そして今日も、押入れから推しに会いに行く

ツルカ

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サースティールート

おじいさまの日記の日

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(あったかい……)

 目を覚ますと、そこは柔らかなお布団の中だった。
 ふと横を見ると、目の前に、この世のものとは思えない程に美しいお顔があった。

(……)

 もう一度言うと、目の前に、この世の全ての美を集結させたかのように輝く寝顔の美しい人がいた。

 一瞬呆けてしまい、慌てて辺りに目をやる。
 豪華な洋室のなかだった。
 思い出す。ここはギアン家の客間だ。
 高級そうなカーテンの隙間からの朝日は、ぼんやりとベッドの上の彼を照らしていた。

 伏せられた長い睫毛が美しく、安らかな天使のような寝顔は日頃あまりお目にかかれないものに思えた。
 艶やかな長い黒髪は、ベッドの上に乱れるように流れている。

 その美しい絵画のような彼の姿にはどこかで見覚えがあるような気がした。

(一度だけ、見たことがあったかな……)

 あれは、まだサースに出会ってまもない頃。
 ピクニックに行った公園で私が疲れて寝てしまったとき、サースも寝ていたのだ。
 目の前に推しの顔があったあの時の驚きは忘れられない。

 ……そう、思っていたけれど。
 今では、忘れられないようなサースの表情をたくさん知っている気がする。
 戸惑うような表情も、嬉しそうな微笑みも、苦しそうに私の名前を呼ぶ彼の切なげな表情も。

 全部が大好きな……私の宝物。

(ずっと一緒に過ごしたんだな……)

 初めて会った時から、もう、二か月経つ。
 試験勉強で会えない日以外は、毎日一緒に過ごした。

 サースは笑顔で私を迎えてくれていたから、私はいつだって安心して彼の隣で笑っていられた。
 心が満たされて、幸せを知って行く日々だった。
 サースもまるで、同じようにそう思ってくれているのだと感じさせてくれるように……私を求めてくれた。

「大好き……」

 言ってしまってから、はっとする。
 うっかりポロポロと心の声を外に出してしまう私のクセをどうにかしないと、いい加減聞かれてしまう。

 サースの寝顔をドキドキと見つめたけれど、目を覚ます気配はなかった。

 疲れているんだろうと思う。
 外が明るくなるまで私の話を聞いてくれていたから。
 泣きじゃくりながら話す私の話を一つずつ確認するように質問をしてくれた。
 ずっと優しく……私の頭や背中を撫でてくれながら。

 泣き疲れて寝てしまった私に、きっとサースも添い寝するように寝てしまったんだろうな。

(今、何時なんだろう……)

 段々思い出して来たけれど、泣きじゃくっていた私の顔は、たぶん相当凄いことになってる。
 頬に渇いた涙が張り付いているような感覚すらある。

 私は全神経を総動員して、サースを起こさず布団から抜け出すミッションを開始した。

(こっそり顔を……洗わねば……!)

 朝の陽ざしの元で、この酷い顔を天使のように美しい殿方に見せる訳にはいかないのだ。

 ゆっくり、ゆっくり、時間を掛けて、布団から抜け出す。
 動作をゆっくりしすぎて、変な筋肉を使っている気がする。背中が痛い。明日筋肉痛になりそうだ……。

 そろりと床に足を付けると、サースの寝顔を振り返った。起きている様子はなかった。

 ほっとしながら、続き部屋にある洗面台に向かった。
 昨日教えてもらったのだけど、おトイレもそこにある。ギアン家の客間はとっても快適なのです。







 顔を洗って、身なりを整えてからサースの所に戻ると、彼はもう起きていてベッドの上に半身を起こしていた。

 シャツが乱れて襟元が大きく開いていた。日頃知的な眼差しの彼が、ぼんやりとするように片手で頭を押さえていた。
 私の姿を見つけると、ふわりと微笑んだ。

「おはよう砂里……」

 気だるげな口調で言ったサースの、特に開いた胸元から溢れ出る色香に、私はたまらず抱き付きたくなってしまった。

「……なんだその手は?」

 はっ!
 両手が前に出てニギニギしてた……本能怖い!

「……」

 私は恥ずかしくなって俯いてしまう。
 黙ってサースの元に歩いていくと、彼は私の手を取ってベッドの端に座らせてくれた。
 サースは私の横に座り、肩を抱いて言った。

「砂里……もう大丈夫なのか?」

 昨日、私は半狂乱になって泣いていた気がする。
 もしかしたら、まともに話も通じていなかったのかもしれない。
 サースに……きっととても心配を掛けたと思う。

「うん……ごめんね」

 私はギアン家の客間で突然倒れたのだと言う。
 それからずっと意識の戻らない私にサースは付き添ってくれていて、目を覚ましたと思ったら急に泣き叫んだのだ。
 心配したなんてものじゃないかもしれない。

「気にしなくていい。そもそも全て俺が原因だろう。砂里に辛い思いをさせて悪かった……」

 サースの声は私の心にとても優しく響く。

 サースは泣いていた私の取り留めのない言葉を、ちゃんと理解して聞いてくれていた。
 昨日の情報は、全部サースに伝えてある。
 私には判断できないことばかりだったけれど、サースなら、私の分からないことまで理解しているのだろうと思う。

「あれは……あれも、サースなの?」

 私の言葉にサースは低い声で「ああ……」と答えた。

「砂里が正確に伝えてくれていたとしたら……おそらく……」

 サースは長い睫毛を伏せると、表情を陰らせた。
 膝の上で両手を固く組むと言った。

「一度世界は終わったんだろう」

 魔王と名乗る彼もそう言ってた。世界は終わった、と。

「この世界とは……別の世界なの?」
「いや……“彼”の話から推測するならば……同じ世界がやり直されているんだ」
「やり直し?」

 私の言葉にサースは困ったように微笑んだ。

「……ゲームを砂里は何度も繰り返しやっていたと言っていただろう」
「うん」
「あのゲームは可能性を示していたと“彼”も言っていた」
「うん……」
「“彼”は願い、神の撒いた布石の結果出来たゲームの内容は、未来への可能性を秘めていた」

 ならば……とサースは続けて言う。

「“彼”が歩んだのは、ゲームで言うならば、アランルートのバッドエンドだろう。もしくは同じルートのハッピーエンドの可能性もある。俺の肉体が亡くなると同時に、闇魔法への抑えが無くなり、世界が終わっていた可能性もある」

 どう転んでも世界が終わってしまう……。

「世界は終わった。正確には、魔力のバランスの壊れた世界から生命が消え去り、魔力だけの世界となった……」

 そこには、永遠に一人きりの、意識だけになった孤独な魔王だけが残った。

「だが“彼”は、世界の再構築を望んだ。それならば、ここは同じ世界を構築し直すために、もう一度やり直されているんだろう。前回とは違う選択肢が増やされ、異世界にも助力が求められた。ユズルや砂里がやってきたように」

 つまり……と言うと、サースは私の瞳をまっすぐに見つめた。

「聖女が主人公のゲームで言うならば……君が主人公だ」
「私が主人公?」

 サースの瞳を見つめると、肯定するように頷いた。

「君は俺に接触し、俺は君と共にいることを望んだ。今この世界は、ゲームの二周目の世界のようなものだ」
「二周目……」
「一度終わった。そして、やり直した。今度は、俺の……サースティー・ギアンのルートを、ハッピーエンドを目指しながら……」
「サースティー・ルート……」

 私はサースの言葉を繰り返すように呟いた。
 それは私がゲームの中で何度も繰り返したルートだった。
 いつもいつも、彼のハッピーエンドを目指してしていた。
 私は……私たちは今現実で、そのルートを歩んでいるのだと、彼は言う。

「砂里には本当にすまないことをしたと思う……」

 サースが苦しそうに顔を歪めてそう言った。
 私はびっくりして彼を見つめる。

「俺のせいで、君はしなくてもいい苦労をして、悲しんだ。そもそもが、異世界に助力を求めた原因がもう一人の“俺”なのだろう。君は俺の運命に巻き込まれて、この先の人生すら変えられてしまったのかもしれない」
「違う……サースのせいじゃないよ……」

 彼の言葉に驚き過ぎて、とっさにまともな返事が出来ない。
 瞳に悲しみの色を浮かべた彼は、ほんの少しだけ微笑んだ。

「俺は君に詫びる言葉が見つからない。神が撒いた布石は、まるで、君自身を捕らえる罠のようだったと思う」

 ――罠

 それは思っても居なかった言葉だった。

「俺に好意を持ち、俺の幸福だけを願う、異世界の少女……もしも世界を再構築させるつもりならば、これ以上もないパーツだろう。神の一番の目的が……まるで君を呼びよせるためだったかのように、異世界に干渉した」

 ミュトラスが、私を呼ぶために干渉した……?
 そんなことがあるんだろうか。
 だって私は自分で望んで、この世界と押入れを繋げてもらったのに。

 サースは、何も言えなくなっている私をじっと見つめると、そっと形の良い指で私の頬を撫でた。

「初めて出会った時から、君の温かさに惹かれた。暫くしてから、君はまるで俺の為に存在する少女なのではないかと疑った……。あれは間違いではなかった。君は、俺の為に、神が異世界から連れて来たんだ」

 頬に触れる彼の指も、言葉も、表情もとても優しいのに、瞳だけが悲しみの色を湛えていた。

「君にどう詫びたらいいのか分からない……」

 サースから哀しみの感情が伝わってくると、心臓がズキリと痛んだ。
 彼が罪悪感を抱えれば抱えるほど、私は傷つけられていくようだった。

「違う……違う」

 何て言ったらサースが納得してくれるのかが分からなかった。

 私は、ずっと、サースから幸せしか貰っていない。
 今この瞬間だって、彼の隣に居る今は、私の宝物の時間だ。
 なのに彼は、それを分かってくれない。

「……呼ばれてもいいの。呼んでくれたなら、それを知っていても、きっと自分の意思で来たの。サースに出会わせてくれて、感謝してるの……」

 ゆっくりと、自分の気持ちを確かめながら、私は思っていることだけを言葉にした。

「毎日……ずっと幸せだった。隣に居させてもらえて、笑ってもらえて、抱きしめてもらえて……こんなに幸福なことは、もう、私には他にないの」

 彼の匂いも、体温も、声も、想いも、全てが私に幸福を感じさせてくれるものだった。
 何ものにも代えがたい大切なものだ。

 涙が溢れそうになる。 

「サースに出会えなかった選択肢を……私は想像もしたくないよ……」

 だけど、もしかしたら、その選択肢もあったのかもしれないと思う。
 この世界が一度終わらなかったら、きっとサースと出会うことだってなかった。

「……サース、あのね」
「ああ」

 私は彼の肩にちょこんと頭をもたせ掛ける。
 彼の温かさを感じながら、深呼吸をした。

 そうして、ゆっくりと言った。

「会えるはずもなかったサースに出会えて……」
「ああ」
「助けたいと、力になりたいと、思えた気持ちはきっと何も無駄になんてならないんだ……」

 隣でサースが息を飲むようにするのが分かった。
 きっと気が付いたんだと思う。
 この台詞は、サースが一人でこの世界に戻って来ようとしたときに、私が言った台詞なのだから。

「折角出会えたサースを、私はもう一人になんて絶対にしないよ……」

 あの時、サースはなんて答えたんだったかな。

 そう考えながら目を瞑ると、あの日々のことを思い出していく。
 一緒に日本で過ごしたあの時、私たちは恋人の真似事をしていた。
 幸せだった。楽しかった。だけど……いつも未来が怖くて、切なかった。

 サースがあの日してくれた返事は確か……。

 結局、私が思い出すよりも先に、サースはその返事をしてくれた。

 もたれていた私を起き上がらせると、サースは少し泣きそうな、くしゃりと歪んだ顔で私を見つめてから、私を思い切り抱きしめた。

「俺も……お前を一人にはしない……」

 サースの台詞に、ああ、そうだ、あの時も彼はそう言ってくれたんだって思い出す。

 抱きしめられる温かな腕の中で、私は、あの時から何も変わらない私たちの気持ちを、ただ感じていた。







 それから私はサースの魔法で一度家に帰り、着替えてからもう一度ギアン家に戻って来た。

 すると、応接間には、昨日のメンバーが揃っていた。
 私とサースのことを心配して、一緒に泊まってくれていたのだと言う。
 サースから昨日あったことを皆に説明をしてもらった。

「二周目!?」
「魔王……」
「布石だと?」
「指輪に願いが……」

 何もかも驚くような内容だと思うのに、皆真剣に聞いてくれていた。

「成田さんなら……もしかして魔王の元へもう一度飛べるんじゃないの?」

 谷口くんが、心配するような視線を私に向けて言った。

「え?」

 私飛べるの?指輪に込められた願いは一度きりだと言っていたけれど……。

 サースの顔を見上げると、サースは少しだけ困ったような表情をする。

「砂里の魔力なら、一度行った場所に飛ぶことは可能なのかもしれないが……それはしてもらいたくない。これ以上危険な目に遭わせたくない。砂里、しないと約束して欲しい」
「……うん」

 私の返事に、谷口くんがほっとするように肩を落とした。 
 どうやら私は皆に心配掛けているみたい……。

 そうしてサースは、寝ている私の横に付き添ってくれていた時に読んだと言う、サースのおじいさまの日記の内容を皆に教えてくれた。

「日記には……祖母の願いの事が書かれていた」

 サースのおばあさまは、婚前、聖女となりミュトラスの願いを与えられたのだと言う。

「婚姻前の……祖父の身を案じていた祖母は、祖父の苦しみの原因を知りたいと心から願ったと書かれていた」

 ――苦しみの原因を知りたい

 そんな理由であそこに辿り着けると思ってなかった。

 いくらミューラーに頼んでも『運命を変えることは出来ない』そう言われ続けていたのに。
 だけど、質問を変えたら答えてくれるし、叶えてくれることも知っていた。

「祖母はユズルと親しくし、ユズルから祖父の話を聞いているうちに、祖父が気難しいだけの人でないと気が付いていったという。心を痛めている婚約者の助けになりたかった彼女は願いを使い、あの場所に連れて行かれた。そして我が家に情報をもたらした。どうあがいてもいずれ世界は終わるのだと」

 魔王は……自分の事は語らなかったと言ってた。ならば、そう伝わってもおかしくないのかもしれない。

「だが……祖父も、祖母も、未来に希望を持ち、この日記と指輪を残した。恐らく気が付いていたのだろう。祖母の願いのように……未来を変えられる選択肢がどこかにあるかもしれないと」

「……え、ちょっと待って、僕が関係してたの?」

 谷口くんが焦ったような口調で言う。

「僕は、彼女がフリードと上手く行くようにと思ってたんだよ。まぁ、確かに、リオールも悪いやつじゃないって知ってたし、それを言ったこともあったかもしれないけど……」
「少なくとも、祖母の運命を変える程には、ユズルは影響を与えていたんだろうな」
「……まじで……」

 呆然と谷口くんが呟いた。
 異世界からの訪問者――谷口くんも、この世界に大きく干渉していたんだ。

「日記には、砂里が聞いてきたのと同じだけの、あの世界の情報が残されていた。
 魔王――は、恐らく、同じ説明を祖母にもしていたのだろう」

 たった一人意識だけ残された彼は……。
 闇の中で輝く美しい宝石のようだった。
 あの人は、どんな気持ちで私たちに説明をしてくれていたんだろう。

「いつか世界は滅び、生命は消え、魔力だけの世界になる。
 世界が負を背負っていくように、闇の魔力は飽和し、力関係の壊れた世界を、生命は修正出来ることもなく、暴走する力に飲み込まれるように、崩壊してしまう。
 これだけの情報を持ちながら……。
 今日まで、何もせずに来ているとは思えない」

 サースはため息をつくようにしてから、言う。

「もう一度父と話をして来よう……」
「それがいいだろう」

 ロデリック様が同意した。

「あ。サース、今晩どうするの?」

 谷口くんが思い出したように顔を上げて言った。

「今日はユズルのところに世話になる」
「……え?」

 さらっと、サースが谷口くんちに行くと言っていたのを聞き逃さなかった。

「砂里……覚えているか?」

 隣に座るサースが私を見つめて言った。
 きょとんとする私に、サースはふっと笑った。

「……覚えていないのか。明日は何の日だ?」
「明日?は月曜日……だけど祝日で……終業式の前の日」

 なんかあったっけ?

「『二つの月の輝く下で……2』のリリース日だろう」
「……!!!!」

 本気で忘れていた。
 あんなにやり込んだ乙女ゲームの続編のリリース日なのにっ!

 夏休み前にリリースされるそのゲームの予告編で、サース様っぽい長髪男子の後ろ姿が描かれていたのを何度も繰り返し見た。
 ギアン家の子孫の瑞希さんからは、続編の情報は何も教えてもらえなかったので、内容は全く分からない。

 前作は、ゲームハードはPS〇だったけれど、続編はスマホでDL出来るアプリゲームに変わるんだ。

「ユズルに端末を貸してもらい、兄のところで働いたバイト代で、課金できるようカードを買ってもらってある。今夜はユズルの所に泊まり、リリースされたら、一通りやってみようと思う」

「……続編は夢に関係してるの?」

 どんな内容なんだろう。

「瑞希に連絡を取り確認したが、続編は、夢の内容は反映されていないそうだ。ゲーム会社が反響を受けてオリジナルで作った内容だそうだ」

 じゃあ、私たちには関係しないものなのかもしれないんだ……。

「砂里はくれぐれも、急いでやろうとしないように」
「そうだよ。あれは沼だよ。いくらでも注ぎ込めるんだよ……」

 谷口くんが何かを思い出したように、首を振りながら言った。

「わ、分かった……」
「明日は一緒に戻って来よう」
「うん」

 話し合いを終えて、その後は皆でギアン家の美味しい昼食を頂いた。
 テーブルマナーに自信がなかったけれど、サースは気にしなくていいと言ってくれた。

 食事が終わると、すっかり忘れていたけど、谷口くんが昨日持参した私のランチバッグを返してくれた。
 おにぎりは皆で美味しく頂いてくれていたとのこと。良かった!ハムマヨもおいしかったって。

 今日はもう皆には帰ってもらって、私とサースだけで、サースのお父様の元へ向かうことになった。








 お父様の書斎では、昨日と同じように、不機嫌そうな顔をしたイケおじさまが出迎えてくれた。
 何度お目にかかっても、胸がキュンとするお顔をしていると思う。
 この世界で一番に好みの、渋いおじさま顔に思えた。

「日記を読みました。そして、彼女が……祖母と同じ場所に行ってきました」

 サースの言葉に、お父様の表情に少しだけ動揺が走る。

「……なぜ」

 サースがおばあさまから受け渡された指輪の説明をすると、お父様は自嘲するような笑みを浮かべた。

「確かにな……お前の母……あいつは、俺も子供も愛してはいない。形だけの結婚を課せられた、可哀そうな女だ。フリードは……あいつには渡せなかったのだろう」

 そうだ、ギアン家の伴侶に……ということなら、サースのお母さまであっても良かったはずなんだ。

「それで、何が言いたいんだ」
「これだけの情報がありながら、ギアン家は何を?」
「出来る限りのことはしたさ……」

 お父様は語ってくれた。

 闇の魔力を少しでも消化するように、血筋のものや、適性のあるものに可能な限り魔力を使ってもらっていたが、結局、心を病み、闇の魔力が減るより先に、使える人材の方が減って行ったのだと言う。 

「我らの家系は闇の魔力を感じ取れる力には優れている。すぐに分かった。微々たる人員でどうにかできるものではない。恐らく光の魔力を増やす方が早いんだろう。だがそれも……いや……」
「なんです?」
「アランに聞いて見るがいい」
「アラン?」

 サースが顔を顰める。
 塔に閉じ込められたあの時から、サースはアラン王子には会っていないはずだった。

「最初からそうだったわけではない。だが、長い年月が経った今、ギアン家はただの国の囚人だ。闇の魔力を消化する役割のためだけの。例え、心と体を壊そうと、命ある限り、魔力を消化するためだけに生かされている。それを知っても、知らなくとも、何も変わらない……」

「あなたは……」

 サースは、何か言おうとした言葉を飲み込むようにしてから、もう一度言った。

「塔のことは?」
「逃げ出そうとしたものが、閉じ込められていたことは伝え聞いている。本人が意識せずとも、闇の魔力に襲われれば、本能で消そうとするのだそうだ……どこまで正気で耐えられるのか分からんが」
「……」

 サースが閉じ込めれたあの日。
 あれは逃亡者として閉じ込められたということ?

「逃げられん。逃げたものは、居ない。この世界にいる限り、逃げる場所も無い」
「一人居ます」
「……?」
「……死んだことになっているかもしれませんが、先祖の誰かが異世界に逃れ、その子孫が存在していました」
「そうか……」

 お父様は複雑そうな表情を浮かべた後に、少しだけ嬉しそうに微笑んだ。

「だが王家もまた敵ではない」
「……」
「代々聖女を妃に迎えている王家も何もしていないわけではない」

 お父様は私にふと視線を移す。
 鋭い眼差しが私を見つめた。

「ほんの一握りの聖女たちでさえ、出来ることはわずかだろう」
「しかし」

 サースの言葉を遮るようにお父様は言った。

「魔法院も調べただろう?」
「はい」
「何も……関係が出て来なかっただろう」
「……はい」
「魔法を司る者達はいずれやってくる未来に気付かなかったわけではない。かつては魔法院の、最大の研究の題目だったはずだ。はるかな昔からおそらく数百年前までは。だが、欠片ほどにも成果はあげられなかった。追い詰められた人々が、口に出せぬような手段に手を染めたときに、情報は秘匿され、世の中から隠されていった。もう院にはなんの資料も残されてはいないだろう」
「そんな……」
「……話すことはこれ以上ない。もう行け」

 お父様は視線を私たちから外して言った。
 サースを……自らの子供を拒絶するかのように。

「しかし……しかし俺は」

 サースは声を絞り出すように言った。

「俺は、ギアン家の宿命も、俺自身の運命も、そして魔力の均衡も、何もかも諦めるつもりはありません」

 ちらりと、お父様は視線を上げる。

 二人の目が合ったと思ったのは一瞬だけで、すぐに視線は逸らされてしまった。

 サースは息を飲むようにしてから、心を落ち着かせるように深呼吸をした。

 そうして私を促して部屋から出て行こうとする。
 だけど部屋から出るときに振り返って、ためらうように言った。

「……あなたはどうして、子供に語らなかったんですか?」

 お父様はサースを見つめてはいなかった。

「さぁ……なぜだろうな……」

 だけど、その瞳には、ほんのりと柔らかな色が浮かんでいるように見える気がした。








 部屋を出てからもずっとサースは黙り込んでいて、私は彼が心配だったけれど、サースは私を振り返ると「そろそろ帰ろう」と私に帰宅を促した。

「もう少し一緒に居たいな……」
「……しかし、もう遅いだろう」

 腕時計は、夕食の時間が近づいてきている時間を示していた。

「砂里……」

 サースは私の前髪をかき上げるように撫でながら、美しい微笑みを向けてくれた。

「心配はいらない。明日また、話そう」
「うん……」

 漆黒の瞳が私をじっと見つめた。
 まるで今何かに気が付いたかのように。

「サース?」
「いや……」

 微かに笑いながら、サースは言う。

「俺の聖女と……。言っていた言葉の重みを今になって知るのだな」
「……私」

 思わず、サースの胸に飛びつくように抱き付いた。
 ぎゅううと思い切り。

「私はサースだけの聖女だよ……」
「……ああ」
「サースが捕らえられたら助けに行く」
「ああ」
「サースにおかしな役割を背負わせるなら、世界の全てと戦う」
「……」
「サースが一人ぼっちになっても、私は迷わずそこに飛んでいくよ」

 サースはかすれた声を出して私の耳の側で笑う。
 私の心を震わせる唯一の愛しい人の声。

 そうだな、俺はそれを知っているな……そう言いながらサースは、私を強く抱きしめ返してくれた。






(自分の部屋に帰ってからも、明日リリースのゲームアプリの事が気になって寝付けなかった。0時を回っても配信されないアプリにそわそわしていたけれど、気が付いたら眠ってしまっていた。サースはプレイ出来たのかなぁ……と気になって仕方がなかった日)
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