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第四章

第59話 出国と入国

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 俺たちはクエスの城門へ進んだ。
 城門の約百メデルト先には、隣の街の城壁と城門が見える。
 あれがフォルド帝国側の国境の街モアだ。

 クエスの城門を出て、イーセ王国とフォルド帝国の共同監視地帯を進む。
 乗馬は禁止されているため、徒歩で馬の手綱を引く。

 共同監視帯には広大な芝生が広がる。
 そこにあるのは、クエスとモアの城門を繋ぐ長さ百メデルト、横幅三十メデルトの石畳の道のみ。
 この道を外れると逮捕されたり、容赦なく弓で射撃されるそうだ。
 ただ道を歩くだけなのに、とても緊張する。

 道中で帝国側から来た商人や旅人とすれ違いながら、俺はついに帝国へ入った。
 人生初の国外、そしてフォルド帝国だ。
 クエスの街からたった百メデルトしか離れてないのに、もう別世界に感じる。

 モアの城門をくぐり、受付で入国の書類を記入。
 冒険者カードを見せる。

「フォルド帝国で冒険者の活動か?」
「そうです」

 受付の兵士はフォルド語で話しかけてきたので、俺もフォルド語で返す。

「ご苦労。最近モンスターが活発化している。気をつけろ」
「ありがとうございます」
「よし、通れ」

 続いて別の窓口で入国税を払う。

「大人銀貨五枚、動物は銀貨一枚だ」

 各国で言語は違うが、通貨は基本的に共通だ。
 ただし国によって物価が違うので、通貨価値は若干変わる。
 とはいえ、同国内でも地方によって物価は違うため特に影響はない。

 俺とレイ、エルウッドと馬二頭分の料金で、金貨一枚と銀貨三枚を払った。

「アル、これで国境は越えたわ。もう手続きはないわよ」
「ふうう、緊張するね」
「そうね。もし不審な点があると拘束されてとても時間がかかるのよ。最悪、入国できないこともあるわ」
「え! ほんと? 入国できて良かったあ」
「冒険者カードのおかげよ」
「そうだね。無くさないようにしないと」

 冒険者カードは紛失や盗難でも再発行されないため、もう一度受験して取り直すしかない。
 だが、受験には莫大な受験料が発生する。
 冒険者にとっては命と言っていいほどの存在だった。

「さて、このままモアの冒険者ギルドへ行くか、内陸部へ進んで別の街へ行くか。どうする?」
「この辺だと、まだイーセ王国の影響もあるんだよね?」
「そうね。イーセ王国の国境付近はクロトエ騎士団が巡回するから、モンスターは少ないわね」
「じゃあ、せっかくだし内陸部へ入ろうか」

 俺たちは街の道具屋で、フォルド帝国の地図を購入。
 かなり精巧な地図だ。
 しかし、その分値段は高く金貨五枚もした。

「冒険者に関わる装備品や道具は本当に高いのよ。これから本格的にお金使うようになるわよ」
「うっ、分かった」
「その分、クエストをたくさんやらなきゃね」
「うん、頑張ろう」

 俺は購入したばかりの地図を見ながら、帝国での活動拠点を考えた。
 モアから東へ約五百キデルトの距離にある、ウグマという大都市を活動拠点に決めた。

「いいと思うわ。ウグマはウグマ州の州都で大都市だし、このモアと帝都サンドムーンのちょうど中間に位置するから、色々と動きやすいでしょう」

 レイも賛成してくれた。

「ウグマまでは五百キデルト。十日の移動か」
「そうね。ただし、帝国はイーセ王国のように宿場町が整備されてないから、計画的に進まないと野宿することになるわよ?」

 レイと地図を見ながら、旅の計画を立てた。

 ――

 モアを出発して七日。

 俺たちは帝国の街に宿泊しながら、街道を東に進んでいた。
 道中は意外と安全で、ここまでは盗賊やモンスターに遭遇することがなかった。

「レイ、意外と帝国も安全なんだね」
「そうみたいね。ちょっと驚いているわ。治安が良いことは素晴らしいのだけど……おかしい。油断しないで行きましょう」

 俺はここまでの帝国の景色を思い返していた。

 帝国の自然風景はイーセ王国よりも森林が多い。
 街並みも大きく違っていた。
 建物はイーセよりも古く、装飾が施された重厚な石造りの建物ばかり。
 とても歴史を感じるものだった。

 そういえばエルウッドは古の固有名保有特異種ネームドモンスターで、二千年前から生きているという話だったが、帝国の歴史も知っているのだろうか。

「エルウッドって長生きしてるから、帝国の歴史も知ってるの?」
「ウォン!」
「へー、やっぱりそうなんだ」
「ウォウウォウ!」

 エルウッドが得意気な顔をしている。

「フォルド帝国の歴史は古いわ。現存する国では最古だもの。それに冒険者ギルドもフォルド帝国が発祥の地なのよ」
「世界事典で読んだことがあるよ」
「ふふふ。あなたは勉強家ね。帝都サンドムーンにある冒険者ギルドが、全世界の冒険者ギルドの総本部よ」
「帝都にも総本部にも行ってみたいなあ。どんな場所なんだろう」
「帝都は素晴らしいわよ。重厚な石造りやレンガ造りの街はまさしく古都ね。総本部は見たらきっと驚くわよ。私は……あまり行きたくはないのだけど。機会があったら行ってみましょうか」

 なんだか凄く嫌そうな顔をしているレイだった。
 そんな話をしていると、今日の宿泊予定地である小さな村に到着。

 宿を探すとすぐに見つかった。
 村には宿が一つしかないからだ。

 酒場の二階が宿になっているオーソドックスな宿。
 俺たちは一部屋半銀貨三枚の部屋を二部屋取った。
 すでに夕焼けも始まっていたので、一階の酒場兼食堂で夕食を取る。

 カウンターでは数人の村人が酒を飲んでいた。
 酒が入ったせいか大きな声なので、その村人たちの会話が耳に届く。

「おい、また出たってよ」
「今月三回目だろ」
「どうする?」
「どうするったって、隣街のメドで冒険者ギルドに依頼するしかないだろ。村長に相談しなきゃならん」

 どうやら、この村には冒険者ギルドがないようだ。

「それにしても、夜中に墓場が掘られるってそんなこと初めてだぞ」
「ああ、それも新しい墓から掘り返してるんだぜ」
「遺体がなくなってるんだろ?」
「そうなんだよ。遺体が消えるって気持ち悪くないか?」
「そういや、偶然目撃したやつがいるんだけど、光る物体がいくつも漂ってたらしいぜ」
「ほ、本当かよ……。そ、それって幽霊の類か?」
「とにかく危険だ。墓場付近への立ち入りを禁止にしなきゃならん」
「ああ、明日の朝にでも村長へ伝えよう」

 話だけ聞くと非常に気持ち悪い内容だ。

「ねえレイ、ちょっと気にならない?」
「え? ええ。そ、そうね……」
「どうしたの? 体調でも悪い?」
「そ、そんなことないわよ」

 レイの様子が少しおかしい。
 長旅の疲れだろうか。
 食事を終え、早めに就寝することにした。

 俺たちはそれぞれの部屋に入る。
 俺とエルウッドは家族だから、いつも同じ部屋だ。
 就寝の準備も終わりベッドに入ろうとしたところ、ドアをノックする音が聞こえた。
 出てみると、レイが一人で立っていた。

「ど、どうしたの? レイ」

 レイは沈黙している。
 ほのかに顔が赤い。
 熱でもあるのだろうか?

「……アル、お願い。今日は……、今日だけは一緒の部屋で寝てもいい?」
「え? い、いいけど」

 レイが部屋に入ってきた。
 これまでの旅で、こんなことは初めてだ。
 どうしたんだろう。

 レイは早々にベッドへ入ろうとした。
 もちろん、この部屋にベッドは一つしかない。
 フラル山の俺の家で、レイと一緒のベッドで寝たことはあった。
 ただそれは、ベッドが一つしかないからだ。
 今回はレイの部屋がある。

「ど、どうしたの? 体調悪い?」
「ううん、大丈夫よ」
「熱とかある?」
「大丈夫」

 レイの様子を見て、俺は気付いた。

「あっ! もしかして……酒場で聞こえた話かな?」
「え? そ、そんなことないわよ……」
「レイ、怖い?」
「だ、大丈夫よ。だって私騎士団の団長だったのよ? 幽霊なんて怖いわけないじゃない。何言ってるのよ」
「別に幽霊なんて一言も言ってないよ?」
「う、うるさいわね」
「ふーん、そうなんだ。じゃあ自分の部屋で寝たら?」
「いやっ! アル、お願い……そんな意地悪言わないで」

 こんなレイの顔を見るのは初めてだった。
 怯えた少女のような表情だ。
 いつもの凛々しいレイの顔ではなかった。

「アハハ、ごめんよ。いいよ、一緒に寝よう」
「アルのバカ!」
「ごめんごめん。でもそうか、完璧人間のレイにも怖いものがあるんだ」
「もう! 知らない!」

 そう言うと、レイはベッドに潜り込んで顔を隠した。
 俺もベッドに入り、レイに声をかける。

「おやすみレイ。ずっと横にいるから大丈夫だよ」
「……ありがと」

 俺に背を向けて寝ているレイから、とても小さな声が聞こえた。
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