そして今日も、押入れから推しに会いに行く

ツルカ

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サースティールート

教室でも彼は美しかったの日

 放課後。今日はプリントではなく学校の教科書を持っていくことにした。なにせ来週から中間試験。今回は勉強が出来ていないから恐らくボロボロになるだろうけれど、足掻くくらいはしておきたい。

 押入れから、学園の屋上に出ると、今日も早めに来れたので四時過ぎだった。
 昨日はこの時間にまだ研究室は開いていなかったし、学園の中でサースを探してみようかなって、思い付く。

 教室で佇むサースを見てみたい……。
 ものすごくと言っていいほど見てみたい……だってゲームの中では大半が教室の中だったのに、未だ見れていないなんて。
 それには最短ルートで出向かなければ!

「ミューラー、サースが今日使っていた教室を教えて!」 
『……2階の203教室』

 本当は今いる場所を教えて、と言うことも出来たんだけど、そうするとストーカー度が極まりない感じになるかと思い自重した。でもほとんど変わらない気もする。

 早足で階段を下りると2階に向かった。2階に着いてからは息を整えながら教室を探す。廊下には生徒がまばらに歩いていた。立ち止まりおしゃべりをしている人たちもいる。
 203教室を見つけると、扉が開いたままだったので後ろの扉からこそっと中を覗く。

(居た……)

 サースは窓際の席に座り、黒髪を風に揺らしていた。手には何か読みかけの書類を持っているようだったけれど、視線は窓の外を向いていた。木々が風に揺れる光景を彼の瞳は今見つめている。

 教室の中にはまだ残っておしゃべりをしている生徒たちもいて賑やかだった。
 だけれど彼の周りの空気だけが張りつめるように静かに思えた。
 澄んだ空気がそこにだけあるように。

(彼はずっと、一人だった。ゲームの中で誰からも親しく話しかけられず、またそれを気にする風でもなくサース様は生きていた。その孤高の姿に私は心を奪われたけれど、実際に見てしまうとゲームの中ほど萌えられないのはどうしてなんだろう……)

「サース」

 扉の影から小さな声で呼びかけた私の声を、それでも彼には聞こえたらしく、何気なく振り向いた先に私を見つけると、驚きに目を見開く。
 ゆっくりと立ち上がると、言った。

「どうしたんだ?」

 私は、えへへと笑うと言った。

「迎えに来ました!」
「……」

 彼は視線を教室に投げ掛ける。私たちのやり取りを残っていた生徒たちが見つめているのに気が付いた。あれ、目立ってる……?
 そして生徒たちの中に、ロデリック様がいるのに気が付く。
 席で書物を読んでいたらしい彼は、肩までの銀髪に眼鏡をかけた、知性的なヒロインの攻略対象ロデリック・レーランだった。
 メアリー様の推し、でもある。
 日頃感情をあらわにしないはずの彼は、少し驚いた様子で私を見つめていた。

 サースが荷物をまとめて、私の所に歩いて来る。

「行こう」

 もしかしたら悪目立ちしたかもしれない私に、サースはふわりと笑って言ってくれる。
 ああ、優しい。サースはやっぱり世界で一番優しい人だと思う。

「うん」

 笑顔で答えてから、歩き出す前にふと教室を振り返ると、やはり教室の中の全員の視線が私に注がれていた。うう、視線に緊張してコケそうだ。





 魔法研究室に着くと、いつものようにサースは白衣に着替えて何かの研究を始める。私もその横でスケッチを始めた。教室に迎えに行ったことをサースは気にしていないみたい。

 一枚描いたところで気が付いた。
 あれ。スケッチしてていいんだったっけ……?

 嫌なことから目を逸らしがちな私はスケッチでいいスケッチでいいと、思い込もうとしたけれど駄目だった。来週からの試験……涙。

 諦めてスケッチブックを閉じ、鞄から学校の教科書とノートを取り出す。
 ひたすら試験範囲を復習していると、ノートに影が落ちる。サースが目の前に立っていた。
 机の上をじっくりと見つめた後に、椅子を持ってくると私の横に座った。

「これは……どこの教科書なんだ?」

 サースの形の良い白い指が、パラパラと教科書をめくる。
 本を持っているだけで絵になるその美しさに私は無駄にズキュンとしていた。
 でも今持ち上げられているのは世界史の教科書だし、そのまま言ってしまおうと思った。

「別の学校にも通っていて、その教科書なんです。その学校は別の国にあります」

 サースは無表情に私を見つめ、探るような鋭い視線を私に向ける。

「別の国か。別の世界、なのか」
「別の世界です」

 白状することにした。

「……」

 サースはしばらく私を見つめた後に、足を組むと、眉間にしわを寄せるようにした。
 急に怒り出したような表情に私はドキドキする。

「……なぜ、話した?」
「え?」
「異世界の情報開示は禁忌事項だ。誰もが欲しがる情報だからこそ、守られている。学友に気軽に話すような情報ではない」
「えええええ。知らないですーーー!」

 おろおろと彼を見つめると、彼は驚いたように目を見開いてから口元に手を当てた。
 そのしぐさで分かってしまった。

 サースが笑い出す。

「お前はそんなことばっかりだな」

 椅子に座ったまま、前かがみになるようにして笑っている。
 長い髪が揺れる。すぐそばに座っているから、なんだか揺れた髪から良い匂いが漂ってきて、私は心を持っていかれそうになる。

「来週から試験が始まるので勉強をしておかなければならなかったんです……」
「そうか……」

 サースは答えながらも笑い続ける。

「今後は、人には言わない方がいい」

 少し落ち着くとサースはそう言ってくれた。

「異世界、というものがあると、誰もが知ってはいる。が、その世界の情報がもたらす影響の大きさを考慮し、ささいな情報すら秘匿されている。稀に異世界から現れる人々がいるとも伝承のレベルでは聞いている。まさか……こんな少女として学校にいるとは思わなかったが」

「私は……サースに嘘を付きたくなかったんです」

 こんなに優しい人に隠し事をしたまま側にいるのは私の心臓が耐えられないと思う。
 サースは何も答えずにじっと私を見つめていた。

「……そろそろ食堂に行った方がいいな」

 しばらくしてからそう言うと、サースは立ち上がり片付けをはじめた。






 寮の食堂で夕食を取っていると、メアリー様が言い出した。

「ロデリック様がサリーナ様のことを聞いていらっしゃいましたよ」

 その言葉にサースを見上げると、サースもちらりと私に視線を移す。今日のお出迎えのことを言っているんだろう。

「わたくし達で一緒に夕食を取っていることをお話ししましたら、ロデリック様もご一緒したいとのことだったのですが、了承しても宜しいでしょうか……?」

 メアリー様の推しならば、大歓迎ですよーー! 

「もちろんですよ。がんばりましょうね」
「ええ、がんばりますわ」

 私の謎の激励に応えてくれるメアリー様を、ローザ様とサースは少しだけ不思議そうに見守っていた。






「試験があるなら休日の予定は止めた方がいいんじゃないか?」

 夕食後、別れ際にサースが言った。ええええええええええ。

「試験より大事な用事を止められません!」

 私の言葉にサースは後ろを向いて笑い出す。月を背景にしてサースは私を振り返ると、煌めく黒い瞳で私をまっすぐに見つめた。

「……数学は教えられる。他のものは分からないが。飯のお礼に勉強を教えられるが」
「サース先生……!」

 異世界の教科書を不用意に広げられないので、結局休日はいつもの研究室で勉強しながら、ご飯を一緒に食べてくれることになった。ああ、その日の為に私は生きていける……。(2日後)




(来週の試験期間は来れなくなることを言えなかった。連日徹夜ぎみの一夜漬けを続ける日々の中のやつれた自分をサースの前にさらす勇気がないなんてとてもいえない。でも勉強を教えてもらえるなんて……今日もサースは優しかった日)
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