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第3章
第56話 どストレートな女
しおりを挟む神歴1012年3月27日――ギルティス大陸西部、レーヴェの町。
午後3時12分――宿屋二階、客室(ブレナの部屋)。
七日間の短い旅路を経て、レーヴェに到着したのが今から一時間前。
とりあえず宿を取り、今後の方針を話し合おうとブレナの部屋に集まったのが三十分前で――つまりはすでに三十分間も、この恐ろしくどうでもいい会話が続いている計算となる。ブレナは、嘆息するほかなかった。
「あんた今、身長何センチ?」
目の前の椅子に座るセーナが、隣に座るレプに向かって超絶どうでもいい質問を投げかける。
今度は身長か、とブレナは頭を抱えた。
とまれ、受けたレプはゼロカップの胸を誇らしげに反らして、
「レプはおととい、ついに百三十センチの大台に乗った! やんごとなきお方への階段を着実にのぼってる……」
「えっ、百三十!? あんたそんなにあんの!? マジで!?」
セーナが、心底驚いたような顔で訊き返す。
どこに驚くポイントがあったのか、ブレナにはほとほと謎だったが。
(……百三十って、むしろ平均よりちょっと小さいくらいだと思うが……)
十歳児の平均がどれくらいか分からないが、大きいほうではないだろう。
が、セーナにとっては驚きの数字であるらしかった。
「セーナさんは、身長何センチなの?」
と、その流れに乗るように、ベッドに座るアリスが何の気なしにセーナに放つ。
セーナは一瞬、「それを訊くか?」といった感じで眉根を寄せたが、やがてでも言いづらそうに両目を細めて、
「……百五十センチくらいだけど?」
「百五十!?」
ブレナは思わず、テーブルをガタッと鳴らした。
「おまっ、そんなあるのか!?」
「あるわよ! …………四捨五入すればだけど」
……四捨五入すればか。
まあ、どう見てもアリスより十センチ以上低く見える(ちなみにアリスの身長は百五十八センチである)ので、実際は百四十五から七くらいまでのあいだだろう。
と、そこまで考えたところで、ブレナは突と数秒前の自分に立ち戻った。
どうでもいい。
心底、どうでもいい。
なぜこんなどうでもいい話が延々続くのか。
何も言わないと、誰も本題に入ろうとしない。ルナの代わりに進行役を、と期待したセーナはまったくの期待外れだった。というか、こいつが一番、どうでもいいことを率先してくっちゃべっている――ブレナはしかたなく、自ら進行役を買って出ることにした。
彼は周囲の面々を軽く見まわすと、意識的にシリアスな口調を作って、
「いいかげん、本題に入るぞ。この町のどこかに潜んでるだろう、ドナウって十二眷属をどうあぶりだすか。そいつをこれから話し合う」
「手分けして探せばいいんじゃない? 黒髪黒目で、しかも二メートル超えの大男なんてすぐに見つかるでしょ」
「髪を別の色に染めて、色付き眼鏡をかけてたら?」
「……えっ、アイツらそんなこざかしいことするの? でも、総長が教えてくれた二メートル超えの大男、って特徴は偽装できないでしょ」
「まあ、そこはな……」
その部分の偽装は、確かに困難だろう。
が、どのみちまずは地道に足と口を使わなければならない。
ブレナは、言った。
「とりあえず、聞き込みから始めてみるか。ギルバードの言うとおり、一月以上も滞在してるなら、すでに何らかのアクションを起こしている可能性はある。謎の失踪者が不自然に増えてりゃ、それはおそらく奴のしわざだ。そこから辿れば、案外容易にたどり着けるかもしれない」
ギルティス大陸に潜む、最後の十二眷属ドナウ・リード。
始まりにして、そうして終わりの一歩が刻まれる。
◇ ◆ ◇
同日、午後5時15分――レーヴェの町、裏通りの古道具屋。
「……アリスちゃん、目って良いほう?」
「目? 視力のこと?」
「うん、視力のこと。アタシ、あんま視力良くないんだよね。眼鏡かけるほど悪くはないんだけど……。だから、目に映るモノがホントにそうなのかの自信がない」
「…………」
セーナが何を言いたいのか、当たり前だがアリスには分かった。
古道具屋。
畳に換算して二十畳ほどの、こじんまりとした長方形の一室。
トカゲのしっぽやら、グツグツとした緑色の液体やら、見るからに怪しげな商品が居並ぶこの店を訪れたのは、今から数分前。
話し合いの結果、二手に分かれて行動しようということになり――パートナーのセーナと共に、宿を出てから最初に訪れたのが、つまりはこの見るからに怪しげな古道具屋というわけだが……怪しいのは、商品だけではなかった。
セーナのあとに続き、店の隅っこのほうに移動したアリスは、ひそひそ声で、
「あたしにも見えてる。サングラス掛けた、坊主頭のでっかい男のヒトがあたしにも見えてるよー」
「うん、じゃあ間違いないわね。ソッコーで始末しよう」
言って、セーナが腰もとからダブルを抜く。
アリスは慌てて止めた。
「わーっ、ダメだよ、セーナさん。まだそうだって決まったわけじゃないー」
「いや決まってるでしょ? どっからどう見ても、ドナウ・リードじゃない。あの完成度の低い変装でごまかせると思ってんのが腹立つわ。頭、ところどころチョロチョロと髭みたいに黒い毛が生えてきてんじゃない。ちゃんと毎朝剃れよ」
剃られたらむしろ判別しづらくなって困るのだが。
が、まあセーナがそうツッコミたくなるのも分かる。
一応は止めてみたものの――どこからどう見ても、彼がくだんの十二眷属であるのは間違いなかった。
アリスはさらに、声の大きさを一段落として、
「ブレナさん、呼んでくる?」
「いい。どこ探してるか分かんないし、時間もったいない。アタシが仕留めるよ。アリスちゃんはサポートお願い」
「えっ、仕留めるって……」
どうやって?
アリスは、両目をしばたたいた。
あまりにも言葉が足りない。
何か考えがあるのなら、それを事前に説明してほしい――というアリスの切実な思いをしり目に、だがセーナはそれ以上、何も言わずにドカドカとした足取りでカウンターの前へと移動した。
と、気づいた坊主頭の店主が、片眉を上げて彼女を見やる。
アリスは、ごくりと唾を飲み込んだ。
セーナは。
聖堂騎士団七番隊隊長、セーナ・セスは。
そのまま、威風堂々と真ん中高めにドストレートを投げ込んだ。
「十二眷属、ドナウ・リード! 表に出て、アタシと勝負しなさい!!」
アリスの頭は、パンクした。
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