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第2話 最初の正義
しおりを挟む■朔也視点
「朔也、異常行動を検出。学食エリア、テーブル番号18にて不審な物品の受け渡し。」
カスパーの声が脳内に響いた瞬間、俺はパンケーキを口に運ぶ手を止めた。目の前に並ぶ学生たちのざわめきの中、俺だけが静かにその意味を読み取る。視線を僅かに動かすと、テーブル越しに男と女が向かい合って座り、テーブル下で小さな包みを交換しているのが見えた。
ARグラスが即座に顔認証を開始し、ふたりのプロフィールがホログラムとして視界に浮かぶ。女子は藤村優菜、保健医療学部二年。過去に向精神薬の過剰摂取歴あり。男子は小田倉誠、理工学部一年。過去にネット上で禁止薬物に関する書き込み履歴が複数。
「渡されたのは……カプセル状。市販薬に偽装された向精神薬。違法取引の可能性高し。」
学食という公共空間で、こんな露骨な取引をやってのけるとは。監視社会を甘く見ているのか、それとも麻痺しているのか。どちらにせよ、彼らがこのまま放置されれば、次の犠牲者は確実に出る。
「記録開始。周囲の監視カメラと音声記録を統合。」
カスパーの指示で、複数の角度から撮られた映像がリアルタイムで解析され、証拠がパッケージ化されていく。
俺は、学内の匿名通報サイトを利用して、映像と共に薬物売買の詳細を送信した。だが、それだけでは足りない。警察や大学がどこまで動くかは不明だし、軽犯罪として揉み消される可能性もある。
「“学内正義執行委員会”の投稿準備を。」
俺は静かに呟いた。このアカウントは、前回の万引き犯・相原の件で用いたもので、既に学内SNSで一定の注目を集めている。
今回の投稿には、取引現場の動画の切り出し、2人の顔写真に簡単なモザイクをかけ、字幕で薬物売買の様子を説明。注意喚起と称しながら、実質的に「晒す」行為だった。違法行為の抑止を目的としつつ、その影響力がいかに大きいかを俺自身、理解していた。
──翌日。
キャンパスは異様な空気に包まれていた。藤村と小田倉の姿は見えない。代わりに、彼らの行為を話題にする声が、そこかしこで聞こえてきた。
「まじでやばくない?あんな取引、うちの大学で……」
「正義執行委員会って、誰がやってんだろ?公安とかじゃね?」
面白がる声と、恐れる声が混在する。俺はただ、教科書を開いて講義の準備をするふりをしながら、それらの反応を静かに受け止めていた。
カスパーが囁く。
「藤村優菜、実家から呼び戻される。小田倉誠、大学より事情聴取通知あり。行動は想定通り。」
「正義とは、時に冷たい。だが、それでも誰かがやらなきゃならない。」
俺の声は誰にも届かない。だが、その言葉に宿った覚悟は、すでに「笑う男」という都市伝説を形作り始めている。俺の正体を知る者は、まだいない。けれど、俺の“やり方”が確実に何かを動かしている。
それが快感だった。人の目を盗みながら、人の心を変える感覚。かつての研究所でAIに向き合っていたときには得られなかった、圧倒的な現実感。
「朔也、映像拡散速度上昇中。関連投稿に対する反応数が増加。次のステージへ移行するか?」
「まだだ。これはあくまで“最初の正義”だ。誰もが見落とすような小さな犯罪が、やがて命を奪う。それを証明するための布石。」
笑う男。誰かがそう名付けた仮面の存在が、今、静かに牙を研いでいる。
第2話 最初の正義 終わり
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