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第1章
第12話 リッツファミリー殲滅(前編)
しおりを挟む神歴1012年、2月9日――帝都レベランシア、ブレナ邸。
「次のターゲットは、リッツファミリーですね。Aランクダブルの持ち主が複数いるとの情報もあります。慎重にいきましょう」
周囲の面々を見まわし、ルナは生真面目に言った。
長方形の長テーブルに、自分を含めて四人の人間が座っている。
ブレナ、アリス、そして新入りのトレド・ピアスの四人である。
ルナの言葉に最初に反応したのは、その新入りのトレドだった。
彼はいつものように、飄々とした様子で、
「ダブルの価値は使う人間とセットだよ。Aランクだろうが、Sランクだろうが、使い手がショボければたいした脅威にはならない」
「いやSランクはさすがに脅威になるだろ? 下級魔法でも、テキトーにぶっ放されて運悪く命中したら、その時点で終了の可能性大だぞ?」
トレドと向かいの席に座るブレナが、すぐさまそう言って彼の意見に反論する。
受けたトレドはでも、ため息と共に利き手を振って、
「使えるだけのエネル総量があれば、ね。ただの人間に、Sランクダブルに組み込まれてる魔法を放てるだけのそれがあるとは思えないけどな。たとえ下級魔法一発でも、相当敷居高いんじゃない?」
「ただの人間、ねえ。まるで自分は違う、とでも言いたげな表現だな」
「いやそう取る? そんな含みないって。俺はとてつもなく強いだけの、ただの人間だよ。いやホント、とてつもなく強いだけの」
「とてつもなく、二回言いましたね。三回言ったらブレナさんがぶちぎれるので、それ以上は煽らないでください」
二回の時点で、すでに相当ぶちぎれた顔をしているが。
「それに、Sランクの話は横道ですよ。今回の件には直接関係しません。不必要な話は時間の無駄です。あとアリスさん、せめて起きててください。よだれ垂らして寝られると、さすがにちょっとムカつきます」
「……ん、りょうかい」
ダメだ。絶対またすぐ寝る。ルナは五秒であきらめた。
彼女は視線をほかの二人に戻すと、
「リッツファミリーの戦力は、ガルバン商会とは比べ物になりません。力押しで通用する相手とは――」
「通用するって。アジトの場所さえ教えてくれれば、俺一人で行って片づけてくる。ブレナたちはそのあいだ、のんびりここでコーヒーでも飲んでりゃいいよ。ああいや、別に煽ってるわけじゃないからな。嫌味とかそういうんじゃないから」
「いえ、トレドさんにその気はなくても、ブレナさんの表情はすでにマジで爆発五秒前になってます。これ以上の燃料投下はやめてください。それに、いくらトレドさんでも一人でリッツファミリー殲滅は不可能に近いです。リッツファミリーは三大組織の中で――」
「皆殺しオーケーなら、別に俺だってやれないことはないけどな」
「……なんで二人してわたしの言葉を途中で遮るんですか? 最後まで聞いてから発しても問題ない内容言ってますよね? 進行役がわたしだというのが気に入らないんですか? 譲りますよ、いつでも」
ルナはジトリと両目を細めて、トレドとブレナを交互に見やった。
が、二人の視線は一瞬たりともこちらに向くことはなかった。
お互いが、お互いのみを見つめて、
「皆殺しで何が悪いんだ? 悪党だろ? この世界には不要な存在だ」
「悪党でも、殺して良いレベルの悪党と、殺すほどではないレベルの悪党がいる。若い下っ端の連中は、殺すまでしなくてもいい。痛めつけるだけでじゅうぶんだ。更生の余地は残されてる」
「残ってないと俺は思うけどね。家族を人質に取られてしかたなく、とかでもないかぎり同情の余地なんてないし、更生の余地なんてさらにない。悪事に手を染める人間は、総じて悪人だ。例外はない」
「程度はあるだろ……。食うに困ってパンひとつ盗んだだけで悪人だってのか?」
「悪人ですね」
キッパリ言って、ルナは二人の会話に割って入った。
「ですが、レベル1の悪人です。悪人はそのレベルに応じて、相応の罰で裁かれるべきだと思います。レベル1の悪人には、デコピン三発の刑ですね」
「リッツファミリーの下っ端は?」
「レベル10ですね。あばら三本と、油性マジックで顔面落書きの刑が妥当だと思います。もちろん、牢屋にもちゃんと入ってもらいますが。トレドさんはそれだと不満ですか?」
「……いや。まあ、なるべくそのくらいですむように善処はするよ。手加減は正直得意じゃないし、約束はできないけどな。それより、そこで寝てるアリスを借りてっていいか? いろんな意味で、ヒーラーがいてくれるとやりやすい。あ、もちろん戦うのは俺一人だよ。神に誓って、彼女を危険な目には遭わせない」
「……は? おまえ、何言ってんだ? まさか、本当に一人でリッツファミリーのアジトに乗り込むつもりか?」
「つもりだけど」
「いえ、ですからそれは無謀です。トレドさんがめちゃ強なのは身をもって理解してますが、今回は相手が悪すぎます」
ルナは二度、彼に挑み、二度とも敗れている。一度目のリベンジを期して挑んだ二度目の戦いは、思い出したくもないような無様な大敗だった。自分のほうがはるか格下と、認めざるを得ないほどの。
ゆえに、トレドの規格外の強さは理解しているつもりだ。同じく規格外の強さをほこるブレナよりも、さらに規格外の強さを持っていると。
だが、今回ばかりは多勢に無勢。策を練って四人で挑んだとしても、かんたんにいく案件ではない。まして真正面から一人で挑むなど無謀にもほどがある。
こちらの了承を待たずに、寝ているアリスの身体をさっさと肩に担ぎあげたトレドに――ルナは再度、制止の口をひらいた。
が、そこから言葉が漏れる前に、ブレナの口に先を取られる。
「いいよ、好きにさせろ。どーせ、数時間後にはアリス担いで逃げ帰ってくるに決まってる。そうすりゃコイツも理解するだろうぜ。ルナ、アジトの場所を教えてやれ」
「えっ、でも……」
「大丈夫。ムカつくが、リッツファミリー相手でもコイツなら逃げ帰ってくることはできる。あとをつけられるような間抜けもしないだろうぜ」
「…………」
結局、ルナはブレナに言われたとおり、アジトの場所をトレドに教えた。不安な気持ちを、強く胸にいだいたまま。
一月前、突如として自分たちの前に現れ、そうして彗星のごとく仲間に加わった謎の男トレド・ピアス。
「はぐれてしまった相棒を探している」という目的以外(それも本当かどうか分からないが)、全てが謎のヴェールに包まれた(素性を訊いても毎回毎回はぐらかされる)黒髪黒目のこの青年が、短い未来のその先で前人未到の偉業を達成しようとは、このときのルナにはまだ知る由もなかった。
ましてや、そのさらに先で待っていた波乱の展開など、このときの彼女には到底知る由もなかったのである。
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