肩越しの青空

蒲公英

文字の大きさ
7 / 28

比較してみたり 3

しおりを挟む
 出社してロッカールームで靴からサンダルに履き替えたら、同僚の橋本さんに声をかけられた。
「システムの柏倉さんとつきあってるんだって?」
「つきあっては、いないと思う。2回だけ、ご飯食べに行った」
「2人ででしょ?それはつきあってるって言うんじゃない?」
 男と2人でご飯食べただけで「つきあってる」なら、あたしは今まで何人の男と「つきあった」ことになるんだろう。時々、こういう考え方の人もいるなあと思う。

「ってか、あたし、そんな話誰かにしたっけ?」
「柏倉さん本人から聞いたよ。昨日、私、本郷に出張だったじゃない」
 本郷っていうのは親会社の場所の地名で、システムの細かい変更とか商品ルートの変更だとかで、時々内勤も研修に出かけて行く。
「近いうちにまた誘いますって伝言。おとなしい人だからって言ってたけど」
 そう言いながら、橋本さんは笑っちゃってたけど。
「ずいぶん見た目で騙したねえ。つきあうんなら早めに地を出さないと、後からびっくりだよ」
「いや。あたし、おとなしいし」

 答えながら、全然関係ない同僚にプライベートを話す柏倉さんに、少し腹を立てた。背広を着てるから人づきあいがスマートなわけじゃないっていうのは、重々わかっていることなんだけれど、社会人同士なんだから、世間話みたいに自分の行動を話したりするもんじゃない。まして、これから進展するかどうか読めない間柄なのに。
 子供っぽいのか間抜けなのか、それとも女と会うことに慣れていないのか、マイナス点であることに変わりはない。気がつくのが早くてラッキーだったな。彼が見てるあたしの猫の皮は、ずいぶん子供っぽい色合いらしい。

 当の本人は、呑気にメッセを送ってきた。SNSの吹き出しには顔文字。とりあえずもう一度会っとくことにして、待ち合わせをした。見極め3回はセオリー通りだもんね、人伝てだとどの程度リアルなのかわかんないし。社会人の出会いの場所なんて、学生さんより限られてるんだから、機会は有効に使わなくちゃ。とは言っても、目の色を変えて男を探してるつもりなんかないから、気が合う・合わないは冷静に。

 平日の晩に池袋ってあたりが、あたしの警戒心なのだと柏倉さんは理解してるかな。いざって時に「明日仕事だから」ってお断りしやすいように、なんだけど。待ち合わせの人でいっぱいの『いけふくろう』前に立ったあたしは、わかりやすい女の子服で(それが一番似合うって理由だけど)雑踏の中に埋まっていた。
 あたし自身は埋まっていたのに、雑踏からポンと飛び出た頭を見つけた。大きい人ってどこにだっているし、髪が短めな人だって珍しくない。大体、平日の晩に保育士が繁華街を歩いてる筈は……あるんだね。しかも、ジャージやジーンズじゃなくて、ワイシャツ姿で。

 絶対に見えないと思ったのに、熊はまっすぐ私の所に歩いてきた。
「篠田?どうした、こんな所で会うとは思わなかったぞ」
「先輩こそ、なんで平日にここにいるの?」
「今日は休みだったんだ。子供たちが好きな絵本の作家が個展やっててな。他にもついでがあったから、出てきたんだよ」
「あたしに、よく気がつきましたね」
「そりゃ見慣れた頭頂部だから。で、篠田は?」
 えーと。何て答えて良いものか。

「篠田さん、お待たせしちゃって」
 迷っているうちに、答えにくい待ち合わせ相手が到着する。
「ふうん?」
 あたしに合わせて屈めていた腰を伸ばして、先輩は柏倉さんを見下ろした後、あたしを見下ろした。まずいまずいっ! 別に先輩に義理立てするつもりはないんだけど、これはあきらかに気まずい。何も知らない柏倉さんは、曖昧な笑みで先輩に頭を下げた。

「あ、じゃあ、先輩、またねっ!」
 とにかくその場を離れなくてはならない。柏倉さんの腕を引っ張るように動き出すと、後ろから先輩の声がした。
「篠田っ!」
 振り向くと、ニヤニヤ笑いじゃない先輩が、憮然とした表情でこちらを見ていた。
「忘れんなよ」
 忘れてませんて。ただ、あたしの意思はそこにはないんですって。……でも、怒った?怒らせた、あたし?

「ずいぶんゴツい人だね」
 向かい合った洋風居酒屋で、柏倉さんは原口先輩の話を出した。
「高校の先輩なの。スポーツクラブが一緒で、時々トレーニングルームで話したりするよ」
 嘘じゃない。
「日焼けもすごいし、ガテン系の人?」
 ガテン系の人が、お金払ってスポーツクラブで筋トレすると思うか。意外にバカだね、柏倉さん。
「あの人ね、保育士。保育園の先生」
 柏倉さんは口に運ぼうとしていたバジルチキンを、箸から落っことした。

「保母さん?男の仕事じゃないでしょう?いるんだ、そういう人」
「保育科に男子が入学できるんだから、当然いるんじゃない?」
「そういうのって、競争社会で生き残る力のない人が、選ぶ職業じゃないのかなあ」
 何言ってんだ、こいつ。保育士は若い女だけの職業とかって、思ってるんじゃないでしょうね?
「やっぱり男は、熾烈な社会生活に揉まれて一人前っていうか」
 システム部で熾烈な社会生活に揉まれてるってか、バカ。あんたの会社が管理するシステム、使いにくいって子会社では評判だよ。逆検索機能ですら、現場からの意見を散々出してから組んだんじゃないか。

 あたしの不機嫌に気がつかず、柏倉さんは料理を口に運ぶ。
「今度はさ、休みの日に映画に誘っていいかな」
 フランス映画のリメイク、しかもハリウッドもののタイトルを出されて、不機嫌なまま返事をする。
「あたし、それは元の映画見てる。アメリカでリメイクして、ストーリー性が上回るとは思えない」
「でも、面白いって評判……」
「宣伝にお金かけたからでしょ。元の映画は単館でも話題になったけど、そっちは宣伝しないと売れない」
 柏倉さんは驚いた顔であたしを見た。ああ、猫の皮が一枚剥がれかけてる。

「普段、どんなところで買い物したり遊んだりしてるの?」
 気を取り直した柏倉さんが、どうにか口を開く。今更身上調査ですか。自分のことばっかり話してて、遅いんじゃないの。
「地元だよ。遠出しなくても不自由しないもの」
「篠田さんのセンス、全然遅れてないよね。休みの日には都内まで出て、トレンドチェックしたり?」
 だーかーらー。あんたはどこのイナカから出てきたの?まさか流行の商品を買うために、新幹線に乗るような場所じゃないでしょうね?うう、口がムズムズする。物言わぬは腹ふくるるわざですよ、ここに見本あり。

「ウチの会社は一部上場だから、親が毎日新聞で株価チェックしててね、下がると電話かけてくるんだ」
「だから?」
「もう少し小規模な会社のほうが、息子としては気楽だったかなあ、なんて」
「株価が上がっても、柏倉さんの手柄じゃないのにね。イヤなら、転職すれば?」
 柏倉さんは何かを言い返そうとして、それから表情を立て直した。こうやって丸く収める努力する程度には、大人だってわけ。でもあたしの猫の皮は、半分くらい剥げた気がする。でもね、まだ半分は残してるんだよ。

「篠田さん、意外にはっきりしてるんだなあ。はっきりした子って、いいよね」
 あんたは意外に間抜けだけどね。あんたがあたしに求めてる役割が、はっきり見えてきちゃった。あたしはそれに応えてやるほど、あんたに対して人は良くない。そして逆に、あんたがあたしに調子を合わせるとしたら、それも気持ち悪い。
 ばいばい、柏倉。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

お前が欲しくて堪らない〜年下御曹司との政略結婚

ラヴ KAZU
恋愛
忌まわしい過去から抜けられず、恋愛に臆病になっているアラフォー葉村美鈴。 五歳の時の初恋相手との結婚を願っている若き御曹司戸倉慶。 ある日美鈴の父親の会社の借金を支払う代わりに美鈴との政略結婚を申し出た慶。 年下御曹司との政略結婚に幸せを感じることが出来ず、諦めていたが、信じられない慶の愛情に困惑する美鈴。 慶に惹かれる気持ちと過去のトラウマから男性を拒否してしまう身体。 二人の恋の行方は……

人質同然だったのに何故か普通の私が一目惚れされて溺愛されてしまいました

ツヅミツヅ
恋愛
異国の王国に人質として連れて行かれた王女・レイティア。 彼女は政治的な駆け引きの道具として送り込まれたはずだったが、なぜかその国の王であるアナバスから異常なまでに執着される。 冷徹で非情な王と噂されるアナバスは、なぜレイティアに強く惹かれるのか? そして、王国間の陰謀が渦巻く中、レイティアはどのように運命を切り開いていくのか? 強き王と穏やかな王女の交錯する思いが描かれる、「策略と愛が交錯する異国ロマンス」。 18Rには※がついております

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

処理中です...