聖・黒薔薇学園

能登

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I

XXXVII

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「え?」

「ほら、僕が黒須くんのこと好きって言ったらどう?」

「う、嬉しい...。」

「そうでしょ。
きっと黒須くんの好きな人も、気持ちを伝えて貰ったら嬉しいと思うよ。」

そうかな、と上目遣いで見やると加賀美は満面の笑みで頷いた。

「黒須くんが誰を好きかは分からないけど、上手くいくように祈ってる。」

ポン、と叩かれた背中が温かい。



「ありがと...。」

本来触れた方がいいであろう加賀美のワイシャツから香る煙草の匂いすら今の四季を落ち着かせる。


「そうだ!
黒須くん、お風呂入ってく?
たまには湯船に浸かるのも大事だよ。」

汚いシャワーブースしかない四季の部屋を知っているからこその提案に勢いよく頷くと、加賀美はOKと言いながらバスルームへ姿を消した。




「もう入っていいよ。」

部屋から着替えを持ってきた四季を誘う加賀美は、バスルームの扉をゆっくりと開けてみせる。

「わぁ、風呂なんてマジで久しぶりだ...テンション上がる。」

水面に浮かんだ無数の薔薇の花弁が美しい。
綺麗に整頓されたバスルームに立ち込める湯気が体をしっとり包むと、四季はワイシャツのボタンに指をかけた。

「浴室にある物は自由に使っていいからね。」

「加賀美、本当にありがとう。」

「いえいえ!...、さて。」

突然手を叩いた加賀美に驚き、ボタンを外す指が止まる。

「僕も一緒に入っちゃおうかな!」

「は!?!?」

今日一大きな声が出た。

確かに広いバスルームではあるが、高校生男児二人が同時に入ったらミチミチもいいとこだ。

しかも、普段から肌という肌は手と顔しか出していない加賀美の全身が晒されるなんて

「だめ...!
加賀美は綺麗だから、俺なんかと一緒に入っちゃダメ!!」

「あはは、なにそれ。
じゃあ一緒に入るのはまた今度だね。」

何とも諦めの早い男。
恐らく最初から冗談のつもりだったのだろう。


「ごゆっくり。」

加賀美が出ていったことに、ほっと胸を撫で下ろす。

あんな可愛い顔をしているにも関わらず、人を試すような冗談を平気で口にするのはタチが悪い。

この前の食堂のことといい、煙草の匂いといい...会う度に人が変わっているように思えてしまうがそれでも加賀美に助けられたことは事実だ。

言わなきゃ伝わらない、なんて当たり前のことを視野が狭くなった四季はすっかり忘れていた。

「...明日こそ、月城とちゃんと話すぞ...。」



...
......
.........


翌日、新月クラスの純血三人は授業開始ギリギリに席へつき、各々好きなことをして過ごした。

いつもと変わらぬルーティーンだ。

今か今かと話しかけるタイミングを伺う四季だったが、授業が終わる度に彼らの周りを多くのファンが囲んだこともあり、月城に話しかけることも難しくなる。

「月城様、今日はなんの本を読んでいるんですか?」

「...感情の本。」

「オススメの本教えてください!」

「......これかな。」

どんな質問をされても軽く返答し、決して本から目を離さない月城の姿は、いつも以上に冷ややかで


「綾斗様がそこまで夢中になる本だなんて、今度貸して欲しいです♡」


周りの声は、いつも以上に耳障りに感じた。

結局話しかけることが出来ないまま放課後になると、いよいよ焦燥感が押し寄せる。

クラブ活動や、委員会で教室を後にする生徒が多いこの時間は、それこそ月城と話す絶好のチャンスだ。

拳を強く握りしめたことにより、爪の先が真っ白になって皮膚へ食い込む。

噛み締めた唇。

周りの音が聞こえなくなるくらいの大きな心音。


四季はこれまでに感じたことのない緊張感を抱きながら、ゴクリと唾を飲んだ。

早く話しかけないと、行ってしまう。
だけど、どんな顔をして話せばいいかが分からない。

ここ数日、あからさまに避けているのは誰が見ても一目瞭然だった。

それが、月城本人であれば尚更嫌な気持ちになっていることだろう。
意味も分からないまま避けられ、目すら合わせて貰えない。
素っ気ない態度をとったことで、何度も心配をかけたはずだ。

(でも...、言わなきゃ伝わらない。)

昨夜、加賀美に言われたことを思い出し口を開ける。

声さえ出れば。
月城のことを少しの間でも呼び止めることが出来れば...、あとはゆっくりでも、言葉を探しながら話せばいい。


「つ、月城...あのさ...!」

「四季。」

「!」

突然名前を呼ばれ、頭が真っ白になった。

これ以上早くなることのないと思っていた心臓が、素早く音を立てて胸をノックしている。

ぜんまいが切れかけた古びた玩具のようなぎこちない動作で後ろを振り向くと、月城は続けて「今日はどうする?」と聞いてきた。

「い...行く!すぐ行く...!」

今日の四季には断る理由がない。
寧ろ、絶対に行かなければならない。

「そう。
じゃあ、時間になったらおいで。」

穏やかな声に誘われるかの如く、彼の顔をチラリと盗み見ると、白い肌はいつもより青白く見えた。

微かに震える指先で鞄を引き寄せた月城は、そのまま何事も無かったかのように教室を後にする。
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