鉱夫剣を持つ 〜ツルハシ振ってたら人類最強の肉体を手に入れていた〜

犬斗

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第四章

第58話 国境超え

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 俺は無事にBランクの冒険者カードを取得することができた。

 ついに本格的な冒険者としての活動が始まる。
 せっかく冒険者になったのだから、この目で世界を見て回りたい。
 俺は住んでいたフラル山とラバウトしか知らない田舎者だ。
 クエストをしながら、世界中の景色を見てみたい。
 様々な国の文化に触れたい。
 鉱夫としてもっと珍しい鉱石を見てみたい。

 十九歳の俺はやりたいことだらけだ。
 それも全て、横にいるこのひととの出会いから始まった。

 金色の長い髪を後頭部で一本に結いている。
 その髪は、金細工の職人が一本一本作ったかのような繊細さと、絹のような艶を持つ。
 真っ白な肌は雪のように純白できめ細かい。
 切れ長の目、紺碧の瞳、綺麗に通った鼻筋、ほのかにピンク色をした薄い唇。
 絶世の美女と謳われるレイ・ステラー。

 レイは冒険者の中で、最高ランクとなるAランク冒険者だ。
 そして、イーセ王国クロトエ騎士団の前団長で、今も絶大なる影響力を誇る。

 イーセ王国で人気も知名度も高すぎるレイは、この国で冒険者として活動していくことは難しい。
 そのため、俺たちは国外へ出て活動することにした。

 イーセ王国の東隣にある大国、フォルド帝国。
 そこで活動する予定だ。
 フォルド帝国は現存する国では世界最古となる。
 世界事典によると約千五百年前に建国されたらしい。

 アセンの街から東へ約千二百キデルト移動すると、イーセ王国とフォルド帝国の国境の街クエスがある。
 俺たちはそのクエスから、フォルド帝国へ入る予定だ。

「アル、私たちはクエスから国境を越えて、フォルド帝国へ入るわよ」
「予定通りだね。俺はフォルド語が話せるから問題ないよ」
「あなたのお父様がフォルド帝国出身なのよね?」
「うん。フォルド帝国で薬師をやってたらしい。フォルド語や薬草学は父に習ったんだ」
「あなたって本当に何でもできるのよね。数学もできるでしょ?」
「できるってほどじゃないけど、母親がラバウトで数学の教師をやってたから、母に習っただけだよ」
「読み書きもできて、外国語も話せて、薬草学や数学もできる。その上、身体能力は人間のそれを超えている。あなた本当に何なのかしらね」
「人を化け物みたいに言わないでよ!」
「え? あなた気づいてないの? もう化け物の領域よ?」
「レ、レイだって! その年齢で騎士団団長やって、冒険者はAランクで、見た目は妖怪じみてるじゃん」
「ちょ、ちょっと! 何よ! 妖怪って!」
「アハハ!」
「ウォウォウォ!」

 エルウッドまで笑っていた。

「もう、エルウッドまで! 失礼しちゃうわね」

 アセンの街を出てから十日。
 俺たちはイーセ王国の景色を楽しむかのように、のんびりと街道を進んでいた。

 俺にとって、これまでで最長となる千二百キデルトの移動だ。
 一日五十キデルト進む予定で、二日間休息日としている。
 予定ではあと十六日ほどでクエスの街に到着するはずだ。
 合計で二十六日間の旅。
 俺はイーセ王国の広さを実感した。

 国境の街クエスがあるミラザス地方は、騎士団の十二番隊が守護している。
 ただし、クエスは地方都市のため、十二番隊の本隊および隊長はいない。
 ミラザス地方の最大都市はフライロムという。
 ここに十二番隊本隊の駐屯地がある。

 レイは先日の霧大蝮ネーベルバイパーの件もあり、なるべく騎士団との接触を避けていた。
 今は正体を隠すためにフードを被っている。
 そういえば、初めてレイと会った時もフードを被っていた。

 その甲斐あって、アセンを出てからレイが気づかれることはない。
 ただ、食堂や酒場、宿屋でフードを取ると、男女問わず全ての人がレイを見る。
 それほどレイの容姿は美しいものだった。
 傾国の美女と言ってもいいだろう。

 妖怪じみてる容姿というのも、あながち間違ってない。

 ――

 アセンを出発してから二十六日。
 ついに、国境の街クエスに到着。
 俺は人生で初めて国境というものを越えることになる。
 そして、初めての国外だ。

「アル。今日はもう夕方だから、国境を超えるのは明日にしましょう」
「分かった。じゃあ、宿屋を探そう」

 俺たちはここまで、余程のことがない限り安宿に泊まっていた。
 騎士団団長だったレイを安宿に泊めてもいいものか悩んだが、俺はまだまだ駆け出しの新人冒険者だ。
 贅沢は控えたかった。

「確かに団長の頃の私は、どこへ行っても最上級のもてなしを受けていたわ。でもそれは仕事の一環なのよ。だって、騎士団のトップが安宿じゃ騎士団の立場がないでしょ? でもね、私も元々冒険者だし、安宿も野宿も普通に経験してるのよ。だからどこに宿泊しても大丈夫よ」

 レイはそう言って、俺に気を使ってくれていた。

「そうそう、言っておくけど、宿屋のレベルはイーセ王国が最も高いわよ。イーセ王国の中級宿クラスが、他の国だと高級宿ということもあるから覚えておいてね」
「そうなの!」
「ええ、そうよ。イーセ王国の生活水準は世界一なのよ」
「そうか……。じゃあさ、イーセ王国最後の夜は贅沢しようか。たまの贅沢はいいよね?」
「ふふふ、いいわね。アルのそういうところ好きよ」

 イーセ王国最後の夜ということで、クエスで最も高級な宿に泊まることにした。

 俺たちは大通りに面した大きな宿へ入る。
 料金は一泊銀貨七枚。
 夕食は宿の高級レストランで、コース料理と葡萄酒を注文。

「ねえ、アル? ずっと不思議に思ってたけど、あなたテーブルマナーが身についてるわよね? 昨年の前陛下への謁見も礼式作法はしっかりしてたし。どこで覚えたの?」
「あー、父親が教えてくれたんだ」
「だから帝国式なのね」
「え? マナーに帝国式とかあるの?」
「そうよ。私は王国式だけど、アルは完全に帝国式ね」
「知らなかった。これが当たり前だと思ってたよ」
「まあそうよね。フラル山で一人暮らししてたんだもの。それにしても、あなたのお父様は本当に立派な方だったのね」
「どうなんだろう? 普通の薬師だったけど……。確かに父親からは色々と教わったな。そういえば、あの紫雷石だって父から譲り受けたし、エルウッドも俺が産まれる前からいたし……」

 これまで父親の素性を考えたことはなかった。
 しかし、言われてみると確かに、帝国出身の父がイーセ王国のあんな山の上で暮らしていたのは不思議だ。
 もしかしたら、帝国で父のことが何か分かるかもしれない。

 俺たちは食事を終えて部屋へ戻った。
 今日はレイと同じ部屋だ。
 といっても、高級宿なので寝室は二つある。
 銀貨七枚もする宿だから、当然といえば当然だろう。

「明日は朝から国境を超えるわよ」
「分かった」
「クエスの国境を超えると、約百メデルトはイーセ王国とフォルド帝国の共同監視地帯なの。そして、フォルド帝国の国境の街モアへ入るわ」
「モアの街は大きいの?」
「国境のバランスを取るために、クエスと同規模の街になってるわ。一地方都市という感じね。ただ、治安はクエスの方がいいわよ。モアに入ってもイーセ王国と同じ気分でいたら、スリや窃盗にあうから気をつけてね」
「わ、分かった」
「じゃあ寝ましょうか」
「うん。レイ、おやすみ」

 俺は自分の寝室へ入った。

 翌朝、朝食を取り、国境警備局がある城門へ向かう。
 出入国審査を行う国境警備局は、クロトエ騎士団が編成している。
 出国のための書類を記入。
 書類は少し面倒だが、これを書かなければ出国できない。

 出国窓口へ行き、書類と冒険者カードを見せる。
 受付では年配の騎士が対応した。

「名前は?」
「アル・パートです」

 騎士は書類と冒険者カードを確認する。

「帝国へ行く理由は?」
「冒険者の活動です」
「ふむ、Bランクか。その年齢でBランクは凄いな。活躍期待してるよ。よし、進んで結構」

 続いてレイが書類と冒険者カードを出す。

「名前は?」
「レイ・ステラーです」
「前団長と同じ名前か。フードを取ってもらえるかな?」

 レイは無言でフードを取る。

「ほほう、見た目も前団長に似ているな。しかし前団長はもっとお美しい。まさしく絶世の美女だからな。わっはっは」

 レイは表情を変えず無言のままだ。

「Aランクか、凄いな。帝国では冒険者を?」
「ええ、そうです」
「活躍期待してるよ。進んで結構」

 受付を通り過ぎて、俺はレイの肩に手を置く。

「き、気づかれなくて良か……ったね、レイ」
「ねえ、あなた笑ってない?」
「そ、そんなことな……プッ」
「ちょっと! 笑ってるじゃない!」
「だって、レイ・ステラー団長に似てるって。アハハ。本人を目の前にして言うから。アハハ」
「もう……。でもまさか、私が国境を越えるとは思わないでしょうから仕方ないわね。むしろばれなくて良かったわ」
「そ、そうだね。アハハ」
「ウォウォウォ」

 エルウッドも一緒に笑っている。

「ねえ、あなたたち今日は夕食抜きにするわよ?」
「ごめんなさい」
「ウォウ」
「ふふふ、素直でよろしい。さて、国境を越えるわよ」

 ついにイーセ王国を出国する時が来た。
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