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第1章
第21話 トーマとチロの冒険 ③
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神歴1010年、7月17日――ミレーニア大陸中央、ドゥーラ山脈。
「宝箱みーっけ!」
「早く早く、トーマ! 早く開けてみようよ!!」
俺たちは、宝箱探しにハマっていた。
一週間前――ドゥーラ山脈に到着して、最初に開けた宝箱の中身が『ネクタル』だったことがそのきっかけである。
ネクタル。
神々の飲み物を意味するそのアイテムは、使用した者の体力とエネルを一瞬で最大値まで回復させる極上の品である。数あるアイテムの中でも、文句なしに最高クラスの便利品だ。これを作って良かったと、俺は改めて心の底からそう思った。
「よーし、んじゃ開けるぞ」
「うんうん、開けて開けて。ワクワク、ドキドキ」
チロの期待の眼差しを背中に受けながら、俺は目の前の宝箱をがばっと開けた。
毒消し草だった。
「んがーっ、ハズレだーっ!」
「ハズレだーっ!」
チロと共に、思わず両手で頭を抱えて天を仰ぐ。
俺たちはだが、めげなかった。それからも、正規のルートをわざと外れて宝箱探しに没頭する。その甲斐あって、ついに俺たちは『それ』の入手に成功した。
「……ボールだ。トーマ、なんか珍しそうなボールだよ?」
「……『束の間の飛翔』だ」
「束の間の飛翔? それってレアボール?」
「レア中のレアだ! 全部で三つしか作ってない、最高クラスのレアボールだ!」
「ホントに!? やったーっ! 超絶レアボールゲットだーっ!」
「ゲットだーっ!」
チロと二人で、万歳して喜ぶ。ガッツポーズもした。グータッチも、パータッチもした。それから先も、俺たちは宝箱を探し続けた。
十日が過ぎた。
「……オイラたち、なにやってるんだろ……」
「…………」
俺たちは、まったく同じタイミングで我に返った。
もうすぐそこに、待望の町が――新たに生まれた人類がいるかもしれないというのに、その直前で二週間以上も無駄に時間を浪費してしまった。
ネクタル二個、束の間の飛翔一個、毒消し九十九個と引き換えに……。
俺は、ぼそりと言った。
「さっさと、この山脈抜けるか……」
「……うん、そうだね」
俺たちは、寄り道をやめた。
宝箱には目もくれず、そうして正規のルートをひたすら進む。モンスターとの戦闘も、避けられるモノは可能なかぎり避けた。
その結果――。
「ようやく、終わりが見えてきたな……」
俺はひたいの汗を軽くぬぐって、隣のチロに言った。
あれから三日。
頭の中に叩き込まれたマップによれば、そろそろ出口も近いはず。いろんな意味でだいぶ遠回りはしたが、つまりはいよいよなのである。
いよいよ、そのときが訪れる。
俺は続けて、チロに言った。
「チロ、心の準備はいいか? かなりの高確率で、ここを抜ければ『ファーストコンタクト』が訪れる。つまりは待望の――」
「トーマ、そのことなんだけど……」
俺の言葉を遮るように――。
チロがそう言って、とある方向を指さす。
俺は不機嫌に片眉を上げた。せっかくテンション高く喋っていたのに、空気の読めない巻きグソだ。その方向にいったい何があるというのか。
俺は渋々、チロの指さす先に視線を向けた。
ヒトが、いた。
「……え?」
「ファーストコンタクト、思ったより早く訪れちゃったね……。オイラ、心の準備とかまったく全然できてなかったよ」
できてない。
できてるわけがなかった。
俺は茫然自失に、その方向を見つめ続けた。
重要な事柄は、いつだって心の準備を待たずに訪れる。
◇ ◆ ◇
少女である。
まだティーンエイジャーにすら届いてないような、十歳そこそこの少女である。
ライムグリーンの頭髪に、同色の双眸。頭の両サイドで結ばれた髪型は、俺たちの世界で言うところのツインテールだ(この世界でも、そう呼ばれているかもしれないが)。近くに寄ってみないと、細かなところまでは分からないが――将来美人になることを確約されたような、超がつくほどの美少女だった。
「可愛い子だね。一人かな? 親は一緒じゃないのかな?」
「一緒じゃなかったら、おかしいだろ? この辺、まだそこそこ狂暴なモンスターが徘徊してるぞ」
いくらなんでも、単独行動はありえない。ありえないが、ありえるとしたら不可抗力で一人になってしまったというパターンだ。
大人と一緒に来たが、その大人がモンスターに……。
俺は意を決して、少女のほうへと歩を進めた。
と。
「――――っ!」
少女の大きな瞳が、ビックリしたようにこちらを向く。
俺は、できるだけ穏やかな口調で話しかけようと口をひらいた。
が、俺のそのひらいた口から言葉が落ちることはなかった。
「あ、逃げた……」
ぼそりと落ちたチロのその言葉が、起こった事象を丸々完璧に説明していた。
逃げた。
逃げられた。
話しかける間もなく、一目散に逃げられた。完全に想定外の反応だった。
「なんかトーマの姿見て、逃げたみたいだったよ? オイラじゃなくて」
「いやいやありえないだろ? 俺のどこに逃げられる要素があるんだ? 普通極まる見た目だろうが。おまえ見て逃げ出したに決まってる」
「オイラ見て、なんで逃げるのさ? ドラパピだよ? 子供たちのマスコット的存在じゃないかー」
「いやそれはおまえがそう思ってるだけだろ? ドラゴンの幼体なんて見たら大人でも警戒するわ」
「そうかなぁ……」
「そうだ」
言い切り、俺はチロから視線を外した。
追いかけなければならない。
追いかけて、追いついて、安全な場所まで護衛しなければならない。
泣かれようが、嫌われようが、関係ない。
救える力がありながら、最初に会った人間を――それもまだ年端もいかない子供をみすみす死なせたとあっては神失格だ。
否、神どころか人間失格である。
俺は、ダブルの柄を強く握った。
失敗の許されない、不可避のクエスト。
新人類とのファーストコンタクトは、思いも寄らず、ややこしい難題がセットになっていた。
激動の一日が、そうしてせわしなく始まる。
「宝箱みーっけ!」
「早く早く、トーマ! 早く開けてみようよ!!」
俺たちは、宝箱探しにハマっていた。
一週間前――ドゥーラ山脈に到着して、最初に開けた宝箱の中身が『ネクタル』だったことがそのきっかけである。
ネクタル。
神々の飲み物を意味するそのアイテムは、使用した者の体力とエネルを一瞬で最大値まで回復させる極上の品である。数あるアイテムの中でも、文句なしに最高クラスの便利品だ。これを作って良かったと、俺は改めて心の底からそう思った。
「よーし、んじゃ開けるぞ」
「うんうん、開けて開けて。ワクワク、ドキドキ」
チロの期待の眼差しを背中に受けながら、俺は目の前の宝箱をがばっと開けた。
毒消し草だった。
「んがーっ、ハズレだーっ!」
「ハズレだーっ!」
チロと共に、思わず両手で頭を抱えて天を仰ぐ。
俺たちはだが、めげなかった。それからも、正規のルートをわざと外れて宝箱探しに没頭する。その甲斐あって、ついに俺たちは『それ』の入手に成功した。
「……ボールだ。トーマ、なんか珍しそうなボールだよ?」
「……『束の間の飛翔』だ」
「束の間の飛翔? それってレアボール?」
「レア中のレアだ! 全部で三つしか作ってない、最高クラスのレアボールだ!」
「ホントに!? やったーっ! 超絶レアボールゲットだーっ!」
「ゲットだーっ!」
チロと二人で、万歳して喜ぶ。ガッツポーズもした。グータッチも、パータッチもした。それから先も、俺たちは宝箱を探し続けた。
十日が過ぎた。
「……オイラたち、なにやってるんだろ……」
「…………」
俺たちは、まったく同じタイミングで我に返った。
もうすぐそこに、待望の町が――新たに生まれた人類がいるかもしれないというのに、その直前で二週間以上も無駄に時間を浪費してしまった。
ネクタル二個、束の間の飛翔一個、毒消し九十九個と引き換えに……。
俺は、ぼそりと言った。
「さっさと、この山脈抜けるか……」
「……うん、そうだね」
俺たちは、寄り道をやめた。
宝箱には目もくれず、そうして正規のルートをひたすら進む。モンスターとの戦闘も、避けられるモノは可能なかぎり避けた。
その結果――。
「ようやく、終わりが見えてきたな……」
俺はひたいの汗を軽くぬぐって、隣のチロに言った。
あれから三日。
頭の中に叩き込まれたマップによれば、そろそろ出口も近いはず。いろんな意味でだいぶ遠回りはしたが、つまりはいよいよなのである。
いよいよ、そのときが訪れる。
俺は続けて、チロに言った。
「チロ、心の準備はいいか? かなりの高確率で、ここを抜ければ『ファーストコンタクト』が訪れる。つまりは待望の――」
「トーマ、そのことなんだけど……」
俺の言葉を遮るように――。
チロがそう言って、とある方向を指さす。
俺は不機嫌に片眉を上げた。せっかくテンション高く喋っていたのに、空気の読めない巻きグソだ。その方向にいったい何があるというのか。
俺は渋々、チロの指さす先に視線を向けた。
ヒトが、いた。
「……え?」
「ファーストコンタクト、思ったより早く訪れちゃったね……。オイラ、心の準備とかまったく全然できてなかったよ」
できてない。
できてるわけがなかった。
俺は茫然自失に、その方向を見つめ続けた。
重要な事柄は、いつだって心の準備を待たずに訪れる。
◇ ◆ ◇
少女である。
まだティーンエイジャーにすら届いてないような、十歳そこそこの少女である。
ライムグリーンの頭髪に、同色の双眸。頭の両サイドで結ばれた髪型は、俺たちの世界で言うところのツインテールだ(この世界でも、そう呼ばれているかもしれないが)。近くに寄ってみないと、細かなところまでは分からないが――将来美人になることを確約されたような、超がつくほどの美少女だった。
「可愛い子だね。一人かな? 親は一緒じゃないのかな?」
「一緒じゃなかったら、おかしいだろ? この辺、まだそこそこ狂暴なモンスターが徘徊してるぞ」
いくらなんでも、単独行動はありえない。ありえないが、ありえるとしたら不可抗力で一人になってしまったというパターンだ。
大人と一緒に来たが、その大人がモンスターに……。
俺は意を決して、少女のほうへと歩を進めた。
と。
「――――っ!」
少女の大きな瞳が、ビックリしたようにこちらを向く。
俺は、できるだけ穏やかな口調で話しかけようと口をひらいた。
が、俺のそのひらいた口から言葉が落ちることはなかった。
「あ、逃げた……」
ぼそりと落ちたチロのその言葉が、起こった事象を丸々完璧に説明していた。
逃げた。
逃げられた。
話しかける間もなく、一目散に逃げられた。完全に想定外の反応だった。
「なんかトーマの姿見て、逃げたみたいだったよ? オイラじゃなくて」
「いやいやありえないだろ? 俺のどこに逃げられる要素があるんだ? 普通極まる見た目だろうが。おまえ見て逃げ出したに決まってる」
「オイラ見て、なんで逃げるのさ? ドラパピだよ? 子供たちのマスコット的存在じゃないかー」
「いやそれはおまえがそう思ってるだけだろ? ドラゴンの幼体なんて見たら大人でも警戒するわ」
「そうかなぁ……」
「そうだ」
言い切り、俺はチロから視線を外した。
追いかけなければならない。
追いかけて、追いついて、安全な場所まで護衛しなければならない。
泣かれようが、嫌われようが、関係ない。
救える力がありながら、最初に会った人間を――それもまだ年端もいかない子供をみすみす死なせたとあっては神失格だ。
否、神どころか人間失格である。
俺は、ダブルの柄を強く握った。
失敗の許されない、不可避のクエスト。
新人類とのファーストコンタクトは、思いも寄らず、ややこしい難題がセットになっていた。
激動の一日が、そうしてせわしなく始まる。
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