転生したら誰もいないどころか何もなかったのでゼロから世界を造ってみた

kisaragi

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最終章

第99話 最終決戦、開幕

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 神歴1012年、6月10日――ミレーニア大陸中部、ラドン村。

 午前8時37分――ラドン村、宿屋前の広場。

 ブレナはただ、黙ったまま、視線の先の『二人』を見つめていた。

 ナギとナミ。

 そこはもう、二人だけの空間だった。

 ルナも、リアも、セーナも、ジャックも、ギルバードも、ディルスも、サラやリリー、その他の十二眷属も全て、おのずから四方八方へと散っていった。

 今現在、いくつの『戦場』がこのラドンに生まれているのか?

 誰と誰が戦い、誰が勝者となって戻り、誰が敗者となって戻らないのか?

 それらを想像するのは、およそ愉快であるとは言えなかった。

 ブレナは小さく息を吐くと、意識をナギとナミの二人に集中させた。

 と。

「この状況、父上の立ち位置は『中立である』と理解してもよろしいですか?」

 不意に、ナギが言う。

 視線はナミに留めたまま、声だけをこちらに投げたというていだった。

「ああ、中立だよ。俺はこの戦いには参戦しない。ジャックの身柄と引き換えに、ナミとそう約束した。一度交わした約束は守る。おまえも、俺の性格は分かってるだろう?」

「ええ、もちろん。疑いなどしません。それにしても、ジャックの身柄をその手に押さえておきながら、とは。もっと利のある使い方があったのではないか? 父上に使わずに私に使えば、より有効利用できたカードだと思うが?」

 あきれた口調でそう訊くナギに――ナミはだが、逆に嘲るように答えた。

「これ以上の有効活用などないと思うがな。ブレナがそちら側につく、という不確定要素をつぶせただけでじゅうぶんすぎる成果だ。良いカードとなった。貴様相手に、策など必要ないよ」

「フッ、毎度毎度、最初だけは威勢がいい。では『マニュアル』通り、今回もその威勢をへし折るとしよう」

 受けたナギの目つきが、鋭く変わる。

 彼はその眼差しでナミを睨みつけたまま、

「父上、とお考え下さい。今回は何があっても、仲裁は受け入れない」

「する気はないよ。できるとも思ってない。この前のときとは状況が違うからな。俺はただ見守るだけだ。おまえたちが、

 ヴェサーニアで生まれた生き物同士が争うのは、自然の摂理だ。

 この世界を造った神として、世界がそういった方向に向かうのであれば、それはそれとして受け入れねばならない。

 一度止めても、二度目が始まったのならば、それがヴェサーニアの進むべき正しいルートなのだ。

 個人的な感情が入る余地はすでにない。

 だが――。

 ブレナは、空を見上げた。

 不穏の風が、渦巻くようにラドンの大気を揺らしていた。


      ◇ ◆ ◇


 同日、午前8時39分――ラドン村、宿屋2階の客室。

「……ん、チロ?」

 ぼんやりと。

 いまだ眠たそうな様子で、ベッドの中のレプが薄目を開ける。

 チロは抑えていた感情を爆発させるように、彼女の胸へと飛びついた。

「うわぁーーーっ、レプーーーーー!! 久しぶりーーーーー!! 会いたかったよぉーーーーー!!」

「…………??」

 レプが不思議そうに大きな両目をパチクリさせる。

「チロ、レプは全然久しくない。昨日も、一昨日も、ずっと一緒にいた。レプの頭は寝起きでも鋭い」

「……あーうん、そうだったね」

 そうだった。

 レプからすればそうだった。

(……てゆーか、レプもサラが化けたオイラを本物のオイラだと思ってたんだ……。オイラっていったい……)

 チロは若干、悲しくなった。

 二秒で元に戻ったが。

「……おお、みんなもう起きてる! トッド以外、みんな起きてる! レプも急いでご飯に行く! レプは起きて二分でご飯が食べられると、巷では有名……」

「……うわ、相変わらずだね。さすがはレプ……」

 起きてから三分経たないと食べる気がおきない自分とは大違いである。

 とまれ。

 チロは、言うべき大事をレプに告げた。

「レプ、今はかくかくしかじかで、この部屋から出たらダメなんだ。オイラと一緒に、しばらくのあいだこの部屋で遊んでよ」

 かくかくしかじか。

 実際、かくかくしかじかとしか言ってないのだが、レプは秒で納得した。

「ラジャー! レプはしばらくのあいだ、チロと一緒にこの部屋で遊ぶ! トッドが起きたら、三人で遊ぶ!」

(……良かったぁ。さすがはレプだね。細かいことは気にもしない。オイラと相性ばっちり。めんどくさい説明しないですんで……って、このコがトッドか)

 胸中でホッと胸をなでおろし――だが、中途で『その他』の存在に気づいて、チロは興味を『そちら側』へと移行させた。

 トッド。

 レプの隣のベッドでスヤスヤと眠る、五歳くらいの男の子。

 特にどうということのない、普通極まる幼児だった。

(……このコ、なんでブレナたちと一緒に旅してるんだろ? 聞いてる暇とかなかったけど……。なんかのっぴきならない事情とかあるのかなー?)

 不自然といえば、不自然である。

 誰かの子供というわけでも(あの場にいた、ほかの仲間と思しき面子はどう見ても、みんな十代半ばくらいだった)なさそうだし、旅の道連れとしては……。

 と、チロがそう思った矢先、唐突に出入り口の扉がバンとひらいた。

 現れたのは、桃髪とうはつポニーテールのあどけない少女。

 彼女は部屋に入ってくるなり、開口一番、

「あーーーっ、もうムカつくーーー!! ムカつくから、お菓子いっぱい食べるーーー!! お菓子いっぱい食べて、レプといっぱい遊ぶーーー!!」

「おおーーー! アリスが戻ってきた!! レプは嬉しい!! レプも一緒にお菓子食べて、アリスと一緒に遊ぶ!! チロと三人で、兄者たちが戻ってくるまで遊び倒す!!」

「…………」

 ま、いっか。

 チロの興味は一瞬で、トッドから離れた。

 、それは驚くほどあっさりとチロの脳内を離れていった。

 離れて、いったのである。

 物事を深く考えないのが、チロの長所であり、最大最悪の短所であった。


      ◇ ◆ ◇


 同日、午前8時50分――ラドン村、北西部の森林地帯。

優雅な火花エレガント・スパーク!」

「―――――っ!?」

 目の前で散った激しい雷撃に、ルナはとっさに身体を急停車させた。

 直後、後方から注意喚起の言葉が響く。

「ルナちゃんっ、焦って前出すぎ!! もけっこう強いよ!!」

 そのコ。

 視線の先には、少女が一人。

 オッドアイの、リリー・シャウである。

 セーナに言われるまでもなく、軽視できる相手じゃないことはこの数分で否応なく理解させられた。

 だが。

(もっと危険な敵が、奥にいる……! このコに時間はかけられない!!)

 危険な敵。

 リリーの後方、十メートル。

 黒髪黒目の――『ノエル』とか言う名の、あの疾風迅雷の女十二眷属がそこに立っているのである。

「どひゃー、またかわされた! おっぱいでっかいお姉ちゃん、おっぱいでっかいくせに結構素早いね!」

「…………ッ!」

 リリーの挑発に(挑発のつもりはないのかもしれないが)、ルナは両目をバキリと見開いた。

 と、すぐさま背後――文字通り、背後にまで移動してきていたセーナが、強く言う。

「冷静! 冷静維持! ルナちゃん、戦いになるとすぐ熱くなるの悪い癖だよ!」

「……すみません。気をつけます。でも、今はもう平気です。冷静、返りました」

「オーケー、じゃあそのまま冷静維持ね。二対二なんだから、二体二の戦いするわよ。なに考えてんのか分かんないけど、ノエルに動く気配は今のところない。二人で連携して、今のうちに一気に『白黒』を叩く。いい? んだからね。あたしの動きを頭に入れて、ちゃんと行動しなさいよ」

「了解です」

 理解した。

 ルナは頷くと同時に、爆速の一歩を再度刻んだ。
 
 消滅。

 リリーとの距離が、見る間に消滅する。

 待ってましたとばかりに、リリーが再び、先の魔法を発動しようとしたところで、だがルナは左方向へと急激に動く向きを変えた。

「――――っ!?」

 リリーの両目が、驚きの色に染まる。

 刹那、彼女の身体は激しい勢いで近くの大木へと叩きつけられた。

「ぁぐっ!?」

 短いうめき声を上げ、リリーの身体がそのまま土の地面にくずおれる。

 セーナ・セスの、音速の蹴撃ひとけり

 見えない角度から飛んできたその一撃が、リリーの右脇腹をまともにとらえたのである。

 ルナは、瞳に「ここぞ」を浮かべた。

(……イケる! この一連で、このコの『足』を確実に止める!!)

 胸中で決意の言葉を叫んで。

 間髪いれずに、崩れたリリーに向かって『黒刀ゲルマ』を振り上げる。

 彼女はそのまま、電光石火でリリーの右太ももに黒き刃を振り下ろした。

 が。

 ぎぃん!

「――――ッ!」

 すんでのところで、刃が重なる。

 ルナの振り下ろした刃と、の振り上げた刃が音を鳴らして重なり合う。

 彼女は、

「ノエル!? ルナちゃん、いったん退いて! そいつは――」

「いえ、イケます! 平気です! このまま、コイツを倒します!」

 倒す。

 倒せる。

 倒せると、ルナは確信した。

 刃を交えたその一瞬で、彼女にはそれが分かった。

 なぜなら――。

(……コイツは、! あの女の動きはこんなにノロマじゃない!!)

 

 間違いない。

 目の前にいるこの女は、ノエルに化けた人真似師のサラだ。

 ――ブレナさんとレプの心をもてあそんだ、人でなしのあなたは必ずこのわたしが倒します。

 有言実行のチャンスが、思わぬタイミングで転がり込む。

 逃すわけにはいかない。

 この千載一遇の好機を、逃すわけにはいかない。

 ルナは、決意の刃を振り抜いた。

 ザクリ。

 押し込んだ黒刀が、緑の世界を紅く染める。
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