押し倒す前に言え!

ぽぽ

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 ついに我が国で同性同士の婚姻を認める法案が可決された。
 
 その話を聞いても僕は何とも思わなかった。だって、僕の恋愛対象は異性だ。思うことがあったとしても、同性愛者の人は嬉しいだろうなぁ、良かったね、とか他人事である。
 しかし、殿下の次の言葉で僕の心は変わった。
 
「しかしね、貴族の間では未だ偏見が残る。だから国内に広まるのは中々難しいだろう。一度、前例が出来ればいいんだけどなぁ……」
 
 顎に手を添え、眉間に皺を寄せる殿下に対して、僕は目を爛々とさせた。
 
 それ、僕がなればいいんじゃない?
 
 僕の成果で同性婚が広まったら殿下も喜んで僕に感謝して何かしら褒美とか貰えるかもしれない!
 
 僕は大きな声で言えないが権力やお金が大好きだ。幼い頃、僕は親に捨てられ孤児院で過ごしていた。孤児院は商人や貴族からの寄付で経営されているが、全然お金が足りなかった。いつも固くてボロボロになった黒いパンを食べて凌いでいた。
 
 昔に比べて今は薬師に就き、安定した収入を得て何とか子供達の食材や衣服を購入出来ているが、まだ足りない。本当はもっと味の濃いものを食べさせてやりたいし、服も破けたら新しいものを買ってやりたい。
 そのためにはお金が必要だ。そして子供達に良い親元を紹介できるために、権力者に媚びて媚びて媚びまくって良い待遇を受けさせたい。
 
 そんな中、殿下ことアルドバルト第三王子は僕らの住む孤児院へ定期的に慰問に訪れる神のようなお方である。
 殿下はいつも人数分お菓子を持ってきて子供達の相手をしてくれる。普通の貴族は、薄汚い庶民が近寄らないで欲しいとまるで吐瀉物を見るような目をしているが、殿下はいつも優しい笑顔で子供達の話を聞いてくれる素晴らしいお方だ。
 殿下の困り事は是非とも叶えたい。そして王家に媚びを売ってうちの孤児院をご贔屓して欲しい。
 
 だけど僕が同性と結婚しました!と発表しても世間からしたら「そうですか。変わってますね」程度の認識しか持たれないだろう。地味で痩せっぽちの平民の結婚なんて興味が無い人が大半だ。やはりインパクトのある人物と結婚しないと意味が無い。
 
「僕と結婚してくれる人なんて……」
「んぁ?結婚?お前が? 」
「うわ、ガディウス!」
 
 僕のベッドに横になる大男は、長い赤髪を掻きながら、大きな欠伸をする。
 
「ガディウス!また僕の部屋に勝手に入んないでよ」
「別にいーだろ。このベッドだって、俺があげてやったものだしな」
「自分の家で寝ろよ!そっちのベッドの方がでっかいし柔らかいだろ」
「ん?じゃあへズも俺ん家で寝る?」
「寝ない!なんで僕がガディウスの家で寝るんだよ!」
 
 ガディウスは渋々僕のベッドから起き上がり、近くの椅子に腰を下ろした。こいつ、当たり前のように僕の部屋に居座りやがって、さっさと出てけよ。しかも体がデカすぎて僕の椅子からミシミシ不穏な音が鳴ってるし。

 
 ガディウスと僕の間柄は、所謂幼馴染というやつだ。幼い頃は同じ孤児院に引き取られ寝食を共にしてきた。そんなガディウスは僕にとって兄弟のような存在である。
 
 しかし、ガディウスはいつの日か、代々有能な騎士を輩出する男爵家に目をつけられ、孤児院から引き取られた。
 ガディウスは他の子供たちに比べ体格も良く力も強い。買い出しの力自慢が居なくなってしまい残念に思ったが、ガディウスにとっては最高の縁だろう。僕はガディウスの旅立ちを盛大にお祝いしようとしたが、ガディウスはかつてないほどに怒りを顕にしていた。余りの気迫に泣き出す子供達もいる程に。
 
 ガディウスは何故か男爵家の養子縁組の話を蹴ると言い出したが、そんな事をされたら困る。相手は貴族だ。
 下手に生意気なことを言って援助を受けられなくなったら孤児院の経営に関わる。異常な小児愛者とかだったら考えようもあるけど、相手は平民にも分け隔てなく優しいと有名な男爵家だ。それに、子供が出来ないから我が子のように扱いもちろん後継者にするというこれ以上ない優遇だ。精一杯説得すると漸くガディウスは納得した。
 
 
 嵐は消え去った、と感じていたが、ガディウスは男爵家から抜け出し定期的に孤児院に訪れた。孤児院から離れたくせに口煩く文句を言ってくるガディウスに対して徐々に苛立ちが募る。
 
 やれ仕事の掛け持ちをやめろだの接客業や人前に出る仕事は控えろだの孤児院の内見に来る人数を減らせだのと指示が多い。
 
 僕だって仕事を増やしたくないけど孤児院の為に金を稼がないといけない。お金を稼ぐために仕事なんて選んでいられないし、なるべく子供達に良い縁が訪れるように色んな人が見に来れるようにするのは当然じゃないか。
 
 そう反発する僕に対してガディウスはさらりと流して勝手に職場に退職届を出したり内見に来る貴族の話を裏で断ったり、最低な野郎だ。
 勝手にするんじゃなくてせめて僕に話せよ、と怒っても「どうせ俺が言ってもへズは辞めないだろ」と言われてぐうの音も出なかった。
 
 ガディウスは口だけでなく、代わりに僕が前からなりたかった薬師の参考書を買ってくれたり孤児院に援助してくれたり良い事もしてくれた。だが、僕にとってそれは屈辱だった。僕の力でこの孤児院を救いたくてお金を稼ぎたかったのにこれじゃあ意味が無い。ガディウスにおんぶに抱っこで情けない。
 
 そんな僕の心も露知らず、ガディウスは呑気に頭の後ろで手を組んで口を開いた。
 
「んで、結婚って?」



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