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第7章
第96話 誰がサラか(この話以降、第7章においての重大なネタバレが生じます。途中から読むタイプの方はご注意ください)
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神歴1012年、6月10日――ミレーニア大陸中部、ラドン村。
午前7時57分――ラドン村、宿屋1階の食堂。
ブレナは、軽く周囲を見まわした。
八人掛けのテーブルには、自分とナミを含む七人の人間が座っている。
すなわち、ブレナ、ナミ、リリー(ナミの側仕えの、オッドアイの少女はリリーという名らしい)、ルナ、アリス、リア、セーナの七人である(レプとトッドはいまだ夢の中だった)。
「……おじいさんたちの姿も、ありますね」
と、ルナのその囁きに促されるように、視線を食堂の隅へと滑らせる。
彼女の言うように、確かにそこにはくだんの三老人の姿もあった(今、思い出したが、宿屋の主の名前がタンである。つまりはもう片方がロンだ)。四人掛けの丸テーブルを囲うように、それぞれ席についている。
自分の頭の上をパタパタと飛んでいるチロも含めれば、今現在、この村に滞在するほとんど全ての人間がこれで一堂に会したことになる。
つまりはもう、万端整った状態だった。
「前説は必要か? あまり得意じゃないが、おまえがやってほしいと言うのなら盛り上げる努力はしてみるが」
真面目に言っているのか、冗談で言っているのか、区別がつかないような口ぶりでナミが言う。
ブレナは短く、首を左右に振った。
「いや、必要ない。さっさと済ませて、新たな気持ちで朝飯を食いたいからな」
「……ちょっと、ブレナ? ホントにもう、誰がサラか分かったの? 三人とも違いあんま感じられないし、アタシには誰がサラだかサッパリなんだけど……」
「あたしもー。宿屋のおじいちゃんが怪しい気もするけど、それだと単純すぎるし」
「うんうん、オイラもサッパリ。まだ日にちに余裕あるし、焦って結論出さなくてもいいんじゃない?」
「いや、出す。自信はあるから心配するな。おまえたちも、納得済みだよな?」
「……はい。ブレナさんに任せます。ブレナさんがそういう目をするときは信用できるって分かってますから」
「うんうん、あたしもブレナさんのその目を信じる! 本気の目だもん!」
「……いやあんたらと違って、アタシはブレナの『本気の目』とか全然信用できないんだけど? いつもとどこが違うのか、そんなよく分かんないし」
「よく分かんないなら、分かる奴らのこと信用しようよ。あたしやセーナ姉より、ルナやアリスやチロのほうがブレナをよく分かってる」
「……いや、オイラ誰よりよく分かってるけど、ブレナの本気の目はそんな信用してない……」
どうやらあまり納得していない者もいるようだが。
が、ブレナの出した結論は揺るがない。
彼はまっすぐにナミを見つめると、
「じゃあ、言うぞ?」
「待て。その前に、隅のテーブルにいる三人を呼んでこよう。そのほうが――」
「いや、呼ぶは必要ない。彼らは関係ないからな」
「……どういう意味だ?」
どういう意味?
怪訝に眉をひそめるナミに、ブレナはハッキリと告げた。
取るに足りないことを言うのかのような口調で。
「どういう意味? ああ、そいつはいたってシンプルだ。彼ら三人の中にサラはいない。よって彼らが席を移動する必要はない。単純な話だろ?」
◇ ◆ ◇
同日、午前8時3分――ラドン村、宿屋1階の食堂。
「え、え、え、それってどういう意味!? あの三人の中にいないって――ちょっと言ってる意味分かんないんだけど!」
「セーナさんの言うとおりだよ! あたしも意味分かんないー!」
「オイラもだー! あの三人の中にいないなら、じゃあどこの中にいるのさー!」
と、周囲の面々から続々と驚きの声が上がる。
が、無論、想定内の反応である。
むしろ思ったよりも少ないな、とブレナは感じた。
彼は、反応が薄かった二人へと視線を向けた。
ルナとリア。
彼女たちは黙ったまま、視線を若干と下方向に向けていた。
どうやら、二人も同様の結論に至っていたらしい。
最終的な結論まで一緒かどうかは別にして。
「……よく分からないな。この村の住民は、あの三人だけだと伝えたはずだが?」
「ああ、知ってるよ。それを受けての、今の言葉だ。何か矛盾があるか?」
ひそめた眉のまま、そう訊いてくるナミにたんたんと応じる。
受けたナミは何か言いたげに口をひらいたが、先に言葉を発したのは彼女の口ではなかった。
「あー、そういうことか。理解した。その可能性もあるのか。盲点だった」
「え、なになに? セーナさん、どーゆう意味? 何か分かったの??」
セーナとアリス。
二人の会話が、視界の外で続く。
「住民、じゃないけど、この村にはほかにあと二人いるじゃない? 思い込みで除外しちゃってたけど。目の前に、候補となるのが二人も」
「あーっ、そっか! ナミ様とリリーちゃん! 二人のうちのどっちか、に化けてる可能性もあるんだ!」
ナミとリリー。
アリスの言うように、この二人も『条件を満たす』候補であるのは間違いない。
だが――。
「……あ、そっか。そっちの可能性もあったんだ」
と、ルナがぼそりとつぶやく。
その可能性は考えていなかった、という顔だ。どういう心境なのかは分からないが、どことなくホッとしているような表情にも見えた。
「なるほど。そういうことか。確かにわたしたちも候補者の一人だったな」
「ボクッちは違うよー! ナミ様も違うー! 変な言いがかりはよせー!」
「そりゃ違うって言うでしょ? そうでも、そうじゃなくても」
セーナの言を借りるまでもなく、当たり前のことである。
が、違う。
ブレナは、ゆっくりと首を左右に振った。
「いや違う。ナミでもないし、そっちのガキでもない。サラが化けてるのは、それ以外の人物だ」
「……は? それ以外って……どういう意味?」
セーナが、混乱したような顔で訊く。
ブレナは間髪いれずに答えた。
「俺たち側の誰か、という意味だ。サラは、俺たちの中の誰かに化けている」
「……はぁ? あんた何言ってんの? そんな馬鹿なこと……」
言いかけ、セーナが同意を求めるような視線でリアを見やる。
と、ほぼ同時に、アリスも同種の眼差しでルナを見やった。
が、二人はそれに応じない。
ルナとリアの二人は、どうやら自分と同じ見解らしかった。
ブレナは、言った。
「もったいぶるのは好きじゃない。そろそろ答えを示すぜ。ナミ、応じる準備はできてるか?」
「……ああ、いつでもかまわない。それにしても、自分たちの中に紛《まぎ》れていると考えるとはな。驚いたよ。柔軟な発想だ。正解かどうかは別にして」
ナミが、シニカルな笑みを浮かべて答える。
ブレナは、深く長い息を吐いた。
そのまま、その場にいる全員を順繰りに見まわす。
溜めたのは、だがその短い時間だけだった。
もったいぶるのは好きじゃない。
ブレナは、速やかに『答え』を示した。
斜め上。
彼は何も言わずに、ただその方向を指さした。
その方向――。
チロがパタパタと飛んでいるその位置を。
名状しがたい沈黙が、見る間に周囲を席巻する。
◇ ◆ ◇
同日、午前8時8分――ラドン村、宿屋1階の食堂。
「そんな!? それはおかしいです! ありえません!!」
最初に反応したのは、思いがけず『ルナ』だった。
ブレナは彼女のほうを見やると、
「なぜ? なんでありえないんだ?」
「だって、チロさんはあのとき、わたしたちと一緒にあの洞窟の中にいたじゃないですか!? あの場所にいて、黒髪黒目の男に化けたサラと会ってる! 身体がふたつないかぎり――」
「あの男がサラだったら、な」
「…………え?」
ルナが、その瞬間にポカンと固まる。
ブレナは続けざまに言った。
「あいつがサラだった、という確証は何もないだろ? 自分で自分のことをサラだと言っただけだ。奴がサラの共犯者で、サラに言われたとおりの言葉をただ喋っただけの『役者』だとしたら、あの場にいた俺たち四人も『候補者』となり得る」
「…………」
ルナが、黙る。
否、ルナだけじゃない。
当のチロも含め、誰一人、言葉を発することはなかった。
ブレナは一人、言葉を紡いだ。
「ペンダントを失くした俺には、実際にチロが復活していたかどうかを確認する術がなかった。おそらくはその状況に付け込まれた。フェリシアの町でチロと合流したとき、ほんの一瞬だけ違和感を感じたんだ。あのときは興奮とうれしさで、その感覚をすぐに右から左に流しちまったが、今になってその正体がわかった。こういう状況になってあらゆる可能性を考えていくうちに、それに行き着いたんだ。きっかけは昨日の夜、アリスとチロがしていた会話だ」
――ねえねえ、チロくんってさ、ギルティスから何日くらいでこの大陸まで飛んできたのー?
「あのとき、チロは一週間くらいでギルティスからミレーニアまで渡ってきたとアリスに答えた。実際、チロの飛行能力なら七日程度で大陸間を渡ることは不可能じゃないだろうが――でも、チロにそんな根性はない。ないんだ。休み休みで、実際はその倍以上かかる。それにチロは単純なんだ。絶品アップルパイで機嫌を直さないはずがない。そうだと思って考えると、ほかにもおかしな瞬間は少なからずあった。そうだと思って、考えるとな」
そうだと思って考えなければ、でも気づかないくらいの小さな違和感だ。
いや、それは言い訳か。
一年や二年の付き合いではない。今までそれに気づかなかった時点で、相棒失格だと言わざるを得ない。
が。
それは昨晩、ベッドの中で飽きるほど反芻した。
今はもう、前を向いている。
前を向き、そうしてナミの言葉を待っている。
確信に満ちた面持ちで。
やがて、彼女は言った。
想定した通りの言葉を、感心したような口ぶりで。
「……正解だ。まさか当てられるとは、後ろの『サラ』も思ってなかっただろうな」
後ろ。
振り向くと、そこにはもうチロの姿はなかった。
代わりに――。
「……にゃはは、当てられちゃった。愛弟子のリリーに、カッコいいとこ見せたかったんだけどなー」
笑うサラが、その正体を白日のもとに晒していた。
午前7時57分――ラドン村、宿屋1階の食堂。
ブレナは、軽く周囲を見まわした。
八人掛けのテーブルには、自分とナミを含む七人の人間が座っている。
すなわち、ブレナ、ナミ、リリー(ナミの側仕えの、オッドアイの少女はリリーという名らしい)、ルナ、アリス、リア、セーナの七人である(レプとトッドはいまだ夢の中だった)。
「……おじいさんたちの姿も、ありますね」
と、ルナのその囁きに促されるように、視線を食堂の隅へと滑らせる。
彼女の言うように、確かにそこにはくだんの三老人の姿もあった(今、思い出したが、宿屋の主の名前がタンである。つまりはもう片方がロンだ)。四人掛けの丸テーブルを囲うように、それぞれ席についている。
自分の頭の上をパタパタと飛んでいるチロも含めれば、今現在、この村に滞在するほとんど全ての人間がこれで一堂に会したことになる。
つまりはもう、万端整った状態だった。
「前説は必要か? あまり得意じゃないが、おまえがやってほしいと言うのなら盛り上げる努力はしてみるが」
真面目に言っているのか、冗談で言っているのか、区別がつかないような口ぶりでナミが言う。
ブレナは短く、首を左右に振った。
「いや、必要ない。さっさと済ませて、新たな気持ちで朝飯を食いたいからな」
「……ちょっと、ブレナ? ホントにもう、誰がサラか分かったの? 三人とも違いあんま感じられないし、アタシには誰がサラだかサッパリなんだけど……」
「あたしもー。宿屋のおじいちゃんが怪しい気もするけど、それだと単純すぎるし」
「うんうん、オイラもサッパリ。まだ日にちに余裕あるし、焦って結論出さなくてもいいんじゃない?」
「いや、出す。自信はあるから心配するな。おまえたちも、納得済みだよな?」
「……はい。ブレナさんに任せます。ブレナさんがそういう目をするときは信用できるって分かってますから」
「うんうん、あたしもブレナさんのその目を信じる! 本気の目だもん!」
「……いやあんたらと違って、アタシはブレナの『本気の目』とか全然信用できないんだけど? いつもとどこが違うのか、そんなよく分かんないし」
「よく分かんないなら、分かる奴らのこと信用しようよ。あたしやセーナ姉より、ルナやアリスやチロのほうがブレナをよく分かってる」
「……いや、オイラ誰よりよく分かってるけど、ブレナの本気の目はそんな信用してない……」
どうやらあまり納得していない者もいるようだが。
が、ブレナの出した結論は揺るがない。
彼はまっすぐにナミを見つめると、
「じゃあ、言うぞ?」
「待て。その前に、隅のテーブルにいる三人を呼んでこよう。そのほうが――」
「いや、呼ぶは必要ない。彼らは関係ないからな」
「……どういう意味だ?」
どういう意味?
怪訝に眉をひそめるナミに、ブレナはハッキリと告げた。
取るに足りないことを言うのかのような口調で。
「どういう意味? ああ、そいつはいたってシンプルだ。彼ら三人の中にサラはいない。よって彼らが席を移動する必要はない。単純な話だろ?」
◇ ◆ ◇
同日、午前8時3分――ラドン村、宿屋1階の食堂。
「え、え、え、それってどういう意味!? あの三人の中にいないって――ちょっと言ってる意味分かんないんだけど!」
「セーナさんの言うとおりだよ! あたしも意味分かんないー!」
「オイラもだー! あの三人の中にいないなら、じゃあどこの中にいるのさー!」
と、周囲の面々から続々と驚きの声が上がる。
が、無論、想定内の反応である。
むしろ思ったよりも少ないな、とブレナは感じた。
彼は、反応が薄かった二人へと視線を向けた。
ルナとリア。
彼女たちは黙ったまま、視線を若干と下方向に向けていた。
どうやら、二人も同様の結論に至っていたらしい。
最終的な結論まで一緒かどうかは別にして。
「……よく分からないな。この村の住民は、あの三人だけだと伝えたはずだが?」
「ああ、知ってるよ。それを受けての、今の言葉だ。何か矛盾があるか?」
ひそめた眉のまま、そう訊いてくるナミにたんたんと応じる。
受けたナミは何か言いたげに口をひらいたが、先に言葉を発したのは彼女の口ではなかった。
「あー、そういうことか。理解した。その可能性もあるのか。盲点だった」
「え、なになに? セーナさん、どーゆう意味? 何か分かったの??」
セーナとアリス。
二人の会話が、視界の外で続く。
「住民、じゃないけど、この村にはほかにあと二人いるじゃない? 思い込みで除外しちゃってたけど。目の前に、候補となるのが二人も」
「あーっ、そっか! ナミ様とリリーちゃん! 二人のうちのどっちか、に化けてる可能性もあるんだ!」
ナミとリリー。
アリスの言うように、この二人も『条件を満たす』候補であるのは間違いない。
だが――。
「……あ、そっか。そっちの可能性もあったんだ」
と、ルナがぼそりとつぶやく。
その可能性は考えていなかった、という顔だ。どういう心境なのかは分からないが、どことなくホッとしているような表情にも見えた。
「なるほど。そういうことか。確かにわたしたちも候補者の一人だったな」
「ボクッちは違うよー! ナミ様も違うー! 変な言いがかりはよせー!」
「そりゃ違うって言うでしょ? そうでも、そうじゃなくても」
セーナの言を借りるまでもなく、当たり前のことである。
が、違う。
ブレナは、ゆっくりと首を左右に振った。
「いや違う。ナミでもないし、そっちのガキでもない。サラが化けてるのは、それ以外の人物だ」
「……は? それ以外って……どういう意味?」
セーナが、混乱したような顔で訊く。
ブレナは間髪いれずに答えた。
「俺たち側の誰か、という意味だ。サラは、俺たちの中の誰かに化けている」
「……はぁ? あんた何言ってんの? そんな馬鹿なこと……」
言いかけ、セーナが同意を求めるような視線でリアを見やる。
と、ほぼ同時に、アリスも同種の眼差しでルナを見やった。
が、二人はそれに応じない。
ルナとリアの二人は、どうやら自分と同じ見解らしかった。
ブレナは、言った。
「もったいぶるのは好きじゃない。そろそろ答えを示すぜ。ナミ、応じる準備はできてるか?」
「……ああ、いつでもかまわない。それにしても、自分たちの中に紛《まぎ》れていると考えるとはな。驚いたよ。柔軟な発想だ。正解かどうかは別にして」
ナミが、シニカルな笑みを浮かべて答える。
ブレナは、深く長い息を吐いた。
そのまま、その場にいる全員を順繰りに見まわす。
溜めたのは、だがその短い時間だけだった。
もったいぶるのは好きじゃない。
ブレナは、速やかに『答え』を示した。
斜め上。
彼は何も言わずに、ただその方向を指さした。
その方向――。
チロがパタパタと飛んでいるその位置を。
名状しがたい沈黙が、見る間に周囲を席巻する。
◇ ◆ ◇
同日、午前8時8分――ラドン村、宿屋1階の食堂。
「そんな!? それはおかしいです! ありえません!!」
最初に反応したのは、思いがけず『ルナ』だった。
ブレナは彼女のほうを見やると、
「なぜ? なんでありえないんだ?」
「だって、チロさんはあのとき、わたしたちと一緒にあの洞窟の中にいたじゃないですか!? あの場所にいて、黒髪黒目の男に化けたサラと会ってる! 身体がふたつないかぎり――」
「あの男がサラだったら、な」
「…………え?」
ルナが、その瞬間にポカンと固まる。
ブレナは続けざまに言った。
「あいつがサラだった、という確証は何もないだろ? 自分で自分のことをサラだと言っただけだ。奴がサラの共犯者で、サラに言われたとおりの言葉をただ喋っただけの『役者』だとしたら、あの場にいた俺たち四人も『候補者』となり得る」
「…………」
ルナが、黙る。
否、ルナだけじゃない。
当のチロも含め、誰一人、言葉を発することはなかった。
ブレナは一人、言葉を紡いだ。
「ペンダントを失くした俺には、実際にチロが復活していたかどうかを確認する術がなかった。おそらくはその状況に付け込まれた。フェリシアの町でチロと合流したとき、ほんの一瞬だけ違和感を感じたんだ。あのときは興奮とうれしさで、その感覚をすぐに右から左に流しちまったが、今になってその正体がわかった。こういう状況になってあらゆる可能性を考えていくうちに、それに行き着いたんだ。きっかけは昨日の夜、アリスとチロがしていた会話だ」
――ねえねえ、チロくんってさ、ギルティスから何日くらいでこの大陸まで飛んできたのー?
「あのとき、チロは一週間くらいでギルティスからミレーニアまで渡ってきたとアリスに答えた。実際、チロの飛行能力なら七日程度で大陸間を渡ることは不可能じゃないだろうが――でも、チロにそんな根性はない。ないんだ。休み休みで、実際はその倍以上かかる。それにチロは単純なんだ。絶品アップルパイで機嫌を直さないはずがない。そうだと思って考えると、ほかにもおかしな瞬間は少なからずあった。そうだと思って、考えるとな」
そうだと思って考えなければ、でも気づかないくらいの小さな違和感だ。
いや、それは言い訳か。
一年や二年の付き合いではない。今までそれに気づかなかった時点で、相棒失格だと言わざるを得ない。
が。
それは昨晩、ベッドの中で飽きるほど反芻した。
今はもう、前を向いている。
前を向き、そうしてナミの言葉を待っている。
確信に満ちた面持ちで。
やがて、彼女は言った。
想定した通りの言葉を、感心したような口ぶりで。
「……正解だ。まさか当てられるとは、後ろの『サラ』も思ってなかっただろうな」
後ろ。
振り向くと、そこにはもうチロの姿はなかった。
代わりに――。
「……にゃはは、当てられちゃった。愛弟子のリリーに、カッコいいとこ見せたかったんだけどなー」
笑うサラが、その正体を白日のもとに晒していた。
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