転生したら誰もいないどころか何もなかったのでゼロから世界を造ってみた

kisaragi

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第3章

第52話 リアとの特訓

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 神歴1012年3月18日――ギルティス大陸南東、神都アスカラーム。

 午後1時23分――第三の塔サード・タワー一階、修練場。

 土の地面に彩られた、広々とした正方形の一室。

 ルナはこの場所で、戦闘モードのリアと相対していた。

 リアとの特訓を始めて、今日でちょうど十日。

 模擬戦をやるのは、これが初めてだった。

「全力で行きます。出し惜しみはしません。百パーセントから始めて、百パーセントで終わります。この十日間でリアさんに叩き込まれた格闘術、その全てをリアさんにぶつけます」

 言って、ルナは両目に闘争の炎を宿した。

 受けたリアが、感心したように言う。

「やるね。良いオーラ出してる。一発でも当てたら及第点って思ってたけど、それ以上の成果が期待できそう。過大評価になんないように、気合入れなよ」

 気合。

 その言葉を最後に、流れていた空気が変わる。

 ルナは、ごくりと唾を飲み込んだ。

 と――。

 ピュッ!

「――――ッ!?」

 ルナは、反射的に首を右に傾けた。直後、彼女の左頬を拳の烈風が吹き抜ける。一瞬間で間合いを殺した、リアの左ストレートがまっすぐにルナの顔面を狙って突き伸びたのである。紙一重でそれをかわしたルナは、間髪いれずに反撃の左上段回し蹴りをリアの右あご目がけて繰り出した。

 完璧なタイミング。

 少しのズレもない、自画自賛の一撃。だが、それはあっさりとガードの憂き目にあった。右腕で、リアはかんたんにその攻撃をガードしてみせたのである。利き足ではなかったとはいえ――あのタイミングで放たれた左のハイを、あの態勢からいともたやすく防ぎ切る。それは、信じられない反応速度だった。

 初めて受ける、背筋が凍る衝撃。

 入る、と思っていたルナは、その先の反撃に対する対応をワンテンポ遅らせた。それが、致命的なミスとなって彼女の身体に降り注ぐ。

「かはッ!?」

 右の脇腹に感じた鈍い痛みと共に、身体が真横に弾け飛ぶ。

 リアの左フックが、ルナの脇腹を鋭く撃ち抜いたのである。ルナの身体はそのまま、サイドの壁まで吹き飛び、その勢いのまま、固い石壁にぶち当たった。

 激烈な痛み。

 壁に衝突したダメージよりも、だがリアに喰らった左フックのダメージのほうがはるかに大きい。その事実が、彼女の異次元さを物語っていた。

(……あばらが何本かやられてる。でもたぶん、折れてはない。まだ、イケる!)

 胸中で続行可能を判断すると、ルナはすぐさま立ち上がった。

 その流れのまま、反撃の一歩を爆速で踏み出す。

 消滅。

 再び、リアとの間合いが消滅する。

 ルナは積極果敢に初撃の拳を振り抜いた。

 身体をほんの少し、左に傾けての右フック。

 目一杯の力で振り抜いた、出し惜しみなしのフルスイングである。

 リアはそれを後方に跳んでやり過ごそうとしたが、その思考を読んでいたルナは彼女の自由をすんでで奪った。

「――――ッ!?」

 さがるリアの指先を左手でつかんで、回避の動きを若干と遅らせる。大仰な振りかぶりの一撃には、視線をそこに集める意図もあった。ルナの目論見どおり、その他の個所への警戒をわずかに緩めたリアは、振り抜かれたルナの一撃をまともにテンプルに喰らった。

 短い苦痛のうめきを漏らして、リアのひざが『くの字』に折れる。ルナはその一瞬を見逃さなかった。

 続けざまに、お返しとばかりに彼女の右の脇腹に左フックを一閃。喰らったリアの身体が左方向によろめくと、ルナは満を持して得意の右のハイをリアの左あご目がけて撃ち放った。

 が。

(……え?)

 空振る。

 それは、呆気に取られる展開だった

 何が起こったのか、瞬時には理解できない。否、理解はしていたが、受け入れることができなかった。

 完璧な崩しのあとに放たれた、あの完璧な一撃をかわされた。

 ありえない速度で態勢を立て直し、後方にステップする。そんな非常識をリアは当たり前のようにやってのけたのである。

 ルナは、敗北を認めるほかなかった。

 間抜けに呆けたまま、ルナの身体がゆっくりと前方に崩れる。隙だらけの右あごきゅうしょに、音速の左拳を撃ち降ろされたのだ。

 薄れゆく意識の中、そうしてルナは屈辱の言葉を聞いた。

「今の一連は悪くなかったよ。最初の右フックはちょっと効いた。でも、そのあとの脇腹への一撃が甘かったね。あれで立て直す余裕ができた。ま、文句なしに及第点以上ではあるけど」


      ◇ ◆ ◇


 同日、午後1時53分――第三の塔サード・タワー一階、修練場。

 目を開けて最初に見えたのは、サラリと揺れる赤い髪。次いで、ほんのりとした石鹸の香りが鼻孔をくすぐる。

 ああ、汗すらほとんどかいていなかったのか、とルナは苦笑混じりに理解した。

 修練場。

 場所は、先の修練場から変わってはいない。どうやら、リアにひざまくらをされている状態らしかった。

 ルナは立ち上がろうと、上半身に力を加えた。瞬間、鈍い痛みが身体全体を駆け巡る。

 と、気づいたリアが、ほんの少しだけ心配そうに両目を細めて、

「ごめん、ちょっと強く殴りすぎたかも。平気?」

「……大丈夫です。中途半端に手加減されるのは屈辱なので、負けるときはこのくらいダメージもらったほうがスッキリします」

「強気だね。でも、嫌いじゃないよ。そのくらい威勢いいほうが鍛え甲斐ある」

 満足そうな笑みを浮かべて、リアが言う。

 ルナは傷む身体にムチ打ち立ち上がると、生真面目な表情で彼女を見やって、

「リアさん、正直に答えてください。今の、何割くらいの力で戦ってました?」

「五割くらいかな。けっこう力入れたつもり。思ったとおり、あんたの身体能力は相当高いレベルにあるよ。格闘センスもある。ある程度、基礎が出来上がっていたとはいえ、たった十日間教えただけで、このレベルにまで到達するのは非凡。あと二、三週間もすれば、じゅうぶん実戦でも使えるようになるよ。戦闘の幅は、一気に広がるはずだよ」

 なんか、むずがゆかった。

 たぶん、五割というのはリップサービスだろう。実際は三割も出していないと思う。でも、実践で使えるようになる、という部分に嘘はないはずだ。おそらくは誇張もない。ルナは確かな手応えを感じた。

 剣術と格闘術の二刀流。

 考えたこともなかった(もちろん、最低限の格闘スキルはすでに体得済みではあったが)が、リアの言うとおり、これで戦術の幅が大幅に広がる。加えて、格闘術の向上は剣術にもプラスアルファとして生かされるかもしれない。リアとの特訓はこれ以上ないほど、ルナにとって至福で有意義な時間だった。

 ルナは改めて、感謝の言葉そのことをリアに伝えようと口をひらいた。

 と、だがそのときだった。

「おもしろいことやってるねぇ、リア嬢ちゃん。そのコ、この前、ブレナと一緒にいたコだよね? いつのまに弟子になんてしたんだい?」

「――――っ!?」

 響いたのは、意識的に低く抑えられた女の声。

 ルナは流れるように、視線をその方向へと滑らせた。

 ミカエル・パトラ。

 小麦色の肌をした大柄な女が、トッドの手を引いた状態で、出入り口の扉の前に立っていた。
 
「あんたには関係ない。トッド、こっちおいで」

 一瞬だけ、彼女のほうを見やったリアがそっけなく言う。呼ばれたトッドは嬉しそうに、すぐさまリアの元へと駆け寄った。

 残された女――ミカエルは、やれやれと肩をすくめて、

「つれないねぇ。部屋の外で退屈そうにしてたそのコを連れてきてやったのにさ」

「余計なお世話。危ないから外で待たせてただけ」

「あ、そう。それは悪いことしたねぇ。でも、同情するよ。その年でお母さんみたいなことさせられて。里親が見つかるまでのあいだ、あんたが引き取って面倒みることになったんだろ?」

「…………」

 リアは何も言わずに、トッドの手を引くと、

「ルナ、部屋に戻るよ。今日の特訓はもう終わり。ムカつく奴の邪魔が入ったし」

「……え?」

 ルナは一瞬、キョトンと固まったが――すぐに我に返って、リアのあとに続くように慌てて修練場をあとにした。

 だが、このとき感じた『それ』は、しばらくのあいだ、ルナの全身にヘドロのように絡みつき、居座り続けることになる。

 ミカエルとすれ違った瞬間に感じた、魂をわしづかみにされたようなゾッとした悪寒。

 強者のオーラと悪意のオーラが入り混じったような、その強烈無比な感覚はあの日が訪れるまで、彼女の心と身体を一時たりとも離れることはなかった。

 神都を震撼させる、――。

 どす黒い春嵐が、足音を立てずにアスカラームの町へと不気味に迫る。
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