65 / 112
第3章
第65話 神の帰還
しおりを挟む神歴1012年4月7日――ギルティス大陸南東、神都アスカラーム。
午後7時55分――ラーム神殿前。
「リリース」
つぶやき、ミカエルは『バイアリーターク』を刀身モードに切り替えた。
大斧式のそれが、久方ぶりに日の目を見る。
彼女は薄く笑った。
最近は魔法の力に頼りすぎていた。
自らの四肢を使った肉弾戦こそ自分の領分。
多人数を一度に処理できる魔法は確かに便利(おまけにこのバイアリータークは非常に稀有な『五つ穴』のダブルである)だが――それを忘れ、その便利さにかまけた結果が昨今の体たらくだ。
一度、原点に立ち戻る必要がある。
ミカエルは大きく一度息を吸い、そうして大きく一度息を吐いた。
(さあ、決着をつけようか。次の一連で、あんたのその可愛い顔とエロい身体をグチャグチャに壊してやるよ)
生きるか死ぬか。
どストライクの美少女との、命の取り合い。
快感の波が、脳内を光の速度で駆け巡る。
◇ ◆ ◇
同日、午後7時55分――ラーム神殿前。
ルナは一歩を踏み出した。
終わりに向けての、始めの一歩。
受けたミカエルも初動を刻んで――たちどころにそれは、爆裂の攻防へと移行した。
お互いが、これが最後と臨んだ一連。
最初の一分は、両者ノーミスだった。
攻撃は無駄なく、回避は常に紙一重。ひとつの動作は必ず、次の動作につながるように。
攻撃においても、防御においても。重心を崩さず、集中を乱さず、そうして一撃をもらわず。ミスはでも、開始一分を過ぎて訪れた。
犯したのは、ミカエル。
袈裟斬りに振り下ろされたルナの斬撃を、大きくかわしすぎてしまう。刃による鋭い振りに、本能的に身体が反応してしまったのだろう。だが、その無駄な十数センチが次への動作を遅らせる。
反撃の突き。
最も予備動作が少なく、選んだコマンドとしては最良――しかし、さきに犯した十数センチのミスが、ここで致命となってミカエルに降り注ぐ。
「がはっ!?」
合わされたのは、左のひざ。カウンター気味に、ルナの左ひざがミカエルの腹部に突き刺さる。
脳天をつくような、激烈な痛み。それを感じてなお、でもミカエルはひざをつかなかった。
それが、今度はルナのミスを誘う。
完全に重心を崩していない相手に、彼女が選んだフィニッシュは上段からの振り下ろし。放った次の瞬間にはだが、ルナは後悔していた。
勝ち急ぎ。
明らかに、手数をかけて仕留める場面で痛恨の判断ミス。それは正当な報いとなって、彼女のもとへと返ってきた。
足払い。
軸足を払うように放たれたミカエルのローが、ルナの身体を虚空へいざなう。
が、ルナはクルリと一回転はしなかった。
ダブルの先を床に突き刺し、回転を止める。
そうして次にルナが続けた行動が、勝負を分けるターニングポイントとなった。
ダブルを、捨てる。
床に突き刺したまま、唯一の武器をその場に捨て置く。
ルナは速度を選んだのだ。
三キロ弱の武器を脱ぎ捨て、拳闘士となる。
一撃必殺より速度と手数を優先。その思いきりは、最初の一発で花をひらいた。
体勢を立て直したあとの、初撃。
ルナが選んだのは、シンプルな右フック。今までダブルを握っていた右拳による一振り。それは、ミカエルの左のこめかみを完璧な形で撃ち抜いた。
速度を、見誤ったのだろう。
いささかながらも、突然と変わったスピードに身体が反応しきれなかった。それがでも、ミカエルの運命を決定づける。覆せぬほど確定的に。
ミカエルの身体が、よろめくように前方に崩れる。だが、ルナは倒れることを許さなかった。
そのまま、彼女の身体が地面に崩れ去るまでのあいだに怒涛の連撃を浴びせる。
手、足、ひざ、ひじ――全ての部位を使って、この一月でリアに仕込まれた格闘術の全てをただ一心に叩き込む。
何発撃ち込んだのか、それさえも分からない。ただ、前のめりにドサリと地面に倒れたミカエルの身体は指一本動くことはなかった。
決着。
ルナは地面に突き立てた黒刀ゲルマを再度、握った。
そうして、それをゆっくりと頭上に振り上げる。
彼女は、叫ぶように言った。
「シェラさんの仇っ! 地獄に落ちろッ、ミカエル・パトラ!!」
ピュッ!
振り下ろされた斬撃は――。
でも、ミカエルの身体に届く手前、十数センチの位置でピタリと止まった。
否、強制的に止められた。
背後から腕をつかまれ、強制的に。
「やめとけ。そんな震えた腕じゃ、狙った箇所に刃は落とせねえよ」
帰ってきたリーダーの、ため息混じりの制止がルナの心に降り注ぐ。
◇ ◆ ◇
同日午後7時57分――ラーム神殿前。
「……ブレナ、さん?」
視線の先の少女――ルナが、驚いたように言う。
ブレナは自身の右手を、つかんでいた彼女の腕から放すと、
「なんて表情してやがる。鬼気迫るなんてもんじゃねえぞ。子供を泣かす練習でもしてんのか?」
「…………ッ」
「おまえにはそんな顔は似合わない。ヒト、殺したことないんだろ? モンスターとヒトは違う。さらに言うなら、ヒトとヒト以外にも大きな隔たりがある。ヒトを殺るには、相応の覚悟が必要だよ。おまえにはまだ、その覚悟ができてない」
「そ、そんなことありません! さっき、覚悟しました! このヒトはシェラさん殺害に関わってる! シェラさんの仇です! 同じ目に遭わせなきゃいけない!」
「それをおまえがやる必要はないよ。ここに来る途中にディルスと会って、おおよその説明は受けたが――おまえの言うように、もしミカエルがシェラの殺害に深く関わってたんだとしたら、おまえがやらなくても、コイツは百パーセント処刑される。死ぬよりもキツい拷問を受け、洗いざらい全てを吐かされたうえでな」
間違いない。
それは確信を持って言えることだった。
だが、そう伝えてもルナの興奮は治まらなかった。
「で、でも……! このヒトは……!!」
やれやれ。
ブレナは短く息を吐き落とすと、その興奮を鎮めるように、彼女の頭をふわりと撫でた。
「……ぁ」
「落ち着け、ルナ。ルーナリア・ゼイン。今のおまえは、昂りに心を支配されている」
穏やかな語調で、そのまま諭すように発する。
と、ルナの表情から目に見えて『トゲ』の部分が薄れていく。
ブレナはさらに十秒間、彼女の頭を撫で続けると、その後、ゆっくりとそこから利き手を引き上げた。
訊く。
「落ち着いたか?」
「……はい。取り乱して、すみませんでした。もう、大丈夫です……」
伏し目がちに、ルナが答える。
ブレナはさらに訊いた。
「ミカエルの件も、納得したか?」
「……はい。ブレナさんの判断が、正しいと……思います。このヒトの身柄は聖堂騎士団に引き渡します」
「オーケー、良いコだ」
そう言って、もう一度、彼女の頭を軽く撫でる。
我に返ったルナは、その手を恥ずかしそうに振り払うと、何かを思い出したようにバッと顔を上げ、
「ほかのみんなは……? アリスさんは? レプは?」
「大丈夫。アリスもレプもセーナも、全員無事だ。ここに着くなり、セーナはセブンズリードの仕事に戻った。アリスとレプは宿屋。おとなしく待ってると思うぜ」
「そう、ですか……。良かった……」
ルナが、ホッとしたように胸を撫でおろす。
だいぶ疲れているな、とブレナは瞬時に判断した。
彼は気遣うように、彼女の肩にポンと手を置くと、
「だいぶバテてるな。ま、ミカエル相手に文字通りの真剣勝負を繰り広げたんだからそれも当然か。おまえももう、リアの部屋に戻れ」
「へ、平気です! まだ動けます! それにさっき、ラーム神殿に黒髪黒目の女のヒトが入って――」
「ああ、分かってるよ。分かってる。俺には分かるんだ。アイツが来てるって、感覚で分かる」
「……アイツ?」
「ああいや、こっちの話だ。とにかく、あとはまるっと俺に任せておまえはリアの部屋に戻って休め。起きた頃には全てが解決してるよ。ブレナ・ブレイクは、一度口にした約束は違えない。おまえらが一番、そいつは理解してるだろ?」
言うと。
ルナはほんの少しだけ、考えるようなそぶりを見せたあと、
「……そう、ですね。理解してます。わたしとアリスさんとレプが、誰よりそれは理解してます。ブレナ・ブレイクは、やると言ったら必ずやる男だって。やると言わないときは、ほとんど何もやらないですけど」
そう言って、いたずらっぽく笑った。
ブレナは――。
受けたブレナは、珍しく、彼女の言い方を真似るように『おどけた調子』でそれに応えた。
「当然だ。俺は有言実行の男だからな。有言実行のほうが、やった感出るだろ?」
何がなんでもやり遂げなくてはならないミッションが、そうして始まる。
0
あなたにおすすめの小説
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる
暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。
授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました
白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。
そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。
王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。
しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。
突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。
スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。
王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。
そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。
Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。
スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが――
なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。
スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。
スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。
この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります
【死に役転生】悪役貴族の冤罪処刑エンドは嫌なので、ストーリーが始まる前に鍛えまくったら、やりすぎたようです。
いな@
ファンタジー
【第一章完結】映画の撮影中に死んだのか、開始五分で処刑されるキャラに転生してしまったけど死にたくなんてないし、原作主人公のメインヒロインになる幼馴染みも可愛いから渡したくないと冤罪を着せられる前に死亡フラグをへし折ることにします。
そこで転生特典スキルの『超越者』のお陰で色んなトラブルと悪名の原因となっていた問題を解決していくことになります。
【第二章】
原作の開始である学園への入学式当日、原作主人公との出会いから始まります。
原作とは違う流れに戸惑いながらも、大切な仲間たち(増えます)と共に沢山の困難に立ち向かい、解決していきます。
S級冒険者の子どもが進む道
干支猫
ファンタジー
【12/26完結】
とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。
父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。
そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。
その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。
魔王とはいったい?
※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。
【第2章完結】王位を捨てた元王子、冒険者として新たな人生を歩む
凪木桜
ファンタジー
かつて王国の次期国王候補と期待されながらも、自ら王位を捨てた元王子レオン。彼は自由を求め、名もなき冒険者として歩み始める。しかし、貴族社会で培った知識と騎士団で鍛えた剣技は、新たな世界で否応なく彼を際立たせる。ギルドでの成長、仲間との出会い、そして迫り来る王国の影——。過去と向き合いながらも、自らの道を切り開くレオンの冒険譚が今、幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる