眠れない男

たいら

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「ふむ。大阪駿馬の周りの人間について調べてみた」
 北海道さんの父親から呼び出され古風な喫茶店に行くと、日焼けサロンに行ったみたいに肌の色が変わっていた。
 そのおかげか眉間の皺が濃くなり、右頬の十字傷の存在感が増し、ダンディズムも増していた。
「大阪が言っていた宮崎まなみという元マネージャーは、一年前に事務所を辞め、現在は身元が分からなくなっている。宮崎のあとについたマネージャーはどれも一ヶ月足らずで事務所を辞めている。何らかの嫌がらせに遭っていた可能性がある」
 北海道さんの父親は両手の指を組んだ上に顎を乗せ、自分が一番かっこよく見えるポーズを決めている。
「宮崎まなみは元々大阪のファンでマネージャーになったらしいが、大阪に振られてマネージャーを辞めたらしい。そのことで恨まれていたのかもしれないな」
 北海道さんの父親の左手の薬指には前はなかった指輪が光っているが、気が付かないふりをした。
「君が今朝轢かれかけたコンビニ前の防犯カメラには、またも顔が上手く映っていなかった。車種は倅を轢いたのと同じで、ナンバーは偽造。たぶん倅を轢いた犯人と同一人物だろう」
「大阪と宮崎は付き合っていたんですか?」
「宮崎は周りにそう言いふらしていたらしい」
 ……結局は身から出た錆なんじゃないか。
「ところで倅は今君の家にいるのかな?」
「はい」
 俺がいない間は北海道さんに家を使ってもらっていた。
「君には本当に申し訳ない。何から何まで」
 北海道さんの父親が俺に向かって頭を下げた。
「いえ、とんでもない」
「実はそんな君にもう一つお願いがあるのだが」
 頭を上げた北海道さんの父親が、スーツの内側から封筒を出した。テーブルに置かれたその封筒は、ピンク色の花束の絵があしらわれていた。
「実は来週結婚式を挙げるんだが倅と来てくれないかな?」
「無理です」
「そこを何とか」
「無理です」
 ……クソジジィめ。
 こいつのせいで北海道さんは恋愛嫌いになったのに。






 強引に招待状を押し付けられ、喫茶店を出て大阪のマンションに戻ると、千葉が入口のところで体を潜めていた。
「どうした?」
 声をかけると千葉は人差し指を口に当て、郵便受けの方を指差した。見ると背の低い女が大阪の郵便受けをのぞきこんでいた。
「…………」
 急いで北海道さんの父親に連絡し、大阪の郵便物を持ってマンションから出て行く女の跡を付けた。
 女がタクシーに乗る前に北海道さんの父親が警察手帳を見せると、女はあっさりと大阪の郵便物を盗んだことを認めた。
「北海道さんっ、捕まえましたよっ‼」
 警察署で話を聞かれた帰り道、千葉と歩きながら北海道さんに早速報告をした。
『え、もう?』
「はい。やっぱり大阪と付き合っていた宮崎まなみという元マネージャーが犯人でした。北海道さんを轢いたことも認めましたよ」
 これで一件落着だ。北海道さんの元に帰れるぞ。
『女? おかしいな』
 電話の向こうの北海道さんの声が戸惑っている。
「え?」
『アニマルババァから聞き出したんだ。僕を轢いたのは誰だったか』
「よく教えてくれましたね」
 たしか条件があったはずなのに。
『俳優の石川翔吾いしかわしょうごだって』
 それは意外な名前だった。
「……石川翔吾? ってあの石川翔吾ですか?」
『僕は知らないけど、大阪と同じ事務所の俳優らしいよ』
 石川翔吾なら俺でも知っている、どこか可愛らしい見た目の若手俳優だ。
 ……どういうことだ? 北海道さんを轢いたのは宮崎じゃないのか? じゃあどうして宮崎は認めたんだ?
「島根さんっ!」
 千葉の声に顔を上げると、車のヘッドライトが猛スピードでこちらに向かって来ていた。
 千葉と歩道の両側に別れたが、車は俺の方に向かってきた。背の高いマンションの塀はとても飛び越えられそうにない。
『島根くん?』
 車は容赦なく俺をはねた。






「…………」
 目を開けると、北海道さんの顔があった。
「島根くん、起きた?」
「…………」
 体を起こそうとすると胸に痛みが走った。よく見ると右手と右足にギプスをして胸に包帯が巻かれてた。
「それで済んで相当運が良かったみたいだよ。頭も打ったけど検査結果は異常なしだって。君も僕も運が良いよね」
「…………」
「君を轢いたあと逃げる車のボンネットに千葉くんがしがみついてくれたおかげで石川翔吾を逮捕できたよ」
 北海道さんがのんびりと話す言葉で、ようやく事態が飲み込めた。ここは病院で、俺はほぼ全身に怪我をしている。最後に見たあの車に乗っていたのは石川翔吾だったのか。
「でも石川は黙秘してるんだって」
「え?」
「ニュースは石川の話題で持ち切りだよ。でも大阪の名前は一切出ていないんだ。だから石川のただの轢き逃げということになっているんだよ」
「…………」
 石川は何故俺と北海道さんを狙ったんだろう。どうして宮崎はやっていないのに認めたのか。
「……北海道さん」
「ん?」
 でも一番気になるのは別のことだった。
 北海道さんはどこかのんびりとした動きで、誰かが持ってきた果物の籠からりんごを一つ取り、齧った。
「俺が事故に遭ったって知って驚きました?」
「うん」
「どう思いました?」
「…………」
 北海道さんがりんごを口の中でモゴモゴさせながら言った。
「君の弁当はもう食べられないのかなって思ったよ」
「それだけですか?」
「うん」
「残念でした?」
「うん。少しね」
 北海道さんがいつもの笑顔で笑った。
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