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第一章

第11話 相席

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 いつの間にか寝てしまったようだ。
 窓の外を見ると、空は赤く染まっていた。
 紅く染まる鮮やかな夕焼けだ。

 せっかくなので、室内の風呂に入ることにした。
 宿の個室に風呂があるなんて、さすがは高級宿。
 俺は今朝、山を下りてきたので身体が汚れている。
 それはエルウッドも同じだ。
 
 俺はエルウッドの身体を洗う。
 おとなしく従うエルウッド。
 本当にいい子だ。

 身体を洗いさっぱりしたところで、宿の食堂へ向かった。
 いや、食堂というより高級レストランだ。

「お一人ですか?」
「は、はい。それと、この子も大丈夫ですか?」

 エルウッドを指差す。

「狼牙ですね。声を出さないようにしていただければ問題ございません」
「分かりました。エルウッド、声を出しちゃだめだよ」

 エルウッドが声を出さず頷く。
 生息数が少ない狼牙は希少価値があり、貴族など富裕層に飼われることが多い。
 そのため、こういった高級レストランでは、すんなり受け入れられるようだ。
 狼牙はある程度人語を理解することも、受け入れられる理由だろう。
 しかも、エルウッドは狼牙の中でも超希少種の銀狼牙で、人語を完璧に理解している。

 俺は角大羊メリノのコース料理と葡萄酒をボトルで注文。
 そして、エルウッドには高級な生肉と生野菜をお願いした。
 メニュー表を見て金額に驚いたが、今の俺は金貨を持っている。
 今日は贅沢すると決めたし、エルウッドにも良い食事をさせたかった。

 葡萄酒を口に含む。
 黒葡萄のふくよかな香りが口に広がる。
 驚くほど美味しい。
 そして、角大羊メリノは臭みがなく、衝撃を受けるほど柔らかい。
 いつも食べてる干し肉とは大違いだ。
 エルウッドも美味しそうに生肉を食べている。

「エルウッド、これ美味しいな」

 エルウッドは無言で頷く。
 しっかりと言いつけを守っていた。
 コース料理を食べ終わり、葡萄酒のボトルは残り半分ほど。
 時間もあることだし、あとは少しずつ飲みながらまったりと過ごすつもりだ。

「アル!」
「え? レ、レイさん!」

 突然名前を呼ばれて驚いたが、相手はレイさんだった。

「夕食はここで?」
「はい、今日は特別に贅沢しています」
「そう、それは良かったわね。ふふふ」

 レイさんが優しく微笑んでいる。

「レイさんも食事ですか?」
「私は先程、駐屯地で打ち合わせがてら食事を済ませたわ。少しだけお酒を飲みに来たの」

 ラバウトには騎士団の駐屯地がある。
 だが、ちょうど宿泊施設を改装中らしく、この宿に泊まることになったそうだ。

「相席いいかしら?」
「も、もちろんです」
「あら、美味しそうな葡萄酒を飲んでるわね」
「レイさんも良かったら飲みませんか?」
「いいの? ありがとう。ふふふ」

 グラスをもう一つもらい乾杯した。

「ところで、宿に泊まってるってことは、あなたの家はラバウトじゃないのかしら?」
「はい、俺はフラル山の標高五千メデルトに住んでます」
「え? どういうこと?」
「両親が家を作ってそこに住んでいたんです。でも両親は他界したので一人暮らしで、今は週に一回、鉱石を売りに街へ下山する生活をしてます」
「標高五千メデルトって、人が住めるのかしら?」
「はい、意外と快適ですよ?」
「ふふふ、そうなのね。一度行ってみたいわね」

 レイさんが驚きの発言をした。
 俺の家はまだ誰も来たことがない。
 というか、誰も来ることができない家だった。

「ん? アル、この子は?」
「一緒に暮らしてるエルウッドです」
「この子は狼牙ね。あら、この子は……。角があるのね……。え! 角? ぎ、銀狼牙!」

 レイさんはエルウッドが銀狼牙であることに驚いている。
 というか、銀狼牙であることを見抜くとは、さすが騎士団の隊長だ。

「よく分かりましたね」
「え、ええ。そ、そうね。文献を読んだことがあるのよ。銀狼牙は知的でとても誇り高い種族よね」
「エルウッド、レイさんが褒めてるぞ」
「エルウッド、よろしくね」

 エルウッドは言いつけ通り声を出さず、嬉しそうにレイさんを見上げている。
 俺はエルウッドの目線の先を見る。

 改めてレイさんの美しさに驚くばかりだ。
 これほど美しいひとは見たことがない。
 紺碧の瞳に吸い込まれそうになる。
 レイさんって、まつ毛長いな。

「ふふふ、何を見てるの?」
「あっ、いえっ! ご、ごめんなさい!」

 つい、レイさんに見惚れてしまった。
 俺は焦りを隠すように葡萄酒を飲む。
 レイさんは笑顔で、俺を見つめている。

「ねえ、アル。あなたは明日、山へ帰るのよね? 私も一緒に行っていい?」
「そうです。山に帰……。ええっ!」

 危うく葡萄酒を吹き出すところだった。
 まさに青天の霹靂である。
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