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第7章
第98話 エンドオブエンド
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神歴1012年、6月10日――ミレーニア大陸中部、ラドン村。
午前8時20分――ラドン村、宿屋前の広場。
寝耳に水という言葉がある。
言葉の由縁は分からないが――今、この瞬間、ブレナは生まれて初めてその言葉を強烈に脳裏に浮かべた。
「ナギが!? どういうことだ!?」
「一から説明するよ。今から一か月くらい前に、オイラは変な神殿みたいなところで目を覚ましたんだ。ミレーニア大陸にいたはずだったのに、ギルティス大陸の変な神殿みたいなところで」
ん?
ブレナは怪訝に眉をひそめた。
一から説明するって、まさかそこから……?
「目が覚めて、最初に見えたのはナギの顔だった。あれ、ギルバードだったっけ? まあいいや、どっちでも。それで、そのとき――」
そこからだった。
ブレナは驚愕した。
「そのとき、ナギに聞いたんだ。ブレナたちがミレーニア大陸に渡ったって。それでオイラ、慌ててミレーニアに向かって――」
「…………」
「でもギルティスからミレーニアに渡るのに、まさか二週間以上かかるなんてオイラ思いもしなかったよ。それでミレーニアの玄関口、ハーサイドって港町に着いたのが今から二週間前。もーオイラ疲れちゃって、そこで一週間くらい身体を休めたんだ」
「…………」
「で、改めてブレナたちを探そうとしたところで――」
「だあーーーっ!!」
ブレナの忍耐は、そこで限界に達した。
「長いわ! そして下手くそか!? 冗長にもほどがあんだよ! 要点だけ話せ!」
「なんだその言い方! せっかく今から大事なとこ話すつもりだったのにー! 興をそぐなー! ブレナはせっかちなんだよ! 昔っからせっかちだ! せっかち魔人だ!」
「んだとー! だいたい、おまえの話が要領を得ないから――」
「チロの話が要領を得ないのは、今に始まったことではないだろう? そこから先はわたしが引き継ぐよ」
と、中途でナミに肩を叩かれ、先の言葉を制される。
気づくと、ほかの面々もブレナの周囲に集まっていた。
ブレナは、視線をチロからナミへと移した。
言う。
「なんでおまえが引き継げる?」
「想像していた事態だからだよ。ナギがこの大陸にやってきているだろうことは数日前から分かっていた。『神の目』の機能が分かりやすく乱れたからな」
右の人差し指で、自らのこめかみをツンツンと叩いて、ナミ。
彼女はその流れのまま、
「そこから先は想像ができるだろう? 奴が観光目的でこの大陸にやってくるはずがない。戦うために来たというのは自明の理だ。チロ、奴は今どの辺りにいる?」
「近いよ。すごく近い。五分後に現れたって不思議じゃないくらい、もうすぐそこまで来てる」
「そうか。思ったよりも素早い行軍だな。褒めるつもりなど毛頭ないが、さすがに戦い慣れてはいる。が――」
ナミが、そこでことさらに言葉を切る。
そうして、彼女は意味ありげな視線を後方へと向けた。
ブレナも、彼女の視線に促されるように、同じ方向を見やる。
と。
「どうやらギリギリで、こちらの準備も間に合ったようだ。ご苦労だったな、サラ」
サラ。
後方十メートル、そこには『サラ』の姿があった。
否、サラだけではない。
「ジャック!」
リアが、叫ぶ。
ジャック。
ジャック・ヴェノン。
銀髪銀眼の青年が、一月ぶりにその姿をブレナの前にさらしていた。
見知らぬ男女三人と共に。
のどかな山村に、緊迫が走る。
◇ ◆ ◇
同日、午前8時23分――ラドン村、宿屋前の広場。
「……どういうつもり?」
リアが、怒りを押し殺したような声でナミに問う。
セーナの目は完全に血走り、ルナの瞳も憤怒の色に染まっている。
その様子を見ながら、ブレナは静かに腰もとの『グロリアス』に手をかけた。
「ジャックを解放するって、約束したはずだけど……?」
「ああ、約束したよ。だから約束を果たすために連れて来たではないか?」
「――――っ!」
リアの両目が、これ以上は無理と言えるレベルまで見開かれる。
当然だろう。
目の前に立つ、ジャックの喉首には切っ先鋭い刃が突きつけられているのだから。
「キキキ、動かないほうがいいと身共は思うがねェ。ああ、感情にまかせて一歩でも動いちまったら、そいつは恐ろしいほどの後悔になるだろうさ」
ジャックの真後ろで、彼の喉首にダブルの刀身を突きつけている男が、そう言って笑う。
黒髪黒目の青年。
よく見ると、見知らぬ男ではなかった。
あの出入り口の洞窟で、サラだと思って接していたあの黒髪黒目の青年だ(実際はサラではなく、本人だったというオチだったが)。
ひょろ長い体型の、かかしのような男。
どことなく、今は亡きセブンズリードの四番隊隊長バルトロメイを彷彿とさせる。一見して、いけ好かないタイプだとブレナには分かった。
「ナミ、俺は約束を破られるのが何よりも嫌いだ。そいつは、おまえもよくよく理解してるよな?」
「ああ、理解しているよ。身をもって、理解している」
と、若干と懐かしそうに両目を細めて、ナミが言う。
彼女はそのまま、視線をリアへと移し、
「心配せずとも、ジャックは無傷で返すよ。リアとか言ったか? おまえも、だからそんなに目くじらを立てるな。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ」
「…………ッ!」
茶化されたと思ったのか、リアの顔がさらに険しく変わる。
が、ナミはどこ吹く風だった。
猿ぐつわのようなものをされているジャックのそばへと近づき、
「この男は、今から無傷で解放する。ただし、それにはひとつだけ『条件』がある」
「条件? 条件なら、サラ当てゲームでとっくに達成してるだろ?」
ブレナは語気を強めた。
それでもナミの表情は変わらない。
「ああ、だからついでの条件だよ。それよりもはるかに緩い。ただ、今からここで繰り広げられるだろう、わたしたちとナギたちの戦いに『参戦しない』と約束してくれればそれでいい。見ているのは自由だが、何があってもどちらの側にもつかないと」
「……なるほど。俺たちに『中立』を保てと、そう言いたいわけか?」
「おまえたちに、ではない。おまえにだ。セーナとリアは当然、ナギ側に立って戦うだろうし――その結果、おまえの『連れ』が彼女たちに味方したとしても、それを止めることはない。もっとも我らの敵となって戦うならば容赦はしないし、その戦いによっておまえの連れがどうなろうが、わたしの知ったことではないがな」
無論、そんなことはわざわざ言われるまでもなく、当人たちも理解しているリスクだろう。
ブレナは、言った。
「口約束でも構わないのか?」
「ああ、構わない。わたしはおまえの口を信じるよ。信じられると知っている」
「…………」
口を閉じ、ブレナは順繰りに周囲の面々を見やった。
まずはリアとセーナ。
視線が合うと、二人は何も言わずにただ、コクリと一度頷いた。
それで構わない。
つまりは『自分たちの味方をする必要はない』とそう言っているのだ。
次いで、ルナとアリス。
彼女たちもリアたちと同様、視線が合うと、コクリと一度頷いた。
その『頷き』が、自分たちはリアらに加勢するが、という意思表示も含めてのモノだったのかは定かではないが――少なくとも、ナミの出した条件を飲んで問題ないと言っているのは間違いなかった。
ブレナは、最後にチロを見やった。
彼はそのタイミングで、閉ざしていた口を再度ひらいた。
「チロ、おまえはそこの宿に入って二階の部屋で寝てるレプと合流しろ。トッドってガキも一緒に寝てると思うが――合流したあとは、二人がその部屋から出ないように見張っておくんだ。どうやらここは、ド派手な『戦場』になるみたいだからな」
「ラジャー! レプたちのことはオイラに任せて! 絶対、外には出さないよ!」
そう返事して、チロが猛スピードで宿に向かって飛んでいく。
危なそうな場所からさっさと逃げ出さなくては、という気持ちも若干こもってそうなスピーディーさだったが、まあ構わない。
ブレナは再び、視線をナミへと戻した。
と、彼女が言う。
「条件を飲む、ということでいいのか?」
「ああ、飲むよ。俺は参戦しない。おまえとナギ、どちらの『勢力』の味方もしないと約束する」
ブレナは、確かな口調で答えた。
受けたナミが、満足そうに頷く。
「了解した。ヘイトレッド、ジャックを解放しろ」
「キキキ、ナミ様のご命令とあらば。個人的にはでも、みすみす敵の数を増やしちまうのは得策とは言えないと思いますがねェ。後悔ってのには、必ず理由がある。あのときああしなければ、ああしておけばってのは、実に間抜けな――」
「ヘイトレッド、聞こえなかったのか? さっさと解放しろ」
ナミが、有無を言わさぬ口調で再度言う。
と、ヘイトレッドと呼ばれた、ひょろ長の十二眷属はあきらめたようにジャックの身体を自身の手から解放した。
リアがすぐさま、ジャックの元に駆け寄る。セーナもすぐにそのあとを追ったが、ブレナは彼女たちのほうには向かわなかった。
代わりに、ルナとアリスの元へ向かう。
ブレナは二人の近くにまで歩み寄ると、
「一応、確認しとく。ルナ、おまえ戦う気か? リアたちの側に立って、ナミ一派と戦うつもりなのか?」
「戦います。リアさんたちと一緒に戦います。ナギ様のためじゃなくて、リアさんとセーナさんのために戦います。二人は親友だから」
迷いなく、ルナ。
セーナも、いつのまにか親友に昇格していたらしい。彼女が聞いたら飛び上がって喜ぶだろうセリフだが、まあブレナには関係ない。
彼は、今度はアリスに向かって、
「アリス、おまえもルナと同じ気持ちか?」
「同じだよ! 怖いけど、あたしもルナと一緒にナミさまたちと戦う!」
どうやら、アリスもルナと同じ心持ちらしかった。
だが。
ブレナは、言った。
さきほどのナミのそれと同レベルの、有無を言わさぬ確固たる口調で。
「アリス、でもおまえはダメだ。戦わせるわけにはいかない。宿に戻って、レプたちと一緒に戦いが終わるまでおとなしくしてろ」
五体満足で終われる保証のない戦いに、彼女は参加させられない。
◇ ◆ ◇
同日、午前8時30分――ラドン村、宿屋前の広場。
「なんでー! なんであたしだけ宿に戻れって言うのー! ねえ、なんで! なんでなんでー!!」
アリスが、駄々をこねるように両手をブンブン振る。
が、ブレナはその駄々を許さなかった。
もう一度、有無を言わさぬ口調で強く告げる。
「ダメだ。おまえの実力ではついていけない。これから起こるだろう戦いは、トップオブトップ同士の戦いになる。理解したら宿に戻れ。三度は言わない」
「…………っ!」
アリスの顔が、真っ赤に染まる。
彼女は大粒の涙を浮かべたまま、でもそれ以上は何も言わずに、ルナの手を(鼓舞するように)一瞬だけギュッと握って、宿のほうへと戻っていった。
ブレナは、フッと一息吐いた。
と、すぐにルナが言ってくる。
「……アリスさんも、分かっていると思います。ブレナさんがどういう気持ちでこの判断を下したのか。だから……」
「…………」
別に、分かっていなくてもいい。
だが、彼女は借り物である。借り物は返さなくてはならない。両親のもとに、五体満足で送り届けなければならない。
この戦いは、始まる前から死闘になることが分かり切っている戦いだ。
それを知りながら、参加させることはさきの意志を放棄したのと同義である。
ブレナはもう一度、今度は深く長い息を吐いた。
と。
その終わりに、不気味なほど静かに『それ』は始まる。
最初は、小動物大の小さなシルエットだった。
それが三つ、遠くのほうに並んで浮かぶ。
が、一分としないうちに、それらは人間大の大きさとなってブレナたちの間合いのわずか外まで近づいた。
「……来たか」
ナミが、つぶやくように言う。
ブレナは改めて、彼らの姿を仔細に見た。
ナギ。
ギルバード。
ディルス。
ギルティス大陸のトップスリーが、荘厳に並び立つ。
文字通りの、究極の少数精鋭である。
その中のトップ――ナギが、やれやれといった様子で口を切る。
「やはりまだ生きていたか。なかなか上手くはいかないものだな」
「??」
ブレナは首を傾げた。
上手くいかない?
どういう意味だ?
何も始まっていない状況で、口に出すセリフではない。
が、訝るブレナとは裏腹、ナミはあっさりとその言葉を右から左に流した。
彼女はナギに向かって、
「村の入り口には結界が張ってあったはずだが?」
「結界など、私の『アーサーズフェイム』の前では意味を為さない」
答えたのは、でもナギではなくギルバード。
ナミは彼のほうに視線を向けると、
「次元旅行か。厄介な魔法だな。それゆえの少数精鋭か」
「少数? ガルメシア城を落とすのに、これ以上の数が必要か? 私の認識としては三人は少数ではないよ」
「舐められたものだな。ならば舐めたまま、三人揃って果てるがいい」
再び、ナミの視線がナギへと移る。
他方、ナギは一瞬だけ意味ありげな視線を『こちら』に向けたが――だが彼はすぐにそれをナミのもとへと戻した。
ああ、始まる。
ブレナは直感した。
ヴェサーニアの命運を決める『一大決戦』が、思いがけない場所で、思ってもいなかったようなタイミングでそうして始まる。
神歴1012年6月10日、午前8時35分――。
終わりの終わりの、鐘が鳴る……。
――第7章 完
午前8時20分――ラドン村、宿屋前の広場。
寝耳に水という言葉がある。
言葉の由縁は分からないが――今、この瞬間、ブレナは生まれて初めてその言葉を強烈に脳裏に浮かべた。
「ナギが!? どういうことだ!?」
「一から説明するよ。今から一か月くらい前に、オイラは変な神殿みたいなところで目を覚ましたんだ。ミレーニア大陸にいたはずだったのに、ギルティス大陸の変な神殿みたいなところで」
ん?
ブレナは怪訝に眉をひそめた。
一から説明するって、まさかそこから……?
「目が覚めて、最初に見えたのはナギの顔だった。あれ、ギルバードだったっけ? まあいいや、どっちでも。それで、そのとき――」
そこからだった。
ブレナは驚愕した。
「そのとき、ナギに聞いたんだ。ブレナたちがミレーニア大陸に渡ったって。それでオイラ、慌ててミレーニアに向かって――」
「…………」
「でもギルティスからミレーニアに渡るのに、まさか二週間以上かかるなんてオイラ思いもしなかったよ。それでミレーニアの玄関口、ハーサイドって港町に着いたのが今から二週間前。もーオイラ疲れちゃって、そこで一週間くらい身体を休めたんだ」
「…………」
「で、改めてブレナたちを探そうとしたところで――」
「だあーーーっ!!」
ブレナの忍耐は、そこで限界に達した。
「長いわ! そして下手くそか!? 冗長にもほどがあんだよ! 要点だけ話せ!」
「なんだその言い方! せっかく今から大事なとこ話すつもりだったのにー! 興をそぐなー! ブレナはせっかちなんだよ! 昔っからせっかちだ! せっかち魔人だ!」
「んだとー! だいたい、おまえの話が要領を得ないから――」
「チロの話が要領を得ないのは、今に始まったことではないだろう? そこから先はわたしが引き継ぐよ」
と、中途でナミに肩を叩かれ、先の言葉を制される。
気づくと、ほかの面々もブレナの周囲に集まっていた。
ブレナは、視線をチロからナミへと移した。
言う。
「なんでおまえが引き継げる?」
「想像していた事態だからだよ。ナギがこの大陸にやってきているだろうことは数日前から分かっていた。『神の目』の機能が分かりやすく乱れたからな」
右の人差し指で、自らのこめかみをツンツンと叩いて、ナミ。
彼女はその流れのまま、
「そこから先は想像ができるだろう? 奴が観光目的でこの大陸にやってくるはずがない。戦うために来たというのは自明の理だ。チロ、奴は今どの辺りにいる?」
「近いよ。すごく近い。五分後に現れたって不思議じゃないくらい、もうすぐそこまで来てる」
「そうか。思ったよりも素早い行軍だな。褒めるつもりなど毛頭ないが、さすがに戦い慣れてはいる。が――」
ナミが、そこでことさらに言葉を切る。
そうして、彼女は意味ありげな視線を後方へと向けた。
ブレナも、彼女の視線に促されるように、同じ方向を見やる。
と。
「どうやらギリギリで、こちらの準備も間に合ったようだ。ご苦労だったな、サラ」
サラ。
後方十メートル、そこには『サラ』の姿があった。
否、サラだけではない。
「ジャック!」
リアが、叫ぶ。
ジャック。
ジャック・ヴェノン。
銀髪銀眼の青年が、一月ぶりにその姿をブレナの前にさらしていた。
見知らぬ男女三人と共に。
のどかな山村に、緊迫が走る。
◇ ◆ ◇
同日、午前8時23分――ラドン村、宿屋前の広場。
「……どういうつもり?」
リアが、怒りを押し殺したような声でナミに問う。
セーナの目は完全に血走り、ルナの瞳も憤怒の色に染まっている。
その様子を見ながら、ブレナは静かに腰もとの『グロリアス』に手をかけた。
「ジャックを解放するって、約束したはずだけど……?」
「ああ、約束したよ。だから約束を果たすために連れて来たではないか?」
「――――っ!」
リアの両目が、これ以上は無理と言えるレベルまで見開かれる。
当然だろう。
目の前に立つ、ジャックの喉首には切っ先鋭い刃が突きつけられているのだから。
「キキキ、動かないほうがいいと身共は思うがねェ。ああ、感情にまかせて一歩でも動いちまったら、そいつは恐ろしいほどの後悔になるだろうさ」
ジャックの真後ろで、彼の喉首にダブルの刀身を突きつけている男が、そう言って笑う。
黒髪黒目の青年。
よく見ると、見知らぬ男ではなかった。
あの出入り口の洞窟で、サラだと思って接していたあの黒髪黒目の青年だ(実際はサラではなく、本人だったというオチだったが)。
ひょろ長い体型の、かかしのような男。
どことなく、今は亡きセブンズリードの四番隊隊長バルトロメイを彷彿とさせる。一見して、いけ好かないタイプだとブレナには分かった。
「ナミ、俺は約束を破られるのが何よりも嫌いだ。そいつは、おまえもよくよく理解してるよな?」
「ああ、理解しているよ。身をもって、理解している」
と、若干と懐かしそうに両目を細めて、ナミが言う。
彼女はそのまま、視線をリアへと移し、
「心配せずとも、ジャックは無傷で返すよ。リアとか言ったか? おまえも、だからそんなに目くじらを立てるな。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ」
「…………ッ!」
茶化されたと思ったのか、リアの顔がさらに険しく変わる。
が、ナミはどこ吹く風だった。
猿ぐつわのようなものをされているジャックのそばへと近づき、
「この男は、今から無傷で解放する。ただし、それにはひとつだけ『条件』がある」
「条件? 条件なら、サラ当てゲームでとっくに達成してるだろ?」
ブレナは語気を強めた。
それでもナミの表情は変わらない。
「ああ、だからついでの条件だよ。それよりもはるかに緩い。ただ、今からここで繰り広げられるだろう、わたしたちとナギたちの戦いに『参戦しない』と約束してくれればそれでいい。見ているのは自由だが、何があってもどちらの側にもつかないと」
「……なるほど。俺たちに『中立』を保てと、そう言いたいわけか?」
「おまえたちに、ではない。おまえにだ。セーナとリアは当然、ナギ側に立って戦うだろうし――その結果、おまえの『連れ』が彼女たちに味方したとしても、それを止めることはない。もっとも我らの敵となって戦うならば容赦はしないし、その戦いによっておまえの連れがどうなろうが、わたしの知ったことではないがな」
無論、そんなことはわざわざ言われるまでもなく、当人たちも理解しているリスクだろう。
ブレナは、言った。
「口約束でも構わないのか?」
「ああ、構わない。わたしはおまえの口を信じるよ。信じられると知っている」
「…………」
口を閉じ、ブレナは順繰りに周囲の面々を見やった。
まずはリアとセーナ。
視線が合うと、二人は何も言わずにただ、コクリと一度頷いた。
それで構わない。
つまりは『自分たちの味方をする必要はない』とそう言っているのだ。
次いで、ルナとアリス。
彼女たちもリアたちと同様、視線が合うと、コクリと一度頷いた。
その『頷き』が、自分たちはリアらに加勢するが、という意思表示も含めてのモノだったのかは定かではないが――少なくとも、ナミの出した条件を飲んで問題ないと言っているのは間違いなかった。
ブレナは、最後にチロを見やった。
彼はそのタイミングで、閉ざしていた口を再度ひらいた。
「チロ、おまえはそこの宿に入って二階の部屋で寝てるレプと合流しろ。トッドってガキも一緒に寝てると思うが――合流したあとは、二人がその部屋から出ないように見張っておくんだ。どうやらここは、ド派手な『戦場』になるみたいだからな」
「ラジャー! レプたちのことはオイラに任せて! 絶対、外には出さないよ!」
そう返事して、チロが猛スピードで宿に向かって飛んでいく。
危なそうな場所からさっさと逃げ出さなくては、という気持ちも若干こもってそうなスピーディーさだったが、まあ構わない。
ブレナは再び、視線をナミへと戻した。
と、彼女が言う。
「条件を飲む、ということでいいのか?」
「ああ、飲むよ。俺は参戦しない。おまえとナギ、どちらの『勢力』の味方もしないと約束する」
ブレナは、確かな口調で答えた。
受けたナミが、満足そうに頷く。
「了解した。ヘイトレッド、ジャックを解放しろ」
「キキキ、ナミ様のご命令とあらば。個人的にはでも、みすみす敵の数を増やしちまうのは得策とは言えないと思いますがねェ。後悔ってのには、必ず理由がある。あのときああしなければ、ああしておけばってのは、実に間抜けな――」
「ヘイトレッド、聞こえなかったのか? さっさと解放しろ」
ナミが、有無を言わさぬ口調で再度言う。
と、ヘイトレッドと呼ばれた、ひょろ長の十二眷属はあきらめたようにジャックの身体を自身の手から解放した。
リアがすぐさま、ジャックの元に駆け寄る。セーナもすぐにそのあとを追ったが、ブレナは彼女たちのほうには向かわなかった。
代わりに、ルナとアリスの元へ向かう。
ブレナは二人の近くにまで歩み寄ると、
「一応、確認しとく。ルナ、おまえ戦う気か? リアたちの側に立って、ナミ一派と戦うつもりなのか?」
「戦います。リアさんたちと一緒に戦います。ナギ様のためじゃなくて、リアさんとセーナさんのために戦います。二人は親友だから」
迷いなく、ルナ。
セーナも、いつのまにか親友に昇格していたらしい。彼女が聞いたら飛び上がって喜ぶだろうセリフだが、まあブレナには関係ない。
彼は、今度はアリスに向かって、
「アリス、おまえもルナと同じ気持ちか?」
「同じだよ! 怖いけど、あたしもルナと一緒にナミさまたちと戦う!」
どうやら、アリスもルナと同じ心持ちらしかった。
だが。
ブレナは、言った。
さきほどのナミのそれと同レベルの、有無を言わさぬ確固たる口調で。
「アリス、でもおまえはダメだ。戦わせるわけにはいかない。宿に戻って、レプたちと一緒に戦いが終わるまでおとなしくしてろ」
五体満足で終われる保証のない戦いに、彼女は参加させられない。
◇ ◆ ◇
同日、午前8時30分――ラドン村、宿屋前の広場。
「なんでー! なんであたしだけ宿に戻れって言うのー! ねえ、なんで! なんでなんでー!!」
アリスが、駄々をこねるように両手をブンブン振る。
が、ブレナはその駄々を許さなかった。
もう一度、有無を言わさぬ口調で強く告げる。
「ダメだ。おまえの実力ではついていけない。これから起こるだろう戦いは、トップオブトップ同士の戦いになる。理解したら宿に戻れ。三度は言わない」
「…………っ!」
アリスの顔が、真っ赤に染まる。
彼女は大粒の涙を浮かべたまま、でもそれ以上は何も言わずに、ルナの手を(鼓舞するように)一瞬だけギュッと握って、宿のほうへと戻っていった。
ブレナは、フッと一息吐いた。
と、すぐにルナが言ってくる。
「……アリスさんも、分かっていると思います。ブレナさんがどういう気持ちでこの判断を下したのか。だから……」
「…………」
別に、分かっていなくてもいい。
だが、彼女は借り物である。借り物は返さなくてはならない。両親のもとに、五体満足で送り届けなければならない。
この戦いは、始まる前から死闘になることが分かり切っている戦いだ。
それを知りながら、参加させることはさきの意志を放棄したのと同義である。
ブレナはもう一度、今度は深く長い息を吐いた。
と。
その終わりに、不気味なほど静かに『それ』は始まる。
最初は、小動物大の小さなシルエットだった。
それが三つ、遠くのほうに並んで浮かぶ。
が、一分としないうちに、それらは人間大の大きさとなってブレナたちの間合いのわずか外まで近づいた。
「……来たか」
ナミが、つぶやくように言う。
ブレナは改めて、彼らの姿を仔細に見た。
ナギ。
ギルバード。
ディルス。
ギルティス大陸のトップスリーが、荘厳に並び立つ。
文字通りの、究極の少数精鋭である。
その中のトップ――ナギが、やれやれといった様子で口を切る。
「やはりまだ生きていたか。なかなか上手くはいかないものだな」
「??」
ブレナは首を傾げた。
上手くいかない?
どういう意味だ?
何も始まっていない状況で、口に出すセリフではない。
が、訝るブレナとは裏腹、ナミはあっさりとその言葉を右から左に流した。
彼女はナギに向かって、
「村の入り口には結界が張ってあったはずだが?」
「結界など、私の『アーサーズフェイム』の前では意味を為さない」
答えたのは、でもナギではなくギルバード。
ナミは彼のほうに視線を向けると、
「次元旅行か。厄介な魔法だな。それゆえの少数精鋭か」
「少数? ガルメシア城を落とすのに、これ以上の数が必要か? 私の認識としては三人は少数ではないよ」
「舐められたものだな。ならば舐めたまま、三人揃って果てるがいい」
再び、ナミの視線がナギへと移る。
他方、ナギは一瞬だけ意味ありげな視線を『こちら』に向けたが――だが彼はすぐにそれをナミのもとへと戻した。
ああ、始まる。
ブレナは直感した。
ヴェサーニアの命運を決める『一大決戦』が、思いがけない場所で、思ってもいなかったようなタイミングでそうして始まる。
神歴1012年6月10日、午前8時35分――。
終わりの終わりの、鐘が鳴る……。
――第7章 完
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スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。
王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。
そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。
Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。
スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが――
なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。
スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。
スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。
この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります
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