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約束
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期末考査で、田中は学年トップだったらしい。僕については、言いたくない。学校から配られた、順位の記載されたペーパーに自分で親の確認印を押し、個人控え分は千切って学校のトイレに流してしまった、とだけ言っておく。これは通知表をもらった後にバレて、親と大喧嘩をする材料になるのだが、また別の話である。
とりあえず、彼女は目標に向かって着々と準備を進めていて、休み時間に読んでいる本すら、芥川龍之介や太宰治のような国語の試験に使われやすい小説になっていた。その間に僕がしていたことは、田中の表情を窺い彼女を綺麗だと思っていることと、400mのタイムが伸びなければ長距離に転向しろと陸上部の顧問に言われて不貞腐れたことくらいで、相変わらず自分にできることが何か、なんて考えもしなかった。
成績が良いヤツは生まれ持って頭が良く、足の速いヤツは努力しなくても足が速い。だから、僕に向いている何かがあるのだろう、と考えていただけだ。努力とか根性なんて言葉は自分とは違う世界の話で、すべては生まれ持った才能に左右され、平凡な両親から与えられる平凡な日常は、うんざりするほど長い一生の間ずっと続く気になっていた。平凡を続けることにも努力が必要だと思うこともなかった。
もう2月も終る日、今日も田中には出合わなかった、と歩く道で背中から声をかけられた。
「また、散歩? 飽きない?」
白いコートが早足で近付いてくると、僕の鼓動は早くなった。田中は僕の胸の双眼鏡を指差し、あ、それ? と聞いた。首から外して渡すと、双眼鏡を目にあて、頤を持ち上げながら手慣れた様子でピントのダイヤルを調節した。
「そんなに倍率は高くないんだね。」
ダメ、ここじゃ他の光が入っちゃう、と言いながら田中が僕に双眼鏡を戻すまでの僅かな間で、僕は彼女の細い首から視線を引き剝がすのに大変な苦労をしなくてはならなかった。
「川まで行けば、見えるよ。」
ここで、この前はごめん、一緒に行こう、とはとても言えない。
「また怒られたら帰り道が怖いから、やだ。」
田中は笑いながら言ったが、もう詫びる機会なんて、とうに逃しているのだ。
「変質者がいたらどうしようって思ってたんだよ、あの時。」
僕の失策は、邪魔者扱いしたことだけではなかったのか。怖いの意味は性別によって違うものなのだと、はじめて気がついた。
「もう、怒らない。使わせてやるよ、天気がいい日に。」
僕の声は、僕にだけわかる程度に上擦っていた。
8時までに家に帰れば怒られない、と言う田中と待ち合わせたのは、その週の土曜日だった。出掛ける前に、僕はとてもそわそわと落ち着かなかったらしい。母に、女の子と一緒なら帰りは送りなさいよ、と声をかけられた時は思わず絶句した。親は一体、どこまで子供の行動を読んでいるんだろう。やはり後になって聞いた話だが、受け答えが上の空だった上に、珍しく鏡を覗きこんでいたそうである。8時には帰ると言う言葉もキーポイントだったと言っていた。そう言えば、帰宅時間を家に言っておく習慣はなかった。大人を甘く見てはいけない。
とりあえず、彼女は目標に向かって着々と準備を進めていて、休み時間に読んでいる本すら、芥川龍之介や太宰治のような国語の試験に使われやすい小説になっていた。その間に僕がしていたことは、田中の表情を窺い彼女を綺麗だと思っていることと、400mのタイムが伸びなければ長距離に転向しろと陸上部の顧問に言われて不貞腐れたことくらいで、相変わらず自分にできることが何か、なんて考えもしなかった。
成績が良いヤツは生まれ持って頭が良く、足の速いヤツは努力しなくても足が速い。だから、僕に向いている何かがあるのだろう、と考えていただけだ。努力とか根性なんて言葉は自分とは違う世界の話で、すべては生まれ持った才能に左右され、平凡な両親から与えられる平凡な日常は、うんざりするほど長い一生の間ずっと続く気になっていた。平凡を続けることにも努力が必要だと思うこともなかった。
もう2月も終る日、今日も田中には出合わなかった、と歩く道で背中から声をかけられた。
「また、散歩? 飽きない?」
白いコートが早足で近付いてくると、僕の鼓動は早くなった。田中は僕の胸の双眼鏡を指差し、あ、それ? と聞いた。首から外して渡すと、双眼鏡を目にあて、頤を持ち上げながら手慣れた様子でピントのダイヤルを調節した。
「そんなに倍率は高くないんだね。」
ダメ、ここじゃ他の光が入っちゃう、と言いながら田中が僕に双眼鏡を戻すまでの僅かな間で、僕は彼女の細い首から視線を引き剝がすのに大変な苦労をしなくてはならなかった。
「川まで行けば、見えるよ。」
ここで、この前はごめん、一緒に行こう、とはとても言えない。
「また怒られたら帰り道が怖いから、やだ。」
田中は笑いながら言ったが、もう詫びる機会なんて、とうに逃しているのだ。
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「もう、怒らない。使わせてやるよ、天気がいい日に。」
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