転生したら誰もいないどころか何もなかったのでゼロから世界を造ってみた

kisaragi

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第4章

第72話 やたらと茸を食べたがる女

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 神歴1012年5月2日――ミレーニア大陸東部、ルドン森林。

 午前10時25分――ルドン森林、北部側。

「ルナちゃんルナちゃん、これはどう? イケそう? 無理?」

「……無理、ですね、たぶん。見た目グロイです、たぶん毒あります」

「無理かぁ……。焼けばイケそうな気するんだけどなぁ。ねえ、ジャリンコ。あんた、ちょっとためしに食べてみなさいよ」

「なあーっ! レプは毒キノコは食べない! 人間は毒には勝てない! 毒には勝てないって、毒キノコ食べて死んだボブおじさんが最期に言ってた! さてはセーナはレプを暗殺しようとしてるな!」

「してないしてない。でも、あんたならワンチャンイケそうかもって思って。毒耐性とかありそうだし。毒キノコとか、間違って何回か食べちゃったことあるでしょ?」

「あるわけない! レプはそんなに馬鹿じゃない! 食いしん坊でもない! レプは弁えてる女、巷では淑女を字で行く女ともっぱらのうわさ……」

「いや一度も誰の口からも聞いたことないわ。あんたが淑女だったら、アタシは……って、ルナちゃん! これは? これなら食べられるんじゃない? 見た目、そんなグロテスクじゃないし!」

「いえ、無理です。めちゃグロイです。さっきのよりグロイです。てゆーか、なんで食べようとするんですか? そんなに茸好きなんですか? 茸のにおいに包まれて生まれて来たんですか?」

「いや、別にそこまで好きでもないけど。でも、なんかこういうとこ来ると、茸とかむしって食べたくならない? 気分的に」

「いえ、ならないです。たぶんアリスさんでもならないです。セーナさん……目的、忘れてないですよね?」

 忘れているはずなどないと分かっていても、心の底から不安になる。

 ルナは深海の底に鉛の息を落とした。

 ルドン森林、北部エリア。

 森に入るなり、ルナたちは二手に分かれた。すなわち、森の南側に向かったブレナチーム(と言ってもブレナとジャックの二人だけだが)と、森の北側に向かったルナチーム(レプとセーナを加えたスリーマンセルである)の二組である。

 ブレナの話では、ルドン茸は森の北側と南側にそれぞれ群生しており、少なくともどちらか(ルドン茸を主食としている小動物もいるが、北側南側共に狩りつくされている可能性はかなり低いというのが彼の考えである)では採取できるだろうと。ゆえに、彼女たちはより確実性を期すために『二手』に分かれたのである。

 で、今。

 森に立ち入って一時間ほど経つが、その間、茸類を発見するたびに、セーナが食べれないかと両目に星を宿して確認してくる。最初は冗談のつもりかと思ったが、さすがにこの段になってルナは遅まきながら気づいた。マジモンの確認だったのだと。

 ルドン茸を探す、という目的が完全に頭の中から消え失せているのでは、とルナが不安になるのも無理からぬ状況だった。

 と、そんな彼女の不安をかき消すように、セーナは豪快に笑って、

「んなわけないじゃない。ハイキングみたいなシチュになったから、ちょっと気分がアガリすぎちゃっただけ。目的は忘れてない。まだら模様の、真っ赤な茸を探せばいいんでしょ? なんちゃら茸だっけ?」

「ルドン茸です。茸ってとこしか覚えてないじゃないですか。なんちゃらつけて、ちょっとは覚えてるふうにしないでください。力技にもほどがあります」

 ほどがある。

 まだ知り合ってからそれほど月日は経っていないが――なんとなくセーナの性格が早くもルナには分かってきたような気がした。良くも悪くも、めちゃくちゃ分かりやすいタイプである。

 いずれ。

「まあ、それはさておき……もう少し急ぎませんか? こうしてるあいだにも――」

「待って! 止まって、ルナちゃん!! ジャリンコも!! 動いちゃダメ!!」

「……え?」

 突然と叫ばれ。

 ルナは一瞬、阿呆のように固まったが――すぐさま、言葉の意図を察して、警戒の姿勢を取る。

 

 モンスターか、人間か、あるいはそのどちらでもない存在か。

 分からなかったが、警戒せねばならない距離に

 ルナは鋭い視線で、周囲を見まわした。

 やがて――。

 右斜め前方三十メートル、その箇所に生えている巨木の陰から人影がひとつ。

 その姿を確認するなり、ルナはとっさに叫んだ。

「十二眷属!?」

 十二眷属。

 黒髪黒目のその特徴が、静かにゆっくりと彼女の視界に歩み出る。

 腰もとのゲルマに利き手をかけたまま、ルナは振り返らずに叫んだ。

「セーナさん、十二眷属です! 黒髪黒目の女、見えますか!?」

「あー、やっぱそう? 黒髪は見えるけど、黒目まではちょっと見えない。ヤバめの気配だったから、なんとなくそうかも、って思ったけど……。ルナちゃんの視力が獣並みで助かったわ」

 それは褒められているのだろうか?

 微妙な感じだったが、無論のこと考えるべき大事はほかにある。

 ルナは戦闘態勢を維持したまま、今度は真隣のレプに向かって、

「レプ、わたしが先陣を切ります。援護お願いします」

「了解。レプは縁の下の力持ち。援護射撃の天才と巷では有名……」

「あんたの巷は、あんたの脳内だけでしょ。ま、んなことより……ルナちゃん、まだ仕掛けるのは早いよ。ミレーニア大陸で最初に出会った十二眷属。いろいろ訊きたいことあるし……少なくても、相手が殺気を出すまでは待つ猶予ある」

「…………」

 殺気。

 確かに、

 この距離まで近づかれても、まったくその存在を認識できなかったのも――否、それは自身の未熟の言い訳に過ぎないか。

 気づいたセーナと、気づかなかった自分のあいだには、高く明確な壁がある。

 ルナはゲルマの柄を強く握ると、言われたとおりに準備段階のまま動きを止めた。

 そのまま、相手の姿を子細に見る。

 女だった。

 頬にかかる程度の長さの漆黒の髪と、同色の大きな双眸を併せ持つ若い女。

 二十歳前後に見えるが、十中八九のでその推察に意味はない。

 造られた人形のように見目麗しい姿をしているが――華奢(それほど小柄ではないが)で物静かな印象も含めて、それらはなんの判断材料にもならない外的情報であることをルナは身に染みて分かっていた。

 どんな姿形をしていようが、十二眷属は十二眷属だ。それ以外の何物でもない。

 同じことを思ったのだろう――セーナは、フード付き黒マントを羽織った(隠す気などないとばかりに、フードは完全にまくられた状態だったが)女をキッと睨みつけるように見やると、

「あんた、十二眷属よね? 違うって言っても、もうバレバレだけど。黒髪黒目に加えて、その尋常ならざる気配は十二眷属を置いてほかにない。観念して、名乗りなさい」

「……ノエル。ノエル・ラン」

「……え?」

 受けたセーナが、キョトンと固まる。ルナも同様に、大きな両目を丸くひらいた。

 なんて、言った?
 
 今、なんて……?

 いや、

 口はかすかに動いたように見えたが……。

 ルナはハッとして口をひらいたが、すべからくセーナに先を取られる。

 セーナは両目をがばっとひんむき、

「いやちっちゃ! 声ちっちゃ!! 目は悪いけど耳は良い、耳型人間のアタシでもかろうじて聞き取れるかどうかのスモールボイスじゃない! 舐めてんの!?」

「……別に、舐めてない。これがわたしのマックス声量。これ以上は無理」

「いやそんなわけないでしょ!? 死にかけの爺さんだってもうちょっとデカい声でしゃべるわよ! それともなに!? 新手の罠!? 聞き取れないからって近づいたアタシらをズバッとやる算段!? そのために今は殺気出してないの!?」

「……そんなつもりない。ただ、大きな声出すのは恥ずかしいから……。えっ、って顔とかされると……なんか恥ずかしいし……なんかヘコむ」

「なんだそれ! 思春期の女子か! 十二眷属のくせに可愛かわい子ぶってんじゃ――」 

「セーナさんッ!」

 セーナの言葉を中途で遮り――。

 ルナは、促すように叫んだ。

 ダブル。

 ノエルと名乗った十二眷属が、突然と、無言のままに背中から自身のダブルを抜いたのだ。

 刀身のない、魔法モードの簡素なダブルを。

「分かってる。やるわよ、ルナちゃん。ジャリンコも。ダブルを抜いたら、って言い訳は通用しない。まんがいち、としても容赦はしない」

「…………」

 無言で頷き、闘争の瞳で対象を見やる。ルナは覚悟の息を吐いた。

 戦いが、始まる。

 との、初めての戦いが――。 

 ミレーニアの風が、不可解なヴェールとなってルナらの周囲を覆って包む。

 
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