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第1章
第13話 リッツファミリー殲滅(中編)
しおりを挟む神歴1012年、2月9日――帝都レベランシア、裏通り。
「魔法少女プリティーキャット! 世界の平和は、ワタシが守るニャー!」
「ブーーーッ!! ちょ、おまっ、マジやめろよ? コーヒー牛乳噴き出しちまったじゃねぇか!」
「か、返して……」
ベルクラフト――ベルは、蚊の鳴くような声でようやくとその一言をしぼり落とした。
視線の先には、二人の男がいる。二人とも、幼い頃からの顔なじみだ。長身痩躯のジャスティンと、彼とは真逆ドワーフ体型のリーンである。どちらも札つきの悪で、齢十五にして流されるようにリッツファミリーの構成員となった。
聞いた話では、すでに殺しも経験しているらしい。この一年で、彼らはもう悪童という言葉では片づけられないほどの立派な『悪党』になっていた。
「しっかし、このキャラ全然猫っぽくねえな。猫の要素尻尾だけじゃん。せめて三本ひげくらいはつけとけよ」
「それやると可愛くなくなっちゃうんじゃねえの? なあ、ベル。可愛くねえと、おまえみてぇな気持ちワリィ男にこういう人形買ってもらえなくなるもんなー?」
「ああ、なるほど。そういうことか。納得。納得したよ。なあ、ベル?」
あざ笑うような二人の視線が、同時にこちらに向く。
ベルは勇気を振りしぼって、さっきと同じ言葉をもう一度、よどんだ空気に強く放った。
「返してよ! それは僕のだ! 僕の、大切な物だ!!」
「…………」
沈黙。
が、その沈黙は長くは続かなかった。
正面の男たちは一度、意味ありげな表情で互いに顔を見合わせると、
「強く出たなぁ、ベル。返して、か。つまりは要望。おまえは俺たちに要望したわけだ。なあ、リーン。こいつは由々しき事態だ」
「ああ、ジャスティン。衝撃を通り越して、オレは恐ろしくもあるぜ。今夜の夢は悪夢に違いねえ。あのベルが、俺たちに何かを要望するなんてな。天地がひっくり返っても、それだけはあっちゃならねえ。あっちゃ、ならねぇよなあッッ!」
ドスっ!
「がぶッ!」
鈍い痛みが、光の速度で全身を駆け巡る。不意に放たれた、リーンの鉛のようなボディーブローがベルの華奢な腹筋をものの見事に粉砕したのである。
今朝食べたクリームシチューの全てを吐き出し、ベルはその場にくずおれた。
「おっと、地面にキスするのはまだ早いぜ。もうちょい俺らの目線で遊んでけや」
間をおかず、今度はジャスティンの大きな手がベルの前髪をわしづかみにする。
地面に倒れることさえ許されない。ベルはされるがまま、ジャスティンの操り人形になるほかなかった。最初の一発で、嘘のように全身から全ての力が抜け落ちてしまったのである。指一本、動かすことはできなかった。
「おまえがいつも、この気色ワリィ人形を後生大事に持ち歩いてる理由は知ってるぜ。婆ちゃんに買ってもらった、最後の誕生日プレゼントだからだろ?」
「あん? そうだったのか? 生きてる女に相手にされねえから、劇中の登場キャラを模した人形に逃げてるだけかと思ったぜ」
「いや、それもあるだろうぜ。つーか、そっちのがメインか。プリティーキャット役の女、可愛かったもんなぁ。けど、知ってっか? アイツは俺らの兄貴の女だってこと。女って言っても、五号くらいだろうけどな」
そう言って、ジャスティンがけたたましく笑う。若干と遅れて、リーンの下品な笑い声もベルの耳に響いた。
ベルは伏せていた両目を上げた。そうして、涙でグシャグシャになった顔を可能なかぎり強く引き締め、
「……かんけい、ないよ。僕は劇中のプリティーキャットが好きなんだ。演じてる女優の私生活なんて……興味ない。物語の中の、彼女に勇気をもらったんだ。だから……」
「だから、なんだよ? 気色ワリィことを真顔でほざきやがって! テメエのそういうところが、俺は昔っから大嫌いなんだよ! 弱ぇくせして卑屈にならねえその目も気に入らねえ! このドクロのバッジが見えねえのか!? 俺たちは泣く子も黙るリッツファミリーだぞ! ビビッて小便ちびれや、クソが!!」
ジャスティンが、これ以上は無理というレベルまで両目を見開く。
ベルは殴られると思ってとっさに歯を食いしばったが、予想に反して、彼の身体は地面に投げ捨てられただけだった。
だが、それは安堵していい展開とはまるで逆だったということに、やがてベルは気づく。
「……リーン、イールドカーヴをよこせ。刀身形態にした、イールドカーヴを、だ!」
「おっ、そいつはつまり殺るってことか? いーね。そう言うんじゃないかと思って、刀身形態に切り替えておいてやったぜ。おらよ、十万ゴーロもした貴重なBランクダブルなんだから大事に使えよ?」
「…………っ!」
ベルは、ごくりと唾を飲み込んだ。
数秒後、近くの地面にプリティーキャットの人形が雑に投げ捨てられる。当たり前だが、でもベルの視線がそれを追っていた時間は短かった。
正面。
野獣のように両目を血走らせたジャスティンが、殺意の刃を振り上げる。
ベルは、反射的に両目をつぶった。
思考が働かない。数秒先の未来さえ、考えることができない。もしかしたら、それは脳による自己防衛だったのかもしれない。それを考えてしまっては、恐怖で頭がどうにかなってしまう。それを防ぐための、防衛手段。考えたところで、どうせ結末は変わらないのだから。
ベルは無心で、両目をきつく瞑り続けた。
一秒、二秒、三秒――。
だが、いつまで経っても、不可避な残酷が彼の身体に降り注ぐことはなかった。
ベルは、覚悟を決めて両目を開けた。
ジャスティンの、首から上がなくなっていた。
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