転生したら誰もいないどころか何もなかったのでゼロから世界を造ってみた

kisaragi

文字の大きさ
85 / 112
第6章

第84話 クライマックスへの初動

しおりを挟む
 神歴1012年5月13日――ミレーニア大陸中部、首都ガルメシア。

 午前5時38分――ガルメシア城、地下牢。

「ジャックー、起きてるー?」

 突如として響いた無遠慮な声が、穏やかだった眠りを一刀のもとに斬り捨てる。

 ジャックは、起き上がると同時に両目をひんむき、

「起きてるわけがなかろう! 今、何時だと思ってる!? 毎度毎度、いくらなんでも朝食が早すぎだ!!」

「……起きてるじゃない。まあいいわ。これ、ここに置いとくから。ちゃんと残さず食べなさいよ。て、毎回ムカつくくらいキレイに残さず平らげてるけど」

 そう言って、女――リベカが鉄格子越しに、持ってきた料理をジャックの前に差し出す。

 置かれたそれらに視線を落とすと、彼は細く長い息を落とした。

「なによ。献立が気に入らないの? 言っとくけどね、これナミ様が作ったのよ?」

「なに!? この料理は、ナミが作ったのか!?」

「今回だけじゃないわよ。基本、あたしたちの料理は全部ナミ様が作ってる。あたし料理作れないし、妹はまだ子供だし。消去法的に、ナミ様しか作る人いないってのが理由なんだけど」

「…………」

「まあ、この城に住んでるの、ナミ様含めても三人だけだし……ああ、今はあんたもいるから四人か。どのみちたいした量じゃないから手間にはならない、ってナミ様は言ってるけど、感謝はしなさいよ? 捕虜のあんたにも、あたしたちと同じメニュー出してるんだから。ちなみにナミ様の手料理を食べてるなんて、そんなこともしミレーニアの国民に知られたら、嫉妬で呪い殺されるレベルだからね」

「……ナミは、ミレーニアの民に慕われているのか?」

「当たり前じゃない。正直、慕われてるなんて言葉じゃ片づけられないほど、この大陸の住人はみんなナミ様を敬愛してる。老若男女、ナミ様を嫌いな人間なんて一人もいないわ」

「一人も? 貴様、テキトーなことを言うなよ? そんなことはありえない。ナギ様にだって、それなりの数のアンチはいる。全ての者に慕われることなど不可能だ」

「……まあ、一人もって言うのは確かに言い過ぎたけど……でもほとんどいないってのは事実。少なくても、あたしは出会ったことないわね。嘘じゃないってのは、この大陸を旅してまわれば、すぐに分かるわ」

「…………」

 ジャックは黙し、そうして目の前の料理を一口口に運んだ。

 旨い。

 相変わらず、とんでもなく旨い。

 高級食材を使っているわけではなさそうに見えるのに、信じられないくらいの美味だった。

 ジャックは、あっという間に食器を空にした。

「……いや早くない? あんた、いつもそんなに早く食べてたの? ちゃんと噛んで食べてる?」

「……当たり前だ。噛まずに飲み込むはずがなかろう。ただ……」

 言いかけ、だが中途で口をつぐむ。

 旨すぎて箸が止まらなかった、などとは口が裂けても言えない。

 敵陣営の、ましてやそのトップが作った料理に舌鼓を打つなど、あってはならない恥辱だ。

 ジャックは賛辞の言葉を飲み込み、代わりに、

「……ごちそうさま」

「はいはい。一応、ナミ様に伝えておくわ」

「つ、伝えんでいい! いらん気づかいだ! そんなことよりも……」

 まくし立てるように言って、その箇所で一拍ためる。

 そのまま、気持ちを切り替えるように一息吐くと、ジャックは声のトーンを若干と落として言った。

「私に人質の価値などないと分かったはずだ。いつまで拘束している。さっさと処刑したらどうだ?」

「あんた、人質の価値ないの?」

 驚いたように、リベカが両目を丸くする。

 白々しい真似を、とジャックは鼻を鳴らした。

「だからそれが分かったはずだろうと言っている。あれからだいぶ日も経つ。何かしらの交渉を、すでに神都にいるナギ様やギルバード様としたのではないのか?」

「知らない。してないんじゃない? ギルティスに使者を送ったとか、別にそんな話ナミ様してなかったし。そんな雰囲気もなかったけど?」

 リベカが、かんたんに言う。

 今度はジャックが、両目を見開く番だった。

「……馬鹿な。ならばなぜ、私を捕らえた? ナミはいったい、何を考えている?」

「さあねー。何かしら考えがあるんだろうけど、あたしは聞いてない。いずれ分かるんじゃない? ま、気長に待ってなさいよ。たまには話し相手に来てあげるからさ。あたしが暇なときに。あたしの暇つぶしに」

「…………っ」

 気軽に言って、気軽に去る。

 食べ終えた食器も消え、文字どおり、石畳の牢獄にはジャック一人が残された。
 
 彼は、思考の世界に旅立った。

 ナミはいったい、何を考えている?

 否、それ以前にがある。

 ジャックは『初日』に感じた疑問を、再び脳内に浮かべた。

 ――自分はいったい、どうやってこの城に運ばれてきたのか?

 この『ガルメシア城』がある、首都ガルメシアはミレーニア大陸の中央に存在している。

 ミレーニアの最東部、港町ハーサイドからこの地までの距離はおよそ千キロ。

 その間、大きな山をふたつ超えねばならない。平坦の道だとしても、相当の日数がかかるはずなのに、自分は半日とかからずこの地まで運ばれた。

 否。

 半日間、気を失っていて――意識を取り戻したときは、すでにこの城のこの牢獄の中にいたのである。

 つまりは極端な話、という可能性さえありうるのだ。

 馬鹿げた妄想だと分かってはいても、なぜだかジャックはその可能性を否定できずにいた。

 それだけ、この超速移動は摩訶不思議の塊なのである。

(……そもそも、私は? あの野グソ女では絶対にない。ではナミか? 否、それもおそらくは違う……)

 根拠はないが、なぜだかそう思える。

 でも、だとしたらいったい誰に……。

 複数の疑問が、同時に脳内にて入り乱れる。

 ジャックは、ひたいを押さえて天井を仰いだ。

 何もないはずのその場所から、不穏の雨が降り注ぐ……。
 

      ◇ ◆ ◇


 同日、午前6時3分――ガルメシア城、ナミの寝室。

「ナミ様、朝食運んできました。ジャック、ごちそうさまって言ってましたよ」

 聞こえてきた声に。

 ナミは読んでいた小説ほんを閉じ、顔を上げた。

 見慣れた栗色の髪が視界に入る。

 リベカ・アースタッド。

 ナミは座っていた椅子から腰を上げると、彼女のほうへと視線を向けて、

「そうか、ご苦労だったな。それにしても、ようやく『ごちそうさま』か。そもそも世辞でも『旨かった』の一言くらい添えるのが礼儀ではないのか? 腕によりをかけて作ってやってるというのに、作ってやりがいのない男だな」

「あれでも、感謝はしてると思いますよ。でもあいつ、素直じゃないから。絶対内心美味しいとも思ってます。いつも残さず食べていることが、その証拠ですよ」

「だといいがな」

 ため息混じりに応じ、それから視線をゆっくりと『もう一人』の部下へと移す。

 いまだベッドの中でスヤスヤと夢見る、オッドアイ(右目が白、左目が黒)の幼い少女へと。

「ナミさまぁ~、もう食べられないよぉ~、でもデザートは別腹ぁ~、うしし……」

「リリー、寝言の時間は終わりだ。起きろ。朝食が冷めてしまうぞ」

「んあ!? 朝ごはんーっ! 食べるーっ!!」

 がばっと。

 冗談のような機敏さで、オッドアイの少女――リリーがベッドから跳ね起きる。

 数秒前まで爆睡していた人間とは思えぬほど、すでに彼女の両目はバキバキに覚醒していた。

 それを見たリベカが、あきれたように言う。

「もはやギャグの領域なんだけど、あんたのそれ。てゆーか、あんたまたナミ様の部屋で寝たの? 迷惑だからやめなさい」

「別にかまわんよ。わたし一人で寝るには大きすぎるベッドだ。が、寝相の悪さだけは看過できんな。何度わたしの頭を蹴れば気がすむんだ? わたしの頭はボールではないぞ」

「えーっ、ボクッちまたナミ様の頭蹴ってた? 全然覚えてないや。三回くらい?」

「二十三回だ。三十回を超えたら、朝食をシイタケサンドにしていたところだ」
 
「わぁーっ、シイタケ嫌いーっ! もう蹴らないから許してーっ!!」

 本泣きしながら、そう言ってリリーが抱きついてくる。

 ナミは彼女の頭を軽く撫でると、やれやれと一息吐いた。

 と、そのタイミングでリベカの口が大事を告げる。

 彼女は思い出したように薄紅色の唇を上下にひらくと、

「そう言えば、ナミ様にお伝えし忘れていたことがありました。今、思い出しました。いやマジで」

「……なんだ?」

「ノエル経由の情報で、なんかサラが一か月後の6月10日にラドン村で一大イベントとやらを開くつもりらしいです。あたしたちやナミ様にも参加してほしいって」

 一大イベンド?

 どうせくだらない催しだろう。

 が、とはいえ、無下に断るのも可哀想ではある。

 ナミはこくりと頷き、言った。

「分かった。その日は何も予定がない。参加するとノエルに伝えろ」

「了解しました。朝食食べたらひとっ走り『ララクート』まで行ってきます。ついでに何かあいつらに伝えておくことありますか?」

「……ああ、そうだな」

 二秒間だけ逡巡し、だがその後ナミはキッパリと彼女に伝言した。

 伝えてもらうべき大事を、包み隠さずハッキリと。

「もし、がいたら伝えてくれ。わたしは。出ようとすることを隠さぬ杭を、わたしは絶対に見逃さない」

 この世界の神は、たった一人。

 まがい物が、その座につくことなど万にひとつもありえない。

 ナミは胸中で、最後の言葉を強く落とした。

 ――おまえは砂漠の中に生まれたひとつの砂粒。身の程を知れっ。


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました

白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。 そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。 王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。 しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。 突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。 スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。 王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。 そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。 Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。 スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが―― なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。 スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。 スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。 この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります

【死に役転生】悪役貴族の冤罪処刑エンドは嫌なので、ストーリーが始まる前に鍛えまくったら、やりすぎたようです。

いな@
ファンタジー
【第一章完結】映画の撮影中に死んだのか、開始五分で処刑されるキャラに転生してしまったけど死にたくなんてないし、原作主人公のメインヒロインになる幼馴染みも可愛いから渡したくないと冤罪を着せられる前に死亡フラグをへし折ることにします。 そこで転生特典スキルの『超越者』のお陰で色んなトラブルと悪名の原因となっていた問題を解決していくことになります。 【第二章】 原作の開始である学園への入学式当日、原作主人公との出会いから始まります。 原作とは違う流れに戸惑いながらも、大切な仲間たち(増えます)と共に沢山の困難に立ち向かい、解決していきます。

S級冒険者の子どもが進む道

干支猫
ファンタジー
【12/26完結】 とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。 父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。 そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。 その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。 魔王とはいったい? ※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。

【第2章完結】王位を捨てた元王子、冒険者として新たな人生を歩む

凪木桜
ファンタジー
かつて王国の次期国王候補と期待されながらも、自ら王位を捨てた元王子レオン。彼は自由を求め、名もなき冒険者として歩み始める。しかし、貴族社会で培った知識と騎士団で鍛えた剣技は、新たな世界で否応なく彼を際立たせる。ギルドでの成長、仲間との出会い、そして迫り来る王国の影——。過去と向き合いながらも、自らの道を切り開くレオンの冒険譚が今、幕を開ける!

処理中です...