次期ご当主様の花嫁選び

ツルカ

文字の大きさ
7 / 36

若君様のお屋敷訪問

しおりを挟む
 今日は学校はお休みだ。まだ朝の10時。朝食を食べてからテレビを観ながらゴロゴロしていた。
 そんな時スマホに電話が掛かってきた。

『美月ちゃん!大変!』
「おはよう、陽奈ちゃん。どうしたの?」
『迎えに行くから、一緒に若君様のお屋敷に行こう?』
「……はい?」

 若君様のお屋敷。

 それは確か10歳の頃に一度だけ行ったことがある、映画とかでしか見たことがないような日本家屋の大きなお屋敷だ。

 なぜ私がお屋敷に……?と疑問に思っている間に、陽奈が車で家に現れた。累先輩も一緒に。

 二人とも私服。累先輩はお洒落な灰色のシャツに細身のジーンズを履いていてとてもカッコいい。

「休みの日にごめんね。美月ちゃん」
「いえいえ。どうかされたんですか?」

 いくらなんでも、私が若君様に休みの日にわざわざ会いに行く理由などないと思う。もちろんいつでもお会いしたいのだけれども。

「慧十郎、高熱を出してね」
「え!」
「休ませたいんだけど、どうにも……」

 若君様のことだから、いつものように眠れなくなってしまっているのだろうか。

 そもそも、どうしてあの人は、眠れないんだろう……。

「もし時間があったら、少しでも来てもらえると助かるんだ」
「行きます!準備してきます!」

 食い気味に返事をしてから部屋に行き鞄を持ってくる。勉強道具も忍ばせる。もしかしたら、長く向こうにいることになるかもしれないし。









 累先輩の車で、送ってもらった。

「ごめんね、美月ちゃん」
「いえいえ、お役に立てるなら」

 少し困った顔をした累先輩が言う。

「休みの日に、わざわざ時間をもらってしまうなんて気が引けるんだけど……今回だけで本当に構わないから」
「いえ、そんなこと……」

 本当に何も迷惑だと思わない。
 これが若君様でなくても私はお伺いするだろうけど、それでもこれは若君様の一大事だ。私は関われて嬉しい。

 なんにも出来ないと思っていたのに、力になれる。

「本当に……嬉しいんです。私、サイキの一族に生まれたけど、何も出来なくて、落ちこぼれとか、恥だとか、子供の頃は言われることもあったんです。もう忘れていましたけど自分にも出来ることがあったことが思いの外嬉しかったみたいです。最近少しだけ毎日が楽しいです」

 幸福の理由の大部分は恋心ゆえだったのかもしれないけれど。

「すごーく役に立ってるよ。俺も慧十郎も、美月ちゃんに出会えたことは、きっととても幸運なことだと思ってるよ」
「そんな……」
「ほんと、ほんと。ね、そうだよね、陽奈ちゃん」
「うん……そうかもしれない」
「ええ……!?」
「……慧十郎様が、あんなにリラックスしてるお顔しているところ、見たこともなかったもん」
「……」

 リラックスって寝顔のことかな。それなら確かに。

「ここだけの話だけど」

 累先輩は、私をまっすぐ見つめて言った。

「幼い頃、慧十郎は力が強すぎて、子供の肉体では力に耐えられなかったんだ」
「耐えられない?」
「そう。力が暴走して、肉体が悲鳴を上げるほど痛んで、力を抑えられるようになるまで何度も死にかけた」
「……」

 何度も死にかけた。

 そんなぞっとするような台詞を、累先輩はとても穏やかな口調で言う。

「……今でも時々、肉体が悲鳴を上げる。高熱は力の使い過ぎがおこした。俺たちにはどうしようもない。休んでもらいたいのに、慧十郎は、眠ることを恐れている」

 若君様は眠ることを恐れている……?

「どうしてですか?」
「怖いんだよ。たぶんだけどね」
「怖い?」
「理性がなくなると、力を抑えられなくなると思ってるんだ。不足の事態が起きてもいつでも対処出来るように、屋敷の人員は配置されているけれど、それでも気になるんだろう。彼のサイキは普通の次元のものではないから」

 きっとね、と累先輩は続ける。

「あいつも休まなきゃいけないって分かってるんだよ。でも、無意識に気が張ってしまう。そんな生活がずっと続いてきて。そこで美月ちゃんと出逢った」
「……」
「美月ちゃんの迷惑にならない範囲でいいから、力をかしてくれると嬉しい」

 私は今日も8時間ぐっすり眠って、起きてからもダラダラしてた。その間に若君様は、力を使いすぎて、高熱を出して、だけど休めないでいるらしい……。
 無意識に気が張って眠れなくなるなんて、一体どんな人生なんだろう。

「迷惑じゃないです。私は若君様も、部活の皆さんも大好きですから」

 私の台詞に、累先輩はほっとしたように笑った。陽奈は、じっと私たちの会話を見守っていた。










 お屋敷に着くと、着物を着たお手伝いさんのような方に案内されて若君様のお部屋に向かう。累先輩も陽奈ちゃんも慣れたように歩いているけれど、私はとっても緊張していた。

 床はツルツルに磨かれていて、とても豪華そうな花瓶の生花が飾られた日本家屋。転んで傷付けたら大変そうだ。

「若君様、累様をお連れしました」
「……入れ」

 少し掠れた若君様のお声が聞こえた。
 ドアの前に立ったまま、累先輩が私を見下ろして小さな声で言った。

「美月ちゃん」
「はい?」
「俺、応接間で待ってるから、任せるよ」
「え?」
「帰るときは俺に声掛けて、送るから。後大きな声を出してくれたら誰か来るから、心配もしないで。美月ちゃんが大丈夫な時間だけ、側に居てやって」
「美月ちゃん、私帰るよ。頑張って!」

 陽奈はなぜだかとても嬉しそうな笑顔でそう言った。

「えっと、あの……えぇ!?累先輩、前から思ってましたけど、私のこと信用しすぎじゃないですか」
「信用してる」
「陽奈ちゃんも、異性と二人っきりにするとか!いいの!」
「ノープロブレム」
「慧十郎のことも信用してる。何かあったら、俺がすぐ来るから」
「……はい」
「ありがとう」

 累先輩は扉を開けてくれて、そして言った。

「累です。小石さんを連れてきました」
「……え?」

 部屋の中の暗がりから、誰かが動く気配がした。若君様が起きあがろうとしている。

 累先輩は手を振ってる。まるで行ってらっしゃいというように。それを見ながら私は部屋の中に慌てて入った。

「慧十郎様……!どうぞ横になっていて下さい。起き上がらなくて大丈夫です!」

 薄暗い部屋の中。部屋は思ったよりも和風ではなかった。板張りの床にシンプルなラグが敷かれていて、奥にある木製のベッドに若君様が半身を起こす。

 少しだけ開かれたカーテンからの光が部屋の中を照らしている。

 少し乱れた髪をした若君様は、片肘で体を起こしながら片方の手で額の汗を拭った。

 水色のパジャマを着ていて、なんだ着物じゃないんだな、なんて私は思ってしまう。

 熱が辛いのか、若君様は顔を顰めるようにして言う。

「なぜ、美月さんが……」

 後ろで扉の閉まる音が聞こえた。本当に二人っきりにされてしまったみたい。そして若君様は私が来るのを知らなかったみたい。

「慧十郎様……横になってください」

 慌ててベッドの脇に跪いて、若君様の布団に手を掛ける。

「累先輩にお話を聞いて、慧十郎様がお休みになれるように、やって来ました」

 お顔が赤くて、そしてやつれている。潤んだ瞳が 熱の高さを伺わせる。

 力を使い過ぎて熱が出る……そんなことがあるんだね。能力のない私には分からないことだ。だけど辛そうなことが分かる。具合の悪い人は休むべきだ。

「少し、休みましょう、慧十郎様」
「しかし……」

 深く息を吐きながら、体が辛いのか、頭を枕に乗せた。

「わざわざ来てくれてありがとう。だが、俺は大丈夫だ。累を呼んで欲しい」
「……」

 累先輩が入って来なかったのは、連れて帰れと言われることになるのが分かっていたからなんだな、と思う。

 手を伸ばして若君様の額に触れる。若君様の体が少しだけびくりと震える。とても熱い。

「具合の悪いときは、誰かを頼ってもいいと思います」

 お父さんやお母さん、おじさんにおばさん、そして陽奈ちゃん、私はいつも誰かに助けられて生きてる。若君様が誰かを頼られることもあるのかな。

「今日は、たまたま私が側にいるんですから、どうか頼って下さい」
「……しかし」
「元気になられたら、今度は、また誰かを助けてあげてください。そう言うものなんですよ」

 テーブルの水桶とタオルが目に入る。使っていいものなのかな、と思いながらタオルを濡らして絞ると、若君様の額に載せた。

「少しだけでも休んでください。大丈夫です。私はいつものように時間を潰してます。読みかけの本の続きが読みたかったんです。無理なんて全然してませんよ」

 そう言ってスマホを出した。電子書籍だ。
 勉強と言わなかったのは、部屋が暗くて、電気を付けるわけにもいかないし、それは難しいかなと思ったのだ。

「……美月さん」
「はい」
「すまない」
「謝る必要ありませんよ。だけど困りましたね、触れていないとダメですよね。どこかに触ってもいいですか?」
「……手を」
「手?」

 反射で手をにぎにぎとしてしまうと、若君様が私の手を握った。

 汗ばんだ大きな掌が私の手を包んでいる。

「このままで……」

 慧十郎様はそう言うと、すっと意識を失うように瞼を落とした。

 寝息が聞こえてくる。
 掌が熱い。
 握った手はベッドの上だ。

 ――どくり、どくり。

 心臓が高鳴る。

 今きっと、私の顔は若君様よりも真っ赤だ。

 若君様の黒髪は、汗で頬や首筋に張り付いている。蒸気した頬の赤さも、乱れた寝巻きも、正直恐ろしく色っぽい。

 心臓と一体となったような私の体は、繋いだ若君様の手を震わせてしまっている。

 手が、体が、熱い。

 私の全身が、この人が好きだと叫んでいる。

 ――まずい。まずい。まずい。

 このままじゃ寝てる若君様に抱きつく痴女になってしまう!

 私はスマホを開き、小説の続きを読もうと試みたのだけど、全然集中出来なくて読めなかった。

 なので、私は陽奈にメッセージを送ることにした。







『累先輩のメールとか分かる?』
『分かるよ、必要だよね。教えていいか確認して送る』
『ありがとう。なんだかまた桃源郷に辿り着きそうで』
『案外近場にあるもんだね』



 教えてもらった累先輩の宛先にメッセージを送り、眠ってしまうかもしれないのでいい時間に起こしに来て欲しいと伝えた。私も意識を失いそうだった。頭真っ白。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ブラック企業に勤めていた私、深夜帰宅途中にトラックにはねられ異世界転生、転生先がホワイト貴族すぎて困惑しております

さら
恋愛
ブラック企業で心身をすり減らしていた私。 深夜残業の帰り道、トラックにはねられて目覚めた先は――まさかの異世界。 しかも転生先は「ホワイト貴族の領地」!? 毎日が定時退社、三食昼寝つき、村人たちは優しく、領主様はとんでもなくイケメンで……。 「働きすぎて倒れる世界」しか知らなかった私には、甘すぎる環境にただただ困惑するばかり。 けれど、領主レオンハルトはまっすぐに告げる。 「あなたを守りたい。隣に立ってほしい」 血筋も財産もない庶民の私が、彼に選ばれるなんてあり得ない――そう思っていたのに。 やがて王都の舞踏会、王や王妃との対面、数々の試練を経て、私たちは互いの覚悟を誓う。 社畜人生から一転、異世界で見つけたのは「愛されて生きる喜び」。 ――これは、ブラックからホワイトへ、過労死寸前OLが掴む異世界恋愛譚。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

イケメンエリート軍団??何ですかそれ??【イケメンエリートシリーズ第二弾】

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団の異色男子 ジャスティン・レスターの意外なお話 矢代木の実(23歳) 借金地獄の元カレから身をひそめるため 友達の家に居候のはずが友達に彼氏ができ 今はネットカフェを放浪中 「もしかして、君って、家出少女??」 ある日、ビルの駐車場をうろついてたら 金髪のイケメンの外人さんに 声をかけられました 「寝るとこないないなら、俺ん家に来る? あ、俺は、ここの27階で働いてる ジャスティンって言うんだ」 「………あ、でも」 「大丈夫、何も心配ないよ。だって俺は… 女の子には興味はないから」

処理中です...