ヤバい奴に好かれてます。

たいら

文字の大きさ
17 / 37
          1

17

しおりを挟む
『僕といればあなたは二度と傷つかずにすむんですよ?』
 ……これは久保田の殺し文句か?
 久保田が俺のどこを好きになったのか、未だに分からない。外見? 顔なんて完全にどこにでもいる顔だし。性格? 性格なんてあれだし、生命力なんて出涸らししか残ってないし。本当に背中の愛嬌か?
 久保田がなんで俺にここまでするのか分からなかった。
「野坂さん、おはようございます」
「おはよう」
 村上はあの日の翌日から何事もなかったように出勤していた。しかし久保田が変わるわけがないから嫌がらせは続いているだろう。なにせあの男は、人を自分の思い通りにするためならどんな画策もする男なんだから。
「野坂さん」
「ん?」
「俺はもう大丈夫です」
「そう」
 森田がいるからかな? 観覧車を降りたあと、森田は外で暮らしたことのない飼い猫のような顔をしていた。村上も頬に少しだけ肉が戻ったように見える。
「野坂さん。今度、仕事帰りにでも食事に行きませんか?」
「え?」
「野坂さんの食べたい物奢ります。あ、もちろん久保田さんには内緒でお願いしますね」
「…………」
「森田にも」
 何言ってんの? この前森田とキスしてたよね?
 社内を見回したが、まだ森田は出社していなかった。久保田もトイレに行っているのか、見える場所にはいない。
 それが分かっているのか、村上は元気を取り戻した顔で人差し指を口に当てると、自分のデスクに戻って行った。






 俺は自堕落な人間だし、容姿が飛び抜けて良いわけじゃないし、性格だってこんなんだし、向上心もないし、何も持っていない。そんな俺のことを好きだと言って、何でもするという男が現れた。この男は俺の生活にどんどん入り込んできた。俺はすでに追い込まれている。
 どうすればいい?
「…………」
 重なる唇が離れないように、久保田の首に手をまわした。お互いの舌が絡み合い始めると久保田が眼鏡をはずした。
「……野坂さん」
 キスをしながら抱き合い、重なっている場所から熱が指先まで伝わっていく。俺は自然と久保田の体に体を押しつけていた。
 夕食を食べ終わったばかりで、テーブルにはまだ食器が乗せられている。久保田に誘われるまま、俺の体はそれに応じようと動いていた。
 待て。本当にいいのか? あの久保田だぞ? 今まで以上にこいつに束縛されることになるんだぞ?
 分からない。久保田からは逃げたい。死ぬほど逃げたい。でも逃げ切れる自信もない。こいつが次はどんなカードを切るか分からないからだ。
 それに、久保田が与えてくれた生温い場所に慣れ過ぎてしまっていた。久保田がいなくなったら俺はどうなる? リョータがいなくなった時よりも苦しむかもしれない。リョータ以上に久保田を好きになったわけじゃない。でもそれくらい久保田は俺の生活に入り込んでいた。
「……野坂さん、好きです」
「…………」
 でも、あの観覧車に乗った日から、俺の中で何かが変わったような気がしていた。
 久保田は俺のうなじに手をやりながら、俺を後ろへ押し倒した。そのまま、またキスをし、久保田の手がパーカーの中に入った。
「……いいんですね?」
「…………」
 俺は頷いた。
 だって。
 久保田の顔が近付いて、また唇を合わせた。パーカーの中の久保田の手が俺の体をなぞると、俺も久保田を見上げながら緩んでいたネクタイをはずした。素肌の上を久保田の手が滑っていく。
 左の胸を撫でられ、右の胸を濡れた舌で舐められ、吸い付かれると、俺は軽くのけ反った。
「あっ」
 しかしそれはすでに知っている感触だった。
 自由に動く唇と舌は、無防備な腹にも、痕が付きそうなほど強く吸い付いた。
「……あっ」
「……野坂さん」
 体にあちこちに痕を付けていく久保田の髪を、ぐしゃぐしゃと乱れさせながらも、俺はまだ安心していた。
 だってこの家にはなんの用意もないから。
 なんの準備もできないから、最後までは絶対にすることができないのだ。久保田だってそんな状態で無理強いはしてこないだろう。たぶん。
 だから俺は履いているスウェットの紐がとかれ、久保田の手が入ってきてもそれを止めなかった。
 しかし久保田は突然、俺の頭の斜め上に手を伸ばした。窓の下、狭い部屋の畳の上に直接置かれた収納ボックス。そこから久保田が何かを取り出した。
 それは……。
「は?」
 俺は一瞬で真顔になった。
「大丈夫です。ちゃんと新品ですから」
 そういう問題じゃない。
 まさかドラ○もんだって、こんなに都合よくこんなものを出してはくれないだろう。久保田が驚く俺を尻目に新品のそれの蓋を開け、手のひらに出した。
「あれ? ひょっとして野坂さん、初めてですか?」
 俺の動揺を違う意味にとったのか、久保田に聞かれた。
「……え? いや、あの……」
 俺は頷いたらいいのか、首を横に振ったらいいのか分からなくなった。
「そんな訳はないと思いますが、大丈夫です。僕はどちらでも気にしません。お互いに今日が初めてということにしましょう」
「……ちょっと待って……!」
 久保田の濡れた手が近付き、俺はそれを避けるように起き上がった。しかし久保田に肩を掴まれ、倒される。
「……ちょ、ちょっと待って」
「あなたさっき、同意しましたよね?」
「……な……」
 なんて恐ろしいことを言うんだ!
「僕はちゃんと待ちましたよ? あなたが心から同意してくれるまでずいぶんと我慢しました。僕がどれだけこの家に通ったと思います?」
「…………」
 ……どうしよう。やっぱり怖くなってきた。久保田だけはやっぱりだめだ。助けてくれ。俺もう半裸だ!
 片腕だけ抜けたパーカーを首元に斜めに引っ掛け、スウェットと下着がこれ以上下がらないように抑え、久保田の下から後ずさるように抜け出た。しかしすぐに狭い部屋の壁にぶつかる。
「僕はあなたのためなら何だってしますよ」
「…………」
 どうしよう! いつもの言葉が犯罪の言葉みたいに聞こえる!
「野坂さん、好きです」
 どうしよう。どうしよう!
 俺は壁に体を押し付けながら、頭を掻きむしった。そしてある逃げ道に辿り着く。
「……と、とりあえずビールを」
 まだ、たしか冷蔵庫に残ってたはず。
「だめです。僕は素面のあなたとしかしたくありません」
「…………」
 久保田がまた俺の横にある収納ボックスに手を伸ばした。
 見ると手に小さな箱を持っている。久保田はその箱から薄い正方形の物を取り出した。
 これもこの家で初めて見たぞ? もしかしてこれは、この正方形のパッケージを破ると、薄いゴム製の物が出てくるやつじゃないか?
 ……もう何この家っ‼ 俺が知らない間にこんなものまでっ‼ これ以上何が仕込まれているんだっ⁉
「野坂さん」
 壁に背中を付ける俺に久保田が迫って来た。
 大丈夫。まだ逃げられる。俺はいつも我慢して流されて失敗してきたんだから。逃げるんだ。
 今度こそ。
 久保田が俺の顔の横の壁に手をついた。
「あなたにここまでする男は二度と現れないと思いますよ? 僕はあなたの防波堤になります。あなたが二度と荒波に揉まれないようにします。二度と一人で泣かせません。僕はあなたを守り続けます。僕は絶対に逃げません。僕は一生あなたを愛します。愛し抜きます」
「…………」
 眼鏡のない久保田が、俺の肩を掴んだ。キスをするように久保田の顔が近づく。
「野坂さん」
「…………」
 ……どうしよう!
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

男同士で番だなんてあってたまるかよ

だいたい石田
BL
石堂徹は、大学の授業中に居眠りをしていた。目覚めたら見知らぬ場所で、隣に寝ていた男にキスをされる。茫然とする徹に男は告げる。「お前は俺の番だ。」と。 ――男同士で番だなんてあってたまるかよ!!! ※R描写がメインのお話となります。 この作品は、ムーンライト、ピクシブにて別HNにて投稿しています。 毎日21時に更新されます。8話で完結します。 2019年12月18日追記 カテゴリを「恋愛」から「BL」に変更いたしました。 カテゴリを間違えてすみませんでした。 ご指摘ありがとうございました。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞に応募しましたので、見て頂けると嬉しいです! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

ビジネス婚は甘い、甘い、甘い!

ユーリ
BL
幼馴染のモデル兼俳優にビジネス婚を申し込まれた湊は承諾するけれど、結婚生活は思ったより甘くて…しかもなぜか同僚にも迫られて!? 「お前はいい加減俺に興味を持て」イケメン芸能人×ただの一般人「だって興味ないもん」ーー自分の旦那に全く興味のない湊に嫁としての自覚は芽生えるか??

刺されて始まる恋もある

神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。

【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』

バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。  そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。   最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

処理中です...