次期ご当主様の花嫁選び

ツルカ

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若君様と異能力

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 普通の私が、普通じゃない学校で過ごすこと、そのことにまだまだ慣れない。

 そもそもそれを決めたのは、双子の妹、陽奈の不登校が発端だった。

 中三の陽奈は、学校の人間関係で躓き、心労からベッドから起き上がれなくなった。見舞いに行った私に、彼女は弱々しく笑い掛けて言った。

「大丈夫だよ。心配しないで美月ちゃん」

 両親が亡くなって、たった二人の姉妹なのに、何もしてこなかった自分をあの日恥じた。

 胸が痛んで、悲しくて、悔しくて、そんな自分に想像以上に驚いた。

 離れて暮らしていても、姉であることを実感する。
 私には世界でいちばん大事なのは、この双子の妹なのだと、あの日に自覚したのだ。







 今日も陽奈は保健室登校だ。
 1日の授業が終わった後、陽奈と合流して部活棟に向かう。

「ねぇ陽奈ちゃん、無理しなくていいんだよ?」
「ん?」
「学校に来るだけでも大変なのに私に付き合って部活まで行かなくても良いんだよ」
「美月ちゃんの気持ちは嬉しいけど、今は積極的に行きたいよ。大丈夫!」

 陽奈は満面の笑顔で答えた。

 そんな積極的になれるまで元気になれているなら良いけれど……。

 寝込んでばかりだった陽奈を知っているから心配になってしまう姉なのだ。





「陽奈~~~!」
「陽奈ちゃん久しぶり」
「小石、やっと来たか」

 部活棟の一室に着くと、知らない綺麗な女の人と、累先輩、剣くんが迎えてくれた。

「わーん!会いたかったです!お久しぶりです」

 陽奈は長い髪の女の人に抱きついてゴロゴロと甘えるようにしている。

「先~輩」
「んー、よしよし」

 猫のように陽奈を撫で回している女の人は、私を見つけると言った。

「美月さんよね?私は犀河原瑠璃、3年よ」

 とても大人っぽい女の人は、ウェーブがかった長い黒髪を腰まで垂らす、なんとも妖艶な美女だ。スタイルが良くて、陽奈を抱いていると、大人と子供のように見える。

「宜しくお願いします。小石美月です」
「宜しくね」

 陽奈はまだ先輩に抱きついている。
 そんな様子に少しほっとする。
 この部活の中では、陽奈を苦しめる人間関係はないようだ。

「部活動のことは聞いた?」

 瑠璃先輩が言った。

「えーと……」
「昨日、色々あってあんまり説明出来なかったな」

 累先輩が思い出したように、苦笑しながら言った。

 昨日……と言うと、若君様の体温が温かかった、非日常のあの日のこと……。

「それぞれの能力で可能なことを、何度も検証しながら、記録に残しているんだ。記録は資料室にあるし、データ化もしてる」

 ほう。
 本当に理系の研究みたいな感じなんだね。

「それと、もう一つ。僕らがここに一つに集まっておきたい理由もあるんだけど……」

 累先輩は、瑠璃先輩や剣くんを見つめてから言った。

「たまにね、僕らの能力が必要になることもあるんだ」

 必要になる……?

 うーん、と、累先輩は考えるように言う。

「鬼って知ってる……?」

 鬼……?

 累先輩は答えを待つように私をじっと見つめている。

「物語の中の鬼ですか?桃太郎とか、赤鬼青鬼とか」

 私の台詞に、四人は驚いたように私を見つめた。

「マジかよ」
「知らないのか」
「本当に普通のご家庭で育ったのね」
「美月ちゃん……」

 あまりの反応に、こちらの方が驚いてしまう。

「……なんですか?」

 鬼……?何か他にあっただろうか。

 考えていると、累先輩が言った。

「妖鬼、と呼ばれる存在がいる。そしてそれを、僕ら、異能力者達はみんなが知っている。一族の君が知らなかったことに少し驚いたんだ」

 妖鬼……。さらに怪しい響きになってきた。

「妖鬼ですか」
「そう。そいつらは、時々悪さをするんだけど、僕らは犀河原の一族の中でも能力が高いからね。鬼退治に駆り出されることがあるんだ」

 鬼退治、なんて、非日常な言葉を累先輩はさらりと言った。

 私はちらりと陽奈に視線を送る。彼女は平然と私を見返している。

「それは危険ではないのですか?」
「そうだね、危ないこともあるけど。僕らは滅多に出ないんだ。この学園や周辺にしか行かない。それに学生が出るときは慧十郎が一緒だから、何があっても僕らはあいつに守られる」

 なるほど。若君様が守ってくれるなら安心だ。思わずうんうんと頷いてしまう。

 すると、部屋中にスマホの着信音が響いた。
 私以外の四人のスマホが鳴ったらしい。

「……そう言っていたら鬼退治の呼び出しだ」

 みんなはバタバタと身支度を整えると、「ちょっと言ってくる」と言って部屋を出て行った。








 一時間後。
 先に帰っていて良いと言われていたのだけど、明日の予習をしながら、陽奈を心配した私はそのまま部活の部屋で待っていた。

「終わった~」
「剣突っ走りすぎよ!」
「俺のせいじゃねーよ!」
「はぁ、久しぶりなので疲れました」

 四人が戻ってきたので笑顔を向けると、最後に若君様が部屋に入ってきた。

 その背の高いお姿を目に入れるだけでドキドキとしてしまう。

 彼は長いまつ毛を伏せるようにいつも以上に大人びた表情をしている。真剣な眼差しで何かを考えるているように。

「美月ちゃんお待たせー」
「おかえり陽奈ちゃん」

 陽奈に抱きつかれながらも、若君様から目が離せなかった。

「今回は楽勝だったな」
「何言ってんだ、お前が一番やばかったよ」
「ちげーよ」

 笑い合うみんなの中で、若君様だけが違う場所にいるみたいに、表情を固くして、静かに何かを考えている。

 なんだろう。張り詰めたような空気を放つ若君様を見ていると、心が鷲掴みにされるような気持ちになってしまう。

 すると若君様は顔を上げて、今気が付いたように私を見た。

「美月さんか。来てくれていたんだね」
「はい。お疲れ様です」

 この挨拶は果たしてこの場に相応しいのか分からなかったけど、疲れていそうな彼につい言ってしまった。

 ……そうだ。とても疲れていそうに見えたのだ。
 みんな明るく元気な様子で戻ってきたけれど、若君様だけが、あまりに疲労して見える。

「……ありがとう」

 若君様は少し考えるようにしてしてから、ゆっくりと笑ってそう言った。

 少しほっとする。
 やっと笑ってもらえたような、とても不思議な気持ちがしたのだ。

 私たちのやりとりを見ていた累先輩が言う。

「慧十郎、まだ検証終わってなかったな」
「……なんだ?」
「美月ちゃんだよ」
「えっ!?」

 私?

「能力の検証終わってなかっただろ。今から、やろう」

 累先輩は若君様の背中を押して部屋から出すと、私に向かって手招きをした。

「累?」
「おいで美月ちゃんこっち」

 私たちは昨日の若君様の書斎のような部屋にたどり着くと、ソファに座らされた。

 うわっぷ!
 昨日に引き継ぎ、お隣に若君様が座ると、なんだかいい匂いがして困る。

「昨日の続き、しといて。おれは向こう戻ってるから」

 そう言うと累先輩は部屋を出て行ってしまい、呆気に取られたまま、私と若君様が残された。

 若君様と少しだけ視線を交わし合う。
 そうして彼は、ため息を吐くようにして言った。

「……すまない」
「え?」
「きっと、昨日と同じだ。累は俺に、休ませたいのだろう」
「休む……?」

 二人きりの部屋の中で、肩が触れ合いそうになるほど近くにいる若君様を感じて、私は顔を熱くさせていた。

「検証と言っていたが。昨日のあれは、俺は純粋に眠っていた。おそらく累は少し寝てこいと言っていたんだ」
「……はい」
「困ったな、この状況は君に良くないな……」

 そう言うと若君様は立ち上がり、向かいのソファに腰掛けた。突然隣から無くなった体温に、寂しい気持ちになってしまう。

「いずれ陽奈さんもいる時にまた少し君の能力を調べさせて欲しい、今日はもう、戻っていい」
「……」

 段々と、状況が分かってきた気がする。

「……あの」
「なんだ?」
「私に触れると、慧十郎様は眠ってしまうんですか?」

 昨日は頭が真っ白になったけれど、そんなことを言っていた気がする。いや、触れると眠るってなんだ?本当にそんなことあるのか?

「そうだ」

 あるらしい。

「身体に害はないんですか?」

 だってそんなのまるでなにかの呪いのようだ……。

「あの後、他の術者にも体を確認してもらった」
「そうですか」

 私を送ってくれた後だよね。

「肉体の細部まで診てもらったが、体に害はない。一晩経っても何も起こらない。ただ普通に、疲労が回復しただけのようだ」

 疲労回復!エナジードリンクより、元気の前借りではない分お得かも知れない。

 昨日、少しだけ眠らせてあげてと言っていた累先輩を思い出す。今日の私は、累先輩の気持ちが少しだけ分かってしまう。

「どうして眠ってしまうのでしょうか」

 素朴な疑問を口に出す。

「相性だろうと、思われる」
「相性?」
「そうだ。能力者同士で、その力が稀に化学反応のように、新たな反応を引き起こすことがあるのだが……」
「……新たな反応」
「俺たちの場合は、とても……穏やかな反応が起きたのではないかと」

 眠ってしまうくらいの、穏やかな化学反応ですか。

 ふむ、と思う。
 能力が使えない私の方には、その反応が出なかったわけなのかな。

「慧十郎様」
「なんだ?」
「……今日、とても疲れていらっしゃるように見えます」
「……」
「少しでいいから、休まれませんか?」

 どうして若君様だけが、こんなにも疲労して、全てを受け入れるような大人びた表情で戻って来たのか私には分からない。

「私は、休んで欲しいな、と思います」
「……」

 鞄からプリントを引っ張り出す。

「宿題をやってますから、30分ほど、ここにいますよ」

 シャープペンを持ちながらにこりとそう言うと、若君様は複雑そうな表情で私を見返した。

「……よく知らぬ異性と二人きりで、こんな場所に閉じ込められていたら、辛いだけだろう」
「子供の頃から存じ上げてますし、そう言う意味では何も心配していません。慧十郎様は、一族のみなを守って下さると聞いています」

 実際、私の過ごしたい学園生活のヒヤリングまでしてくれたのだから、行動も伴っているように思う。

「無理しているのではないか?」
「……全くしてません」

 私の返事に、若君様は訝しげな視線を向けた。
 少し考えるようにしてから、彼は席を立つと私の隣に座った。

 そうしてじっと私を見つめる。
 漆黒の瞳。意思の強そうな若君様の眼差し。
 心臓が爆発しそうに高鳴っている。

「……肩を」
「はい?」
「肩に触れて居てもいいだろうか」

 肩!

「はい」

 私が答えると、若君様は少しだけ私に近寄るように座り直す。肩が触れる。制服の上から彼の体温を少しだけ感じた気がして、一瞬頭が真っ白になった。

「肩に触れ合う程度でも昨日と同じことになるのか、試して見る。30分と言わず、君が良い時間で起こして欲しい」
「……はい!」

 少しだけやつれて見える今日の若君様が休んでくれることがとても嬉しい。ニコニコと笑顔を浮かべると、若君様は戸惑ったような顔をした。

「君は、他の者と少し違うな」
「きっと、何も出来ないから、役立てることが嬉しいんだと思います」

 両親が亡くなったときも、陽奈が不登校になったときも、能力なしでこの学校に入学したときも、私は何も出来て居ない。

「……そんな風に考えられる者ならば、きっと本人が気付かぬうちにも人の役に立っていることだろう」
「そうでしょうか?」
「ああ。今のようにな。俺は君に助けられている」
「……そう、でしょうか?」
「ああ」

 至近距離で若君様を見上げると、柔らかく微笑んだ彼が優しげな眼差しを私に向けていた。

「起こしてくれるか?」
「はい」

 若君様は目を瞑ると、少ししてからソファに体を深く沈めた。眠れたようだ。

 私はと言うと勉強どころではない。
 誰も居ないのをいいことに、じっと若君様の顔を見つめた。

 とても色が白くて、鋭いくらいに美しい顔をしている。作り物のように端正で、美を描いた絵画のようにこの世のものとは思えない。

 だけど、生きてる。

 そっと触れ合う肩先は温かくて、寝息が彼の体を密やかに動かす。

 ……この人はどうして、一人で背負っているのだろう。私には何も分からないけれど、何かとても重くて、誰かと分かち合えないものを一人きりで背負っているみたいに思える。そのことを、彼の纏う空気から否応なしに感じてしまった。

 まともに睡眠も取れないなんて、一体どんな人生なんだろう。

 睡眠時間がないんじゃなくて、精神的に眠れないということなんだろうか。

 なんで私は、そんなことを考えるだけで、こんなにも魂が持っていかれるくらいに、切なくなるんだろう。

 せめて少しでも、休めますように。そんな風に思いながら、若君様の隣で私も目を瞑った。








「慧十郎! 美月ちゃん!」

 そんな声が聞こえて目を覚ますと、目の前に累先輩と陽奈がいた。

 慌てて体を起こしてから、若君様と顔を見合わせる。どうやら眠ってしまって居たみたいだ。

「二人して眠ってると思わなかった」

 累先輩が少し照れるように言う。いや、なんで照れるんだ。そして陽奈はなんでそんなに顔を赤くさせてこちらを見ているんだ。

「ごめんなさい。私が眠ってしまったから」

 そう謝ると、若君様は「いや。アラームもしなかった俺が悪い」と言ってくれる。

「送るよ、美月さん」

 今日も、若君様の車で送ってくれた。また二酸化炭素について考えた。










 夜、陽奈から写真が届いた。
 そこに写っていたのは、肩を寄り添うように眠る若君様と私の姿だった。

 ぶはっと噴き出してから、慌てて陽奈にメッセージを送る。

『なにこれ……!』
『私の中で生まれて初めてのリアルスチル』
『リアルスチル?』
『記念すべき一枚ってことだよ』
『累先輩止めなかった?』
『後で見せてって言ってた』
『……そっか』
『若君様のこんな寝顔、初めて見たよ』

 そう言われて写真を見ると、疲れ切った表情をしていたはずの若君様が、安らかに眠っている姿が映っていた。

 本当だ。

『ねぇ陽奈ちゃん』
『うん』
『妖鬼って怖いの?』
『そうだね。子供の頃は怖くて夢にみたよ。でも慧十郎様が守ってくれるから』






 私はこの夜。
 布団に入ってから眠る時に、生まれて初めて、私にも異能力があったら良かったのにな、とぼんやり思っていた。
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