想いゆえに

セライア(seraia)

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4.明かされる状況 (まだ3日目)

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  ~(子爵家別邸の応接室にて)~


「ジュリア、貴女の結婚相手は最初からヒューだったのよ。」
「嘘よ!だって、そんなこと一言も」

 お母様の言葉に、思わず、うつむいていた顔を上げて叫ぶ。


「あ・な・た・が、聞・か・な・かっ・た……のよね?」
「え? だって、お父様は『結婚しなさい』としか」

 それを遮るようにして、ことさらゆっくりと告げられ、動きが止まる。


「聞・か・な・い・ま・ま・飛・び・出・し・た……のよね?」
「え!?」



「この人ってば、話す順番は間違えるし言葉は足りないし、まったく、昔からこうなんだから。」
「まだジュリアを手放したくない気持ちが出た結果でもあるんだから、許してあげてよ。」

 横目でお父様を軽く睨むお母様に、レオンお兄様がフォローを入れる。
 お父様はそむけたままの顔を片手でおおってる。
 こんな時だけど、いつもどおりの家族だ、と私は安心して、少し落ち着いた。



「本来は、ヒューイットと結婚する気は有るか、というジュリアに対する確認だったんだよ。」

 お母様に代わって、レオンお兄様が話し始める。
 『ヒューイット』はヒューお兄様の名前、ちなみにレオンお兄様の名前は『レオナルド』。結婚許可の正式な了承に関わる話だから、レオンお兄様はあえて愛称を使わなかったのだろう。


「認められて条件を満たすことになったヒューが申し込みをしてきたしね。」
「え? 条件? 申し込み?」

 レオンお兄様のそんな言葉に促されるようにして、ヒューお兄様が一気に事情を説明し始める。


「家族同然の乳母の息子とはいえ身分は平民、下級とはいえ貴族のジュリアとの結婚は、将来にわたって2人の苦難が多すぎる。それが分かってるのに、ジュリアを溺愛する父上が結婚を許すわけがない。
それに、俺だって、ジュリアには幸せでいてほしい。ジュリアの苦しみや不安は、俺の手で最大限減らしたかった。そのための準備ならいくらでもできた。……だから、まずは実力だけでなれる騎士爵を目指した。騎士爵から男爵へは、主あるじでもあるレイヴン子爵と上級貴族である辺境伯の推薦があれば叙爵できる。騎士爵よりは男爵の方が身分は上だし、何よりも、一代限りの騎士爵位と違い男爵位なら子孫に継承できる。推薦を貰うには子爵領での代理ぐらいの実績が居るし、代理を務めるにも最低でも騎士爵の身分が必要だった。
……そして、お二人の推薦を貰えることが確実になったから、ジュリアとの結婚許可を子爵に願い出た。」

 ヒューお兄様が話してるのは分かっても、私の頭は混乱していて内容がすぐには入ってこない。


「すべての努力はジュリアを手に入れるためだったのにね?」
「子爵邸でジュリアが抱きついてきたとき、ジュリアも承諾してくれたんだと思った。でも、結婚なんてしたくないから助けてと言われて……。」

 レオンお兄様がヒューお兄様にかすかな苦笑を向ける。


「ショックのあまり、本人への求婚どころか詳しく聞くことさえ忘れて飛び出した?」
「ジュリアの、しかも結婚のことだったから……。」

 レオンお兄様がヒューお兄様を見る目が生温かくなったような……。



「もしかして、ヒューお兄様は、ずっと私を想っていてくれた?」

 やっと、少しは落ち着いた私は、そっとヒューお兄様に声を掛ける。


「5年越し、だな。」

 ヒューお兄様は、どこか遠くを見るような感じで答えてる。


「5年……私が12歳?」

 予想もしなかった期間が返ってきて、思わず後半の声が大きめになってしまった。
 そこからは、ヒューお兄様は即座に答えを返してくるようになり、2人だけでの会話が続く。


「だから悩んだ。」
「そんな様子は全く無かったのに」
「怯えられないように必死で隠してた。でも、騎士爵になるためにも俺の気持ちとしても、ここを離れるなんてできなかったから本当に必死だった。」
「でも、あっさりと子爵領に行ってしまったわ。」
「推薦を貰うために必要だった。そして何よりも、俺が限界だった。」
「え?」
「ジュリアの近くに居ては自分を抑えられなくなっていた。」
「マリアには手紙を出しても、私にはくれなかった。」
「ジュリアのことを考えるだけで気持ちを抑えきれなくなりそうだった。手紙を書けば、会いたくなる、声が聞きたくなる。」
「お父様に会いに来たときも、私には会ってくれなかった!顔さえも見せてくれなかった!」
「声を聞けば合わずにはいられなくなる。会えば、もう手放せないのが分かっていた。だから、声が聞こえる範囲に近付くことさえ避けた。」
「嫌われたと思ってた。お兄様としてさえ私の傍に居るのがイヤになったんだと思ってた。」
「もう、ジュリアに兄として接することなんて出来なくなっていた。それに気づかれれば、ジュリアに逃げられると思ってた。嫌われでもしたら可能性が消えてしまう……。」
「……。」

 何かを考える余裕も無く思いつくままに質問をしては、ヒューお兄様から答えを受け取る。そんなやりとりが続いていた。どれもこれも返答に躊躇ためらいもよどみも無く、私の中にスッと入っていく。とはいえ、理解できてるかと言えばそうでもなかったわけだけど……。



「臆病になってた上に、暴走しないように必死で、お嬢様との未来を目指すあまり現在での行動を間違えて……。お嬢様の気持ちを、その変化を察する余裕なんて全く無くて……。我が息子ながらホントに歯痒はがゆかったですよ?」

 頭での理解が心に繋がらないでいると、マリアが私に話し掛けて来て……。


「え? 気持ちって……変化って……。」
「バカ息子との(護身用の)剣の稽古の後、それ以外でも、で2人で休んでましたよね? その時の2人の表情を見れば、気持ちはすぐに分かりましたよ? お嬢様だけでなく、バカ息子の気持ちも、ね。」
「……っ。」
「子爵領への赴任後は、私がバカ息子からの手紙を読み終わるのを待ちかねるようにして、いつもの場所で握りしめて泣いて……。結婚を告げられた日も、いつもの場所で立ちすくんで泣いていて……。気を失った時も、その後で寝ている時もバカ息子の名前を呼ぶのが切なくて、子爵領まで殴りに行こうかと思ったぐらいですからね。」
「……っっ!」

 色々気付かれていたと知らされて、色々暴露されて、ショックを羞恥が上回って顔が真っ赤になる。色々言いたいのに、何かを言おうとするのに、口がパクパク動くだけで声にもならない。さっきまでとは違った混乱で、どうしたらいのか、どうしたいのか分からなくて……。



「バカ息子。さっき追いかけた先も、『いつもの場所』でしょう?」

 応接室に入ることさえ無く叫んで飛び出した私、それなのに追いかけて見つけてくれたヒューお兄様。


「そうですよ。あそこは、だから。あそこに居るなら希望が有ると思った。だから、あそこに居てほしいと願った。そして、あそこで見つけたから、プロポーズせずにはいられなかった。同時に、もう、何が有っても逃がさないし手放せないと改めて思い知った。」

 『に居てよかった。ジュリアが居たのが、でよかった。』あの時の、お兄様の言葉が頭の中でよみがえる。


「……。」

 明らかになった真実と、ヒューお兄様の言葉の数々に、私は頭が一杯になってしまって何も言えない。



「……ということだから、もう1度、2人でよく話しなさい。」

 しばらくの沈黙の後、お父様がコホンと咳払いして席を立つ。


「そうね。私たちは私たちで話したいことも有るし、ね?」

 お母様が同意してお父様を連れ出し、レオンお兄様とマリアが続いて部屋を出る。



「「……。」」

 私は、いつのまにかヒューお兄様に手を握られていたうえに、ずっとヒューお兄様を見つめていたという状況に気付いて、恥ずかしさのあまり返事も出来ず。
 ヒューお兄様は、そんな私を見つめたまま無言。

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