喫茶店、メモリーフラッグの裏メニュー

砂のカモメ

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第一章 出会いと別れを繰り返した

第1話 記憶を消す人、消される人〜小学生編〜

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 私は「記憶を消す力」を生まれつき持っていた。しかしそのカラクリを理解し、制御できるようになったのは中学を卒業する頃だった。

この力にはいくつかルールがある
1、記憶を消すには相手の身体の一部に5秒触れていなければならない
2、記憶を消せるのは1日刻みであり、1日の記憶が丸ごと消える(同じ日に花見と焼肉に行って、花見の記憶「だけ」を消すことはできない。花見と焼肉両方の記憶が必ず消える)
3、消したい事象が何日に起きたのかわからない場合にはその事象と同じことが起きた日の記憶全てが消える(花見の記憶を消したいがいつ行ったのかわからない場合、人生の中で花見に行った全ての日の記憶が消去される)
4、私自身に記憶消去を使うことはできない


5、私の体に十五分間触れ続けた人間の記憶は




母は私を産む時、どれだけ期待しただろう。
父は私が産まれる時、どれだけ嬉しく思っただろう。
母は私を抱っこして、どれだけ温もりを感じれただろう。
父は私を抱っこして、どれだけ幸せだったのだろう。


誰が想像しようか。自分の子供を抱いていたら、手を繋いだら、全ての記憶が消えてしまうなんて


もう小学二年生、家から電車に乗ってバスに乗って……遠い道のりも何度も繰り返せば子供だって行けるんだと自分を奮い立たせていたあの頃のことをよく覚えている。

 学校が終わるといつもはまっすぐ親戚の家に帰る。でも今日は違う。今日は……今日だけはどうしても両親に会いたい気分だった。
慣れない手つきで切符を買った。四つ先の駅にいくだけなのにとても緊張する。道行く大人はみんな実際よりずっと大きく見えた。
「あの……海原中央通駅に行きたいんですけど…何番線に行けば……」
自分の頭が出るくらいの有人改札の台に必死に身を乗り出して聞く。
「三番線からですよ」
にこやかに答えた駅員にお礼を言い、改札を通る。

ホームに降りると気持ちいい5月の風が吹き込んだ。
(今日……帰ったら晩ご飯なしかも……)
少しビクビクするがここまできた以上後戻りはできない。意を決して電車に乗り込む。ゆっくりと電車が動き、景色の流れは加速していく。それに比例するように不安と好奇心が大きくなっていくのを感じる。
電車が駅に止まるたび、後三つ……後二つ……と数えるその時には不安は消えて、胸いっぱいの好奇心を抱えていた。
「海原中央通駅~海原中央通駅~。足元にご注意ください。」
私は小走りで電車の外に出る。

ここからさらにバスに乗る。バスのステップは小学生には意外と高い段差だ。慎重にバスに乗り込み、近くの席に座る。後は「海原市立大学付属病院前」というそのままの名前のバス停なので大丈夫だ。やっと会える……

 病院内は特有の薬品とも消毒液ともつかない匂いがした。あまりこの雰囲気は好きではない。そんな気持ちを振り払い受付に行く。
「304号室ですね。面会時間は15:00~20:00までとなっております」
私はコクリと頷いて階段をてくてくと上がった。
 304のプレートを見つけ、思わず小走りになってガラガラと引き戸を開く。

「お父さん……お母さん……」
 小さな声で話しかけてもやはり反応はない。そのかわり、近くにいた看護師さんが
「大人の人と一緒じゃないの?」
と、同じ目線までかがんで問いかけてくる。
「ううん…一人で来たの」
「一人って……ちゃんと病院に行くって連絡したの?」
「……行っちゃダメって怒られるから言わなかった」
今身を寄せている間村さんの家はとても居心地悪い場所だった。ご飯を抜かれて家の外に放置されたり、家のことを全部を任されて、時間までに終わっていなかったら叩かれる。でも、「血の繋がっていないお前を育ててやってる」と言われて仕舞えば何も言うことはできなかった。だってそこにしか帰る場所などないのだから。

 「……今日運動会でみんなお父さんとお母さんが来てて、みんな応援してもらってたの。それで運動会終わったら一緒に帰ってた。だから……」
尻すぼみに声が小さくなって行く私に看護婦さんは笑いかけると、
「ゆっくりしてね。ただし日が沈む前には帰ること。」
そう言って私の頭を少し撫でると病室から出て行った。

「今日は運動会でね、でも組対抗では優勝できなかったよ」
「…………」
「 私は全体種目以外はハードル走に出たの」
「…………」
「全体では負けちゃったけど、でも楽しかった」
「…………」
「でもやっぱりお父さんとお母さんが来てくれないと寂しいな」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………また来るね」
今日も私が一方的に話すだけの時間だったけれど、それでもいいと自分を奮い立たせて、ランドセルをぎゅっと握る。
「バイバイ」
最後にそう言って病室から出た。淡白かもしれないがそれでよかった。この20分くらいの会話の中に私と両親との全部の幸せが詰まっていると信じている。

……でも
病室の扉を閉めてうつむく。
「お父さんもお母さんもどうして何もわからなくなっちゃったの……それに最初に私を預かってくれた林さんも……近所の美香ちゃんも……やっぱり間村さんの言う通り私に原因があるのかな……?」
親戚をたらい回しにされる理由、直接言われたことはないが、私は影で「あの子を預かった人はおかしくなる」と言われていることを知っている。みんな気味が悪いのだろう。


小学五年の時の学年競技は組体操、もちろん全員参加だ。二人技、3人技、7人技、全体技で構成されている。私は仲が良かった由梨ちゃんとペアで技の練習をした。
………そして
「由梨ちゃん………!先生!由梨ちゃんが練習中に倒れて……」
まただ。また………また私の周りの人が……
(これで9人目……もう間違いなく……でもそんなこと……)
幸か不幸か私は親戚中をたらい回しにされているので身内以外では変な噂は立っていない……転校を何回も繰り返せば友達だって入れ替わる。学校で妙な噂が立たないのが幸いだ。
 このよくわからない現象は一体なんなのだろう。私の行く先々で起こるのはもしかして……

「玲ちゃん!玲ちゃんってば!」
私はハッとして我に返った。
「ご、ごめん……」
「大丈夫?元気ないけど……」
クラスメイトの静香ちゃんが心配してくれたようだ。
「……由梨ちゃんのこと……大丈夫かなって」
「うん……なんていうか不思議なんだよね」
その言葉に私は首をかしげる。
「由梨ちゃんの状態はおかしくなったっていうより、戻ったっていう感じなんだよ」
「戻った?」
「そう。この間お見舞いに行ったんだけどね、ベッドサイドのテーブルにベントメモ帳があったの。それで由梨ちゃんそのペンを取って触ったり見たり口に入れたりしてて、最初は本当にどうにかしちゃったんじゃと思ったんだけど」
私は黙って話を聞く。
「そこで私思ったの。ペンの使い方がわからないんじゃないかって。赤ちゃんってわからないものはとりあえず口に入れるでしょ?」
確かにそうだ。私はうんうんと頷く。静香ちゃんは本当に頭がいいなぁと思う。
「それで私が目の前でペンを使ったら真似してくれたの!それで由梨ちゃんペンが使えるようになったんだよ!やっぱり忘れちゃってるだけだと思うの」

「忘れちゃってる」
もしそうなら私には人の記憶を消す力が備わっている。とても傍迷惑で人を不幸にする力が。



小学六年生の中途半端な時期に転校したせいで隠密ないじめにあった。今までは良くも悪くも無邪気な子供のおふざけが行き過ぎたレベルだったのに、やはり中学生近くにもなると多感なお年頃なのだろうか。なまじ知恵があるせいで、先生の前と私の前で見事にキャラを使い分けている。

そして今回のいじめは今までの中でも最悪だった。
「……返して」
定期と両親の写真が入ったカードケース。一体どうするつもりかなど、とっくにわかっている。
「やーだね。こっから落とすから拾ってこいよ!」
そう言って勇気という名前のくせに小物臭がする目の前の男子は窓辺に腰掛け、ケースのホルダー部分に指を通して揺らしていた。彼の左でニヤニヤしているのは取り巻きの男子でいつも一緒にいる。

そうだ。力を試すなら今なのではないだろうか。この力のことはよくわからないが、今までおかしくなった人の共通点は私に触れていたこと。試すなら今だ。
 私はつかつかと男子に歩み寄る。カードケースを取り返しに来たのだと思い身構える目の前の彼と側からニヤニヤしながら見ている取り巻き。とりあえず身構えている男子に何かしてカードケースを落とされるより側から見ている人間をどうにかしたほうがいいかもしれない。

 左の男子に思い切り摑みかかる。不意を突かれギョッとしたような顔を一瞬したが、瞬時に抵抗を始める。私は彼の左手をホールドし、一目散に消えろ消えろと念じた。こんなので平気かは知らないが、取っくみ合いなんてなんのその、やられっぱなしはもうたくさんだ。
 ジタバタという取り巻きの抵抗はすぐに終わり、ゆっくりとまぶたが閉じられる。私は一瞬頭でも打って気絶でもしたのかと思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。

 するとあたりに青白い光が広がる。私は一瞬驚きで怯んだけれど、それが自分の力だという確信があった。ゆっくりと目を瞑り、意識を集中する。その瞬間頭の中に取り巻きの情報が一気に流れてきた。それは全ての記憶の渦に飛び込むように。そしてわかったことは他にも何人かいじめていること、同じクラスの女の子のことが好きなこと、勇気と学校の備品にいたずらしたこと、昨日妹を連れて公園に行ったこと、一週間前焼肉に行ったこと……割とどうでもいい情報まで流れてくる。さてどれを忘れさせようか。
 家族のことはいくらなんでもやりすぎか。とりあえず勇気関連全てといじめたこと、いじめられたことも忘れればもうしないだろうし、こんなところにしよう。

光は収束し、やがて消えていく。なんだか体がだるいような気がする……少しふらつきながもゆっくり立ち上がり息を吐く。果たして成功したのだろうか。
「ん……?あれ……俺は……」
キョロキョロと辺りを見回す取り巻き。
「おいおい……んだよ今の光……智樹行こうぜ」
勇気はだいぶ腰を抜かしたようだ。
「なんのことだ?っていうかお前誰?」
「あ……?何言ってんだ智樹!」

取り巻き……智樹くんと勇気の喧嘩を尻目にいつのまにか床に投げ捨てられていたカードケースを拾う。人のものなんだからもっと大切に…とは無理な話か。でもこれが戻ってきて本当に良かった。

教室をそそくさと後にする。力のコントロールに成功したのは何気に初めてで、私は少し調子に乗っていた……
そう、心のどこかで人とは違うと悦に浸り、特別な力を持つことで他人を傷つけることを正当化しようとする自分自身にこの時の私は気づくことはなかった……
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