転生したら誰もいないどころか何もなかったのでゼロから世界を造ってみた

kisaragi

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第1章

第20話 ルナの秘密

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 神歴1012年、2月15日――レベランシア帝国、とある路地の一角。

「な、なんなんだよ、おまえ!? 俺がなにしたってんだ!?」

「いや何も。今は何もしてない。でも過去にさんざん悪さしたろ? 元リッツファミリー。今は何もしてないからって、許される理由にはならないんじゃねーの?」

「俺が過去に悪さしたからなんだってんだ!? ンなもん、とっくに時効だろ! 俺はもう、リッツファミリーじゃない!」

「……やれやれ、何度も言わせんなよ。だからそれは許される理由にはならない。知らないみたいだから教えといてやるけど――悪事に、時効はないんだよ」

「ふざッ、テメエ何様のつもりだッ! 神様にでもなった――」

 ピュッ!

 空気を切り裂く音が鳴り。

 わずかな時間差で、首すじにタトゥーの入った少年の身体が前方に崩れる。

 若干と遅れてその場所にたどり着いたルナは、近くに立っていた黒髪黒目の男に向かって、

「またですか!? 毎回毎回、なんで殺しちゃうんですか!? トレドさんは殺人狂なんですか!? 殺人馬鹿なんですか!?」

「いや殺人馬鹿って……。しょうがないだろ。加減が難しいんだって。でも何度も言うようだけど、悪党にそこまで気を使う必要あるか? 憲兵隊が黙認してるってことは、少なくてもこの国ではこの行動は是だってことだ。だったら――」

「ダメです! 正当な理由がないのに、かんたんにヒトを殺すのは悪です! それでは十二眷属と変わりません! 巨悪を通り越した、めちゃ悪です!」

「いやどっちがより悪なのか、分かりづらいんだけど……。てゆーか、俺の中では正当な理由があるんだけどなぁ。まあ、十二眷属と変わらないって言われても、あんまピンと来ないからショックもないけど」

「……ショック、受けてくださいよ。まあまあなレベルの侮辱ワードですよ。口に出した当人が、ちょっと後悔してるくらいの……」

 勢いにまかせて、ひどいことを言ってしまったという思いが少なからずあった。黒髪黒目のトレドには、その容姿も相まって、より侮辱の意味合いが強くなってしまう。ルナはちょっとだけ後悔していた。

 が、彼女のその気持ちとは裏腹、トレドはいつものように飄々とした様子で、

「別に後悔なんてしなくていいけど。一ミリも気にしてないし。そんなことよか、一個訊いてもいいか?」

「はい、どうぞ。なんですか?」

 ルナは一度だけ両目をパチクリさせると、すぐさま問題ないとばかりにそう返した。

 なんだろう、とは一瞬思ったが、返答に窮することではないだろうと即座にそう判断したのである。

 だが。

 彼女のその予想に反して、トレドの口から落ちた『問いかけ』は思いっきり返答に窮するものだった。

「十二眷属に対して、なんか個人的な恨みとかあんの?」

「……え?」

 思いがけない質問。

 ルナの頭と身体は、二秒間の時間停止に遭った。

 その止まった時間に、トレドがさらなる言葉を紡いで寄越す。

「いや、アリスと違って、なんかルナからはそんなふうな感じが伝わってくるっていうか……。だから、なんか個人的な恨みでもあんのかなって思って……」

「…………」

 個人的な恨み。

 

 

 でも、それを誰かに話したことは一度もなかった。

 ブレナにも、アリスにさえも――。

 その感情をできるだけ隠すように生きてきたつもりだし、二人からその件に関して深く切り込まれたことも一度もなかった。

 だから、思いもしなかった。
 
 まさかこんなタイミングで、について触れられるなんて――。

 ルナは我を取り戻したあとも、うつむいたまま、さらに数秒のときを遊ばせた。

 と、その原因を作った張本人が、気まずそうに言う。

「……あれ? 俺なんかまずいこと訊いた? ああいや、別に答えたくないなら答えなくても――」



 ルナは、ハッキリと言った。

 なぜそう答えたのか、自分でも分からない。口が勝手に動いたのだ。我を取り戻したあとの数秒で固めた決意ではなかった。

 理屈じゃない。

 もしかしたら、無意識の領域下で誰かに話してしまいたいという願望があったのかもしれない。聞いてほしい、知ってほしいという願望があったのかもしれない。

 その相手がトレドだというのにも、おそらくは理由があるのだろう。

 近すぎず、遠すぎない。

 その絶妙な相手が、彼だったのだ。今日、この瞬間に訊かれなくても、どこかで自分から打ち明けていた可能性さえあると、ルナは不思議にそう思った。
 
 ゆえに、彼女は話した。

 意識的に封印していた過去を、初めて誰かの前へと赤裸々に開放したのである。


      ◇ ◆ ◇


 その日は、朝からずっと雨だった。

 ルナは、傘が雨粒をはじく音を聞きながら目的もなく歩いていた。
 
 雨脚は強くなる一方だった。

 傘を差していても、完全に防水することはできない。雨に濡れて重みを増した服が、不快な気分をいっそう強めた。

 雨の日は好きではない。

 祖父も祖母も雨の日に死んだ。父が失業するのも、決まって雨の日だった。

 どこか、雨の見えないところに行きたい。

 その建物を発見したのは、ちょうどそう思い始めた矢先だった。

 木造二階立てで、築百余年は経っていそうな家。特にどうということはない、帝都郊外ではごく一般的な作りの家だった。そのまま通り過ぎようとして――ルナはしかし、立ち止まった。
 
 物音が、したのだ。

 それも、小さな音ではない。激しい雨の中でもそれと分かるほど、大きく不穏な物音だった。

 彼女は吸い寄せられるように、窓の近くへと移動した。

 が、そこから中を覗こうとした、その瞬間――。

「ルナ、どうしたんだい? その家で、何かあったのかい?」

「あっ、おとうさん、おかあさん」

 ルナが振り向くと、父と母の姿があった。

 彼女は不思議そうにこちらを見る二人に、

「今、このおうちで大きな音がしたの。めちゃ大きい音。だから――」

「ルナ、ダメですよ。そんな理由で人様のおうちを覗いては。神様に怒られます」

「むーっ」

 母に言われ、ルナはふて腐れたように両頬を丸めた。

「ほらほら、ふてないふてない。雨もひどいし、もうおうちに帰ろう。この辺りは野犬も多いからね。長居は禁物だ」

「そうよ、お父さんの言うとおり。それに今日の晩ご飯は、ルナの大好物のシチューなのよ。一か月ぶりに、白いパンも手に入ったわ。柔らかいわよー」

「わぁー、シチュー! 白いパンも! お誕生日でもないのに、めちゃ豪勢っ!」

 ルナの機嫌は、わずか数秒で元に戻った。否、元のそれよりもはるかに上機嫌へと昇華した。

 彼女は物音のことなどすっかり忘れて、父と母のもとへと駆け寄った。

 だが、その刹那だった。

 ガチャァァァン!

 響いたのは、窓ガラスを打ち破る激しい破壊音。

 次いで、そこから『ドス黒い物体』が勢いよく噴出する。

 何が起こったのかよく分からず、ルナはキョトンとその物体に視線を向けた。

 瞬間、彼女の時間はプツリと止まった。

 焼死体。

 それは、真っ黒に焼けただれたの死体だった。

 そこから先は、飛び飛びの記憶しかない。

 母が悲鳴を上げ、何かを察した父が自分の身体を路地の入口へと隠す。その路地の入口から、彼女は悪夢の光景を目撃した。

「き、きみは何者だっ! これをやったのは、きみなのか!?」 

「あらあら、目撃されちゃったかしら? ツイてないわねー。いえ、、の間違いかしら。アイツにまた、羨ましがられちゃうわ」

 長身の女。

 彼女がいつ現れたのか、その記憶はあいまいだった。気づくと、ゾッとするような笑みを浮かべて彼女は立っていたのだ。父と母の顔を、その大きな黒い瞳で見つめながら。

 やがて、彼女は言った。
 
 ルナの記憶の底にこびりついて離れない、その言葉を――。

「わたし、って言うの。十二眷属の一人、チレネ・アーデンブレイド。冥途の土産に、覚えていってね」

 そうして、悪夢の惨劇が始まる……。


      ◇ ◆ ◇


「……なるほど。納得した。それは恨む理由になるな」

 全てを聞き終えたトレドが、そう言って深く頷く。

 受けたルナは、念を押すように、

「……アリスさんとブレナさんには、内緒にしておいてくださいね」

「なんで?」

「なんでって……二人には知られたくないんです! 少しは察してくださいよ!? 察すると死ぬ呪いでもかけられてるんですか!?」

 察しないにもほどがある。

 念を押しておいて正解だったと、ルナは改めてそう思った。

「……でも、最後まで聞いてくれてありがとうございました。なんとなく、気持ちが少し楽になった気がします。不思議な話ですけど」

「まっ、話したくないこと、知られたくないことってのは、意外に話しちまうと気が楽になったりするもんだよ。なんないときもあるけど。いずれにしても、ここを離れる前にその話が聞けて良かった。気になってることがあると、スッキリした気分で旅に出れないからな」

「……え? トレドさん、帝都を離れるんですか?」

 寝耳に水だった。

 突然の報告に、ルナは両目を丸くして驚いた。

「ああ、離れるよ。悪の三大組織ってのを潰せて、満足したからな。元からそういうつもりだったし。そろそろ相棒を探す旅を再開させなきゃならない。まっ、あと一週間くらいはまだブレナの家に居候するつもりだけど」

「…………」

 トレドが、ブレナ自警団を抜ける。

 もちろん、彼が永久にこの場所にいるとは思っていなかった。彼には彼の目的があるというのは分かっていたし、いずれブレナ自警団を抜け、この街を離れていくだろうことも理解していた。

 だが、あまりにも突然だ。

 あと一週間?

 唐突に現れ、唐突に消えていく。

 嵐のような、とは使い古された表現だが、でも本当に嵐のような男だった。

 と、だがその嵐のような男が放った唐突は、それで終わりではなかった。

「で、それはそうと、物は相談なんだけど――」

 相談。

 そう前置きして、切り出されたそれは――。

 さきの唐突をさらに上回る、めちゃ唐突の『誘い』だった。

「ルナ、俺と一緒に帝都を出ないか? 平たく言うと、パーティ組まないかって誘いだけど。旅に出れば、仇討ちのチャンスとかも巡ってくるかもしれないし」

 春一番が、出し抜けにルナの心を吹き抜ける。
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