転生したら誰もいないどころか何もなかったのでゼロから世界を造ってみた

kisaragi

文字の大きさ
98 / 112
第7章

第97話 奇跡の瞬間

しおりを挟む
 神歴1012年、6月10日――ミレーニア大陸中部、ラドン村。

 午前8時10分――ラドン村、宿屋1階の食堂。

「なあーっ!? ボクっちの師匠はナミ様だけだぁーっ! たった三か月一緒にいただけで、師匠面するなぁー! 馬鹿師匠ーっ!」

「あーっ! ひどいこと言ったーっ! 取り消せ―! リリーはいつまで経っても、ボクの愛弟子だぁーっ! 愛弟子だ愛弟子だ愛弟子だーっ!」

 サラとリリーの、低次元な言い合いが突然と始まる。

 誰がどう見ても完全に似た者同士だったが、二人は共にそう思ってはいないらしい。

 ブレナはあきれたように一息吐くと、ナミに向かって、

「約束だ。ジャックを返してもらうぞ」

「ああ、分かっている。――サラ、今からと共にガルメシア城へ戻ってジャックをこの村に連れてこい。ついでにこの村の住人もガルメシア城へ。。急げよ」

「はーい! りょーかーい! おじいちゃんたち、こっち来てー!」

 言われたサラが、元気に応じる。

 話を通してあったのか、三老人は訝ることなくサラの呼びつけに従った。

 ゆっくりと、本当にスローリーな足取りで、三人がサラのもとへと歩み寄る。

 やがて彼らはサラと合流すると、次々と宿の外へと歩いて消えた。

 しんがりを務めたサラも、そうして彼らに続くように宿の外へと足を向ける。

 彼女はそのまま、ブレナの横を通り過ぎ――だが、後方にいたルナとすれ違った瞬間、それは起こった。

 ぱちんっ!

 唐突に、平手で頬を叩く乾いた音が室内に鳴り響く。

 ブレナは慌てて振り返った。

 と。

「痛て!? なんだよ! なんでいきなりぶつんだよ!」

 右手で、自らの頬を押さえたサラが、怒った顔でルナを睨みつけていた。

 が、怒っているのは、どうやらルナも同じらしかった。

 彼女は赤い両目に、静かなる青い炎を宿らせると、

「あなたのことは絶対に許しません。ブレナさんとレプの心をもてあそんだ、人でなしのあなたは必ずこのわたしが倒します」

「…………っ」

 ブレナは、腰もとの『グロリアス』に手をかけた。

 リアとセーナの目つきも、その瞬間に鋭く変わる。

 アリスだけは状況が飲み込めずあたふたしているようだったが――いずれ、だがその後の展開はブレナたちが危惧するような一触即発へは移行しなかった。

 ルナに頬を叩かれたサラは、ほんの一瞬だけ、ムッとしたような表情を見せたが――けれども彼女は、すぐにそれをかき消し、何食わぬ顔で宿の外へと出て行った。

 …………。

 …………。

 …………。

 室内の空気が、やがて平静に戻る。

 ブレナは、改めて言った。

「ジャックの話だが、あいつは今、ガルメシア城にいるのか?」

「ああ、そうだ。心配せずとも、無傷だよ。可愛げのない男だが、捕虜に傷をつけるような真似はしない」

 こちらの関係性を知ってか、知らずか、リアのほうを見ながらナミが言う。

 リアは表情を変えなかったが、ナミのその言葉が彼女の心情にマイナスの影響を与えなかったことは間違いないだろう。

 ブレナは、さらに言った。

「サラがジャックを連れてくるという話はとりあえず信じるが、ガルメシア城から連れてくるとなると相当な日数が掛かるよな? そのあいだ、まさかずっと雁首揃えてこの場所で待ってるのか? こののどかな村に長期間、暇を潰せるような――」

「その心配はいらない。順調に事が運べば、十分と掛からずサラは戻ってくるよ。無論、ジャックを連れてな」

「……どういう意味だ?」

 と、だがそう発した瞬間、ブレナの脳裏に『あの男』の姿が突と浮かび上がった。

 フード付き黒マントを頭からかぶった、例の男。

 音もなく、声もなく、こちらの目の前から忽然と姿を消して見せたミステリアスなあの男。

「どういう意味かはすぐに分かるよ。、おのずと理解できる。文字通り、

「…………」

 ブレナは、黙った。

 ナミが発した言葉の意味と、ルドン森林で自身が味わった不可解な現象。

 そのふたつが、彼の脳内でピタリと重なり合う。

「…………」

 沈黙。

 理解の沈黙が、長いときを潰す。

 ブレナの意識が現実世界に戻ったのは、それから五分が過ぎたあとだった。

「ブレナー! 大変だー! 大変だよー!!」

 声。

 彼の意識を現実世界に引き戻したのは、不意に鳴った『声』。

 宿の外から響いてきたその声は、まごうことなき『彼』の声だった。

 ブレナは、怒りの息を落とした。

 いくらなんでも、これは看過できない。

 悪意ある、しつこさだ。

(……ふざけた女だ。この期に及んで、まだこんな『悪ふざけ』をしやがるのか?)

 椅子を鳴らして立ち上がると、ブレナはまっすぐに宿の外へと走った。

 、宿の外へと。

 憤怒の感情が、許容可能なメーターを光の速度で突き破る。


      ◇ ◆ ◇


 同日、午前8時17分――ラドン村、宿屋前の広場。

 

 想像通り、チロがいた。

 チロに化けているだろう、サラがいた。 

 ブレナは、烈火のごとく叫んだ。

「見た目に寄らず、ねちっこい奴だな! ジャックを連れてきたなら、テメエの役目はもう終わりだ! 今、この場で――」

「えっ、なに? なんで怒ってんの? 久しぶりに会ったのに、その反応はおかしくない??」

「ああ、久しぶりだな。七分三十一秒ぶりだ。いや、チロの姿で会うのは八分ぶりくらいか?」

「ん、チロの姿って…………どゆこと??」

 しらじらしい。

 わざとらしく(まるで本当に理解不能だと言わんばかりに)キョトンとした様子を見せるチロ。

 ブレナは『彼』――いや、『彼女』のもとへと近寄ると、

「さっさと『変身』を解け。チロの姿のまま、斬り捨てるのは忍びない」

「き、斬り捨てるって!? ちょっとブレナ、落ち着いてよ! オイラのこと、分かんなくなっちゃったの!? てゆーか、変身? なんか勘違いしてるよ、絶対!」

「勘違いなんざ――」

「待て、ブレナ! それは『サラ』ではない! おそらく、『チロ』だ!」

 割って入ったその声は――。

 後方数メートル、ブレナは弾かれたように振り返った。

 立っていたのは、ナミだった。

 否、ナミだけじゃない。

 ルナも、アリスも、リアも、セーナも、リリーも。

 つまりは宿の中にいた全員が、揃って外に飛び出してきたということになる。

 ブレナはだが、視線をナミただ一人に釘づけ、

? んな馬鹿な、何を根拠に――」

「根拠はない。だが、サラならジャックを連れてきているはずだ。わたしの命令を無視して、一人で戻ってくるような奴ではない」

 言われて。

 ブレナは改めて、チロの周囲を仔細にチェックした。

 いない。

 確かに誰もいない。

 ジャックどころか、そこには人っ子一人存在しなかった。

 チロ単体である。

 そのチロが、驚いたように訊く。

「サラって、あの人真似師のサラ? 十二眷属の? あいつ、今度はオイラに化けてたの!?」

「……本当にサラではないんだな? もし悪ふざけなら、今すぐやめろ。わたしをもだますのは、裏切り行為とみなすぞ」

 受けたナミが、逆に確認するように問いただす。

 チロは顔を真っ赤にして激高した。

「ナミまでなんだよー! レプを呼んできてよー! レプならきっと、オイラが本物のオイラだってすぐに分かるはずだー!」

「…………」

 …………。

 …………。

 もしかして。

 もしかして、

 本当に、本物のチロなのか?

 フェリシアの町で倒したあの十二眷属の男の中に、チロの魂が封印されていたというのか?

 そんな『偶然』がありうるのか?

 だが――。

 だが、もしそうだとしたら――。

「……チロ? 本当に、おまえ……本物の『チロ』なのか?」

「うん、オイラ一年ぶりに華麗に復活! ブレナも、ナミも、久しぶり! レプはどこ? レプにも早く会いたいなー!」

 チロが、びっくりするくらいに軽く言う。

 ブレナは、ワナワナと両手を震わせた。

 そのまま、おぼつかない足取りでチロの目の前に(文字通り目の前に)まで近寄る。

 そして――。

 そして彼は思いっきり、の頭を引っぱたいた。

「あたッ!? な、なんでいきなりぶつんだよー!」

「なんで? なんでだと? こんのぉぉぉ馬鹿巻きグソ! 復活したなら、なんでさっさと飛んでこないんだ!? おまえが休まず一週間くらいで飛んできてりゃ、サラが化けた偽物なんかにおちょくられずに済んだんだよ!」

「なんだとー! オイラ、これでも一生懸命飛んできたんだぞー! 一か月もかからずここまで来たのに、なんて言い草だー! この乱暴者! 乱暴ブレナ! 馬鹿トーマ!!」

「んだとー!!」

「んだよ-!!」

 チロとのあいだ、わずか数センチのあいだに火花が散る。

 今にも醜い取っ組み合いを始めそうになって、だがすんでのところでブレナは我に返った。

 ハッとして、チロに訊く。

「そう言えば、おまえ……?」

「えっ、なんでって…………あーっ、そうだ! そうだった! 忘れてた!! こんなことしてる場合じゃないんだった!!」

 と。

 本当に忘れていた何かをハッと思い出したように、チロが唐突に両手を頭上に振り上げる。

 そうして。

 そうして彼は。

 そうして彼はそのまま、思いがけない言葉を口にした。

 それは本当に、思ってもいなかったような出し抜けの『報告』だった。

「ナギが、ナギがこの大陸に来てるんだ! ギルバートとか連れて、ガルメシア城を攻める気満々ですぐそこまでやって来てるんだよ!!」

 事態が、にわかに動き始める。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました

白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。 そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。 王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。 しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。 突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。 スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。 王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。 そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。 Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。 スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが―― なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。 スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。 スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。 この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります

【死に役転生】悪役貴族の冤罪処刑エンドは嫌なので、ストーリーが始まる前に鍛えまくったら、やりすぎたようです。

いな@
ファンタジー
【第一章完結】映画の撮影中に死んだのか、開始五分で処刑されるキャラに転生してしまったけど死にたくなんてないし、原作主人公のメインヒロインになる幼馴染みも可愛いから渡したくないと冤罪を着せられる前に死亡フラグをへし折ることにします。 そこで転生特典スキルの『超越者』のお陰で色んなトラブルと悪名の原因となっていた問題を解決していくことになります。 【第二章】 原作の開始である学園への入学式当日、原作主人公との出会いから始まります。 原作とは違う流れに戸惑いながらも、大切な仲間たち(増えます)と共に沢山の困難に立ち向かい、解決していきます。

S級冒険者の子どもが進む道

干支猫
ファンタジー
【12/26完結】 とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。 父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。 そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。 その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。 魔王とはいったい? ※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。

【第2章完結】王位を捨てた元王子、冒険者として新たな人生を歩む

凪木桜
ファンタジー
かつて王国の次期国王候補と期待されながらも、自ら王位を捨てた元王子レオン。彼は自由を求め、名もなき冒険者として歩み始める。しかし、貴族社会で培った知識と騎士団で鍛えた剣技は、新たな世界で否応なく彼を際立たせる。ギルドでの成長、仲間との出会い、そして迫り来る王国の影——。過去と向き合いながらも、自らの道を切り開くレオンの冒険譚が今、幕を開ける!

処理中です...