肩越しの青空

蒲公英

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不本意なんだけどね 2

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 翌日曜日、寝坊して起きたら、母がトウモロコシの皮と格闘していた。
「何?このトウモロコシとトマトは」
「今朝、おばあちゃんの顔を見に行ったら、持たされたのよ」
 母の実家は近いけれど我が家より少し奥にあり、叔父夫婦が農業を営んでいる。
「田舎の人は持ってけ持ってけって言うのよね。近所に配るにしても、売れないものだしねえ」
 明らかに虫食いのトウモロコシと、熟れすぎたトマトの山、大きくなり過ぎたキュウリ。虫食いでも食べられるものだし、熟れたトマトだってソースにしてもカレーに入れてもOK、キュウリだって炒めて食べれば良いのだけれど、それを思いつく人ばかりじゃない。貰っても迷惑がる人だっているだろう。

 エンゲル係数が高いから、料理は必須。そんなことを言ってた人が、ごくごく身近にいるじゃないの。ヤツならば、平気で食べそう。
「あたし、喜んでもらってくれる人、知ってるかも」
「じゃ、持ってってあげてちょうだい。傷んじゃってからじゃ、あんまりだから」
 借りたシャツは昨晩のうちに洗濯し終えて、もう乾いているだろう。返しついでに、野菜を持っていこう。

 メールの返信は、すぐにあった。
 熱烈的大歓迎。今日は夕方の買い物以外、何の予定もない。
 虫食いのトウモロコシの皮を、母と一緒に剥いで、大鍋で茹でたら汗だくになった。トマトとキュウリをスーパーの袋に入れ、茹で上がったトウモロコシも入れ、ちょっと考えてから、庭のバジルも入れた。うん、ニンニクとトウガラシもあったほうがいいな、と冷蔵庫を漁る。なんせほら、母は農家の娘だったわけだから、我が家には過剰にあるのだ。この時点では何か考えていたんじゃなくて、ただ使い勝手の良い組み合わせにしようと思っただけだ。

 先輩のアパートの近所は路上駐車できそうもないので、自転車で行く。自転車でまっすぐだと10分そこそこなので、家で着ていたタンクトップの上に、綿のシャツを羽織っただけ。ボトムスはショートパンツのまま、UVカットの帽子を被って出来上がりの、超お気楽スタイル。サンダルをひっかけて、夏は自転車もいいなあ、なんて。

 先輩の部屋のブザーを押すと、すぐにご機嫌な顔が出てきた。
「おお、ありがとうな。野菜って意識しないと不足気味になるから、助かる」
 ビニール袋を渡して帰ろうとすると、寄って行けと言う。
「何か予定でもあるのか?」
「ヒマだから、マシントレーニングでもして来ようかと思ったんだけど」
「ヒマなら、こっちに寄ってけ。俺、日焼けが痛くて、トレーニングに行けないんだ」
 我ながらもう少し有意義な時間の潰し方はないものかと思うんだけど、どうも私は身体が空いていると嫌な性分らしい。じゃあ掃除でも家の手伝いでもしろって話だけど、それはご免蒙りたいって勝手な言い分。じゃあ少しだけね、なんて上がり込む。

「昼メシ、済んだ?」
「寝坊したから、朝昼兼用。先輩はまだだった?」
「食ってけよ、作ってやるから」
 料理上手な子に教えてもらって、上達した料理ね。それがスキルの向上に繋がれば、良かったってことじゃないの? うん。
「いいよ、先輩の手料理食べてばっかりだし」
「俺一人で食べるのが、気がひけるだけだ」
 あたしが上がり込んだせいで空腹が長引くのは、ちょっと悪い気もするなあ。
「じゃ、あたしが作る。キッチン貸して」
 これはあたしの意思の言葉なんだろうか?自慢じゃないけど、レパートリーは少ない。弟と住んでた時なんて、夕食の内容で喧嘩したこともあった。でも、口から出た言葉は取り消せない。

 幸いなことにパスタがあったので、持ち込んだトマトをザクザクと切る。
「何ができるの?」
「冷たいトマトパスタ。その袋のトウモロコシは茹でたばっかりだから、それは先に食べてて。虫食いだけど甘いよ」
 すっごく手軽なメニューだ。一品以上作ると、ボロが出るかも。今まで磨こうともしなかったセンスの中に、確かに料理って項目は入ってる。
 何に対抗しようっていうんだろ、あたし。女の子らしいことができるって見せてみたいわけ? この熊に。ニンニクをみじん切りしながら、自分に対して腹が立ってくる。自分を底上げして価値を高く見せようなんて、卑しい行為だ。

 オリーブオイルは無いらしい。洗濯物を干していたらしい先輩が、「何かしようか?」と声を掛けてくる。
「大したことしないから、何にもない。お鍋、どこ?」
「吊戸棚の上……届かないよな?」
「見ればわかること、いちいち確認しないで」
 はいはい、と先輩が鍋を降ろす。炒めたニンニクとトウガラシに切ったトマト投入で、味付けしたらおしまい。
「ブラックペッパー、ないの?」
「あ、切れたっきり」
 普通にあると思っていたあたしが、間違っていたろうか。いいや、胡椒で。スパイスラックが充実してるわけじゃなくて、なんていうか普段使いの調味料実用一点張りだな。料理が趣味なわけじゃないって、一目でわかる。
 出来上がったソースを冷蔵庫に入れ、お湯を沸かしはじめる。その間に、バジルもみじん切りする。

「それにしても、メシ作るの決まってたみたいに、自分が持ってきたもので作ってるよな」
「そんなわけ、ないでしょ!帰るつもりだったのにっ!」
「そんなに強い否定の仕方、すんなよ。想像して嬉しくなっちゃっただけなんだから」
 嬉しくなっちゃうってことは、先輩はあたしが料理したり洗濯したりすることを、期待してるってことかしらん。
「あたし、女らしくないよ、先輩」
「知ってる」
 きっぱり言い切られると、それはそれでムカつく!パスタを放射状に湯に投入しながら、あたしはぶすったれた顔をしていた。

「冷たいパスタって、家で作れるのか。今度作ってみよう」
 気持ち良いくらいのスピードで、先輩のお皿の中身が減っていく。
「美味かった。静音が作ったんだと思うと、感激ひとしお」
 あたしの3倍の量を、あたしの半分の時間で食べ終わり、先輩はニコニコしている。
「二度とないかもね」
「え?結婚したら、俺が毎日食事当番?」
 パスタが喉にひっかかりそうになった。

 先輩のアパートのシンクは小さいので、洗い物は先輩にお任せすることにする。朝昼兼用の食事をした後にここでまた食べちゃって、身体が重い気がする。やっぱりマシントレーニングして、カロリー消費しなくちゃ。
「ちょっと休憩したら、帰る。家の残り物みたいなもの貰ってくれて、ありがとう」
「そうか? 夜までいればいいのに」
「いたって、別にすることもないし」
「俺はいてくれるだけで、楽しいんだけどな」
 真顔ですか! ちょっとそれは、どう反応して良いのか困るセリフなんですけど! 腰に腕が巻きついたと思ったら、胡坐の中にストンと落ちた。
「軽々とあたしを移動しないで!」
「実際に軽いじゃないか」
 後ろから回った先輩の腕でがっちりホールドされ、動くことができない。まさかここで、こんな展開になるとは思わなかった。予定外の先輩の行動にどぎまぎして、胸が早鐘を打つ。後ろからぎゅうっと抱きしめられて、寄りかかってしまいたいような、逃げ出したいような。

「せめて、これくらいさせろ。今、理性と戦ってんだから」
「戦いに負けないように、放すって手はない?あたし、そろそろお暇しようと」
「ダメ。まだ帰らせない」
 耳元で、そういうこと言わないで。仰向かされた顔に寄る唇を拒否するつもりはない。これはイヤじゃない。誘い方も態度も強引だけど、この人は絶対、無理強いなんかする人じゃない。

 重なった唇の内側に侵入してくる舌は、厚くて熱い。まずいっ! 雰囲気に飲まれそうだ。あたしはまだそこまで、盛り上がってないんだってば。片手で背も首もいっぺんに支えられちゃって、もう片方の手が髪から胸に滑り落ちてくる。
 大きい手。あたしを手だけで包んじゃいそう。鼓動が一際激しくなって、先輩の肩に乗せていた指に力が入った。

「……いてて。昨日、日焼けし過ぎた」
「天罰」
 力の入ったあたしの指先で、先輩は覚醒した。日焼けで火照った肌は、衣服の擦れすら我慢できないはず。あたしが来るまでは、シャツも着けられなかったに違いない。
「危ないところだったなあ。このまま、やっちゃうところだった」
「いやいやいや、それは」
 先輩の手が首から外されて、あたしの身体は自由になったのに、あたしはまだ胡坐の中だ。

 こう思うのは不本意なんだけどね。ちょっと、残念かも。いや、本当に不本意なんだけどね。
 二度目の暇乞いをしての帰り間際に、先輩はあたしの羽織っていたシャツのボタンを上まで留めた。
「胸元が開いてると、上から見えそうになる。誰にも見せんな」
 ストレッチ素材のタンクトップは浮かないと思うんだけど、とりあえず言うことを聞いておこうと思う。
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