喫茶店、メモリーフラッグの裏メニュー

砂のカモメ

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第一章 出会いと別れを繰り返した

第4話 記憶を消す人、消される人〜出会い編〜⑶

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 「この子は沙羅。こっちは一也」
雪菜さんがそう言って、小さな女の子と大学生くらいの青年の方を見た。よく見ると二人とも雪菜さんの面影がある。やはりと言うべきか、雪菜さんも端正な顔をしているのでこの二人もやはりその遺伝子を脈々と受け継ぎ、同じく端正な顔をしている。

「加藤一也です。これからよろしくお願いします」
そう礼儀正しく言うと、一也さんは「沙羅も」と自分の後ろに隠れた小さな少女に向かって言う。少女は一也さんの後ろに隠れていたが、少しだけこちらに見えるように顔を出し、
「……か、加藤沙羅です……これからよろしくお願いします」
と消え入りそうな声で自己紹介した。一也さんはそうでもないようだが、沙羅ちゃんはとても人見知りらしい。
「笹倉玲です。これからこの家でお世話になります。一也さん、沙羅ちゃん、よろしくお願いします」
私も自己紹介をして頭を下げた。

 「オムライスとっても美味しいです」
私の好きなものの中で五本の指に入るオムライス。ましてやそれが雪菜さんのお手製ならばなお美味しい。
「卵に牛乳とマヨネーズ入れてるからふわふわしてるでしょう?」
私はオムライスを頬張りながらこくこくと頷く。
「マヨネーズか。たしかうちの店のパンケーキも少し生地に入れて膨らませてたな」
「えぇ。パンケーキもマヨネーズを入れるとふわふわになって美味しいのよね」
私は知らないことばかりで驚いた。そしてメモリーフラッグに行って見たいなぁと思った。一体どんな店なんだろう。

「雪菜さんの店、今度行ってみたいです」と言う言葉は飲み込んだ。まだ私がきたばかりできっとバタバタしているだろうし、なんとなく言うのが憚られた。きっとその場所には雪菜さんの大切なものがたくさん詰まっている気がして、踏み入ってはいけないような気がした。
 
 いつのまにか雪菜さんと一也さんは昼食を食べ終わっていた……と不意に一也さんが立ち上がり、コルクボードを見る。私もつられて見ると、そこには店のシフトと家事当番の票が貼られていた。どうやら一也さんも店の手伝いをしているらしい。
「一也さんもお店のお手伝いしてるんですね」
私が言うと
「あぁ……大学とかないときは入ってる。あとうちは店の都合も考えて家事は当番制なんだ。だから家事の当番と大学重なったりしたら時間空いてても店手伝えないこともあるんだけどな」
と一也さんはもどかしそうに言う。
「前は大学の講義がある日で家事当番だけでも大変なのに、店の手伝いまでしてたら案の定体調崩して……勉強に支障をきたしちゃいけないし、なんとか説得したのよね」
雪菜さんは懐かしむように言う。
「あのときはたしかに無茶だったな…」
一也さんは苦笑いしながら頭をかく。
私は本当に仲の良い家族だなぁと思いながらふと思う。

どうしてこんな非の打ち所のない家族が私を引き取ってくれたのだろう……むしろ非の打ち所がないくらい優しい人達だから引き取ってくれたのだろうか。家族がおかしくなることは心配ではないだろうか。

食事を食べ終えて、コップに麦茶を注ぎ一息つく。と、不意に
「俺2時からバイトあるから行ってくる」
と言い一也さんは食器類を流しに置くと、椅子にかけてあるジャケットを着込んで言った。
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
一也さんは「行ってきます」と言って玄関の方へ出て行った。

私は食べ終わった皿を流しに置く。続いて二人も皿を流しに置いたので、腕まくりをして皿を洗おうと思ったが、
「今日は疲れたでしょう?お料理作るの手伝ってもらったし、どっちにしても私が家事当番の日だから、今日はゆっくりしてて」
雪菜さんが優しく言うのでお言葉に甘えさせてもらうことにした。

「じゃあ私が手伝う」
沙羅ちゃんが不意にそう言うと、雪菜さんは
「じゃあ今度は沙羅にお手伝いお願いするね」
と言って微笑む。沙羅ちゃんはパッと笑顔になった……が私の方を向くとハッとしたように笑顔を引っ込め照れて俯き、トテトテと小走りでリビングを出た。雪菜さんはクスクス笑って
「沙羅は人見知りで照れ屋さんだけどすぐに慣れるわ。少しずつでもいいから話しかけてね」
私ははいと返事をした。

 話していると沙羅ちゃんは手に台を抱えてリビングに戻ってきた。台をシンクの前に置く。
「じゃあやろっか……と、玲ちゃん好きなことしてていいからね?」
私は頷くと、ひとまず自分の部屋に戻ることにした。

  改めて部屋に戻り、着ていた春物のカーディガンをクローゼットの中のハンガーにかける。少し伸びをしてキョロキョロ辺りを見回す。なんだかふわふわとした気持ちになる。なんとなくベッドに腰掛けてスプリングが少し跳ねるのを感じ、新たな生活がスタートとするのだと認識した。
…………この家にずっといられたらどんなにいいだろう。でもまた何かしでかして迷惑をかけたらどうしよう……悲しい顔をさせてしまったらどうしよう。きっとそれはこの家族にとって大切なものを奪うのと同義だ。そんなことは絶対にしたくない。迷惑だけは……この家庭の平穏を奪うようなことだけは…どんなことがあってもしたくないのだ。
「ずっとここにいられたら」と言う希望を抱く思いと「ここにいてはいけない」と言う自分が何かやってしまうことを恐れた臆病な思いが喧嘩する。

 ぐるぐるとした思考の中で、今までしてきたことを省みる。幼稚園の時から小学校低学年の時はお世話になった人たちの多くが記憶を失くして抜け殻のようになった。

 普段通り自分の仕事から帰ってきて、普段通り玄関から大切な家族だけの空間に入って、そこに記憶のない家族がいたら一体どんな気持ちで過ごせばいいだろう。小学生の小さな時は間村さんのことを「怒鳴り散らしたりぶったりご飯を抜く人」という怖い印象でしか見れなかった。
 間村さんは私を預かってすぐの頃はよそよそしくはあったが、とても丁寧に接してくれる人だった。しかし、間村さんの奥さんの記憶を私が知らないうちに消してしまい、それからどんどんおかしくなって行った。
 私は知っていた。普段は私に対してとてもヒステリックだったあの人が毎日自分の部屋で泣いていることも、腕にずっと包帯を巻いていたことも、たくさん薬を服用してどんどんやせ細って行ったのも、今となってはそれらがどう言う意味を持つのかわかる。しかし当時の私は何もわかっていなかった。いつも自分のことばかり考えて「何も悪くない」「やりたくてやったんじゃない」を呪文のように何度も頭に叩き込んでは、自分のやってしまったことが「取り返しのつかないことである」と言う事実からひたすら逃げた。

 ───そうやって逃げることを繰り返して13年、いつのまにか中学生になる年齢。私はこの家で、今度は何から逃げるのだろう───
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