101 / 1,278
第二章 【西の王国】
2-70 家族
しおりを挟むハルナは、この世界で再びその名前を聞くことになるとは、夢にも思わなかった。
「冬美さんが……ここに!?それで、今はどこにいるのですか?」
目をキラキラさせて尋ねるハルナに、老婆は申し訳なさそうにその問いに答える。
「……もう、いないよ。この世には」
その答えに、ハルナの表情は固まったままになる。
老婆の言葉の意味はわかっていたが、頭の中で処理できない。
クリエがハルナの表情から、心配している。
顔は笑っていたが、その瞳からは涙が流れ落ちていた。
「冬美さんが……そ……そんな、冬美さんが……そんなっ!?」
ハルナの悲痛な叫び声が、食堂内に響きわたる。
そして叫び声は、鳴き声に変わっていく。
誰も、そんなハルナに声をかけることはできない。
一通り泣き尽くして、気持ちが落ち着く。
まだ信じられないが、この場面で嘘をついても誰も得をすることはない。
ゆっくりと事実を飲み込む努力をした。
「ハルナさん……」
クリエが心配そうに、ハルナの名を呼ぶ。
「……ご、ごめんなさい。も……もう、大丈夫です。すみませんでした」
ハルナは、ようやく話ができる状態になった。
それを待っていた老婆が、次の情報を告げる。
「結局は、記憶を取り戻してから二週間くらいで息を引き取ったのさ。毎晩うなされている時に、あんたの名前を呼んでいたよ。ハルナさん」
老婆は、ハルナにこの場で待つように言って席を立ち、そのまま自分の部屋に入っていった。
しばらくして戻ってくると、手には小さな木の箱がある。
その箱をハルナの前に置いて、また自分の飲みかけのグラスが置いてある席に腰掛ける。
「その箱を開けてみな」
老婆は、ハルナに目の前の箱を開けるように促す。
その指示のままに、箱を手に取り蓋をあける。
「これは……」
「あの子……フユミがうちに来た時に、身に付けていたものだよ。もし、この世界に一緒に来たものがいた時に渡して欲しいと最期に頼まれたんだよ」
そこには、あの夜に身に付けいた装飾品が入っていた。ピアスとネックレスとブレスレットだった。
「あんたが、持っていた方がいいじゃろ?」
老婆は、寂しそうに告げる。
その気配を感じたハルナは、一つ気になることを質問した。
「どうして……どうしてお婆さんは、冬美さんにそこまで……」
「そこまで見ず知らずの女に親切にしたかって?」
ハルナが言い終える前に、老婆は言葉を割り込ませてきた。
その言葉はハルナが伝えようとしていた内容、そのままだった。
「私にもね、娘がいたのさ。病気で亡くなってしまったがね」
この宿屋は、親子三人で始めたものだった。
老婆の夫は、元々は西の国で警備兵をしていた。
だが、結婚するにあたって、危険な仕事からは距離を置きたいと二人で宿屋を始めることにした。
準備が整い、開店直前に娘を授かった。
随分と時間はかかったが宿の運営も起動に乗り、何度も使ってくれるリピーターも増えてきた。
ここから幸せな日々が始まると思っていた。
しかし、突然夫を失ってしまうことになる。
客から頼まれて森の道案内をしていた時に、落石事故で命を落としてしまった。
悲しむ暇はないと、当時十五歳になったばかりの娘とこの宿を守る決意をした。
利用客も、協力的に利用してくれるようになった。
忙しさと利用客の優しさと娘の存在が、心に開いた穴を埋めてくれた。
だが、不幸はまた、老婆に襲いかかる。
今度は娘が原因不明の病に倒れる。
店と母親のためにと恋愛や結婚もせず、ずっと母親と一緒に働いていた。
そして、発症してわずか二カ月で永遠に眠ることになった。
娘の亡骸を夫の隣に埋葬し、悲しみに明け暮れていた。
このまま店を畳んで、自分も二人の後を追うことも考えた。
だが、この店は家族の証。
無くしてしまうことに強い抵抗感があった。
そんな時だった。
冬美がこの宿に助けを求めてきたのは。
今度は、悲しみを紛らわすように面倒ごとがやってきた。
(こういう運命なのかね?)
老婆は、冬美を宿の中に入れた。
町から高い名医を紹介して診てもらったりもした。
その医者が言うには、衰弱しておりその生存率は半々とのことだった。
「……死なせやしないよ、絶対に!」
老婆は、必死になって世話をした。
大精霊にも、毎日祈り助けを乞いもした。
その甲斐もあり、冬美は再び身体を動かせるまでに回復した。
その記憶は失われてしまっていたが、そんなことはどうでも良かった。
一つの命が助かったことに、老婆は安堵した。
今度は、心労と看病疲れで老婆が倒れてしまった。
しかし、客は来る。
冬美は、何か手伝えることがあればと言ってくれたので、宿について冬美に指示を出し手伝ってもらうことになった。
とはいえ、右も左もわからない場所で、知らない人間ばかり。
だが、ほとんど客が自ら進んでやってくれていた。
しかも、新規の客の対応まで既存の客がやってくれるというおかしな状況になっていた。
食事の提供は、冬美が行なった。
記憶を失っても、調理はできた。
元々なんでもできていたので、食材や調味料を確認し、それにあった料理を提供していた。
その時、最初に作ったのがおでんだった。
調理も簡単で、減っていく具材だけ管理すれば良かった。
客は勝手に取っていって、伝票に記入する。
消費したものだけ支払う。
客を信用しての提案だったが思いの外、利用者からもウケが良かった。
そこで手の空いた時間で、冬美は老婆を看病した。
症状もそんなに重くなく、次第に老婆の症状が寛解する。
職場に戻ると、冬美の客からの人気は凄かった。
こんな短期間で、客の心を掴むのは何か特殊な力があるのかとも感じさせる。
そこから数日経ち、冬美が話しがあると言った。
『記憶もないし、行くあてもない。できれば、ここで働かせて欲しい』
と。
老婆はこの血の繋がっていない女性を、わずか一ヶ月弱でこんなにも受け入れてしまった。
娘の代わりにはならない。
そんなことは、充分わかっている。
(でも、この子と一緒にこの先も過ごせたら……)
そんな希望が生きる糧になる。
「フン。仕事は厳しいよ、ちゃんとやれるんだろうね!」
老婆は、新しい家族を迎え入れることを決めた。
0
あなたにおすすめの小説
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました
蒼衣翼
恋愛
アイメリアは今年十五歳になる少女だ。
家族に虐げられて召使いのように働かされて育ったアイメリアは、ある日突然、父親であった存在に「お前など家族ではない!」と追い出されてしまう。
アイメリアは養子であり、家族とは血の繋がりはなかったのだ。
閉じ込められたまま外を知らずに育ったアイメリアは窮地に陥るが、救ってくれた騎士の身の回りの世話をする仕事を得る。
養父母と義姉が自らの企みによって窮地に陥り、落ちぶれていく一方で、アイメリアはその秘められた才能を開花させ、救い主の騎士と心を通わせ、自らの居場所を作っていくのだった。
※小説家になろうさま・カクヨムさまにも掲載しています。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる