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第3章
第53話 短い旅の始まり
しおりを挟む神歴1012年、3月20日――ギルティス大陸南東、神都アスカラーム。
午前10時37分――アスカラーム西門。
巨大な門を挟んで、西側と東側にそれぞれ四人ずつ。
門の西側――つまりは町の外側に立つブレナは、町の内側に立つ黒髪黒目の長髪男を見やって、
「ギルバード、ホントに大丈夫なんだろうな? レーヴェは遠いぞ。ここからだと一週間はかかる。俺たちが到着した頃には、すでに相手は別の場所、ってのは笑えねえぞ?」
「その可能性は低いと判断した。奴は一月前からレーヴェに滞在している。経由地として立ち寄っただけならすでに移動しているはずだろう。一月とどまったということは、なにかしらの意図があって滞在していると考えるべきだ。その意図がなんなのかは分からんが――確率的に考えて、その状態から一週間以内に別の地に赴くとは思えん。絶対とは言い切れんがな」
「嘘でもそこは『絶対』と言い切ってほしいとこだがな……」
正直な物言いだが、モチベーターとしては失格だ。
ブレナは短く息を吐くと、視線を残る『三人』へと移した。
門の『内側』にとどまる、ギルバード以外の残りの面子へと――。
と、その中の一人――ルナが、こちら側に一歩を踏み出し、
「……すみません、やっぱりわたしも……」
「いや、おまえは来なくていい。いい感じで、手応えつかめてきてるんだろ。そのままリアに鍛えてもらえ。そのほうが、長い目でみたらこっちも助かる」
「でも……」
「大丈夫っ! あたしたちが、ルナの分までブレナさんの力になるから! だからルナは安心して、リアさんとの特訓でもっともっと強くなって戻ってきてー!」
そう言って。
ブレナ同様、門の外側にいるアリスが心配ないとばかりに両手を振り上げる。同じく外側組のレプも、数舜遅れてそれに倣った。
「ルナ、心配ない! レプとアリスが兄者を補佐する! レプはこう見えて補佐の達人! 縁の下の力持ちを字で行く女と巷では有名……」
一度も、誰の口からも聞いたことがないが。
とまれ、二人の力強い言葉を受けたルナは、そこでようやくと吹っ切ったような笑みを浮かべ、
「了解しました。今回は、ブレナ自警団のお仕事は二人に任せてお休みします。その代わり、めちゃ強くなって次は一回休んだ分を倍返ししますね。いえ、三倍返しです」
「おぉ……三倍返し。レプは超楽しみ。スーパールナ超楽しみ」
「いえ、レプ。スーパーを通り越して、ハイパーです。ハイパールナです」
「……ルナ、それちょっとカッコ悪いかも……。ハイパールナ、ネーミングセンスのなさが全身からほとばしってるよ……」
若干と引いたような顔で、アリス。
ルナのカッコいいの基準は中二ならぬ小二レベルなのだが、アリスの基準は中二なのでブレナにとってはどっちもどっちだった。
いずれ、アリスのそのダメ出しがルナの耳に届くことはなかった。同時に鳴った別の声に、いともあっさりとかき消されたのである。
同時に鳴った、別の声に――。
「……盛り上がってるとこ悪いんだけど、アタシもいるからね。てゆーか、こん中でコイツの次に戦力になるの、ぜったいアタシだから。百パーアタシだから」
セーナ・セス。
門の外側にいる最後の一人――オレンジ髪の少女が、親指でこちらの身体を指さし言う。
ブレナはため息混じりに、彼女のその親指を軽くつまむと、
「……んで、ギルバード。この無礼な小娘を同行させる理由はなんだ? そんなに俺が信用ならないのか?」
「ちょ、小娘って――」
「お目付け役ではないぞ。逆だ。戦力として供給している。こちら側から誰も出さないというのはバランスが悪かろう? おまえも内心、それではおもしろくないのではないか?」
「…………」
まあ、確かにそれはそうだが。
ブレナは、なんとも言えぬ面持ちで一息吐いた。そう言われては、実際はお目付役であったとしても文句は言えない。納得するほかなかった。
と。
「ちょっとあんた、さっきの『小娘発言』取り消しなさいよ。どう見ても、そんな年変わんない――」
「セーナ姉、出発前に言っときたいことあるんだけど」
納得できないと言わんばかりの勢いでこちらに詰め寄るセーナを、門の内側組の一人――リアが、横合いから呼び止める。
受けたセーナは、面倒くさそうに’(面倒くさくなりそうな展開を回避できたブレナにとってはまさに神の一声だった)リアのほうへと視線を向けると、
「……なに? 大事なこと?」
「大事なこと」
ハッキリとそう断言して。
リアは、当たり前のことを言うかのような口調でその先を続けた。
「セーナ姉、見ず知らずのヒトとかかんたんに信用しちゃダメだからね。あと森とかに生えてるキノコはほとんど食べられないから食べちゃダメ」
「食べるわけないでしょ!? てゆーか、あんたはアタシのお母さんか!」
わりと真面目に心配しているといったふうなリアに、セーナが両目を見開き反論する。が、彼女の血圧を上げる台詞はその先こそが本番だった。
間を置かず、内側組の最後の一人――ジャックが、年下の部下に言い聞かせるような語調でリアの言葉に追随する。
「分かっているとは思うが、これは重要な任務だ。くれぐれも気は抜くなよ、セーナ」
「セーナさん、だろ! 何回言わせんだ、このクソガキ! あんたより、アタシのほうが二歳も年上なんだからね! てゆーか、なんでいつも上から目線なのよ!」
「上から目線のつもりはないが。同等だと思って話している」
「目上だと思って話せ!!」
面倒くさい。
そのやり取りを横目で見ながら――面倒くさいタイプの女が旅の道連れになったと、ブレナは深く嘆息した。
ともあれ。
新しい面子を加えた、十二眷属打倒の新たな旅が始まる。
ターゲットはギルティス大陸に巣食う最後の十二眷属、ドナウ・リード。
だが、このときブレナはまだ知らない。
三週間足らずのこの短い旅の終わりに、よもやあのような事態が待っていようとは、このときの彼には知る由もなかった。
なかったのである。
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