51 / 112
第3章
第51話 分からせる戦い
しおりを挟む神歴1012年3月8日――ヴェサーニア大陸南東、キュラゲの森。
午前4時07分。
長かった。
ブレナは安堵と虚脱が入り混じった、混沌の息を吐いた。
この森を訪れてから、ちょうど十時間。
まさかここまで時間が掛かろうとは――。
始まりは、十時間前にさかのぼる。
ナギとの話し合いを終え、ブレナが宿に戻ろうとラーム神殿を出ると、そこにはギルバードの姿が。
腕を組みながら、いつもと変わらぬ生真面目な表情を浮かべていた彼は、ブレナの姿を確認するなり、
「さっそくだが、十二眷属を一人退治してもらおうか」
「……は?」
ブレナは当然、目を丸くした。
が、その意味を彼が訊き返すよりも早く、ギルバードはたんたんと、まるでそれが周知の事実であるかの如く、
「ここから北西三十キロの位置に、キュラゲという森がある。その森にバルクという十二眷属が一人潜んでいる。そいつを退治してもらいたい。森までは私が運ぶ」
「いや待て待て待て。いくらなんでも言葉が足りなすぎるぞ? それで納得すると思ってんのか?」
「納得しないのか? なぜだ? 私は嘘をついてはいないぞ? 今の説明に不足があったとも思えん」
心の底から理解ができない、といった表情でギルバードが問い返す。
ブレナは、あきれたまなこで答えた。
「納得できないことは多々あるが――まず、そんな近くにいたならなぜ今まで放置してた?」
「そんな近くに来たのが今日だからだ。生き物は移動する、ということを貴様は知らんのか? 奴は各地を転々としている。二日と同じ場所にいたことはない。聖堂騎士団を派遣しても、彼らがそこに到着した頃にはもう別の場所に移動しているのだ。神出鬼没。厄介な奴だが――だが、今回は『次元の旅路』の範囲内に入った。これ以上はない好機だ」
「…………」
そういうことか。
確かにそれは好機だ。が、ブレナにはまだ納得できない部分があった。
改めて、それを訊く。
「……で、そのバルクってのは森のどこら辺にいるんだ?」
「それは分からない。私のサーチで分かるのは、おおよその場所だ。森のどの辺りにいるかまでは分からない」
「……分からない、ねえ。ちなみに、おまえは一緒には来ないんだよな?」
「当然だ。ラーム神殿を空けるわけにはいかない。それに次元の旅路は一人用で、私のエネル総量でも一日二度の使用が限界。私とおまえの二人で出向けば、片道切符になってしまう」
「……それだと、どのみち俺は帰りは歩きじゃねーか」
徒歩確だ。
ブレナは鉛の息を落とした。
そのまま、細めた両目でさらに訊く。
「……まあ、それはいいとしてもだ。おまえ、あの森がどんだけ広いか、ちゃんと理解して言ってんか?」
「それほどの広さでもなかろう? 半日も歩けば、西から東に抜けられる」
「広いじゃねーか!? この世界は一次元じゃねーんだぞ!? 道はあらゆる方向に伸びてんだ! その広さの森の中を、俺一人で探して回れってのか!?」
「いや、探して回る必要はそれほどないだろう。デカい声で歌でも歌いながら歩いていれば、すぐに向こうのほうから見つけてくれるさ」
見つけてくれる。
ギルバードは気軽に言って、キュラゲの森へとブレナを運んだ。
それが、三月七日の午後六時七分の出来事である。
で、今は三月八日の午前四時七分。
確かに見つけてはくれた。
十時間近く(定期的にロックな歌をシャウトしながら)彷徨い歩いた末、ようやくと――。
「恐ろしくご機嫌だね。お兄さん、道にでも迷ったのかい?」
「…………」
「おっと、そんな怖い目で睨まないでくれ。ボクは決して怪しい者じゃないんだ」
怪しい者じゃない。
男がそう言って、軽く両肩をすくめてみせる。
何の変哲もない、どこにでもいそうな普通の青年だった。
黒髪、黒目という特徴を除いては。
否――。
ブレナは、笑った。
笑うしか、なかった。
「おや、何か可笑しいかい? ひょっとして、この『黒髪黒目』を怪しんでいるのかな? だったら、安心してくれ。これは染めたんだよ。ボクは黒という色が大好きでね。十二眷属だからじゃあ断じてない。人間――ボクは至って真面目な、普通の青年さ」
「いや、おまえは普通じゃないよ。普通じゃない。なかなかのレベルの異常者だ。気づいてなさそうだから一応教えといてやるけど――おまえが左手に持ってんの、それ人間の首だから」
「ん……?」
男が、文字どおり「ん?」とした表情で自らの左手を見やる。
年端もいかない少女の生首が握られた、その残虐極まる左手を――。
「ハハ、これは一本取られたね。ああ、まさに一本取られたってヤツだ」
空いた右手で自身のひたいをポンと叩いて、男が笑う。
反面、ブレナは表情から一切の笑みをかき消して、
「十二眷属、バルクだな」
「うん、そのとおり。ボクは十二眷属の、バルク・バル。いやあ、けれどもこれはうっかりだ。お兄さんに言われるまで、まったくもって気づかなかったよ。二日も前から握ったままだったなんて、ボクにしては珍しいケアレスミスだ。興奮してたのかな?」
とぼけた口調で言って、また笑う。
男――バルク・バルは、そうして腰もとの『ダブル』を抜いた。
「いやね、この子の首をこの短剣式のダブルで――ああ、これはボク専用のAランクダブル『フロベール』なんだけど、コイツでね、この子の首を掻き切ってから、どうにも興奮がやまなくて――」
「おまえ専用のダブルなんて、この世界には存在しねえよ」
「…………え?」
一瞬。
それは本当に、一度のまばたきのあいだに始まり終わった。
ピュッ、という風を切る音を鳴らし、ブレナの身体が一瞬間でバルクの真横を突き抜ける。
真っ二つに切断された、自身の上半身がドサリと土の地面に落ちるまで――バルクはおそらく、何が起こったのか理解できなかったのだろう。彼の最後の表情は、滑稽なまでに間が抜けていた。
ブレナは、言った。
「おまえは知らなかっただろうから、冥途の土産に教えてといてやるよ。おまえらはもう、狩る立場から狩られる立場に変わってんだよ。一年前からな」
食物連鎖の頂点に立つのは、彼らではない。
それを分からせる戦いが、これから本格的に始まる。
ブレナは『グロリアス』を地面に突き立て、決意の息を吐いた。
胸もとのペンダントは、いまだ輝く『青』には至らない。
0
あなたにおすすめの小説
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる
暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。
授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました
白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。
そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。
王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。
しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。
突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。
スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。
王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。
そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。
Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。
スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが――
なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。
スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。
スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。
この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります
【死に役転生】悪役貴族の冤罪処刑エンドは嫌なので、ストーリーが始まる前に鍛えまくったら、やりすぎたようです。
いな@
ファンタジー
【第一章完結】映画の撮影中に死んだのか、開始五分で処刑されるキャラに転生してしまったけど死にたくなんてないし、原作主人公のメインヒロインになる幼馴染みも可愛いから渡したくないと冤罪を着せられる前に死亡フラグをへし折ることにします。
そこで転生特典スキルの『超越者』のお陰で色んなトラブルと悪名の原因となっていた問題を解決していくことになります。
【第二章】
原作の開始である学園への入学式当日、原作主人公との出会いから始まります。
原作とは違う流れに戸惑いながらも、大切な仲間たち(増えます)と共に沢山の困難に立ち向かい、解決していきます。
S級冒険者の子どもが進む道
干支猫
ファンタジー
【12/26完結】
とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。
父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。
そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。
その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。
魔王とはいったい?
※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。
【第2章完結】王位を捨てた元王子、冒険者として新たな人生を歩む
凪木桜
ファンタジー
かつて王国の次期国王候補と期待されながらも、自ら王位を捨てた元王子レオン。彼は自由を求め、名もなき冒険者として歩み始める。しかし、貴族社会で培った知識と騎士団で鍛えた剣技は、新たな世界で否応なく彼を際立たせる。ギルドでの成長、仲間との出会い、そして迫り来る王国の影——。過去と向き合いながらも、自らの道を切り開くレオンの冒険譚が今、幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる