転生したら誰もいないどころか何もなかったのでゼロから世界を造ってみた

kisaragi

文字の大きさ
74 / 112
第4章

第73話 測れない男

しおりを挟む
 神歴1012年、5月2日――ミレーニア大陸東部、ルドン森林。

 午前10時27分――ルドン森林、南部側。

 ブレナ・ブレイク――ブレナは、ジャックと共に生い茂る草木の中を縫うように歩いていた。

「おい、ジャック! あんまそっち行くな! そっちは渓流になってんぞ!」

「――――っ!?」

 ジャックの足が、ピタリと止まる。

 そのまま、彼は見開いた両目をこちらに向けると、

「なぜもっと前にそれを言わん! 危うく落ちかけたではないか!」

「……いや、躊躇なくスイスイ進むから分かってんのかと」

「分かっているわけなかろう! 初めて訪れる場所だぞ、この森は!!」

「……じゃあなんでそんなスイスイ進むんだよ。おまえよく、今まで五体満足で生きてこられたな……」

 不思議だ。

 前から思っていたが、不思議である。あのギルバードに育てられたとは思えないくらい、慎重さにかける。同じ境遇でも、リアのほうがはるかに精神的に成熟している。年齢は、ジャックのほうがむしろひとつ上だったはずだが。

 とまれ。

「まあでも、浅いし、流れは速いが大の大人が溺れるようなレベルじゃない。おまえの身体能力ならなおさらな。ンなマジ顔で抗議すんなよ」

「濡れるではないか! ひざ下まで濡れるぞ! 不快極まりない!」

「……神経質なヤツだな。今の仕事、向いてないんじゃないか?」

「…………ッ!? 余計なお世話だ。ギルバード様に出会って以来、私は――」

 私は――。

 そのあとに、ジャックはなんと続けるつもりだったのだろう。

 

 

「……は?」

 ブレナはワケがわからず、その場に呆けた。

 何が、起こった?

 目の前には、ひざから崩れ落ちるようにして倒れたジャックの姿がある。

 だが、

 誰も、何も存在しなかった。

 、と理解していながらも、だがブレナには周囲を見まわすことしかできなかった。

(……目に映る範囲には、誰もいねえ。どこかに身を隠してるわけでもない。そうなら気配で分かる。この俺が、分からないわけがない。だが同時に、体調が悪くて自ずから倒れたわけでもねえ。、ジャックは倒された。それは確実だ。確実だと断言できる)

 でも、それは視覚外からの遠距離攻撃ではない。

(……ほんの一瞬だけ、ジャックの真後ろに気配が現れ、そうして消えた。警戒していても気づかないレベルの一瞬だ。俺の警戒をかいくぐり、ジャックが反応できないほどの刹那に一撃を加え、そのまま消える。。が、そのありえねえことは否定できないほど明確に目の前で起こった。まずはそいつを認めて――)

 ぞわっ。

「――――っ!?」
 
 それは、ほとんど本能での『回避』だった。

 見えたわけでも、ましてや動きをとらえられたわけでもない。

 ただ直感で、ブレナはを回避した。

 文字どおりの首の皮一枚と、命の次に大事な、を犠牲にして。

(ペンダントが、川に……ッ! くそっ、だがそれどころじゃねえ!!)

 首もとのペンダントが切り裂かれ、宙を流れて渓流に落ちる。

 だが現況、拾いに動くどころか、意識をその方向に向けることさえ愚行であるのは火を見るより明らかである。

 ブレナは無心で、近くの大木に背中を預けた。

 と。

「背後を封じたか。おまえさん相手に正面から不意を突くのは、得策とは言えねえな。反応速度で後れを取る可能性がある。まったく、割に合わねえ相手だぜ」

「…………」

 ブレナは、細く長い息を吐いた。

 視線の先、十メートル。

 何もなかったその場所に、

 フード付き黒マントを頭からかぶった、若い男だ。

 若い男。

 フードの隙間から覗く数少ない外見的な(顔の下半分程度の)データと、吐き落とされた声音の情報から、ブレナは視線の先の人物を『若い男』と断定した。

 何の前触れもなく、突然と姿を現した、この奇天烈極まるフードの男を――。

(……? 普通に考えたら、奴が使っているのは次元旅行ディメンション・トリップの類だ。姿を現している今は攻撃のチャンス。俺の身体能力なら、奴が言霊を発する前に勝負を決められる。決められる自信はあるが……)

 だが、なんだこの感覚は――?

 無駄なことはやめろ、と自分の中の何かがやたらとデカい声で叫んでいる。

 こんなことは初めてだった。

(……俺はこのヴェサーニアで最強だ。。ギルバードにも、一対一ならナギにもナミにも負けやしない。どんな強者を前にしても、戦う前からなんとなくそれは分かる。腕相撲をするときに、相手の手を握っただけで勝敗が予測できるように。だが……)

 この黒マントの男に対しては、

 互いに手を握り合っている状態にも関わらず、勝てるという確信が持てない。

 この男が、ナギやナミより強いはずがないのに……。
 
「どうした? 仕掛けてこねえのか? おまえが仕掛けてこねえってんなら、オレは当初の目的どおりこの男を回収してこの場を去らせてもらうぜ?」

 そう言って。

 フードの男が、昏倒しているジャックの身体を肩に担ぐ。

 ブレナは、怪訝に眉をひそめて言った。

「……ジャックをさらって何をしようとしてる? そいつをさらったところで、俺に対しての抑止力にはならないぜ。人質としての価値もない」

「おまえに対しての抑止力になるとは思ってねえよ。おまえが厄介な存在だってのは理解してるが、対処すべき優先順位としては次位だ。もっとも、今後の行動次第では最上位に繰り上がるかもしれねえが」

「……俺のことを、?」

「どこまで? ハッ、そうだな。おまえがオレのことを知ってるよりは、知ってると言えるだろうな」

「……煙に巻いてるつもりか? あえて『テメェが何者』か、ってのは訊かないでおくぜ。答えが返ってこないのは分かってる。訊かれて答えるつもりなら、最初から名乗ってるだろうからな。ムカつくだけだ」

「そうか。んじゃ問答はこれで終わりだな。最後にひとつだけ忠告しておくぜ。あまり派手には動かないことだ。ミレーニアはナミ様の大陸、ナギのモノでも、ましてやおまえのモノでもない。おまえは、傲慢にも自分のモノだと思ってるのかもしれねえが」

「な……ッ!?」

 だ?

 今の言葉、この男はどういう意味で発した?

 思考が、まとまらない。

 この世界に降り立って、ブレナは初めて混乱した。

 その一瞬の思考の乱れが、ふたつあった選択肢をひとつに減らす。

 つまりはその一瞬で、心の声に逆らい、遮二無二に突っ込み、ジャックを奪い返すという選択肢が露と消えたのである。

 ブレナは、残された選択肢を受け入れるほかなかった。

 消失。

 男が、消える。

 視界の先で、忽然と黒マントの男の姿が消える。

 左肩に担いだ、ジャックの肉体と共に。

 魔法を生み出す言霊は、一文字たりともルドンの空気に触れることはなかった。

 ブレナの中の『絶対』が、音を立てずに崩れ去る。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました

白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。 そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。 王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。 しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。 突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。 スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。 王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。 そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。 Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。 スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが―― なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。 スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。 スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。 この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります

【死に役転生】悪役貴族の冤罪処刑エンドは嫌なので、ストーリーが始まる前に鍛えまくったら、やりすぎたようです。

いな@
ファンタジー
【第一章完結】映画の撮影中に死んだのか、開始五分で処刑されるキャラに転生してしまったけど死にたくなんてないし、原作主人公のメインヒロインになる幼馴染みも可愛いから渡したくないと冤罪を着せられる前に死亡フラグをへし折ることにします。 そこで転生特典スキルの『超越者』のお陰で色んなトラブルと悪名の原因となっていた問題を解決していくことになります。 【第二章】 原作の開始である学園への入学式当日、原作主人公との出会いから始まります。 原作とは違う流れに戸惑いながらも、大切な仲間たち(増えます)と共に沢山の困難に立ち向かい、解決していきます。

S級冒険者の子どもが進む道

干支猫
ファンタジー
【12/26完結】 とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。 父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。 そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。 その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。 魔王とはいったい? ※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。

【第2章完結】王位を捨てた元王子、冒険者として新たな人生を歩む

凪木桜
ファンタジー
かつて王国の次期国王候補と期待されながらも、自ら王位を捨てた元王子レオン。彼は自由を求め、名もなき冒険者として歩み始める。しかし、貴族社会で培った知識と騎士団で鍛えた剣技は、新たな世界で否応なく彼を際立たせる。ギルドでの成長、仲間との出会い、そして迫り来る王国の影——。過去と向き合いながらも、自らの道を切り開くレオンの冒険譚が今、幕を開ける!

処理中です...