喫茶店、メモリーフラッグの裏メニュー

砂のカモメ

文字の大きさ
1 / 10

裏メニューはいかが?

しおりを挟む
  
「裏メニューお願いします。」

今日もやってきた常連……矢澤さんは、いつもはコーヒーとチーズケーキを嗜んで帰っていくのに、今日は強張った顔で開口一番そう言った。

私はいつものように「かしこまりました」と言い、メルアドを書いた紙を渡して注文内容を送信するよう伝えた。

「あの……せっかく来たんですから、裏メニューの予約だけじゃなくて、何か食べて行きますか?今日雪菜さん考案の新メニュー追加したんですよ」
せかせかと店を立ち去ろうとする矢澤さんに思わず声をかける。図々しかったかなと思ったが、矢澤さんは
「ありがとう……新メニューいただくよ。あとコーヒーお願いしても?」
「かしこまりました。少々お待ちくださいね」
さっきまでのビリビリした雰囲気が少し和らいだようだ。心なしか前より疲れた顔をしているのは気のせいではないようで。

矢澤さんはこの喫茶店「メモリーフラッグ」をたいそう気に入ってくれていて、時には仕事帰り、時には家族を連れて何度も来てくれている。いつも温和な矢澤さんが切羽詰まっているのを見るのは初めてだったので少し驚いた。

普段あんな幸せそうな人にも「消し去りたいもの」があるのだろうか。

「矢澤さん無理してないかしら……前よりやつれたような……」
一旦店の厨房に戻ると、私の親戚であり店の経営者である雪菜さんは心配そうに矢澤さんを見、呟いた。そして、心配だから元気づけに少しサービスと言って新メニューの生チョコバイの横にバニラアイスを乗せた。


メールの内容はこうだった。
「妻から娘の記憶を消して欲しい。三ヶ月前に娘が事故にあって、幸い娘の命に別状はなかったんだが、それ以来妻は娘に過干渉になった。事故の記憶を妻から消したい。」
「奥さんご本人に会わないとできないので、店に来る時に奥さんも連れて来てください。それから事故に遭われた日にちを教えてください。」
「事故にあったのは4月21日。」
「了解しました。時間は夜の9時以降ならいつでも構いませんよ。」
「じゃあ明日夜9時半に向かうよ」
「ご来店お待ちしております。」



 チリンチリンと言う扉のベルが鳴る。予約の時間より少し早いが、矢澤さんが店に入って来たので、「こちらへどうぞ」と誘い、店の一番奥、仕切りのついた個室席に案内する。矢澤さんとその奥さん、そして娘さんの3人だ。

「また来ていただけて嬉しいです」
「ここのシフォンケーキがとっても美味しくて……また食べたいなと思って」
奥さんは微笑みながら言う。

「今の時期は桜シフォンケーキが季節限定でおススメですね」
私はそう言ってメニューにデカデカと載っているピンクのシフォンケーキの写真を指した。
「じゃあ桜シフォンにするわ。あとレモンティー。佳奈もそれでいいわね?」
娘……佳奈ちゃんはコクリと頷いた。
「じゃあ俺は自家製パンケーキセットをください」
「かしこまりました」
注文を取り店の厨房へと引っ込む。

「桜シフォンとレモンティー二つずつ、パンケーキセットとコーヒー一つずつお願いします」
奥からはーいという返事が聞こえたことを確認。再び彼らのいる個室席へ向かわねばならない。お冷とおしぼり、それから「裏メニュー」を提供するために。

私はお冷をテーブルに置きながら「力」を使う条件を満たせるよう、慎重に話題を探す。

「……この間事故に遭われたと聞いて……しばらくお店に来ていなかったのでまた来てもらえて嬉しいって雪菜さんが喜んでましたよ」
矢澤さんの奥さんは雪菜さんと知り合いで、一緒に食事に出かけたりする仲だ。
「雪菜さんが……そうね……娘から目を離すのが怖くて、店にも来れてなかったの。それに最近疲れ気味で」

私は奥さんの手をぎゅっと握る。一瞬驚いたような顔をした奥さんに私は
「事故にあったと聞いた時は何かあったのかと……本当に無事でよかった。」
1、2、3……
「玲ちゃんもそんなに心配して」
4、5
奥さんの言葉は途中で途切れた。そしてゆっくりと目を閉じていく。

握った手と手の間から青白いかすかな光……
「わぁ……すごいすごい!」
佳奈ちゃんがはしゃいでいるのを
「マジックだよ~?すごいでしょ」
と瞬時に応えられる矢澤さんはやはり父親だ。

そんな光景を尻目に、私もゆっくりとまぶたを閉じて奥さんの記憶を探る。記憶を探る時の感覚は巨大な図書館で本を探すときと同じだ。図書館では特定の本を探す時、分類番号やキーワード、刊行年月日などの条件を絞り目当ての本を探す。この力もそれと同じで、4月21日という正確な日にちの記憶を消去することはそう難しくない。

私はゆっくりと目を開け、手を離す。すると光は収束し、やがて消えていった。
「終わった……のかい?」
矢澤さんが恐る恐ると言った調子で聞いてくる。
「はい。4月21日の記憶は全て消去されました」
私は頷き、奥さんを揺する。それまで閉ざされていたまぶたが開かれ、ふわふわとした意識のままの奥さんに笑いかけた。
「あら……?」
「ただ今ご注文のケーキお持ちしますね」
そうして私は厨房の方へと引っ込む。


喫茶メモリーフラッグの裏メニュー。謳い文句は「嫌なこと、苦しいこと、辛いこと忘れさせますその悩み!」
なかなか人気の裏メニュー。それは私のとっておき。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

御曹司とお試し結婚 〜3ヶ月後に離婚します!!〜

鳴宮鶉子
恋愛
御曹司とお試し結婚 〜3ヶ月後に離婚します!!〜

カメリア――彷徨う夫の恋心

来住野つかさ
恋愛
ロジャーとイリーナは和やかとはいえない雰囲気の中で話をしていた。結婚して子供もいる二人だが、学生時代にロジャーが恋をした『彼女』をいつまでも忘れていないことが、夫婦に亀裂を生んでいるのだ。その『彼女』はカメリア(椿)がよく似合う娘で、多くの男性の初恋の人だったが、なせが卒業式の後から行方不明になっているのだ。ロジャーにとっては不毛な会話が続くと思われたその時、イリーナが言った。「『彼女』が初恋だった人がまた一人いなくなった」と――。 ※この作品は他サイト様にも掲載しています。

走馬灯に君はいない

優未
恋愛
リーンには前世の記憶がある。それは、愛を誓い合ったはずの恋人の真実を知り、命を落とすというもの。今世は1人で生きていくのもいいと思っていたところ、急に婚約話が浮上する。その相手は前世の恋人で―――。

女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です

くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」 身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。 期間は卒業まで。 彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。

王様の恥かきっ娘

青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。 本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。 孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます 物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります これもショートショートで書く予定です。

あなたの隣は私ではないけれど、それでも好きでいてもいいですか、レオナルド様

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢エリアーナには、三年間ずっと抱えてきた秘密がある。 婚約者であるヴァルフォード公爵・レオナルドへの、誰にも言えない恋心だ。 しかし彼の隣にいるのは、いつも幼馴染の伯爵令嬢・ソフィア。 儚げな笑顔と上目遣いで男性を虜にするあざとい彼女に、レオナルドも例外ではないようで—— 「レオ、私のこと嫌いにならないでね?」 「……そんなことにはならない」 また始まった二人の世界。

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

処理中です...