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始まりの章

01:正妻の出産

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「よくやった!男児が生まれたぞ!」
 赤子の激しく泣く声が響く部屋で、この家の主人が無事に生まれた跡取り息子を抱きながら、かたわらの女を褒める。
「目元なんて貴方そっくりね。髪の色は私似ね」
 褒められた女は、主人の抱く赤子を覗き込みながら、得意気に笑う。

「ほらほら、お二人はさっさと出て行ってくださいな。まだ後産が残ってるんですよ」
 産婆が赤子を抱く二人を部屋から追い出す。
「そんな女など、もうどうでも良いから適当にしておけ」
 吐き捨てるように言い、跡取りを産んだを放置して、主人は部屋を出て行った。


「なんだい、アンタの旦那は最低だね。普通は子供を産んだ妻をねぎらうものだろうが。なぜ愛人を褒めるんだい?お貴族様の考える事は、訳がわかんないよ」
 産婆はベッドの上で涙を流す妻の頬を、柔らかい布でそっと拭ってやる。
は、私の子では無いからです」
 赤子をたった今産んだばかりの妻は、それを自分の子では無いと言う。

「何を言ってるんだい。今、自分で産んだんだろ」
 産婆は妻が混乱しているのかと、心配そうな声を出す。
「私ははらを貸しただけ。はあの二人の子供なのです」
 はらはらと涙を流し続ける妻は、やっと空になった自分の腹に手を当てる。

「あんなもの、要らなかった。育てたくなかった。でも、常に見張られていて……殺す事も出来なかった」
 虚空を見つめながら言葉を紡ぐ妻は、混乱しているようには見えない。
「後で話を聞いてやるよ。とりあえず、やらなきゃ行けない事を済ましてしまおうか」
 産婆は妻の腹の上にある手に手を重ね、「要らないものを全部出しちまおうか」
 と声を掛けた。



 後産を終えた妻の体を綺麗にし、産婆は部屋を出る。
 出産が終わったらさっさと帰るようにこの家の主人に言われていたからだ。
 出産を終えた妻の所には、メイドが二人居ただけだった。
 しかも、産婆と入れ替わりに部屋に入ったメイド達は、妻を気遣う様子も無く、無理矢理立たせて部屋に連れて行こうとしたのだ。

「何考えてるんだい!産後は安静にさせるのが常識だろう!?」
 産婆に怒鳴られたメイドは、不満気な顔を隠しもしない。
「だって、この人が居ると部屋の掃除が出来ないじゃないですか。掃除が終わらないと、私達パーティーに参加出来ないんですよ」
 メイドの話に、産婆が驚く。
 出産した妻を放置して、この家はパーティーをしているらしい。

「あ、そうだ。じゃあお婆さん、この人を部屋まで連れてってよ」
 産婆の眉間に皺が寄る。
 頼まれた内容が嫌だった訳では無い。
 先程からメイドが、女主人のはずの女性を「この人」と呼ぶ事に違和感を感じたからだ。

「わかったよ。部屋の場所を教えとくれ」
 産婆が了承すると、メイドは廊下の突き当たりを指差す。
「この先に階段が在るから、それを降りた突き当たり」
 ぶっきらぼうにそれだけを告げて、顎でベッドに横たわる女性を示す。
 さっさと連れて行け、という事のようだ。

「なんか変だね、この家は」
 産婆は独りごちると、ぐったりとしている女性に近付いた。


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