55 / 112
第3章
第55話 動乱の兆し(後編)
しおりを挟む神歴1012年、3月30日――ギルティス大陸南東、神都アスカラーム。
午後9時57分――商業地区、中央メインストリート。
光り輝くブロンドに、真珠のような美麗なまなこ。どれも使い古された月並みな表現だが――それらを総合すると、さらに月並みな表現を最後に使うはめになってしまう。つまりは『絶世の美女』であると。
ルナは惚けたような面持ちで、目の前に現れた女をただただ見つめていた。
「大丈夫? 穏やかなる回復を重ね掛けしたから、傷はもう全快してると思うけど……まだどこか痛む?」
「……え?」
真珠の瞳が、気遣うような色を宿してこちらの両目をのぞき込む。ルナはハッと我を取り戻すと、慌てて上半身を跳ね起こした。
そのまま、ドギマギと答える。
「へ、平気です! ありがとうございました! え、えと……」
「シェラ。シエラザード・シエスク。聖堂騎士団の、六番隊の隊長を務めてるわ。任務を終えて、一昨日、神都に戻ってきたの。あなたのことは総長から聞いて知ってる。ブレナ・ブレイクの仲間で、今はリアの一番弟子。ルナって呼んでもかまわない?」
訊かれて、ルナは即答した。
「は、はい。大丈夫です。ルナ呼び、むしろ嬉しいです。シエラザードさん――」
「シェラでいいわ。さん、はつけてもつけなくてもどっちでもいい。こう言うと、でも大抵のコはつけるけどね」
いたずらっぽく笑って、シェラ
おそらくは二十代半ばくらいの年齢だろうが――それは、幼い少女のような無邪気な笑みだった。
ルナはゆっくりと立ち上がると、改めて彼女の姿を子細に見た。
目線の高さは、百六十センチの自分とそれほど変わらない。二、三センチ大きいくらいだろう。スタイルは、でも抜群だった。服の上からでも、理想的なそれであると分かる。女性らしい身体つきでありながら、けれども戦士としての色は強烈に放っている。それは、奇跡の体型だった。
「それじゃあ、第三の塔まで送っていくわね。リアの部屋で一緒に寝泊まりしてるんだよね? 宿屋じゃなくて」
「はい、リアさんの部屋でお世話になっています。でも、大丈夫です。シェラさんのおかげで傷は全快したので、一人でも――」
戻れる。
そう言おうとしたところで、だが中途で遮られる。
シェラは「ダメよ」と短く放つと、鋭い目つきで後方を見やり、
「一人だと、またあの『変態』のターゲットにされるかもしれないし」
「…………」
変態。
言われたミカエルの表情が、鬼のそれへと変化する。否、変化していたのはだいぶ前からだったか。
シェラが現れた直後、その瞬間に鬼の形相へと切り替わった。それからずっとその表情のままである。
その後も、ずっと。
シェラに連れられ、ルナがその場を離れるまでずっと。
離れたあとも、おそらくはしばらくのあいだずっと。
言い知れぬ不安感が、氷点下の風となってルナの心を吹き抜ける。
◇ ◆ ◇
同日、午後10時23分――第三の塔出入り口前。
「遅いと思ったら、シェラさんと一緒だったんだ」
入り口の前で、リアがトッドを連れて待っていた。
九時前までには戻ると言ったのに、それを一時間半近くもオーバーしてしまえばそうなって当然である。
ルナはすぐさま謝罪の口をひらいたが――ひらいたその口から謝罪の言葉が生まれ落ちるその前に、シェラのそれに先を取られた。
「うん、たまたまそこで会ってね。リアのお弟子さんってことで、軽く挨拶しておこうって思ったらけっこう話弾んじゃって。軽くじゃなくなっちゃった。ごめん、心配かけちゃったね」
「別に、心配なんてしてないけど……」
そう言って、若干と照れくさそうにリアが両目を背ける。
ルナはシェラと顔を見合わせ、笑った。
ミカエルとの一件は、リアには黙っておいてとシェラに口止めされた。
リアの性格上、知れば間違いなくミカエルの元へと向かう。そこで一騒動起こることも確実で、そうなると事が大きくなってしまう。あまりそうなって欲しくはないとシェラは望んでいるのだ。
無論、ルナに不満はなかった。元より、リアに(いらぬ心配をかけたくなかったので)話すつもりはなかったのである。二人の見解は一致していた。
ルナはドデカプリンの入った袋をリアの前へと差し出すと、
「すみません、心配をおかけしました。でも、ドデカプリンの購入には成功しました。トッドくん、ドデカプリン買ってきましたよ」
「プリン! ドデカプリン!!」
満面の笑みを浮かべて、トッドが右太ももに抱きついてくる。
ルナは彼の頭を優しく撫でると、改めて、リアのほうへと顔を向けた。
視線が、合う。
と、リアは薄く笑って、
「まあでも、何もなかったんならよかったよ」
「はい」
ルナも同様に、薄く笑ってそれに応じる。
隣を見ると、なぜかシェラが両目に星を宿してトッドを見やっていた。
「ほら、トッド。シェラお姉ちゃんに挨拶して」
気づいたリアが、トッドの背中を押しつつ言う。
受けたトッドは、リアのそばで恥ずかしそうにクネクネと身体を揺らしながら、
「……こんばんわ」
「あぁー! うそーっ!? なにこれ超可愛いーっ! なにこれなにこれなんなのこれ!!」
「……え?」
ルナはポカンと固まった。
想定外すぎる反応。
真隣に立つ絶世の美女が、一瞬で、その辺にいるただの若い女と化す。近寄りがたいとすら感じさせた圧倒的なオーラは、文字どおり秒で見る影もなくなった。ルナはポカンとするほかなかった。
「ねえねえ、リア! トッドくん、わたしにちょうだい!」
「やだ」
「じゃあ、一千万ゴーロで売って!」
「売らない」
「二千万ゴーロ!」
「…………」
リアが、やれやれと嘆息する。
そこでようやくと我を取り戻したのか――シェラはあきらめたように、細く長い息を吐くと、両目から興奮の色をかき消し、
「ま、しょうがないか。トッドくんもリアに懐いてるみたいだし――無理やり引き離すのは可哀想だもんね。リアも可哀想」
「あたしは、別に……」
言いかけ、だが中途で口をつぐむ。否定の言葉は最後まで落ちなかった。リアの中で、それだけトッドの存在が大きくなっているのだとルナは理解した。
シェラも同じように感じたのだろう――彼女は、微笑ましい光景を目の当たりにしたかのような顔で微笑むと、
「はいはい、そういうことにしておくわ。それはそうと、リアも初めて会ったときはこのくらいちっちゃかったよね。懐かしいなー」
「ここまで小さくはないよ。十歳くらいにはなってたし」
「えーっ、そうだったっけ? まあ、リアは小柄だったからね。子供の頃はセーナより小さかった。こんなに大きく育つなんて感慨深いよ。今、身長何センチ?」
「百五十五」
「じゃあ、七年間で五十センチ近く伸びた計算になるね」
「その計算、豪快に間違ってるんだけど。三十センチくらいしか伸びてないから。今のレプよりちょっと小さいくらいの身長は当時からあった」
それは確かに豪快に間違えている。見た目によらず、シェラは意外とテキトーな性格なのかもしれない。
とまれ。
「とりあえず、続きは中で話しませんか? 少し冷えてきましたし、トッドくんに早くドデカプリンを食べさせてあげたいです」
ルナはそう言って、二人を塔の中へとうながした。
言葉どおり、トッドに早くプリンを食べさせてあげたかったのである。彼の動きやその表情を見ていれば、我慢の限界が近いのは明白だった。
「そうだね。中に入ろうか。シェラさん、寄ってくでしょ?」
トッドの手を引き、振り向いたリアが「当然そうするよね?」といった口ぶりで訊く。
が、シェラからの返答は思いがけずノーだった。
「ああ……ごめん、このあと用事あるんだ。エルと一杯やる約束してて。また今度寄らせてもらうね」
「えっ、今からですか?」
「ルナ、大人の夜はこれからなのよ。九時半なんて、まだ宵の口にもなってない」
「宵の口、終わろうとしてる時間だと思うけど……。まあ、二人にとっては宵の口なんだろうけど」
「そうそ、わたしたちにとっては宵の口。お愉しみは、これからなんだから」
最後にそう言って。
シェラは、暗い夜のとばりの中へと消えていった。
その後ろ姿を見送るルナの心に、不穏の雨が降り注ぐ……。
0
あなたにおすすめの小説
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
S級冒険者の子どもが進む道
干支猫
ファンタジー
【12/26完結】
とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。
父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。
そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。
その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。
魔王とはいったい?
※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。
インターネットで異世界無双!?
kryuaga
ファンタジー
世界アムパトリに転生した青年、南宮虹夜(ミナミヤコウヤ)は女神様にいくつものチート能力を授かった。
その中で彼の目を一番引いたのは〈電脳網接続〉というギフトだ。これを駆使し彼は、ネット通販で日本の製品を仕入れそれを売って大儲けしたり、日本の企業に建物の設計依頼を出して異世界で技術無双をしたりと、やりたい放題の異世界ライフを送るのだった。
これは剣と魔法の異世界アムパトリが、コウヤがもたらした日本文化によって徐々に浸食を受けていく変革の物語です。
神様から転生スキルとして鑑定能力とリペア能力を授けられた理由
瀬乃一空
ファンタジー
普通の闇バイトだと思って気軽に応募したところ俺は某国の傭兵部隊に入れられた。しかし、ちょっとした俺のミスから呆気なく仲間7人とともに爆死。気が付くと目の前に神様が……。
神様は俺を異世界転生させる代わりに「罪業の柩」なるものを探すよう命じる。鑑定スキルや修復スキル、イケメン、その他を与えられることを条件に取りあえず承諾したものの、どうしたらよいか分からず、転生した途端、途方にくれるエルン。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる