眠れない男

たいら

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 入院して二日目、大阪が病室に現れた。
 大阪が支払ってくれるという病室は個室で静かで退屈過ぎた。テレビで石川翔吾のニュースを見ながら、ネットで千葉が石川が逃げようとする車のボンネットにしがみつく動画を何度も見ていた。
「良かったな、生きてて」
 大阪はベッドの横の椅子に座ると、開口一番にそう言った。気軽にふらっと来た様子の大阪は、病院でもサングラスをしていた。
「あんたのおかげで俺もようやく安心できるよ」
 大阪は大して感謝をしてなさそうに言った。
「宮崎まなみと付き合ってたんですか?」
「まさか」
 大阪が鼻で笑った。
「石川翔吾とは?」
「…………」
 大阪は黙って長い足を組み、サングラスを外した。
「あなたの薬物の噂を流したのは宮崎ですか? 石川ですか?」
「さぁな。もうどっちでもいい。犯人は捕まったんだからな」
 大阪はやはり嬉しくなさそうに俺を見た。
「俺はこの仕事を続けるために表の顔さえ守れればいいんだ。それ以外はどうでもいい。だからこのことを週刊誌や新聞社やテレビ局に売らないでほしい」
「…………」
「俺の時計を盗んだあのヒーロー気取りのクソガキを窃盗犯にしたくないならな」
 大阪はそう言うと、サングラスをかけ直して病室から出ていった。






 退院する一日前に北海道さんの父親が病室に来た。
「退院おめでとう」
「ありがとうございます」
 北海道さんの父親から紙袋を受け取った。
「ハネムーン土産だよ。倅の分も」
「……ありがとうございます」
 てっきり見舞いの品だと思って受け取ってしまったことを後悔した。
「悪いね。忙しくてなかなか来れなくて」
「いえ」
 お陰で北海道さんが毎日来てくれたて毎日楽しかった。怪我の功名というやつだ。
「石川はまだ黙秘を続けているが倅のひき逃げに関しても逮捕することができた。まだまだワイドショーを賑わせそうだ」
「そうですね」
 石川翔吾の事件はワイドショーで繰り返し報道されていた。
「一応大阪駿馬にも話を聞いたが、石川のことは何も知らないの一点張りだ」
「…………」
「ただ、大阪は自分の周りに起きたことは全部宮崎のせいだと信じていたようだった」
「…………」
 宮崎まなみは結局ただのストーカーでしかなかった。大阪と付き合っていたと信じ込んでしまっていたらしい。
 大阪の本当の恋人だった石川は、嫉妬にかられ、大阪の周りの人間を酷いやり方で追い払っていた。
「しかし警察としては二人が話さない以上は二人の関係をこれ以上追及することはできそうにない」
 大阪と石川の関係を世間の人間が知ることはできなさそうだった。






 退院の日は北海道さんが迎えに来てくれた。
 まだ右手と右足にギプスをして松葉杖をついている俺を、とっくに左手のギプスがはずれている北海道さんが自分の車に乗せてくれた。
 しかし車が到着したのは、俺の家でも北海道探偵事務所でもなかった。
「ここは?」
「新居と新しい事務所だよ」
「え?」
 北海道さんが車のドアを開けてくれて、車を降りると、六階建てのマンションの駐車場だった。
「あそこの不便さが怪我をしてみて分かったんだ。だから引っ越したよ」
「…………」
 北海道さんが俺の鞄を持って先に行き、マンションの中に入った。
 俺は慣れない松葉杖をつきながら北海道さんを追いかけた。
「まさかアニマルババァのあの条件を飲んだんですか? 犯人の名前を聞くために?」
 北海道さんがエレベーターのボタンを押した。
「僕だって何もしないわけにはいかなかったんだよ」
「だからって」
「大阪からたんまりお金貰ったしちょうど良かったんだ」
 エレベーターに乗った北海道さんは六階のボタンを押した。
「ちなみに事務所の隣の部屋が住居だよ。風呂もあるからね。これでもう君の世話にならなくてすむよ」
「…………」
 ……ここは俺の配達区域からはずれている。昼休みの時間に弁当を届けるのも無理そうだった。
 北海道さんが玄関のドアを開けると、俺の顔を見た千葉に抱きつかれた。
「島根さん!」
 ……俺が犯人を捕まえるって言ったのに、北海道さんは信じなかったんだ。ご褒美も嘘だったんだ。
 信じてくれなかったことも、嘘をつかれたことも、入院している間に俺から離れる準備をされていたこともショックだった。






「お兄ちゃんさ、邪魔だからどっか行ってくれない?」
「お義兄さん、怪我が治るまでは家で休んでてください」
「…………」
 右手と右足にギプスをしたまま久しぶりに店に二人に会いに行ってみたが、忙しい二人に追い出されてしまった。
 仕方なく北海道さんの新しい事務所に行ってみたものの、千葉は忙しそうにすぐにどこかに行ってしまったし、北海道さんはまた危険な依頼でも受けているのか、真面目な顔でパソコンを触っている。
 退屈過ぎて、テレビを見ながら北海道さんの父親の土産のチョコレートを食べるしかすることがなかった。
 埃の匂いのしない新しい事務所は慣れそうにない。まるで俺のことはもう必要ないと言われているみたいだ。アニマルババァがいる前の事務所が恋しかった。
「島根くん」
 呼ばれて振り返ると、北海道さんがパソコンから顔を上げていた。
「足が治ったら旅行に聞こうか」
「え? どこに?」
「どこでもいいよ。君の好きなところ」
「どうしたんですか? 突然」
 北海道さんが俺を旅行に誘うなんて初めてのことだった。前に俺が誘ったときは無下に断られたのに。まるでそのときの逆パターンだ。
「約束しただろ?」
 北海道さんが俺を見て笑っている。何年も見続けている無邪気で無鉄砲な笑顔だ。
「ご褒美あげるって」
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