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十八歳
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翌朝ユーキは元気に電話を掛けてきて、ちゃんと自宅に帰って荷物を全部持ち出せたと言った。
「大方の荷物は送り終わってたんだけど、ウォークマンとか傘とか、そういうやつ。いつでも飛び出せる格好で寝たから、足にジーパンの縫い目のあとがついた」
「今、どこ?」
「まだ家。これからターミナル駅に向かう」
「もう?」
「あんまり家の中にいたくないから。早めに出て、どこかで時間潰す」
「ダメだ、ひとりで行かないでよ。見送るから」
「うん、最後にマッシモとオガサーラの顔を見たかったな」
駅前に一軒だけある喫茶店にいてくれとユーキに頼み、運転免許を取り立てなのにと渋い顔をしている母から車の鍵を借りた。そのままオガサーラの家に行き、まだ寝ているからと部屋に通してくれたお祖母ちゃんに礼を言ってから、オガサーラの布団を剥いだ。
「ユーキの見送りに行くぞ!」
「夜だろ?」
「事情が変わったんだ。今、駅前でコーヒー飲んでる」
僕の表情を読んだのか、オガサーラはのっそり立ち上がって顔を洗いに行った。うっすらと生えた髭と、筋肉質の身体。パジャマ代わりのスウェットパンツの尻は盛り上がり、Tシャツの袖から出た腕は太い。それは僕が欲しかった男らしさだった。
ユーキを待たせていた喫茶店にふたりで行き、車を家まで戻した。いつも行っていた神社やらまだ桜の咲かない遊歩道やら、三人で何度も歩いた道をもう一度歩いて、ユーキが長くアルバイトをしていた中華料理屋で食事して、餃子をサービスしてもらった。
「次にこんなふうに、三人で会えることはあるのかな」
ユーキが言う。
「あるさ。路線図で見たら、そんなに遠くない」
僕が答えた。オガサーラは何も言わず、ただ頷いていた。
「ふたりとも、電話をひいたら番号を教えてね」
「ユーキの寮が迷惑がるくらいに電話してやるよ」
コップの水を飲み干したユーキが、オガサーラの顔を見た。
「オガサーラ、あんたが一番心配」
僕は驚いて、ユーキの顔を見る。逞しく明るいオガサーラは、今までだって上手くやってきたのだ。最後の数日間を除いては。
「なんだよ、俺は洗濯も料理も問題ないぞ。マッシモよりは、よっぽどマトモに生活できる」
オガサーラが茶化すのをユーキは切なそうに見て、溜息を吐いた。
「あんたは我慢強いくせに、脆い。頭が良くて行動力があるのに、臆病」
「学年一番の才媛に頭が良いとか言われてもねえ、嫌味にしか聞こえねえや」
そのやりとりを聞きながら、ああやっぱりと思った。ユーキはきっと、オガサーラが好きだったのだ。
「僕のことは心配してくれないの?」
冗談めかして自分も同席しているのだと主張した。
「マッシモは心配ない。真っ当に育ってきたひとだもん。真っ当に大学を出て、普通に社会人になる未来しか見えない」
「ある意味、ひどい気がする」
三人で笑い、席を立った。中華料理屋の主人に、ユーキは何度も頭を下げていた。
ターミナル駅まで三人で行き、夜行バスの時間を待った。しんみりした空気になるのが嫌で、やけにふざけていた気がする。
「俺は明後日の新幹線だ。マッシモは?」
「僕は最後の週。家電とか買わないとならないから、親と一緒」
僕だけが、親掛かりだ。何かずいぶん遅れを取った気がして、下を向いた。
「バス、入ってきた」
ユーキの声が緊張した。オガサーラが左右に僕とユーキの腰を引き寄せ、僕たちは三角形に身体を寄せる。
「よし、エール!」
「やめてよ、恥ずかしい」
「いや、やる」
僕も言い、ジタバタするユーキの肩をふたりでがっちりとキープし、中心に頭を沈めた。
「未来を我が手に!」
オガサーラがコールし、僕とユーキの声が重なる。郷土史研究会、これにて解散。
バスの窓から手を振るユーキを見送って、オガサーラとふたりで電車に乗った。
「行っちゃったなあ」
「行っちゃったねえ」
前日のドタバタは、言わなかった。オガサーラが電車の窓を細く開けると、冷たい風が流れ込んでくる。
「高校生活、おまえらのおかげで楽しかったわ」
「僕もだよ」
これから来る未来がどんな形をしているのか、僕たちがどんな大人になっていくのか、そうしてこの関係性は。オガサーラが座席で目を閉じる。僕もまた目を閉じ、四月からの生活に思いを馳せた。
「大方の荷物は送り終わってたんだけど、ウォークマンとか傘とか、そういうやつ。いつでも飛び出せる格好で寝たから、足にジーパンの縫い目のあとがついた」
「今、どこ?」
「まだ家。これからターミナル駅に向かう」
「もう?」
「あんまり家の中にいたくないから。早めに出て、どこかで時間潰す」
「ダメだ、ひとりで行かないでよ。見送るから」
「うん、最後にマッシモとオガサーラの顔を見たかったな」
駅前に一軒だけある喫茶店にいてくれとユーキに頼み、運転免許を取り立てなのにと渋い顔をしている母から車の鍵を借りた。そのままオガサーラの家に行き、まだ寝ているからと部屋に通してくれたお祖母ちゃんに礼を言ってから、オガサーラの布団を剥いだ。
「ユーキの見送りに行くぞ!」
「夜だろ?」
「事情が変わったんだ。今、駅前でコーヒー飲んでる」
僕の表情を読んだのか、オガサーラはのっそり立ち上がって顔を洗いに行った。うっすらと生えた髭と、筋肉質の身体。パジャマ代わりのスウェットパンツの尻は盛り上がり、Tシャツの袖から出た腕は太い。それは僕が欲しかった男らしさだった。
ユーキを待たせていた喫茶店にふたりで行き、車を家まで戻した。いつも行っていた神社やらまだ桜の咲かない遊歩道やら、三人で何度も歩いた道をもう一度歩いて、ユーキが長くアルバイトをしていた中華料理屋で食事して、餃子をサービスしてもらった。
「次にこんなふうに、三人で会えることはあるのかな」
ユーキが言う。
「あるさ。路線図で見たら、そんなに遠くない」
僕が答えた。オガサーラは何も言わず、ただ頷いていた。
「ふたりとも、電話をひいたら番号を教えてね」
「ユーキの寮が迷惑がるくらいに電話してやるよ」
コップの水を飲み干したユーキが、オガサーラの顔を見た。
「オガサーラ、あんたが一番心配」
僕は驚いて、ユーキの顔を見る。逞しく明るいオガサーラは、今までだって上手くやってきたのだ。最後の数日間を除いては。
「なんだよ、俺は洗濯も料理も問題ないぞ。マッシモよりは、よっぽどマトモに生活できる」
オガサーラが茶化すのをユーキは切なそうに見て、溜息を吐いた。
「あんたは我慢強いくせに、脆い。頭が良くて行動力があるのに、臆病」
「学年一番の才媛に頭が良いとか言われてもねえ、嫌味にしか聞こえねえや」
そのやりとりを聞きながら、ああやっぱりと思った。ユーキはきっと、オガサーラが好きだったのだ。
「僕のことは心配してくれないの?」
冗談めかして自分も同席しているのだと主張した。
「マッシモは心配ない。真っ当に育ってきたひとだもん。真っ当に大学を出て、普通に社会人になる未来しか見えない」
「ある意味、ひどい気がする」
三人で笑い、席を立った。中華料理屋の主人に、ユーキは何度も頭を下げていた。
ターミナル駅まで三人で行き、夜行バスの時間を待った。しんみりした空気になるのが嫌で、やけにふざけていた気がする。
「俺は明後日の新幹線だ。マッシモは?」
「僕は最後の週。家電とか買わないとならないから、親と一緒」
僕だけが、親掛かりだ。何かずいぶん遅れを取った気がして、下を向いた。
「バス、入ってきた」
ユーキの声が緊張した。オガサーラが左右に僕とユーキの腰を引き寄せ、僕たちは三角形に身体を寄せる。
「よし、エール!」
「やめてよ、恥ずかしい」
「いや、やる」
僕も言い、ジタバタするユーキの肩をふたりでがっちりとキープし、中心に頭を沈めた。
「未来を我が手に!」
オガサーラがコールし、僕とユーキの声が重なる。郷土史研究会、これにて解散。
バスの窓から手を振るユーキを見送って、オガサーラとふたりで電車に乗った。
「行っちゃったなあ」
「行っちゃったねえ」
前日のドタバタは、言わなかった。オガサーラが電車の窓を細く開けると、冷たい風が流れ込んでくる。
「高校生活、おまえらのおかげで楽しかったわ」
「僕もだよ」
これから来る未来がどんな形をしているのか、僕たちがどんな大人になっていくのか、そうしてこの関係性は。オガサーラが座席で目を閉じる。僕もまた目を閉じ、四月からの生活に思いを馳せた。
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