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第3章
第66話 ナギVSナミ ①
しおりを挟む神歴1012年4月7日――ギルティス大陸南東、神都アスカラーム。
午後7時52分――ラーム神殿、礼拝堂。
あきれるほど広大な空間。
ただ祈りを捧げるためだけの部屋に、どうしてこれだけの広さが必要なのか。
ナミはまず、皮肉げにそのことを訊いた。
視線の先の青年――黒髪黒目の『聖王ナギ』に。
「良い部屋だな。虚飾にまみれた――おまえが作らせた部屋だというのが、一見で分かる。一度に何百の人間が、ここで祈りを捧げている?」
「私の信徒はおまえのそれと比べて、圧倒的に多人数だからな。特にこの神都に住まう信徒の数は膨大だ。これくらい広くないと処理しきれない」
「神都、か……。傲慢な名称だな。神にでもなったつもりか?」
「神だろう? このギルティス大陸の大半の人間にとって、私は神だ。彼らを生み出したのは私なのだからな。無論、中には神と崇めない者たちもいるし、そんな者たちに無理矢理私を崇めと強制はしていない。が、普通の感覚の持ち主なら自然と信徒になるだろう? ミレーニア大陸の人間がそうではないのだとしたら、おまえの生き物造りは失敗したということだ。最初に私と共に生み出した十二眷属の失敗から、何も学ばなかったということ。その証左だ」
傲慢。
どこまでも傲慢な考え方だ。
ナミは、薄く笑って言った。
「わたしたちは神ではないよ、ナギ。ただ言われたとおりに生物を生み出しただけの存在に過ぎない」
「詭弁だな。それを神と呼ばずに何と呼ぶ? 私たちは『第三の目』を使ってそれぞれの大陸を隅から隅まで見渡すことができる。それはつまり、管理者――神としての能力に相違ない。おまえが邪魔したせいでその力が使えず、優秀な部下をみすみす失うことにはなったが。が、そのおかげですぐにおまえのしわざだと確信できたよ。神の目の効果を打ち消すなど、そんな芸当ができるのは私とおまえの二人だけだ」
神の目。
ナミは短く嘆息した。
神、神、神。
ほかにいくつ『神』の名を関するモノが存在するのだろう。
この傲慢さが、世界の均衡を破壊しようとしている。
捨て置くことなど、できようはずはなかった。
そんなこちらの気持ちを読んだわけではないだろうが――ナギが、白々しい口ぶりで白々しいことを言う。
「それで、邪王。おまえは何しにこの大陸にやってきた? 一年前にミレーニアで会ったばかりだが――まさか急に私の顔が見たくなったなどと、千年前のときのような甘えた戯言をほざくつもりじゃないだろうな」
「白々しいな。そこまで白々しいと、いっそ清々しいよ。あのとき、わたしの部下を何人も殺したうえ、今度はミレーニア大陸に攻め込む算段までしている。その男の口からそんな言葉が落ちるのは、反吐が出るほど清々しい」
「フッ、何を言い出すかと思えば。先に仕掛けて来たのは、おまえのほうだろう。元二番隊と三番隊の隊長を含め、聖堂騎士団を三百人以上殺しておいて、被害者面とは破廉恥極まりない女だ」
「……またそれか。偽りの大義名分を掲げて、まだ自分がやろうとしている暴挙を正当化させようとしているのか。それとも、嘘を重ねるうちにいつしか、それがおまえの中で真実にでもなったか? だとしたら、やはりおまえは危険な男だ。ここで始末しなければならない」
「その言葉、そっくりそのままおまえに返すよ。おまえを生かしておいたら、いずれこのギルティス大陸――ひいてはヴェサーニアの平穏が崩れる。前回と今回の暴挙で私はそれを確信した。今回ばかりはこのまま、生きて返すわけにはいかない」
「珍しく意見が一致したな。この場でおまえを葬り去り、ギルティス大陸を暴君の手から解放する。それ以外に、世界が平和を維持するすべはない」
言って、ナミは腰もとから『ダブル』を抜いた。
邪剣ロッソネロ。
赤黒い刀身をした、細剣式のSランクダブルである。
「ならば、私もこの場でおまえを殺して、ミレーニア大陸を邪神の手から解放すると宣言しよう」
その言葉と共に。
ナギが同じように、腰もとから自身のダブルを引き抜く。
聖剣ビアンコ。
白き刀身をした、剣式のSランクダブルだ。
と、ナミはそこで初めて、視線をナギ以外の人物に向けた。
この空間にいる、唯一の『他人』。
ナミは横目でその人物を見やると、
「ギルバード、おまえはどうする? わたしたち二人の戦いに参戦するか?」
「…………」
十二眷属筆頭、ギルバード・アイリス。
訊かれた彼は、ほんの一瞬だけ、何かを確認するようナギへと視線を投げると、
「……いや、手は出さんよ。ナギ様の意思を尊重する。貴様だけは、ナギ様が自らの手で直々に始末なさると――」
「信用度ゼロの発言だな。だが、どう行動しようとおまえの勝手だ。こちらもそのつもりで対策を練っている。二対一には、絶対にならんよ」
「……私は嘘は言わない主義なのだがな。まあ、貴様に信用されようがされまいがどうでもいい話だが」
こちらとしても、心底どうでもいい。
ナミは再び、視線をナギへと移した。
言う。
「兄妹喧嘩は、これで最後だ。今日を持って全てが終わる」
「兄妹? 私はもう、おまえのことを妹などとは露ほども思っていないが。おまえはいまだに私を兄だと思っているのか? 愚かな話だな。それとも、私の剣を鈍らせようとする作戦か?」
「そんなつまらん作戦は立てんよ。わたしは、おまえとは違う」
「ああ、そうだったな。おまえは私と違い、考え足らずの甘えた泣き虫だった」
「千年前で時間が止まっているようだな。憐れな男だ。時間は常に流れているということを、今からその身に刻んでやろう」
深く、どこまでも深く。
決して癒えることのない、永久の傷跡として。
ナギとナミ。
ヴェサーニアに生ける全ての生物、その頂点に君臨する二人の王。
その決戦の火蓋が今、怒涛のごとく切って落とされる。
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