転生したら誰もいないどころか何もなかったのでゼロから世界を造ってみた

kisaragi

文字の大きさ
112 / 112
最終章

最終話 全ての悪を根絶やしに

しおりを挟む
 神歴1012年、6月13日――ミレーニア大陸中部、ラドン村。

 午前9時55分――ラドン村、宿屋前の広場。

「これだけ誘っても、首を縦に振らないとはな。さすがに少し傷つくぞ」

 両頬をほんのわずかに膨らませ、ナミが言う。

 と、すぐさま、オッドアイの少女が分かりやすくそれに続いた。

「ぐなあーっ、ナミ様を傷つけたーっ、謝れーっ! なんで一緒にガルメシアに来ないんだー! ナミ様、こんな一生懸命誘ってるのにー!」

「いや、ンこと言われてもなぁ……。もう目的は全部果たしたし、これ以上、旅を続ける理由は……」

「オイラは別に、ガルメシアに行ってもいいよー。ナミとは久しぶりに会ったし、もっと一緒にいたい気持ちある」

「レプも、もっとナミやリリーとお喋りしたい! 二人とお喋りするのは楽しい!」

「あたしもー! それにナミ様のお菓子美味しいし、もっといっぱい食べたいー!」

「そうか、おまえはなかなか見所があるな。良い味覚を持っている」

 アリスの言葉に、ナミが秒で反応する。

 ものすごく、もうどこからどう見ても完全無欠に嬉しそうである。

 どうやら手作り料理を褒められるのが、彼女にとって一番の喜びポイントらしい。

 ブレナは、やれやれとかぶりを振った。

 そのまま、問答無用に言い切る。

「ダメだ。おまえは親御さんのもとに返す。レプもチロも、わがままを言うな。ナギたちと同じ船でギルティスに戻る。これは決定事項だ」

「なあ、横暴だー! ブレナさんは横暴だー!」

「そうだそうだー! ブレナは横暴だー! オイラは断固として抗議するー!」

 がこんっ。

 ガツン!

 ブレナは、二人の頭に立て続けにゲンコを落とした。

 言う。

「帰るぞ。三度は言わない」

「……ぅぅ、分かったよー。わがまま言わずに帰るー」

「……ぅぅ、オイラもー。てゆーか、オイラに対するゲンコだけ明らかに会心の一撃だったんだけど? たまたま……?」

 たまたまだ。

 とまれ、納得した二人に代わり、今度はルナが前に出る。

「リリーちゃん、あのときは本当に助かりました。改めてお礼です」

「お礼なんていらないよー。師匠を殺さないでいてくれて、ボクッちのほうこそ感謝感激雨あられだよー」

 リリーがお礼を言った理由が、思わぬタイミングで判明した。心底、どうでもいいことではあったが。

 ブレナは、ナミの前へと再度歩み出た。

「じゃあな、ナミ。またいつか、チロと一緒に会いに行くよ」

「二年以内に来い。チロだけじゃなく、ここにいる全員を引き連れてな。そのときは、おまえたちに昨夜の話の続きをしてやろう」

「ホントに!? 楽しみー!」

「ブレナさんの秘密、第二弾ですね」

「……ちょっと待て。おまえ昨日、こいつらに何話したんだ?」

「何? 別にたいした話はしていない。ガールズトークの延長線上で、二人が聞きたそうにしていたことを話してやっただけだ」

「いやだからそれが何かを聞いてんだよ!」

「それは内緒だ」

「ないしょー」

「内緒ですね」

「…………ッ」

 女子特有の(この中で女子っぽい女子などアリスくらいなものだが)謎の結束感に、ブレナはグッと奥歯を噛みしめた。

 いつのまにこんなに親しくなったのか。

 お互い、昨日までは『敵同士』という位置づけだったはずだが――ブレナにはおよそ理解のできない距離の縮まり方だった。

(……まあ、二人の反応を見るかぎり、たいしたことは話してないだろう。口止めしとくべきだったのかもしれないが――正直、そんなことに思考を割いていられるほどの精神的なゆとりはなかったしな……)

 いずれ、全ては今さらだ。

 ブレナは気持ちを切り替えるように一息吐くと、ラドンの空気を目一杯自身の肺に流し込んだ。

 ミレーニアでの短い旅が、そうして和気あいあいと幕を閉じる。


      ◇ ◆ ◇


 神歴1012年、7月3日――ギルティス大陸、神都アスカラーム。

 午後1時37分――アスカラーム、東門。

「ルナ、お別れだね」

 そう言って、リアがルナの前へと右手を差し出す。

 が、ルナはなかなかリアのその手を握ろうとはしなかった。

 ブレナは横目で、彼女の顔をそろりと見やった。

 

 思いっきり、泣きじゃくっていた。

「あーもう! ルナ、そんな顔して泣かないでよー! あたしまで泣きたくなっちゃうじゃん!」

「レプは別に泣きたくならない。別れは笑顔で飾るもの。顔で笑って心で泣く女と巷では有名……」

「……いやなにその渋い女。五十になってもそんな女にはなれんわ……」

 ツッコむセーナの目にも、少しだけ光るものが滲む。

 ついにはアリスまでが泣き出したが――ルナのそれは、そんな次元ではなかった。

「……リア、さん……ひぐっ」

 何かを言おうと口をひらくも、言葉にならずにまた号泣。

 そんなことを三度繰り返して、ようやくとルナはリアの手をギュッと握った。

 でも、それでもまだ言葉は紡げない。

 先に発したのは、リアのほうだった。

「……ほら、いつまでも泣かない。チビたちに笑われるよ」

「……すび、ばせん」

 レプやトッドに笑われまいと、そこでルナが無理やりに涙を止める。

 と、グッと顔を上げた彼女に、リアは穏やかな笑みを浮かべて言った。

「また、いつでも遊びに来なよ。あんたが来ないなら、あたしが暇を見つけて帝都に行く。それまでの、短いお別れ」

「……はい、それまでの短いお別れです」

 短いお別れ。

 そう言って抱き合う二人の姿に、ブレナはなんだか気恥ずかしくなって思わず隣のチロの頭を軽く小突いた。

 乾いた、良い音がした。

「……え、なんで今、オイラのこと小突いたの……?」

「……いやなんとなく」

 ブレナは、苦笑いで虚空を見やった。

 大昔に過ぎ去った青春の匂いに、まともな大人は耐えられない。

 
      ◇ ◆ ◇


 神歴1012年、7月31日――ギルティス大陸、帝都レベランシア。

 午後3時37分――帝都レベランシア、ブレナ邸。

「戻ってきたぞー!」

「来たぞー!」

 戻ってきた。

 ブレナは、レプと共に両手を上げて入室した。

 数か月ぶりの我が家は、だが思っていた以上に埃とカビの臭いにまみれていた。

「家中の窓、開けてきますね。とりあえず、換気が必要です」

 そう言って、ルナがテキパキと動く。

 対して、アリスはぐーたらそのものだった。

「疲れたー。このソファー懐かしいー。でも、カビ臭いー。でも、気にしないー」
 
 よく分からない感想をリズムよく落として、そのままソファーにダイブする。

 レプがすぐに、それを真似た。

「おい、おまえら、ぐーたらしてないで掃除を手伝え。てゆーか、アリス。おまえはさっさと家に帰れ」

「やだー、まだ帰らないー! まだ一緒に遊ぶー!」

「いや遊ぶな! 帰らないなら掃除を手伝え! 手伝わないなら帰れ!」

 が、結局アリスは最後までどっちの選択もしなかった。

「ここがブレナの家かぁー。なんか思ってたより、庶民的だなぁー。オイラはこういう感じ、でも嫌いじゃないけど」

「おい待て、チロ。なに当たり前のようにそこに座ってんだ? テーブルのその席は俺の席だぞ。主の席を勝手に奪うな」

「なんだよー! 細かいなー! 席なんかどこでもいいじゃんかー! ブレナの器は子供茶碗より小さい!」

「んだとー!」

 むんずと。

 テーブルの上座に堂々と着地したチロをむんずと掴み、そのままソファーのほうへと投げ捨てる。

 チロは「ふぎゃ!」などと発しながら、ソファーの上を二度三度バウントすると、ものの見事に花瓶の中にスポリと収まった。

 芸術的なスリーポイントシュートである。

 ブレナは満足げに一人頷いた。

 とまれ。

 ようやく帰ってきた。

 長いようで短かった旅から、ようやくと我が家に戻ってきた。

 ブレナは、グイっと上半身を伸ばした。

 心地の良い感覚。

 と、二階から戻ってきたルナが気の利いたことを言ってくる。

「全窓開放終わりました。コーヒー、淹れますね。レプはオレンジジュース、アリスさんは紅茶でいいですか?」

「おお、オレンジジュース!」

「うん、紅茶でいいー」

「了解しました。チロさんは……花瓶の中の水を飲んだので大丈夫ですね」

「大丈夫なわけないじゃん! オイラもオレンジジュース飲むー!」

 そこでどっと笑いが起きる。

 ブレナも、珍しく笑った。

 と、そのタイミングで、ルナが唐突に言う。

「明日から、新生ブレナ自警団活動再開ですね」

「……ああ、そうか。そうだったな。地道な悪党退治を、また始めないとな。三大組織の残党狩りにメドがついたら、今度は帝都近郊にも足を伸ばすか」

「いいですね。その勢いでそのまま、ヴェサーニア全土から悪党どもを一掃しましょう」

「……いや全土って。いくらなんでもそれは……」

「できますよ」

 確信に満ちた語調。

 ルナはこちらの言葉を遮るようにそう発すると、

「できますよ、わたしたちとブレナさんなら」

 そう続けて、おもむろに意味ありげな視線をアリスへと送った。

 気づいたアリスが、同様の眼差しで彼女ルナを見返す。

 と、彼女たちは示し合わせたように同時に口を切った。

「だって」

「だって」

 だって。

 それだけ言って、だが二人が再び見つめ合う。

 数秒の沈黙。

 それを経て、再度こちらを向いた彼女たちの顔は、これ以上ないほどの最高の笑顔に彩られていた。

 その笑顔のまま。

 その笑顔のまま、ルナとアリスは声を揃えていたずらっぽく言った。

「だってブレナさんは、わたし(あたし)たちの世界の『神様』なんだから」

「…………ッ」

 世界に蔓延る悪党を根絶やしにする――。

 壮大な目標を掲げて。

 新生ブレナ自警団の、新たな門出がそうして始まる。


                 ――了



      ※ ※ ※


 今回の投稿分を持ちまして、本編完結となります。

 ここまでお読みくださった方、本当にありがとうございました。うれしいです。

 この場を借りて、深く御礼申し上げます。

 もしかしたら、各キャラにスポットライトを当てたサイドストーリーや外伝などを書くかもしれませんが、そのときはまたお目を通して頂けると幸いです。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました

白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。 そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。 王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。 しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。 突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。 スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。 王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。 そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。 Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。 スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが―― なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。 スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。 スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。 この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります

【死に役転生】悪役貴族の冤罪処刑エンドは嫌なので、ストーリーが始まる前に鍛えまくったら、やりすぎたようです。

いな@
ファンタジー
【第一章完結】映画の撮影中に死んだのか、開始五分で処刑されるキャラに転生してしまったけど死にたくなんてないし、原作主人公のメインヒロインになる幼馴染みも可愛いから渡したくないと冤罪を着せられる前に死亡フラグをへし折ることにします。 そこで転生特典スキルの『超越者』のお陰で色んなトラブルと悪名の原因となっていた問題を解決していくことになります。 【第二章】 原作の開始である学園への入学式当日、原作主人公との出会いから始まります。 原作とは違う流れに戸惑いながらも、大切な仲間たち(増えます)と共に沢山の困難に立ち向かい、解決していきます。

S級冒険者の子どもが進む道

干支猫
ファンタジー
【12/26完結】 とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。 父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。 そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。 その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。 魔王とはいったい? ※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。

【第2章完結】王位を捨てた元王子、冒険者として新たな人生を歩む

凪木桜
ファンタジー
かつて王国の次期国王候補と期待されながらも、自ら王位を捨てた元王子レオン。彼は自由を求め、名もなき冒険者として歩み始める。しかし、貴族社会で培った知識と騎士団で鍛えた剣技は、新たな世界で否応なく彼を際立たせる。ギルドでの成長、仲間との出会い、そして迫り来る王国の影——。過去と向き合いながらも、自らの道を切り開くレオンの冒険譚が今、幕を開ける!

処理中です...