聖・黒薔薇学園

能登

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I

XXXVI

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その日の夜、胸がやけにザワついて部屋の中でじっとしていられなかった四季は、徐に部屋を飛び出した。

一人で過ごす時間が苦痛だったのだ。

一人の時間は月城のことばかりを考えてしまい勉強どころではなく、ダンスの練習をしようにもステップの復習くらいしか出来ない。

頭の中に思い浮かぶのは、月城が四季に向ける優しい眼差しと心地のいい空間のこと、そして鋭い牙の感触だった。

如月の部屋から帰ったあと彼をオカズに自慰をしたが、四季に残ったのは背徳感だけで、寧ろ美しくて気高い彼にぶちまけた一方的な感情は月城を酷く汚したような気がした。

如月の言っている通り、恋は綺麗なものなんかじゃなかった。

自分の欲とエゴの塊。

そこに気付いたからこそ、余計に月城の顔を見ることが出来ないでいる。


「...黒須くん...?
何だか暗い顔をしているね。」

加賀美の部屋の扉をノックすると、中から顔を覗かせた加賀美が部屋に招き入れてくれた。

温かな紅茶を手にフカフカなブランケットで包まれた四季を加賀美は「かわいい!雪だるまみたい!」と喜んでいる。
残念ながら、こちらはツッコミを入れる気力すら持ち合わせていない。


「黒須くん、僕で良ければ話聞くよ。」

「うん...。


......あの、さ...加賀美は誰かを好きになったこと、ある?」


まん丸い目を更に丸くし眉を上げた加賀美だったが、次第に目を伏せ「あるよ。」と声を漏らす。

小さくて、消えそうな声だった。

紅茶を飲み、水面を眺める彼はどこか懐かしい思い出を掘り起こすようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
その姿は、妙に寂しさすら覚える。


「歳上の、綺麗な方だった。
体が細くて病弱で、...外には出られないから周りからは籠の鳥って呼ばれてた。
僕はその方の独特な世界観とか考え方が好きで、いつも病室にこっそり会いに行ってたんだ。」

「その人の病気は治ったの?」

「...もうこの世にはいないんだ。
僕が好きだと気付いた後に、何者かによって殺められたらしい。」


「...ごめん、そうとは知らずに無神経だったな。」

まさかこんな話の流れになるとは思ってもいなかった四季は、気まずい空気の中ペコリと頭を下げる。

「いやいや!全然大丈夫だよ。
僕が小さかった頃の話だ、僕も今の今まで忘れていたし黒須くんが気にする必要はない。」

頷いた四季の顔を覗き込む加賀美は、アーモンド型の瞳をキラキラさせながら口を開く。


「それより、黒須くんに元気がないのは恋で悩んでいるから?」

「う...。」

「わ~、そうなんだ!青春だねぇ。」

にこにこしながら頬を両手で抑える姿は、恋バナを聞く女子そのものと言っても過言ではない。

「恋愛、したことがないから分からなくなった...。
今までどうやって話していたか思い出せない。
これを言って嫌な思いをさせたらどうしようとか、自分がどんな風に相手の目に映っているのかが凄く気になる。
心拍数が上がって胸が苦しくなって...、恥ずかしいから素っ気ない態度をとっちゃって...。」

「うーん、思春期だなぁ...。
でも分かる、僕にもそういう時があったよ。
今まで何も考えないで遊びに行ってたのに、好きだって気付いた瞬間「遊びに行くと迷惑かな?」とか余計なことを考えちゃうんだよね。」

「...そう...、もうどうすればいいか分からない。」

ソファーに座る加賀美が四季の頭を優しく撫でる。

「本当、痛いほどよく分かるよ。」

誰かに同意して貰えると、心がいくらかは軽くなった。

一人で溜め込んでいたモヤモヤを少しでも吐き出して、話を聞いてもらいたい。

頭の中にその思いが過ぎった瞬間、加賀美から渋い大人の香りが漂ったことに気付く。
それは四季の幼少期に父親が吸っていた煙草の香りと一緒で妙に懐かしかった。

「好きな人と話すのって凄く緊張するよね。
僕も、その人のことが好きだって気付いてから黒須くんみたいに色々と悩んじゃって...それから中々会いに行けなかったんだ。

言いたいことも聞きたいこともまとめて、最近楽しかったこと、美味しかった物を伝えるために何回もイメージトレーニングをした。
そして、貴方のことが好きですって告白することも決意したんだよ。

でも、言えなかった。
凄く後悔した...、僕が会いに行かなかった時間が戻ることはない。
二度と会えないって知っていたらどんなにカッコ悪くたって行動したのに。

時間があるって勘違いしていたんだ。

好きだった気持ちも、したかった会話も、告白も...全部伝わることが無いまま...最後は会うことすら出来ずに僕の恋は終わってしまった。」


四季の背中を擦る温かな手は、前へ進むことが出来ない背中を押しているように思えた。
自分みたいになるな、生き物である以上いつ居なくなるか分からないのだから、この世にいる間に沢山の言葉や気持ちを伝えるべきだ。

背中から加賀美の強い意志がひしひしと伝わってくる。

「好きな人と同じ時間を過ごせるなんて幸せなことだよ。
想いを伝えたら、どんな言葉であろうと返事が返ってくるんだから。

言葉にしないと自分の気持ちは絶対に伝わらない。
伝える相手がいるなら、絶対にその気持ちは伝えた方がいい。

だって、好きって言われたら誰だって嬉しいでしょう?」
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