転生したら誰もいないどころか何もなかったのでゼロから世界を造ってみた

kisaragi

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第2章

第32話 紅蓮の美少女、ゼフィーリア・ハーヴェイ

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 神歴1012年、3月3日――ギルティス大陸南東、滅びゆく村。

 真っ先に視界に飛び込んだのは、あごの先に届くかどうかの長さの燃えるような赤い髪。次いで、ツンと吊り上がった強気な眉。その下で揺れる透き通るような綺麗な瞳は、紫水晶色アメジストパープルに彩られている。小柄だがしなやかな筋肉で形成された肉体は、若い女豹を彷彿とさせた。

 アリスは、ごくりと唾を飲み込んだ。

 一見して、とてつもない強者だと分かる。身長は百五十八センチの自分よりも、ほんの少し小さいくらいだが――それ以外では何ひとつまさっている部分がないと即断できてしまうほど、彼女の身体は完全なる強者のオーラで満ちていた。

 その強者(年齢はおそらく、十七、八歳といったところだろう。表情は鋭いが、まだあどけなさも多分に残している)が、ゆっくりと強者の口を再度ひらく。

 が、先に言葉を発したのは、真後ろにいたレプだった。

 彼女は謎の小動物を頭に乗せたまま、アリスの真横まで移動すると、

「リアだ。リア、発見。レプは戦闘モードに移行する」

「えっ、レプ? 戦闘モードって……」

 ピュッ。

 それは、本当にあっという間の『一部始終』だった。

 風を切る音を鳴らし。

 真横にいたレプが、一瞬間でアリスの視界から消え失せる。

 信じられない初速。

 アリスは慌てて、視線を正面に戻した。

 戦闘は、終わっていた。

「単細胞。ちゃんと考えて動かないと、天性のスピードが生かせないよ。ま、子供だし、しょうがないけど」

「――――っ!!」

 アリスは両目を見開いた。

 ぐったりと、冷たい地面にうつぶせになって倒れるレプと、それを余裕のまなこで見下ろす女。

 攻防の初手さえ視認できぬまま、確かにあっただろう戦闘は終結。

 アリスの頭は混乱の二文字で埋め尽くされたが――彼女の身体は、無意識のうちに最優先の行動を取っていた。

 倒れるレプに近寄り、即座に状態を確認。

 と、ほぼ同時に彼女は安堵の息を吐いた。

 おそらく首すじを強く叩かれたのだろう――完全に気は失っているが、ほかに目立った外傷はない。致命傷ではないと分かり、アリスはそこでようやくと『混乱』の二文字を頭の中から排除した。

 わずかな時間差で、女の言葉が彼女の頭上に降り注ぐ。 

「心配ないよ。首すじ叩いて眠らせただけだから。回復の必要もない。三十分もすれば、自然と目を覚ますよ。そのコ、意外とタフだし」

「…………」

「でも、あんたの今の行動は浅はかだね。とっさに身体が動いたのかもしれないけど、順序が逆。まず考えてから、身体を動かさないと。あたしが敵だったら、あんたはそのコと一緒に二人して三途の川を渡ることになってた。無意味にね」

「……敵、じゃないの……?」

「今はね。まさかこんな場所でそのコを見かけるなんて思わなかったけど――そのコがいるってことは、ブレナのヤツもいるんだろ?」

「ブレナさんを、知ってるの……?」

「知ってる。こっちこそ訊きたいんだけど、あんたはアイツの仲間なの? そんな感じには見えないんだけど……」

 それはどういう意味だろうか?

 弱そうに見える、と言いたいのか?

 まあ、強そうに見られたことなどただの一度もないが。

 いずれ、言葉の意図がよく分からぬまま、アリスはこくりと頷いた。 

 受けた女は、意味ありげに若干の間を置くと、

「あんた、年いくつ?」

「……え?」

「年齢。そのコ――レプよりは、だいぶ上だよね? 十四くらい?」

 十四!?

 アリスは思わず、バッと両手を振り上げた。

 が、すぐさま冷静に戻って、それをしょんぼりと下に下げる。彼女はそのまま、つぶやくように答えた。

「……十六」

「じゃあ、一個下だね。名前は?」

 特にこれといった反応は示さずに、たんたんと次の質問を放って寄越す。

 アリスは訊かれるがまま、その質問にも正直に答えた。

「……アリス。アリス・ルージュ」

「ゼフィーリア。ゼフィーリア・ハーヴェイ。リアでいいよ」

 リア。

 即座にそう名乗り返した女は――。

 それまでどおりのぶっきらぼうな口調で、続く言葉をたんたんと落とした。

「安心しなよ。あんたがブレナの仲間でも、この村にいるあいだは敵にはならない。この村に、いるあいだはね」


      ◇ ◆ ◇


 十二眷属。

 男神ナギと、女神ナミによって造られた原初の生命体。

 不老の肉体を持ち、全ての生物の頂点に君臨する文字どおりのカーストワン

 他生物の虐殺を欲求としており、特に人間に対してのそれが最も強い。

 ヴェサーニアに住む人類の、言わば天敵とも呼べる存在である――。

 

 滅びゆく村、宿屋の一室。

 部屋の中央に置かれた年代物の丸テーブルに座りながら、ルナは『二人』の会話を無言のままに聞いていた。

 木製のベッドにどっかと腰を下ろしたブレナと、部屋隅の壁にもたれるようにして立っているジャック・ヴェノンの会話を――。

「十二眷属のしわざ? 村人を殺して回ってるのは、十二眷属だって言うのか?」

「おそらくな。ギルバード様の『サーチ』にかかったのだから、この界隈にいることだけは間違いない。無論、この村だと断言することはできないが――どう考えても、この村である可能性が高いだろう。こんなこと、奴ら以外の誰ができる?」 

「ただの頭のイカれた殺人鬼だって可能性は?」

「低いな。この村にはダブルがない。普通の人間が、ダブルを使わずに人間をあそこまで無残に破壊できるわけがない」

「遺体を見たのか?」

「ああ、村の中央に遺体置き場がある。どれも無残なものだったよ。ダブルを使わずあれができる人間は、本当に一握りしかいないだろう。その一握りが、この村にたまたまいたという可能性は低い」

「おまえらだったら、できるんじゃないのか?」

「なんだと!? 貴様ッ、私がこんな悪趣味なことを――」

「いや悪い、冗談だ。ってのは分かってるよ。やる理由もないしな。が、だとすると――」

「あの、ちょっといいですか?」

 ちょこんと右手を上げ。

 ルナはそこでようやくと、二人の会話に割って入った。

「ひとつ疑問があります。十二眷属かどうかは別として――そもそも、なぜ村の人たちは『犯人』が分からないんですか?」

「貴様、今の私の説明を聞いてなかったのか? それは最初に言っただろう? 犯行の瞬間を目撃した者が誰もいないのだ。おそらく、瞬殺しているのだろう。ゆえに――」

「いえ、それ以前の問題ではないかと。この規模の村なら、全員顔見知りでもおかしくないですし――知らない第三者が村に紛れ込んでいれば、すぐに気づかれてしまうのでは?」

「…………」

 ジャックの動きが、ピタリと止まる。

 しばらく黙したあと、彼は若干とばつが悪そうに眉根を寄せて、

「すまない、それを最初に説明すべきだった。この村は『できたばかりの村』なのだ。正確に言えば、元からあった廃村に流れ者が集まって再度村のテイを成した。今から二か月ほど前の話だ。だから互いが互いをよく知らない。十二眷属がそのとき紛れ込んでいたとしても、誰にも分からなかっただろう」

「……ああ、なるほど。それだったら納得です。でも、それだと新たな疑問が生まれます。こんな状況になっているのに、なぜ村の人たちは村の外に逃げ出さないんですか? 流れ者なら村に対する愛着なんてないでしょうし――」

「逃げようとした者もいましたよ。村の外であっさり殺されて、死肉に群がる野犬の栄養源になってしまいましたけど」

「――――っ!?」

 第三の声。

 ルナはハッとして、首から上を背後そのほうこうへと差し向けた。

 出入り口の扉付近。

 パカリと開いたドアの奥に、見知った男が立っていた。

 村に入って最初に会った、あの完成度の低い作り笑いを浮かべる男である(今も同様のそれをわざとらしくたたえていた)。

「……ドアを開ける前に、ノックくらいしてほしかったけどな。あんたがこの宿屋の主だとしても、それが最低限の礼儀ってもんだろ?」

 同じタイミングで気づいたブレナが、皮肉げに言う。

 ルナはでも、その非常識よりも男の発した言葉のほうが気になった。

 村の外に出ても、それが理由で結局殺されてしまうのか?

 でも、だとしたら――。

 ルナはあることに気づいて、疑問の口を再度ひらいた。 

 だが、彼女の口から最初の一文字が落ちるその前に『それ』は起こった。

 鐘声。

 何かを告げるように鳴り響く、大きく重いベルの音。

 始まりの惨劇が、そうしてルナらの前にさらされる……。
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