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第二章

第30話 謎の男

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 翌朝、使用人が部屋に朝食を運んできた。
 レストランに行かなくていいこと自体に驚いたが、そのメニューにはさらに驚く。
 朝食のレベルではない。
 少し包んでもらいたい、なんて庶民の考えを発揮していた。

「エルウッド、金持ちの世界って凄いんだね……」
「クゥゥゥン」

 エルウッドが頷きながら、朝食の野菜と生肉を食べている。
 俺は朝食を食べきれず残してしまった。

 出発の準備をして受付へ行く。
 残した朝食を包んでもらおうと思ったら、なんとすでに昼食用の弁当を用意してくれていた。
 さらには、旅の保存食や必要な消耗品までも提供してもらう。

 そして、今回の料金は全て無料とのこと。
 もし普通に泊まったら、恐らく金貨数枚するだろう。
 カミラさんには感謝しかない。
 結局、カミラさんとは会えなかったので、従業員の方々にお礼を伝え出発した。

 キーズ地方の最大都市アセンでも、郊外まで来ると閑散としている。
 街道は旅人や商人が行き来しているが、街道の周辺は農家や古い家が所々に見えるくらいだ。
 しばらく進むと完全に街を出て、徐々に森の中へと入っていった。
 すると、街道上に人の流れがなくなる。
 不自然なほどの静寂さだ。
 その静寂を破るかのように怒声が響く。

「おい! てめえ! ぶっ殺してやる!」

 真っ赤な目を見開いたハリー・ゴードンが、大斧グレートアックスを両手で構え仁王立ちしている。

 どうやら俺を待ち伏せしていたようだ。
 ハリーの周りには何人かの死体が転がっている。

「ま、まさか、通行人を殺したのか!」
「てめえ! ぶっ殺してやる! ぶっ殺してやる!」

 同じ言葉しか繰り返さない。
 怒りで自我を失ったモンスターのようだ。
 殺らなければ殺られると瞬間的に悟った。
 レイさんに言われた、覚悟を持つ時が来たのかもしれない。 

 正直これまで迷いがあり、旅に出てから一度も剣を抜いていなかった。
 だが、ここで抜く。
 俺は片刃の大剣ファラゴンを構えた。

 片刃の大剣ファラゴンは剣身が漆黒で、紅い光を発している。
 レア八という希少鉱石の黒紅石が素材だ。
 しかも俺専用に作った完全オーダーメイドの剣。

 この剣で何かを斬るのは初めてだ。
 それも斬る対象は人間……。

「エルウッド、下がって」
「ウゥゥゥ」

 エルウッドは唸っているが、素直に言うことを聞いてくれた。
 その瞬間、ハリーが大斧グレートアックスを振りかぶり、俺の頭を潰そうと全力で振り下ろしてくる。

 俺はハリーの斧に対抗して、下段から上段へ剣を振った。
 斧を弾き飛ばそうと思ったのだ。

 しかし、片刃の大剣ファラゴンは斧の柄を真っ二つに叩き斬り、ハリーの右腕まで斬ってしまった。
 ハリーの斧と、柄を握ったままの右腕が宙を舞う。

「ぎゃああ!」

 街道にハリーの叫び声が響き渡る。

「はいー、そこまでー」

 突然、気の抜けた声が聞こえた。
 即座に声の方向を向くと、一人の男が約五メデルト先にある岩の上にしゃがんでいた。
 エルウッドも警戒を強める。

「コイツが昨日、人を殺したと通報があったんよ。なんで探してたんだが、ちと遅かったか。まあ仕方ねーか。アセンは広いし」
「誰だ!」
「……あちゃー、コイツ街道でも殺ってたんか。ひーふーみー……、これは確定だな」

 俺の言葉を無視して、一人で喋っている。

「まあ、どっちにしても、コイツはギルドの名前を使いすぎて苦情入りまくりだったし。こんなに殺ってたら完全アウトだし」

 男はハリーの横へ大きくジャンプ。
 そして、いきなりハリーの胸に剣を突き立てた。

「はい終了。アンタは何もしてないし、何も見てないよ。このまま行っていいよ」

 男は俺に向かって言い放った。
 だが、状況が全く理解できない。
 このまま放置するわけにはいかないだろう。

「そう言われてもね」
「あれ? アンタ、ビビってないの?」
「どちらかというと、驚いてるかな」
「ふーん。まあいいけど。ってか、アンタまで人殺しになる必要はないよ。見たとこ、まだ殺したことないようだし」
「分かるんだ」
「まあね、雰囲気で分かるよ。それにアンタ、もしここで殺っちゃったら、いくら正当防衛とはいえ大変だよ? 冒険者カードだって持ってないでしょ? アンタ見たことないもん」
「うん、そうだね」
「あー……まあ、アンタならいっか。こっそり教えてあげる。ギルドにはギルド員を処分する機関があるのさ。それに、コイツは犯罪組織と繋がってたんだよね。これ内緒だよ?」
「わ、分かった」
「あとはこっちで処分するから。ほら、行った行った」
「ありがとう」
「ありがとうか……。変なヤツ」

 俺は馬に乗り、男の言う通り出発することにした。
 男の方こそ変な奴だと思いながら。

「それにしても、アンタの剣凄いね」
「ああ、俺の自慢の剣なんだ」
「ふーん」

 俺は振り返らず馬を進めた。

 しばらく進み、馬上で自分の手を見つめる。
 生まれて初めて人を斬った。
 その感触が手に残っている。

 殺してないが、あのままだったら恐らくハリーは死んでいただろう。
 ある意味、俺はあの男に助けられたと思う。

 剣士になれば、この先絶対人を斬る場面が出てくる。
 さっきのように、殺らなければ殺られることもあるだろう。
 もう覚悟を持たなければいけない。

 俺はこんなに凄い剣を持っているし、師匠はあのレイ・ステラーだ。
 剣士としての覚悟を持とう。
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