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「すみません。待ちました?」
「待ってないよ」
白い息を吐いて先輩は俺の手を取って歩き始めた。手はひんやりと氷のように冷たい。待ってないなんか絶対嘘じゃん。手を外して彼の服のポッケの中に入れてあげると何故かムッと不満気な顔をしていた。
「手、繋ぐの嫌だった?」
「いや違います。寒そうだったんで」
「そこは創の手で温めてくれるとこだろ」
彼の細長い骨ばった手が俺の手に絡む。面と向かってこんな事を言われると面映ゆい気持ちになった。しかし後にこの男が妹に惚れると思うと顔の熱は冷めた。
先輩と居ると調子が狂うしこちらから先手を打とう。
「ま、じゃなかった。湊。その」
「ん?」
「俺の家に来ませんか?」
そう言うと湊の笑顔がスっと消えた。
何故このタイミングで?可愛い天使を見せてやると言われてそこはいつも以上の笑顔になるところだろう。
「創、そういうのまだ早いと思うし、俺は創を大切にしたいと思ってる。だからもっと手順を踏んでからそういう事をしたいと思ってるんだ」
「……え?どういうことですか?」
「うーん、本当に警戒心が無くて心配だなぁ。そこも可愛いんだけど。まあとりあえずそれはもうちょっと後でいいよ。な?あと他の奴を家に入れたらダメだぞ」
彼の言葉の意図が分からず俺は思考を巡らせた。家へ行く=結婚のご挨拶なんて思ってるのかな。思い込みが激しいな。
「で、でも湊には妹に会ってもらいたくて」
「妹?どうして?」
付き合わせるためです、なんて言えない。くそっ、本当は二人を付き合わせるどころか引き離す為に近付いたのにどうしてこんな目に。まぁ自業自得ですけど……。
「すっ、すっごく可愛いから是非見て欲しいなって」
「へえ、写真とかあるの?」
「はい!どうぞ」
数多ある妹の写真の中から俺は最近の写真を見せた。タイトルをつけるならばクレープの妖精ちゃん。クレープを頬張る姿はマジで妖精の国から迷い込んでしまったのかと思い込んでしまうほど可愛い。実物の方が可愛いのは当たり前だが写真でもめちゃくちゃ可愛い。これなら湊も正気を取り戻し妹に惚れて俺をこの場で振るだろう。
そう考えていたが、彼は写真を見て直ぐに視線を外した。
「創とはあんまり似てないんだね」
「当たり前ですよ!うちの妹はすっっごく可愛いんで!俺が兄になれたのはきっと前世の俺が何か良い事を沢山したからだと思います。世界救ったとか勇者だったとか」
「はは、凄く好きなんだな」
「大好きです!」
「そうか。でも、ちょっと彼氏的には妬けるな」
妹の事を嬉々として語っていたが、湊の言葉にピシリと固まる。あれ、まだ妹の事好きになってないのか?写真でも充分可愛いのに、やっぱり湊程のイケメンだったら美女に耐性がついてるのかもな。やはり本物に会わせないと。
脳内で計画を立てている最中、湊は困ったように眉を下げた。
「おいおい、彼氏がこんなにアピールしてるのに無視か?」
「えっ、あ、すみません!湊の事も好きですよ」
「取って付けたような言い方だな」
「うぐっ、ほほ本当ですよ!」
んー?と彼は目を眇めて俺の顔に近付く。近い!いちいち距離が近い!妹と付き合った際は程良い距離感を保つようにしっかり湊に言い聞かせなくては。
湊は俺の唇に人差し指を当てた。そして悪戯を思いついた子供のように言った。
「そうだ。創からキスしてくれないか?」
「何でそうなったんですか!?」
「創が本当に俺の事が好きならキス出来るだろ?好きじゃないなら別にしなくていいけど」
う、そう言われたらキスしないといけないじゃないか。まあ落ち着け俺。一度湊の方から額にキスされたことはあるし俺だって出来る。
グッバイ、俺のファーストキス……。
俺は湊の両肩を掴む。湊はちょっと驚いたように目を見開いたが口角を上げて微笑んでいた。意を決して顔を近付ける。心臓がバクバクと煩い。もう少し、というところで俺は怖気付いて進行方向を変えて頬に口付けた。
「……あれ、そこ?」
「そこもキスのうちの一つですよ!はい終わり!俺が湊の事好きって証明出来ましたね」
「うーん、ちょっと納得いかないけど創からキスしたのはこれが初めてだよな?」
当たり前だ。こんな平凡な野郎に今まで彼女が居たと思ってるのか?
頷くと湊は「じゃあいっか」と笑顔になった。よ、良かった。正直唇じゃないから拗ねるかと思ったけど満足してくれたようだ。安心したのも束の間、彼が俺の腰に手を回し、そして俺の唇に柔らかいものが重なった。
え?思考が停止し頭が真っ白になる。対して彼は角度を変えて触れるだけのキスを何度も落とす。俺が動揺して抵抗も出来ない間に彼の舌の先が俺の唇をこじ開けようと突いた。せめてそれだけは、と唇を固く結んだが、人の声がどこからか聞こえてそっちに意識が移った。彼の背中を叩くが離す様子は全く無い。声を掛けようと口を開いた瞬間、獲物を捕らえるように舌が差し込まれた。
「みなっ、んぁ」
口付けは更に深くなり、彼は舌を這わせ俺の口腔内を貪る。痺れるような初めての感覚が俺を襲い、また唾液の混ざる音が聞こえ羞恥心も湧いてきた。
人の足音が近付くと流石に湊も唇を離した。名残惜しそうな顔をして俺の口の端から零れるものも舐めとる。
「ごめんな。びっくりした?」
力が抜けて上手く立てず湊に寄り掛かりながらこくこくと頷く。
「抱っこして連れてこうか?」
「や。それは、だめ」
妹にこんな醜態を見せられるわけが無い。酸欠でろくに話せないし落ち着いてから行きたい。そんな俺の気持ちを汲み取ったのか、湊は子供を宥めるように俺の頭をいつものように撫でた。すると、自然と気持ちが落ち着き力が戻った。さっきまで子鹿のようだった足が元に戻り俺はまるでク○ラが立ったように喜んだ。
「あ、た、立てた。立てました。もう大丈夫です」
「良かった」
「てか湊のせいですからね!?あああんなの駄目です!もう二度とキスは駄目。駄目です」
「えっ、二度と?そんな」
「もう怒りましたから!さようなら!」
全力で走り、湊から逃げるように家へ向かった。
湊の馬鹿野郎。本当に奴は油断ならない男だ。初めてのキスなのに許可も無く急にしてきて、なんて奴だ。
こんなのを妹にもするのだろうか。妹は俺の百倍繊細で純粋だから倒れてしまうかもしれない。妹にも、あんな風に甘い言葉を囁いてキスをするのだろう。でも俺なんかよりもっと大事に優しくするだろうか。
徐々に足取りが重くなり、少し屈んで息を整えた。深呼吸を繰り返しても息が辛い。
「……ムカつく」
胸の奥でまだ何かが疼く。厨二病にでもなったのかな、そう思い直して前を向いた。
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