に依頼主が変わってしまったけど仕方がない。北海道探偵事務所をあと一年存続させるためだ。
『ふーん』
夜勤で暇だという北海道さんと家でビデオ通話をしていた。
画面には警備員の制服を着た北海道さんが映っている。帽子を斜めに被って、なんだか軽薄な警察官みたいだ。かわいいと思っていることがバレないように無表情に努めた。
『一度だけ見たことがあるよ。外であのババァの旦那と若い男が話しているの』
「この男ですか?」
『たぶんね』
北海道さんの顔がアップになり、画面に映した男の写真を見ている。
『でもこの男が犯人じゃないとすると泥棒は他にいることになってしまうね』
「そうですね」
『でも依頼はその男を獣から逃がすことだから泥棒は気にしなくていいよ』
「はい」
北海道さんの顔が離れ、また軽薄な警察官が現れた。
「そちらはどうですか?」
『こっち?』
北海道さんが帽子を取って頭をかいた。
警備員に扮するためか、髪が短くなっていた。久しぶりの清潔感のある北海道さんだ。
『どうやらこの事務所のアイドルたちの中で薬物が流行っているらしいんだけど、まだ証拠が摑めてないんだよね』
北海道さんがあくびをしながら帽子を被り直した。
コスプレ姿が画面越しでしか見られないのが悔しい。もっと近くで見たいのに。
「こっちの仕事をすぐに終わらせてそっちを手伝いに行きますから」
『うん。でも君がもう少しかわいければ、アイドル候補生として潜入できるんだけどね』
「まだいけますよ」
『いけないよ』
北海道さんが笑った。
北海道さんならいけると言いそうになったけどやめた。助手に徹するんだ。もう二度と気持ち悪いことは言わないぞ。
弁当の配達が終わったあと、また義弟に車を借り、アニマルババァの甥の千葉優弥の住所に行ったが、インターフォンを何度鳴らしても出なかった。
行く当てがないという千葉を探して近所の公園を探し回っていると、無人の神社を見つけた。中を歩いていると、境内の下でコンビニの袋を顔に乗せて寝ている人間を見つけた。体格からして男である。
「もしもし」
声をかけても動かず、もしや死体かと思って体に触れると、ビニール袋が動き、突然男が走り出した。
「うわぁっ」
驚いて尻餅をついてしまったが、すぐに長い髪を振り乱しながら走る男を追いかけた。男は神社の階段で躓き、派手に転がり落ちたが、すぐに顔を隠して蹲った。
「……すみませんっ……すみませんっ……!」
「千葉優弥さんですか?」
男は地面に寝ながら一人でジタバタと暴れている。
「離してっ、殺さないでっ」
「……叔父さんからの依頼で来ました。島根です」
そう言うと、男の動きが止まった。
「……叔父さん?」
「あなたを安全な場所に連れていきます。電話で叔父さんと話しますか?」
「…………」
ようやく顔を上げ、頷いた千葉は、太い眉毛に黒目がちな目をしていた。
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