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第3章
第57話 セーナの実力
しおりを挟む神歴1012年3月27日――ギルティス大陸西部、レーヴェの町。
午後5時23分――レーヴェの町、裏通り。
アリスは、まごまごしていた。
まごまごしながら、そうして二人のやり取りをただ見守る。見守ることしかできなかった。
「おいおい、お嬢ちゃん……言いがかりはやめてくれよ。俺が十二眷属だって? たちの悪い冗談だ。俺の名前はウード。ウード・リドナだ。ドナウ・リードなんて名前じゃない」
「しらばっくれんじゃないわよ。頭、髭みたいにチョロチョロ黒髪が生えてきてんじゃない。黒髪黒目は十二眷属の証。違うってんなら、そのグラサン外してみなさいよ」
「横暴だな。悪いが、このサングラスは死んだ婆さんの形見でね。おいそれと外すことなんてできやしない」
「いやそんなわけないでしょ!? グラサンが形見になる婆さんなんてどこにいんのよ! せめて爺さんにしときなさいよ! あんたの偽装はいろいろ雑なのよ!」
雑だ。
確かに雑である。が、それでも目の前の男はそれを認めようとはしなかった。
「偽装なんてしてるつもりはないが。悪いが、わけの分からない言いがかりにこれ以上、付き合ってる時間はない。俺は戻らせて――」
「血の臭いがすんのよ」
「……あ?」
(……え?)
男の反応と、胸中のハテナマークが重なる。
アリスは、驚いたようにセーナの顔を見やった。
セーナは、ハッキリと言った。
「あんたの身体からは血の臭いがする。店に入った瞬間から、それは強く感じてた。アタシ、目はそこまで良くないけど、嗅覚は抜群だから。アタシの鼻はそうかんたんには誤魔化せない。あんた……今日、誰か殺してきたでしょ?」
(……えっ、殺……でも……)
アリスは、キョトンと両目を丸くした。
しない。
血の臭いなど微塵もしない。
アリスも鼻は良いほうだが、ほんのわずかなそれすらも彼女の鼻には臭ってこなかった。
男も「何を馬鹿なことを」といった調子でかっかと笑う。
彼はそのまま、小馬鹿にしたような口ぶりで、
「ハッ、笑わせるぜ。コイツはとんだへっぽこ嗅覚だ。今日どころか、昨日も殺してないよ。最後に殺ったのは、三日も前――」
(…………あ)
…………あ、だった。
これ以上はないほど「…………あ」という状況。
まさかの展開に、アリスは口を半開きにしたまま、ポカンと固まった。
時を同じくして、坊主頭の男――十二眷属ドナウ・リード(もう百パーセント確定である)が、自身の間抜けな失言に気づいて慌てて口をつぐむ。
が、それは絶望的なほど『あとの祭り』だった。
「気まぐれな突風!」
ゼロコンマの直後。
セーナの口から叫ぶように放たれたその言霊が、戦闘開始の鐘を激烈豪快に打ち鳴らす。
◇ ◆ ◇
同日、午後5時30分――レーヴェの町、裏通り。
ドナウ・リードは、小さく三度舌打ちした。
今度は腰を据えて、ゆっくりじっくり狩っていこうと思っていたのに、たったの一月半でもう邪魔が入るとは。
しかも、よりにもよって聖堂――。
「気まぐれな突風」
ぶわっ!
ドナウの思考を切り裂くように、唐突な烈風が彼の身体を目指して駆ける。
細剣タイプのダブルから放たれた、風の魔法だ。すでに三発目となるその攻撃を、ドナウは三度の紙一重でかわしてみせた。
(けっこうなレベルの魔法だと思うが、エネルの残量を気にしているそぶりはない。相当、エネルの量には自信あるみたいだな)
と、四発目の突風。
かわしたドナウは、若干と目つきを鋭く変えた。
(が、馬鹿にしてやがる。数撃ちゃいつかは当たるだろうと思われてるのがシャクだぜ。こんな単調な攻撃、繰り返されたところで永久に当たらない。十二眷属の身体能力を――て、言ってるそばからもう一発か!? もうこれ以上は我慢ならねえ!)
我慢ならない。
馬鹿のひとつ覚えのように放たれた五発目のそれをヒラリとかわすと、ドナウはダブルを握る手に力を加えた。
初めて見る魔法だったが、五発も見ればタイミングはつかめる。次、同じ魔法を使って来たら、一気に間合いをつめて――が、ドナウのその思惑は『まさか』の形で崩された。
「気まぐれな突風っ!」
響いたのは、六度目の同音。だが、直後にドナウは驚愕を知る。
ビュン、と文字どおりの空気を切り裂く音が鳴り――三十メートル近くは離れていただろう少女の身体が、一瞬間でドナウの目の前へ。
彼は、両目を見開くほかなかった。
風の魔法を逆向きに放ち、その勢いを利用する形でドナウの眼前へと迫ったオレンジ髪の少女は、そうしてそのまま、最短距離で自身の右足をドナウのみぞおち目掛けて突き伸ばした。
ズンッ!
「か、は……ッ!?」
鈍い衝撃が、光の速さで全身を駆け巡る。
ドナウはたまらず、身体を『くの字』に折り曲げた。
明確な『隙』が、その瞬間にあからさまな形で少女の前へとさらされる。
その黄金の一瞬を見逃すほど、彼女は未熟ではなかった。
「リリース!」
放たれた言葉と共に。
細く美麗な刀身が、このときを待っていたとばかりに生まれて伸びる。
ドナウは、悟った。
千年続いた生が、今この瞬間を持って終わりを迎える。
おそらくはまだ十数年しか生きていないだろう少女の手によって、千年の鎖が断ち切られる。
ドナウは、笑った。
こんな滑稽も悪くはない。人間にやられるというのは癪だが、相手が相手だけに滑稽すぎて逆に悪くない心持ちだった。
ドナウは、まぶたを閉じた。
彼の千年を終わらせる最後の一太刀が、そうして雷電のごとく振り下ろされる。
背後から。
正面からではなく、背後から。
悪くないと望んだラスト、それすらも彼の元には訪れなかった。
何もない。
ドナウ・リードは、千年の生をただ屈辱に終えた。
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